2013.8.23(金)曇り、雨 高浜町日置訪問
夏のレクリエーションで例年高浜を訪れている。一昨年までは三松海岸、昨年は難波江(なばえ)、今年は城山公園に向かった。
目的はじょんの散歩なので、城山公園の広い芝生や明鏡洞(めいきょうどう)の湾の美しさにみんな大満足。滋賀県からというミックスの小太郎君とも遊べてじょんは大喜び、お弁当食べて帰路につく。
還りは舞鶴を経由する予定だったので、日置と日置神社に寄って帰ることにする。
国道27号線から三松駅の手前を山側に入る。すぐに左手に鳥居が見える。車を置いて登って行くと、それは日枝神社であった。そういえば難波江に行ったときも日枝神社があったなあと思い出す。
日枝神社は高浜に3社あり(難波江、東三松、山中)ちと気になるところである。
再度西に車を走らすと、すぐに左手にちいさな祠が見える。坂を登って行くと左に鳥居があり、本殿と摂社が2社ある。何処にも何も書いてないので解らないのだが、日置神社には間違いなさそうだ。
参道入り口の摂社、祭神不明だが弓矢の飾り物は何を表すのだろう。
本殿、摂社、鳥居とも何も書かれていない。
参道を下りてくると青葉山が目に付く。
帰宅後調べたところ、主祭神は應神天皇、聖武天皇の時代には三松との境付近に鎮座、永享年中(1429~41年)に日引邑(現高浜町日引か)に遷り、宝徳元年(1449年)に神託があり、現在地に遷されたという。
太陽観測や祭祀に関係があるとすれば創建当時のことだろうから、現在地はそれらに無縁だろう。現在地は山の麓の谷間にあり、木々が無かったとしても北面以外の展望もきかず、観測には不向きな地形である。ただ青葉山の偉容が正面やや左に展望できる。参道入り口の摂社には竹で作った弓矢と思われるものが飾られている。海人族の祭祀を受け継ぐものだろうか。
市道を更に西に行くと日置川に出合い、日置神社から連なる山稜に伝説の牧山が見える。その山稜の先には日置川のツメである、日置峠(宝尾峠)がある。
更に西に進むと、大成寺の立派な山門が見えてくる。
右手が日置川、牧山の山稜を右方向に辿ると日置峠となる。(写真では見えない)
大成寺(だいじょうじ)は観応2年(1351年)創建の臨済宗建仁寺派の寺院である。元は日引の瑞泉寺というから、日置神社共々よくよく日引と縁があるようだ。
弥仙山於成社のナルが太陽を意味するという説があり、大成寺も関連あるかなと思いきや、応永元年(1394年)の移転に貢献した小浜藩主大高重成の大と成をとって大成寺としたそうで、太陽祭祀には無縁である。
それよりも、日置のすぐ近くに難波江があり、宮津の日置の隣に難波野があるのが大変気になる地名である。つづく
難波江から大島を望む。(2012.8)
【今日のじょん】本文に登場のためお休み。