5月のメディカルミステリーです。
She thought she’d pulled hip muscles, but six doctors couldn’t diagnose her pain
彼女は臀部の筋肉を傷めたと思っていたが6人の医師は彼女の痛みを診断できなかった
By Sandra G. Boodman,
2016年2月のある金曜日の夜、夕食のテーブルから立ち上がったとき、Annie Karp さんは両側の臀部の奥に突き刺すような痛みを感じて顔をしかめた。少しの間、背筋をしゃんと伸ばすことができず、市販の鎮痛薬を求めて、フロリダの両親の自宅に置いてある救急箱の方に小さく何歩か踏み出した。その日の午前中に行った過度なトレーニングで筋肉を傷めたのだと Karp さんは考えた。
それからの11ヶ月間、Karp さんが何を試みてもその痛みは決して消えることはなかった。座ることが特に苦痛であり、彼女の二人の子供を学習活動へ送り迎えするために何度も行わなくてはならない毎日の車での移動をひどく恐れるようになった。
その後 Karp さんは6人の医師を受診したが、持続的でしばしば骨盤の方に移動するその痛みの原因を誰一人として発見できなかった。
夫の Brett さんと写る Annie Karp さん(41)は、ほぼ一年近くを費やして臀部の痛みの原因を見つけようとした。
「しばらくすると私はそれについて話すことをやめました」自営で人材コンサルタントをしているメリーランド州 Clarksburg 在住のこの41才の女性は思い起こす。「泣き言をいう人やグダグダ症状を訴える人を誰も望んではいません」痛みは厄介で持続的に見られたが決して耐えられないものではなかった。Karp さんは専門医から専門医へと渡り歩くのをやめ、代わりに痛みとうまくやっていくことに取り組むことにした。
しかし、8ヶ月目に7番目に受診した医師が診断結果を彼女に告げたとき、彼の解決策は簡単なものではなかったが Karp さんは大いに喜んだ。
「原因が見つかったことがただうれしかったのです」と彼女は言う。
‘Perfectly normal’ ‘全く正常’
それまで Karp さんはずっと元気だった。3才のときにバレエのレッスンを始め、高校ではダンスチームに入り、そこではいつも開脚(split)を行っていた。また大学ではエアロビクスを教え、夫と出会ったのもジムだった。15才でバレエのレッスンはやめたもののランニングとダンスを愛してやまなかった。Karp さんによると、股関節はいつも柔軟で痛みが生ずることはなかったが周期的に短時間ロックすることがあったという。
あのフロリダでの出来事から数週間後、Karp さんは股関節疾患を専門とするメリーランドの整形外科医を受診した。彼女の母親が60才代に両側の股関節の置換手術を受けていることを話した。その医師はレントゲン検査を行わなかったが、彼女の歩き方を見て彼女の股関節が“全く正常”であると告げた。彼は脊椎の専門医を受診するよう勧めた。
脊椎の専門医も簡単な検査を行ったが何も発見できなかった。
4月、その痛みが股関節から骨盤に放散するようになり、また生理と生理の間に起こることを経験したことから、Karp さんは婦人科医を受診した。腹部と骨盤の MRI 検査で、良性の破裂卵巣嚢胞が認められた。痛みはやがて消失するとその婦人科医は彼女に伝えた。
しかし痛みが消失しなかったため Karp さんはカイロプラクターへの15回の受診を始めた。そこで脊椎を矯正するための調整が行われたが効果はなかった。
5月、彼女は内科医を受診した。彼は多くの血液検査を行ったが、ストレスホルモンであるコルチゾールの数値が軽度上昇していた以外はすべて正常だった。内科医はそれは重要ではないと考え、また股関節は正常のようであると Karp さんに告げた。彼は、彼女の痛みは婦人科的なものかもしれないと考えた。
「あの時点では藁にもすがろうとしていました」と Karp さんは思い出す。彼女は dry kneedling(ドライ・ニードル)と呼ばれる鍼に類似する施術を試してみた。しばしば理学療法士や自然療法医によって行われるこの治療法では、痛みを緩和するために筋肉内に小さな針が刺入される。しかしそれも失敗に終わった。
8月までに、原因解明のための探索はやり尽くしたと Karp さんは考えた。「私は広範囲に及ぶ血液検査や多くの検査を受け」、深刻な問題はないと安心していたと彼女は言う。
