フッフッフの話

日常の中に転がっている面白い話、楽しい話!

高齢でも痛み無し

2020-07-31 21:09:34 | 

 また買ってしまった。本は図書館や知人から借りて読むことにすると決めていたのに・・・・。

「どんな本が出回っているのかな?」とか「今回の芥川賞や直木賞は、どんな本かな?」と、

興味を示したのが間違いの素。本をあれこれ眺めていたら、曽野綾子氏の新作に出会った。

これは新作ばかりではなく、以前の本からの抜粋もあるらしい。

曽野綾子著 「孤独の特権」 ポプラ新書 2019年9月発行

読み進むうちに、「シワとシミは痛くない」というのがあった。

高齢者になると、あそこも痛い、ここも痛いと痛い所ばかり増えるが、

シワやシミはいくら増えても痛くも痒くもない。白髪も同じである。

人間の身体は、上手に作られているなと感心する。

3シ(シミ・シワ・シラガ)が痛みを伴うようであれば、長生きが難しくなる。

痛め止めが効くか、手術で治るという病気であるなら、病院は満員になり、医療崩壊であろう。

梅雨明け2日。いきなり真暑日である。身体が慣れていないので、暑さが堪える。

アジサイはとっくに終わってしまったのに、1本だけ咲いている。

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筋力の衰え

2020-07-30 19:43:25 | 日常雑感

 腕時計のベルトが切れた。それも予備に持っていた腕時計のベルトまで切れたので、

仕方なく時計屋のある場所まで出かけた。

時間で動いていた人間だから、時計がなかったら不安でたまらない。

ついでに体力測定の場所に足を延ばした。百歳体操も真面目にこなしているので、

体力は下がっていないだろうと安心していたが・・・。

座った状態から、片足で立ちそのままの状態を何秒間保持できるかである。

片足で立つことがやっとで、直ぐにバランスを崩してしまう。

目をつむって40回の足ふみをすると、足ふみをする度に少しずつ移動し、

40回後にはとんでもないところまで移動していた。

バランス感覚が狂っている。理由は、左右の筋力のバランスが揃っていないことと、

筋力が衰えていることによる。ここまで筋力が落ちているとは・・・・。

同居人が、「おたくのお腹は何か月ねー!!!」という。

今日は、「お腹に贅肉が付いていますねー!」と言われた。

これも運動をさぼったからである。これから暑くなるのに、どうしたら鍛えることが出来るかなー!

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千人超え

2020-07-29 18:33:38 | 日常雑感

 コロナ感染者ついに千人超えとなる。

雷と同時に雨は降る、コロナはますます勢力を増す。逃げ場のない憂鬱さである。

不要不急の外出自粛を呼びかけたら、孤独死が増えたとのニュースもある。

三浦綾子氏の言葉に、「ここからは神の領域である」とあったが、まさにその通り。

 長期の雨続きである。キューリは枯れてしまった。種を蒔いたのでその成長を期待する。

トマトは甘みを失ったまま赤くなっている。雨でトマトの実が割れている。

同居人は言う。「おいしそうに真っ赤に熟れているので、口に入れるとと水臭くて食べられない。

嘘つきトマトだから嫌いよ。」

まさに今年のトマトは美味しさに欠ける。

でも自分の作ったものだから、ジュースにして粗末にならないようにしている。

梅雨明けは間近であろうが、その後の猛暑が恐ろしい。

人間にも堪えるのであるから、野菜たちにも堪えることであろう。

立ち直ることのできない野菜たちも出ることであろう。

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世界は・・・

2020-07-28 17:48:44 | 

 ”・・・西方の暗く燃え上がる雲を眺め、また幻想的な形と青銅色から真紅の色までの

この世ならぬ色彩とをもった様々な変化をする雲を見た。

そしてその下にそれと対照的に収用所の荒涼とした灰色の掘立小屋と

泥だらけの点呼場があり、その水溜まりにはまだ燃える空が映っていた。

感動の沈黙が数分続いた後に、誰かが他の人に「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と

尋ねる声が聞こえた。”

フランクル著 霜山徳爾訳 「夜と霧」みすず書房発行 P127

アウシュビッツ収容所からダッハウ収容所への運ばれる列車の中から見た

夕焼けに輝いているザルツブルグの山々を仰いでいる人々の顔は、

半ば人生を片付けられている人間の顔とは思われなかったとの表現もある。

過酷な収容所から生還した人の記録を読んでいると、人間の奥深さを思う。

 

  夕食時に、「コロナが収束したら北海道に行きたいね。」と同居人が言う。

「来年は行けるから期待したらいいよ。私は少し無理かな?」と答える。

すると、「大丈夫よ、飛行機だから。一緒に行こうよ。」と嬉しい答え。

「梅雨が明けたら、少し足腰を鍛えようかな!」と喜んで答える。

も一度頑張ってみるか! あの人にももう一度お会いできるかもと期待は広がる。

 

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呼び名

2020-07-27 16:05:06 | 日常雑感

 JAに行くと、高齢の男性従業員から、「そこのお婆ちゃん!」と声を掛けられた。

思わず、「あなたのお婆ちゃんではありません。言葉が違うでしょ!」と言ってしまった。

自分は自分のことをお婆ちゃんと言っているし、お婆ちゃんだと思っている。

しかし、他の人から言われたくない。肩ひじ張って生きている、可愛げのない人間である。

 

 ”高齢者の筋肉を動かそう”との趣旨で、運動教室が開かれた。

めったに動かさない筋肉があるから痛みが出るのだそうである。

高齢だから痛みが出て動かなくなるのではないとの話である。

手指の節が太くなり痛みが出るのは、よく使って仕事をしたからである。

同じ使い方ばかりしたから痛みが出たので、伸縮させて血液を送る必要があるとのことである。

椅子に腰かけている時には、身体の運動をし血液を送ってやるようにとの指導があった。

 

 昨夜、「コロナが落ち着いたら、温泉に行こう。」とのお誘いが、同居人からあった。

「日帰りで君田温泉に行って、バイキングを食べようか!」とすぐに応じる。

晩秋頃に行けると嬉しいなー!  コロナよ、大人しくなっておくれ!

