フッフッフの話

日常の中に転がっている面白い話、楽しい話!

道路法規はあるのかな

2009-11-30 22:13:21 | 中国
 中国・昆山在住のY氏から送られた写真である。
中国には、道路法規があるのだろうかと不審を抱かせる写真ばかりである。

交通量の少ない早朝ではあるが、逆送とは危ない。
進行方向を示す矢印はあるが、二輪車はその反対方向に向かっている。


歩道側が青である。しかし、どのようにして歩道を通ればよいのだろう。
歩道上にはびっしり車が並んでいる。これって、ありー!


商店街の歩道は広く、のんびりとそぞろ歩きが出来る。
しかし、歩道を勝手に駐車場にしては困る。無料駐車場との看板も出ている。
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大山祇(積)神社

2009-11-28 20:23:53 | 
 しまなみ海道をを大三島で降り、大山祇(積)神社に行く。
日本建国の神・大山積大神を祀り、
日本最古の楠をふくむ楠群に囲まれた神社である。
最古の楠は、樹齢2600年と言われている。
現在も青々とした葉を茂らせている。



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石鎚山

2009-11-27 22:51:15 | 
 見渡しの良い秋晴れに恵まれ、石鎚山中腹まで登る。
伊予西条方面から、ロープウェイを使って、成就社まで行く。
まだ紅葉が残っていた。ロープウェイの成就駅からは、
黄緑色の笹原を持つ瓶が森が見渡せる。





成就社まで登ると、やっと石鎚山を眺めることが出来た。
ロープウェイから30分ぐらい歩いただけなのに汗ばむほどの陽気であった。
しかし、日陰には雪の固まりが解けることなく残っていた。
成就社の正面に石鎚山がこつ然と姿を見せる。

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年賀状作成時期

2009-11-25 21:41:23 | 日常雑感
 今年も年賀状作成の時期が来た。
我が足は、歳を取るほどにのろくなったが、時間の足は、歳を取るほど早くなる。
一年が簡単に過ぎ去って、又年賀状を作らなければいけない時期となる。
以前は”年賀状を書く”と表現していたが、
現在では”年賀状を作る”と表現する。葉書の裏表全てを、パソコンで作るのである。
公民館でも、年賀状作りの講習会をする。
イラストの挿入と、テキストボックスを使っての文字挿入だけである。
82歳の方が来られた。口の動きは早いが、手の動きがゆっくりである。
又頭の動きもゆっくりで、直前にした仕事がなかなか思い出せない。
同じ事を何度繰り返しても、身に付かない。しかし、パソコンに触ろうという好奇心で、
元気で若く生きることが出来る。

 寒くなったのに3度目の花を咲かせる”ケントベル”である。
蕾のまましおれる花もある。
”野いちご”を沢山見つけた。鳥獣達も気付いていないのだろうか?
畑は網をしなければ実る作物は無いのに、無防備な苺は鈴生り。

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ブーコ しゃーん

2009-11-24 20:17:08 | 日常雑感
 久しぶりの暖かさと秋晴れである。戸外にいると汗ばむ陽気である。
その暖かさに誘われて、柚子の収穫をする。
娘と孫のHは、脚立とはしごを使って柚子の実を落とす。
地上に落ちた実を、はいつくばって集めるのはブーコさんである。
そこに近所の望君が、お喋りをしに来る。
「ブーコ しゃん、俺知ってるよ。ブーコ しゃんは、ブーブー言うからブーコ しゃんでしょ!
ほんとは”ひろこ”って言うんでしょ。俺知ってるよ」
全員大笑い。笑うしか返す言葉が無い。

 2時間以上はいつくばって作業をすると、足腰が痛くなる。
コーヒータイムにしようよと誘いかけるが無視。しばらくして又誘う。
すると娘曰く。「ブーブー言い出したよ。だからブーコさんよね」
反論する気力も無いくらい疲れる。とにかくコーヒータイム。
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我が母校

2009-11-23 20:50:27 | 日常雑感
 11月22日(日)は、今にも雨が落ちそうな寒い寒い日であった。
我が母校は、この地に校舎が移って100年、K小学校となってから60年となる。
その記念式典があった。町村合併により、昭和24年に村立K小学校となり、
更に合併が進み、現在では広島市立K小学校となる。
我々が学んだ校舎は、全て木造であったが、現在は鉄筋校舎である。
校地も、場所は同じであっても、形状は大きく変わり、昔を想像することも出来ない。
昭和24年、25年ごろに、サツマイモを植えた場所はどこだったのであろうか!