しかし10月、ソファーから Karp さんが立ち上がろうとするときに顔を歪めていることにフロリダから訪れていた母親が気付いた。「私にまだ痛みがあることが彼女には信じられないようでした」と Karp さんは言う。母親にせかされて彼女は3人目の整形外科医を受診した。彼は局所の抗炎症クリームを処方し、コルチゾンの注射が有効かもしれないと話した。
最初の注射が予定されていた日、Karp さんは事務手続きの不備によりそれを受けることができなかった。受付係は、代わりに院内の理学療法士の診察を受けるよう Karp さんに勧めた。そこでその療法士は Karp さんにある質問を行った:あなたはダンサーですか?。
A diagnosis at last ついに得られた診断
Karp さんが長年バレエに打ち込んできており、今でもダンスが好きであると Karp さんが答えたとき、その療法士の解答は明快だったと彼女は言う:「あなたの悪いところははっきりしています――うちの医師ではあなたを治すことはできません」
「そのとき彼女は私には理解できない用語を多く使っていました」と Karp さんは思い起こす。おそらくKarp さんにはあるタイプの股関節インピンジメント(impingement=衝突動作)が生じていると彼女は告げた。これはボール・ソケット関節(ball-and-socket joint、球関節または臼状関節)である股関節が円滑に動かなくなる状態である。インピンジメントは、バレエでは普通に見られる繰り返される運動ストレスにより思春期に生ずる。大腿骨頭が異常な形状となって、寛骨臼、すなわち骨盤側のソケット内でもはや完全には適合できなくなり、股関節が将来の損傷の危険にさらされることとなる。
その理学療法士は別の整形外科医を受診するよう Karpさんに助言した:それは小さな切開から小型器具を損傷部位に到達させる関節鏡視下股関節手術を専門にしている Andrew Wolff 氏だった。その手技は肩関節や膝関節でより多く行われているが高度の技術が求められる股関節でこれを専門とする外科医は相対的に少ない。
「私は慎重ながら楽観的でした」Karp さんはそう思い出す。
12月初旬の最初の受診の際、Wolff 氏は他のどの整形外科医も行ってこなかったことを行った:Karp さんの股関節のレントゲン写真をオーダーしたのである。
「そのレントゲン写真ではまさに全貌が写し出されました」そう Wolff 氏は言うが、それほど基本的な検査を他の医師らがオーダーしなかったことをいぶかしく思っていると付け加えた。「彼女の所見は軽いものではなかったのです」
その理学療法士の見立てが正しかったことがわかった。レントゲン写真により、Karp さんには cam 型の大腿骨寛骨臼インピンジメント(cam-type femoroacetabular impingement)と呼ばれる異常があることが明らかになった。「それはまるで私の骨が、まさに丸い穴の中に嵌り込もうとする四角い杭であるかのようでした」と彼女は言う。
その後行われたMRI検査ではそのインピンジメントが関節唇をズタズタにしていたことが示された。関節唇は、衝撃を和らげ、臼蓋を安定化させる役目を持つ股関節の外側にある保護的な帯状の軟骨である。ダンサーだけでなく、ホッケー、フットボール、サッカー、およびその他のスポーツをする人では関節唇の損傷はよく見られるものである。「もし子供たちが少しだけでもスポーツを多様に行えば、そのような損傷の回避に有用かも知れません」と Wolff 氏は言う。「早期に(スポーツを)特化することは子供たちにとって良いことではないのです」
しかし、股関節インピンジメントを持つ人すべてが痛みや他の症状を呈するわけではない。「いつまでも平気な人たちもいます」と彼は言う。
バレエに求められる極端な姿勢は特に股関節には厳しいものである。ワシントンバレエ団の公認医師である Wolff 氏は、彼の患者の中には、実際には整形外科的だった症状を婦人科的なものと疑われ治療を受けた人がいるという。なぜなら、痛みが骨盤や背部に移動しうるからである。