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「夜と霧」

2020-07-26 21:37:59 | 

 「夜と霧」 V.E.フランクル著 霜山徳爾訳 みすず書房発行 1992年新装第15刷

沢山の写真と図版が巻末に提供されている。

新しく発行された「夜と霧」には、写真等は見当たらなかった。

巻末にある写真は、目を覆いたくなるようなものである。

アウシュビッツに列車で到着した途端に、司令官の親指の動き一つで、

ガス室行きと労働行きの生と死に分けられる写真もある。

持ち物や着ている服すべてを脱いで、兵士の前を走り、ガス室に行く女性たちの写真もある。

山と積まれた靴・髪の毛・時計等々もある。おびただしい数の死体の写真もある。

昼間は悪魔のような仕事をしながら、夜は舞踏会やコンサート聴いているとの内容がある。

人間の恐ろしさをつぶさに書いてある。自分だけはならないとの確信はない。

社会情勢や周囲の雰囲気によって、天使にも悪魔にも成れるのが人間であろう。

何度読み直しても興味の尽きない本である。何度読んでも初めて読むような新鮮さがある。

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秋海棠(シュウカイドウ)

2020-07-25 19:09:04 | ベゴニア

 秋海棠はベゴニアの仲間である。秋ごろ花をつけ冬には枯れた状態になって冬越しをする。

春になると芽吹いて花を咲かせる。ベゴニアは寒さに弱いものが多いが、秋海棠は野生である。

今年も、他の花々と一緒に、元気に芽を出し蕾もつけている。

 コロナの勢いがますます強くなって、今後どうなるのであろうかと不安になる。

日に日に感染者が増え、近くに迫ってくる感じ。

色も形もないお化けが、そーっと後ろから襲ってくる。

足音もしないので、何事が起っても気が付かない。

先の見えないトンネルに入ったような気分である。

光も出口も見えないから不安がつのる。

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家に閉じこもる

2020-07-24 17:15:38 | 日常雑感

 コロナと大雨。ステイホームである。

家の中に閉じ込められると、何をするかが問題である。

本を読んでいると、目が疲れて、上下瞼がくっ付き始める。

テレビを付けると、コロナと大雨警報が飛び込む。

鬱々とした気分の時に友に電話をすると、相手をも鬱な気分に誘い込む。

 

 仏教についての本の中に、釈尊がメザメられた時の最初の言葉は、

「天上天下唯我独尊」とのことである。

「法(ダルマ)を灯明としなさい。その刻、あなたは何ものにも頼ることなく、

独立独歩で人生を生き抜く人となるのです。」との解釈である。

一番解らないのは、「法(ダルマ)」という言葉の中身である。

何度繰り返し読んでもよー解らん!!

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まさか!

2020-07-23 21:06:30 | 日常雑感

 ”嘘でしょう!”と言いたいが。17時過ぎの一本の電話が、恐怖を持ってきた。

冷静に考えればあり得ない話ではない。

先日女子高校生2人が、コロナに感染したとのニュースがあった。

我が町にも、市内の高校に通学している生徒は沢山いる。いつ感染者が出てもおかしくない状況である。

事実は公表されないので、噂に過ぎない。ただの噂であることを祈りたい気分である。

今日の広島市内の感染者数は、13人との発表があった。県会議員の感染も発表された。

広島市も都会になったものだ。コロナ感染者数だけは他の都市に負けていない。

 さらに追い打ちをかけるように、大雨の予報が入っている。

コロナと大雨に見舞われたら、気力を失いそうである。

アメリカ芙蓉が、花を8個も開いた。これが最高であろう。

二度と見ることが出来ない豪華さかもしれない。一期一会。

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コロナ! 

2020-07-22 16:06:13 | 日常雑感

 会議も3密を守って行う。最近は安佐南~安佐北区にかけてもコロナ感染者が出始めた。

可部の町にも出たとの噂である。出席者も少なくなった。

以前は会議に出席し、お互いの情報交換も楽しく、1か月に1度会えるのを楽しみにしていた。

しかし、最近は雰囲気が変わってしまった。人間関係も疎になる。

会議終了後、食事をするとかお茶に誘うとかはなくなり、早々に帰宅する。

会の行事も、「中止」「中止」と並んでいる。お互いの連絡は、「写メール」でとなっている。

生き辛い生活様式である。この生活に慣れ、希望のある楽しい「生」を送れるのであろうか?

 

真っ赤なケイトウの花が咲く。次々と咲くことであろう。

大輪の豪華なアメリカ芙蓉が、咲き続ける。花の命はせいぜいで1.5日である。

これも、美人薄命である。

 あるグループの70歳前半男性から、3~4か月ぶりに会うことについての感想が届いた。

「皆さん、どのように変わられたかしかと観察したいと思います。」

グループは男女とも高齢者が多く、80代がほとんどである。言葉は人間関係を壊す働きもする。

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