晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

丹波西国三十三所道中記 三日目-3

2024-01-28 | 徒歩巡礼

丹波西国三十三所道中記 三日目-3 仁和寺の法師、宝篋印塔を見ずして
2023.8.17(木)快晴
 国道429号線をゆっくり登っていく。この辺り豊富地区は字の通り豊かな田園地帯で、和久川に沿った豊かな土壌が支えているのだろう。新興住宅も建てられていて開放的で明るいところだ。この国道を上っていくと榎峠という恐ろしく狭くて急な坂が青垣町に抜けている。以前に車で通過したが、肝を冷やした思い出がある。なんと国道429号線は兵庫県から岡山県に入り、倉敷まで行っているそうだ。榎峠の先にはもっと凄い生野峠というのがあるらしい。酷道429号線と言われるそうだ。上豊富小学校の先を左に入り、さらに行くとまた左右に分かれる。樽水、甘栗の道標があり、甘栗(左)方面に進む。山沿いに進んでいくと大きな常夜灯に突き当たる。左が観興寺の参道で、右は自動車用の道である。ほとんどの人が自動車で参られるようで、土道の参道は少し荒れ気味だが、問題は無い。
 こんな感じの道を歩いて行くと 常夜灯にたどり着く
 坂道を登っていくと、熊野神社があり、仁王門が現れる。この仁王さんは運慶の作と言われている。庫裏に向い、住職に挨拶し朱印を所望する。本堂の左手に観音堂があり、救苦殿という。
 第五番 普明山 観興寺 福知山市樽水甘栗 0773-34-0335
 臨済宗南禅寺派  十一面観音 
 御詠歌 後の世のおしえ たのもし代々の人 あまくり山の みのりうけえて
 仁王門  救苦殿
観音堂でお参りを済ませ、庫裏に戻ると朱印が用意されていた。境内で昼食を摂るお願いをしていたら丁度檀家の方だろうかお参りに来られて、住職に「接待できませんが、、」といってペットボトルの冷たいお茶をいただく。実は仁王門の奥に、新しく萱の葺かれた茶室があり、昼食には絶好の場所だったのだ。弁当を広げてゆっくりしていると、ご母堂が現れて冷やしたブドウをいただいた。お歳は90歳近くとかとお聞きしたがしっかりしておられて、しばしお話しする。ただ足が不自由とかで、お寺での生活はなにかと大変だろう。バリアフリーのお寺にはお目にかかったことはない。
 素晴らしい茅葺きの茶室 
 昼食を済ませ境内を探索する。お寺にはなんとなくよそよそしいお寺と、親しみを感じるお寺がある。観興寺に親しみを感じるのは、なにも接待を受けたからだけではなさそうだ。
 市の指定文化財に指定されている宝篋印塔の看板を見つける。年代の確定できる石造物では市で最古という、これは見ておくべしとあちこち探し回る。お寺の墓から隣の神社、駐車場まで見て回るがそれらしいものは無い。住職は接客中だし、ご母堂は庫裏に入ってしまわれたし、万事休す。仁王門を入ったところにらしき宝篋印塔が立っているが、どう見ても新しそうだ。でもこれっきゃないかと写真に収めて観興寺を後にする。
  これは新しそうだ
 次回はいよいよ峠を越えて青垣町に入る。蓮根峠を越えるか塩久峠を越えるか思案六法である。住職は蓮根峠と言われていた。「丹波西国三十七所道中記」には、是より氷上郡小倉村高源寺へ三里大峠あり奥塩久村通る小川二つあり、と書かれていてどちらの峠か解らない。ところが陸地測量部図を見て奇妙なことに気づいた。現在の五万図では両峠とも奥塩久に下っているのだが、陸地測量部図では蓮根峠は口塩久に下りている。文中の奥塩久村が現在の奥塩久なら、道中記で歩いているのは塩久峠と言うことになる。ただ観興寺裏から蓮根峠に行く道が出来ているのは、巡礼者は便宜蓮根峠を越えたとも考えられる。もともと両峠とも観興寺から尾根一つ西に越えたところから取り付いているので、今日はその取り付き地点を確認して帰ろうと思う。
 峠道確認に向かう  左の尾根上が蓮根峠入り口
 尾根を越えて樽水に入ると、蓮根峠の取り付きはすぐに確認できた。塩久峠へはもう少し西に沢に沿って登っていくいくようだ。今日は三っつのお寺を廻り、長距離を歩き、次回の確認もできとても満足な一日だった。例の宝篋印塔だけが気になるのだが、、、。上畑中バス停からバスに乗り、歩いてきた道を車上から眺めるのはこれまた気持ちのいいものである。おわり
 次回はこの稜線を越えるのだ。

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