Karp さんの症状の持続期間やその程度が考慮され、さらに彼女の検査では股関節置換術が必要となるような関節炎の徴候が見られなかったことから、Wolff 氏は、死体から採取された組織で両側の関節唇を再建し、適合を確保するために大腿骨頭を滑らかにする治療を提案した。
何が悪かったのかということと、彼女の異常が回復可能であることを Wolff 氏から告げられたとき、疑念と興奮が混ざり合った気持を持ったと Karp さんは言う。「診察室から出ていく途中で夫に電話をかけたことを覚えています」と彼女は言う。
セカンド・オピニオンを受けたあと、Karpさんは Wolff 氏と手術の予定を決めた。彼は2時間半のその外来手術を年間300件行っている。
彼女は1月に左股関節の手術を受け、3月初旬に右股関節の治療を受けた。「彼女は素晴らしい経過でした」と Wolff 氏は言う。「私たちがもっともよく目にするのは、術後に患者さんたちがあまりに早期に過度に無理をしようとすることです」
Karp さんによると、今や彼女の痛みはほとんど消失しているので無理をしないよう、動きたいという誘惑と戦わなければならないのだという。彼女が再び走ったりダンスをしたりできるまで一年ほどかかる見込みである。彼女はのんびりやっていこうと努力している。「毎日が小さな成功の連続です」と彼女は言う。
大腿骨寛骨臼(股関節)インピンジメント
(femoroacetabular impingement, FAI)とは
股関節の構造異常に運動負荷が加わって起こる疾患である。
詳細は Medical Note のサイトを参照いただきたい。
英語のお得意な方はこちら↓
http://orthoinfo.aaos.org/topic.cfm?topic=a00571
股関節を形成する大腿骨(ball)あるいは寛骨臼(socket)の
形態異常のため、反復動作により大腿骨頭や大腿骨頚部が
寛骨臼縁に衝突を起こして関節軟骨や関節唇といった
股関節の周辺構造に微細な損傷や変性をきたす
(“インピンジメント”とは衝突を意味する)。
緩徐に発症するソケイ部の痛みを特徴とし、
長時間の歩行や長時間の坐位などによって疼痛が増強する。
FAIは股関節の構造パターンから、
カム型(Cam type:Cam は“出っ張り”の意)と
ピンサー型(Pincer type:Pincer は“つまむもの”の意)、
及びその両者が合わさった混合型(Combined type)に分類される。
ウィキペディア(股関節インピンジメント)より(一部改変)
カム型は 20〜30才代の男性に好発する。寛骨臼は正常であるが、
大腿骨頭から大腿骨頸部への移行部の前上部に問題がある。
通常はこの部位が凹んでおり大腿骨頭が潤滑に動くことが出来るが、
カム型の FAI ではこの部位が平坦ないしは凸になっており、
股関節の屈曲時などに寛骨臼側の関節軟骨に衝突し
損傷や摩耗を引き起こす。関節軟骨の損傷は関節唇の断裂や剥離を
引き起こし、骨棘形成など関節変形を引き起こす。
ピンサー型は中年以降の女性に好発する。
大腿骨側は正常であるが、寛骨臼側に問題がある。
臼蓋縁を被覆している部分が過剰となっていて、
関節唇が挟み込まれることにより生ずる。
通常の股関節の屈曲可動域において、
大腿骨頸部と寛骨臼縁が衝突することによって
関節唇の断裂や寛骨臼縁軟骨移行部に剥離を来たす。
FAI の臨床症状としては、股関節の引っかかり感、跛行、
動作時のソケイ部痛や大腿部痛、階段昇降時の疼痛の増強などがある。
他覚的な所見としては、股関節を90°屈曲し、
最大内転した後に内旋を強制し疼痛が増強することを確認する
前方インピンジメントテストがある。
診断には股関節単純X線撮影、股関節造影CT、
股関節MRIなどが行われる。
寛骨臼、大腿骨頭の形態異常を確認するほか、
関節唇損傷の有無を評価する。
治療は、まずは鎮痛薬を用い、理学療法による保存的治療が行われる。
保存的治療に抵抗性を示す場合には
手術治療(関節鏡視下手術)が考慮される。
そもそもの要因はインピンジメント、
しかしそれを引き起こす関節の形態異常がなぜ生ずるのか、
その原因はまだ解明されていない(運動で起こるわけではない)。
スポーツ好きな患者にとってはやっかいな疾病である。
蛇足ながら、あの理学療法士さん、
病院をクビになっていなければよいのだが…
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます