実際、人間の脳の感知能力とはどの程度なのだろうか?
そして、実際にその感覚を意識し自覚できるのは
そのうちの何分の一ほどなのだろうか?
ひょっとして何億分の一くらいのレベルなのかもしれない。
それほど無意識のレベルは広大な可能性がある。
普通の人間では無意識のレベルにとどまっている内容を、
意識できるレベルに引き上げることができるとしたら
それは、予感、虫の知らせ、予知能力といった形で
表出されるかもしれない。
危険と隣り合わせの状況で生き残るためには
こうした能力がきわめて重要となる可能性が高い。
これには脳の局所的性能が関与していると考えられている。
果たしてこのような性能は訓練によって
高めることができるのだろうか?
興味深い記事を紹介する。
7月28日付 New York Times 電子版
In Battle, Hunches Prove to Be Valuable 戦闘では予感が大事
アフガニスタンでは兵士たちは道路端の爆弾を探索していた。多くの道路端の爆弾攻撃を不発に終わらせることができるのも、感覚と経験だけを頼りとする隊員たちのおかげである。
そういった光景はさほどめずらしくはなかった。少なくとも、夏の朝、イラクの Mosul にあっては…。一台の車が反対車線に向いて歩道の上に停められており、その窓はしっかりと閉められていた。幼稚園児くらいの年ごろの二人の男児たちが、まるでお互いにささやき合うかのように顔を寄せ、後ろの窓から外を眺めていた。
その車の近くにいたパトロールの兵士が立ち止まった。車内は猛烈に暑いに違いない。なにせ外は華氏120度(摂氏49度)まで上がっていたからだ。「彼らに水分を与える許可を」と、その兵士は、その朝、9名のパトロールを指揮していた一等軍曹の Edward Tierney に言った。
「私は、ノー、だめだ、と答えました」と Tierney 軍曹はアフガニスタンからの電話インタビューで語った。その時、理由はわからないが、とにかく後ろに下がりたい衝動に駆られたという。「私の体が突然冷たくなったのです。そう、それは危険な感覚とでもいうような…」
米軍は、イラク、今はアフガニスタンで最大の脅威となっているimprovised explosive devices(IED、簡易爆発物)と呼ばれる道端に仕掛けられた爆弾を検知し破壊するために、信号妨害技術のようなハードウェアに何十憶ドルも支出してきた。片や、現地では Tierney 軍曹のような人たちが爆弾攻撃を阻止するため兵士たちを訓練している。
しかし、ハイテク装置は、犠牲者を減らすことにはつながるが、あくまで最も感度の高い検出システム、すなわち人間の脳、の補助的役割を果たすに過ぎない。現場において数多くの IED 攻撃を阻止するには軍自らの感覚と経験のみを頼りにするところが大きい。そして、Tierney 軍曹のように、最初の手掛かりとして、しばしば虫のしらせや直感を挙げることがある。
すべての人が直感を持っている。たとえばそれは、友人たちの真意に対してであったり、株式市況に対してであったり、あるいはポーカーで持ち札を畳むべきタイミング、あるいは持ち続けるべきタイミングについてなどである。しかし、米軍は今、生きるか死ぬかの状況において、特定の人間の脳が、どのように他の人たちの脳に先んじて危険を感知することができ、それに基づいてうまく行動できるかを理解しようとする努力の真っただ中にいる。
もちろん、経験も重要である。もし以前に目にしていたことがあれば、次にそれを予測しやすくなる。しかし、最近の研究によると、それとは別の何かも機能していることが示唆されている。
脳によるイメージの処理の仕方、情動の読み取り方、ストレスホルモン上昇への対応におけるわずかな違いが、なぜ特定の人たちにおいて他の大勢の人たちより先に差し迫った危険を感知できるのかを説明する助けとなる。
たとえば、米陸軍グリーン・ベレーや海軍シール部隊の隊員を対象とした研究では、身に危険が迫っている状況において、彼らもまた、他の兵士と同じようにストレスホルモンであるコルチゾールの急上昇を経験していることが認められている。しかし、概して彼らにおけるこのホルモンのレベルは、あまり訓練されていない部隊に比べて迅速に低下しており、際立って速く低下した例も見られた。
この2年間、陸軍の研究者、Steven Burnett 氏は、軍の男女約800名を用いて人間の認知能力と爆弾の探索についての研究を指導している。研究者たちは経験豊かな兵士たちに徹底的な面接調査を行った。彼らには性格検査を行い、さらに奥行知覚、警戒心、その他関連能力について測定した。また、隊員たちは、写真、ビデオ、バーチャル・リアリティ・シミュレーション、実地模擬訓練などにおいて爆弾の発見を競わされた。
この研究結果は、他人のボディ・ランゲージの中から自分自身の身体や情動における感覚と同じように脳がその変化を読み取って解釈する速さが、差し迫る危険回避において中心的役割を果たしているとする有力となってきた一連の研究成果を補完するものとなっている。
「つい最近まで、情動とは、古いものであり、単なる感覚に過ぎない―すなわち、意思決定とはほとんど関係のない、あるいはむしろその邪魔になる感覚である―と考えられていました」と、University of Southern California の Brain and Creativity Institute の所長 Antonio Damasio 博士は言う。「しかし、今や状況は逆転しました。しばしば意識に上らないうちに、問題解決に向けて機能する実用的なアクション・プログラムとして情動を捉えています。これらの過程は常時作動しているのです。パイロット、登山隊のリーダー、親に限らず、我々すべてにおいてです」
Seeing What Others Miss 他の人間が見逃すものを見つけること
あ
Mosul の主要な市場のパトロールが決まりきった内容となることは決してない。初回はもちろん、10回目であろうと、40回目であろうと、である。砂利道の窪み、溝の中のちょっとした陰、捨てられた缶の山…誰もが死の危険と隣り合わせだ。そして皆同じ質問をする:ここに場違いと思われる何かは存在していないか?
道路から爆弾を取り除くことは、地球上で最も誰もやりたがろうとしない、最も危険な仕事の一つである。しかし、最も重要な仕事の一つでもある。5月、多国籍軍はアフガニスタンで465個、イラクで333個の爆弾を発見した。軍は全体のトラップの半数以上を処理したが、約10%の爆弾によって陸軍兵士や海兵隊員が死傷している。
「期待していた探知機があっても、やはり、すべてのもの、すべての細部に気が付く必要があります」と、Tierney 軍曹は言う。彼の部隊は2004年の夏、イラク警察とともに任務を遂行した。
近年、爆弾はより強力となっており、隠蔽場所も一層巧妙となっている。偽の岩の中の爆弾。コンクリートを流し込んで縁石の中に埋め込まれた爆弾。おとりの爆弾で誘発される爆弾。
「あるルートの一掃作戦では、道路の真ん中にはっきりとわかる IED がありましたが、それはおとりでした」と、2004年、7ヶ月間の Ramadi での熾烈な戦闘で海兵部隊を指揮し、その体験について生なましく描かれた著書 “Joker one” の作者である Donovan Campbell 大尉は言う。「実際の爆弾は100m離れた瓦礫の中にコンクリートに埋め込まれていました。海兵隊員の一人がそれを見つけたのです。『あのブロックは形がきれいすぎる、完璧すぎだ』と、彼は言いました」
Campbell 大尉は周辺を一掃し、その爆弾は破壊された。
「もしイラクのその地域の瓦礫がどのようなものであるかを知らなければ、それに気づくのは不可能です」と、彼は言った。「私には Hound Dog と呼ばれる二人の部下がいましたが、彼らは場にそぐわないものを見つけるのに実に長けていました」
陸軍の IED 探知研究においては、その予備的解析によると、最高の成績を示した男女は経験によって得られる知識を持っていた。しかし、多くの人たちがとびきりの奥行知覚と、長時間集中力を保つ優れた能力もあわせ持っていた。また、複雑な背景によってマスクされた中から特殊な形を見つけ出す能力、すなわち異常検出能ともよばれる “ウォーリーを探せ” 的能力もまた道路端の爆弾シミュレーションにおける好成績の予測因子となった。
