長期入院の老女が、退院して施設に帰られた。歩行器を使っている。
食事の席は隣である。認知症もあり、場所・時間・人等の事はすっかり記憶の外である。
こちらは初対面で、名前も知らないのであるが、彼女にとっては旧知の間柄らしい。
よくお喋りをする人なので、話を合わせるのに、こちらがあたふたしている。
残り１週間の滞在になった。あれもこれも、見納め聞き納めである。
この世では、二度と会うことはないであろう人達である。二度と共に食事をすることもない。
「どうぞ、お健やかに！」との言葉をかけることも出来ない。
静かに消え去るのみである。それがどなたをも傷付けることなく、スマートな方法であろう。
いくら歳を取り、歩くのが覚束なくなっても、自宅に帰りたい思いは強い。
その思いを、掻き立てないように、消えなければいけない。