式典後のアトラクションとして、”文教太鼓”が披露された。
文教大学付属高等学校の生徒さん方により、威勢の良い太鼓の協演である。
クラブ活動として練習していると思うが、努力の積み重ねが太鼓の音に表れる。

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晩秋3

2009-11-22 21:04:23 | 
 雨の中を、王泊ダム~温井ダムを通り、加計町の入口、深山峡に着く。
深山川の急流に沿って、多くの滝が点在する。
雨と寒さで”深山の滝”まで行き引き返した。
お天気の良い暖かい日の午前中に、もう一度挑戦しようと思う。

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晩秋2

2009-11-21 19:10:31 | 
 雨の王泊ダムと温井ダムは、紅葉も終わり初冬の装いである。
気温も4℃~7℃を上下する寒い一日である。
Hのアッシー君をして、温井、王泊ダム~芸北方面をうろつく。
晩秋の寒々とした風景に、身も凍る思いである。

          王泊ダム


          温井ダム上流
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手作りジャム

2009-11-20 20:05:18 | 日常雑感
 K氏から手作りジャムを頂いた。リンゴと柚子のミックスジャムである。
S,U、Yの3氏にも送られた。皆同級生である。
K氏はK研究所所長だったので、適当に混合し舌の上に塗ってみて良かったらOK。
”終わりよければ全てよし”

 S氏は、頭の冴えた理論派教授。リンゴと柚子の混合比や過熱時間、
その結合まで考えるとなかなか難しい問題が残る。
妻「おとーさーん!Kさんってすごいねー!おとーさんも何とかしたら!」
夫「ううん。えーとなー。KはKだよ」

 U氏は、世界を股に駆けて活躍したプラント製作者。器は作るけど中身は関係ない。
妻「Kさんの爪の垢でも煎じたら!」
夫「ジャム作りは、俺の仕事ではない。お前の仕事だろう」

 Y氏は、いまだに中国に行ったままで社長をしている。賄賂を請求されたり、
騙されたりしながら、まだ我々の仲間にならない。通訳や従業員に騙されても、
まだ懲りずに中国に留まる。何もかも込みで、中国を楽しんでいる。

 色々書きやんした。お申(も)さげなござんす。お許しえって下んせ。
壬生義士伝に使われている、南部盛岡地方の方言である。
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「吉村 貫一郎」

2009-11-19 21:52:25 | 
 浅田 次郎著 「壬生義士伝」の主人公の名前である。
新撰組ではほとんど名前も知られていない人物であるが、
浅田氏はそれにスポットを当て、浅田氏の人生観を貫一郎に具現化する。
貫一郎に縁のあった人々の思いで話という形式で物語を進める。

 上・下巻よりなり、上巻は新撰組の活躍などを中心として書かれているが、
下巻は貫一郎を取り巻く人々を書いている。貫一郎の妻や子供達、
既に黄泉の国にいってしまっている父親まで現れる。
足軽の身分ではあるが文武に長けていた貫一郎には、
生涯の友・大野次郎右衛門がいる。大野は、南部藩組頭であり、
身分が違いすぎる。その息子・千秋などの様子が書かれている。

 男の中の男、勇者の中の勇者、仁義に篤い南部武士を描き切っている。
読んでいると涙が止まらない。

新時代もデモクラシーも結構だが、世の中が良くなったせいで、
ここんところとんと男がいなくなっちまいました。…………
次郎衛様も吉村さんも、夫々の分をきっちり全うなせやした。
私に言わせりゃどちら産も男の中の男でござんす。
なあに、難しいことなんかひとつもありゃしません。
女房子供や身内の苦労を、男だったらそっくり背負えってこってす。


 ドウダンツツジの葉が真っ赤に色付いているのをバックにして、
深い紫色の花・ノボタンを置いてみた。
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