「明らかにこれらの能力のいくつかは訓練できるものではありません」と Army Research Institute の心理学者で IED 研究の主要研究者である Jennifer Murphy 氏は言う。「しかし、訓練可能な能力もありそうです。彼らは周囲の状況のわずかな変化に極めて鋭敏になっている兵士たちです。彼らは毎日同じ道路を片付け、ばかばかしいほど微細なことがらに気づくようになるでしょう。この岩は昨日はここになかったなどと…」
Princeton University の神経科学者たちは、先月発表された研究の中で、この視覚的能力がどの程度鋭敏であるかを、そして、脳が認識したことを意識する前にどのようにして虫の知らせが起こるのかを明らかにした。
彼らは学生たちに、コンピューター画面上で瞬間的に提示される一連の写真の中から人あるいは車の画像を識別するよう努めてもらった。写真は一度に4枚提示されるが、被験者たちはそれらのうち2枚だけを見るように指示された。たとえば、中心点の上下2枚だけ、あるいは左右2枚だけという具合である。視覚追跡装置で実際に彼らが指示通り実行していることを確認した。
しかし、注意を払っていなかったはずの写真に人や車の画像が現れた時であっても、学生たちの脳は人や車の存在を認識していたことが脳スキャンによって示された。さらにその成績は訓練によって向上した。
他の人たちに比べて画像の探知が約2倍速い脳を持つ者もいた。「視覚的入力のカテゴリー、特に探そうとする物の種類に対して強力に鋭敏になるよう、脳は視覚システム全体を準備させるのだと思われます」と Princeton の神経科学者で、Li Fei-Fei 氏、Sabine Kastner 氏らと一緒にこの研究を進めた Marius V Peelen 氏は言う。「明らかに特定の人間の視覚システムは他の人間よりはるかに速く物事を処理することができます」
Something in the Air 空中に漂う何か
あ
陸軍兵士や海兵隊員は透視能力を持っていたかもしれないが、実際ほとんどの IED を目にすることはなかった。爆弾の存在に最も鋭敏に反応する者たちは細部を見つけ出すことができるだけでなく、一歩下がって、より大きな構図で見ることができていると専門家たちは指摘する。大きな構図とは、その場の空気に漂う過度の緊張、イラクの日常の生活にみられる異様なリズム、変わった行動などである。
「ある午後、熟知しているバグダッドへの道に入った時のことです。日中のその時間としてはたいへん気味の悪いことに、外に誰もいなかったのです」と、米国のイラク・アフガニスタン退役軍人クラブのスポークスマンである Don Gomez 軍曹は言う。彼は侵攻に参加し、2005年にはバグダッド市内外で将軍を運ぶ任務にあたった。
通りのある場所にがらくたが積まれていたのだが、Gomez 軍曹も護衛団の他の運転手たちもそれまでその場所にそんなものを見たことがなかったので、その場所から距離をとった。
「その後、我々は爆弾処理チームに連絡をしたところ、予想通り、彼らは爆弾を発見し、それを爆発させた。そこには大きな穴が残りました」と彼は言う。
手がかりの大小に関わらず、また意識していようといまいが、脳がその手がかりを集積したとき、その理由を十分に理解する前に脳は警告を送り出すのかもしれない。
1997年の画期的な実験では、University of Iowa の研究者たちは何人かに単純なカード・ゲームで賭けをしてもらった。参加者はそれぞれ2,000ドルを与えられ、4組のトランプのいずれかからカードを選ばなくてはならない。カードは50ドルまたは100ドルの報償を与えてくれるが、時としてあるカードはペナルティをもたらす。しかしそのゲームには細工が加えられており、2組のトランプの中のペナルティは小さいが、別の2組では大きくされていた。
パターンは予測できないはずだったが、平均として50回目から80回目のカードが引かれるまでに、その理由を十分に説明できないまま、プレーヤーたちはあるトランプの組を別の組より “好む” ようになったことを伝えた。研究者の Damasio 博士、その妻 Hanna Damasio 博士、Antoine Bechara 博士、そして Daniel Tranel 博士らによれば、こういう時、被験者の身体は通常、わずかではあるが、厳密な発汗測定によれば有意な緊張を見るという。しかし、少数の人たちでは、10回目のカードが引かれる程度の早期にこれが見られている。
5月に発表された研究で、ロンドンの King's College の研究者たちは、Iowa 大学の研究で用いられたこのギャンブル・ゲームを行っている人々の脳スキャンを行った。意思決定に関与する眼窩前頭皮質、身体周辺から来る様々な感覚を認知し、ひとつのまとまった感覚―たとえば危険を察知し冷えるような感覚―としてそれらに解釈を与える領域と考えられている島 insula、などいくつかの脳の部位が特に活動していた。またある人たちの脳では平均に比べ警告が速く、より強力に発せられているようであった。
潜在的な脅威や機会についての虫の知らせが常に正しいとは限らない。またそういった感覚が、手がかりそのものの自覚的認識に先行する状況について神経科学者たちは議論を重ねている。しかしそのようなシステムは生き残りのために進化しており、特定の人たちで明らかに高度に感度が上がっているとこれまでの知見から示唆されている。
内
内側前頭回、眼窩前頭皮質、島が危険予測に関係していると考えられている部位である
Mastering the Fear 悪いことが起きそうな見込みを見極めること
あ
Tierney 軍曹による Mosul のパトロールの朝にしっくりこないことが一つあった。9人の兵士たちは午前9時ごろ警察署を出たが、いつもの挨拶を受けなかったのだ。しかし、彼らに発砲するものはいなかったし、携行式ロケット弾を発射するものもいなかった。数分が過ぎたが、何も起こらなかった。
兵士たちは奇妙な静けさの中、道路を歩き、IED が存在する証拠を求めて景観を詳細に調べ、テロリストからの攻撃に対し警戒を続けようと努めていた。戦争においては、不安はイラクの暑さと同じくらい高まり得る。また、地球上で最も鋭敏で観察力のすぐれた脳でもストレスに押し潰されると些細な手掛かりを見つけられなくなるだろうと神経科学者たちは言う。
IED 探査についての陸軍の研究によると、シミュレーションで爆弾の発見に優れていた部隊は自分たちは餌食ではなく捕食者であると考える傾向にあった。そういった考え方自体が不安を減じる方向に働いているかもしれないと、専門家たちは言う。
さらに精鋭集団の脳は、平均的な志願兵とは異なる機序で、感知した脅威を認識するようである、と University of California, San Diego と V.A. San Diego Healthcare System の精神医学者 Martin P Paulus 博士は言う。ちょうど終了した研究によると、怒った顔を目にしたとき、Navy Seals のメンバーは、通常の兵士たちに比べて島において有意に高く活性化を見たという。
「大きな疑問は、脅威の感知におけるこれらの違いが、生まれつきのものなのか、それとも訓練によるものなのかということです」と Paulus 医師は言う。
Mosul でのあの朝、Tierney 軍曹は後退命令を出した。その車への接近許可を求めた兵士は爆発が起こる前に身体の向きを変える時間的余裕があった。爆弾の破片によって彼の顔の横を負傷した。その衝撃で他の人たちは地面になぎ倒された。例の二人の少年たちは死亡した。九分九厘その爆破で死亡した、と軍曹は言う。
その時以来、Tierney 軍曹は彼の頭の中でしばしばテープを巻き戻し、彼にこっそり教えてくれる些細な点を探している。たぶんそれは車の角度あるいは位置かもしれない、攻撃がないことかもしれない、市場の眠たい空気かもしれない、たぶんそれらすべての集まりなのだろう。
「一つの事柄だけを指摘することはできません。家を出て何かを忘れたことに気づくが―鍵は持っているのでそれではない―それが何であるかに気付くまで少し時間を要する、そんな時にあなたが持つ感覚を私は感じていただけなのです」と彼は言う。
そして、「私の部下が一人も死ぬことなく、重傷を負うこともなく済んだのは大変幸運だったと感じています」と付け加えた。
脳の中に危険探知装置があり、
その性能のいい人では、
状況のわずかな異変を鋭敏に察知し、
危険信号を本人に知らせるのだという(虫の知らせ)。
危険探知装置は大脳の内側前頭回、
眼窩前頭皮質、島の3ヶ所に存在するが、
その働きには生まれつきの個人差があるようだ。
残念ながら
『ウォーリーを探せ』を日がな一日繰り返したところで
この能力が向上してくれることはなさそうである。