晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

ちょっと覗いて下さい。 9/30

2014-09-30 | 日記・エッセイ・コラム

2014.9.30(火)快晴

 古民家の片隅を
   小さな灯りのギャラリー
         にしてみました。

 ちょっと覗いて下さい。

日時:   10月4日(土)~5日(日)
時間:   10:00~15:00 迄
場所:   綾部市 十倉名畑町 横縄手 4
          工房 じっかん 齋藤

案内:   府道1号線 至小浜方面 十倉信号
      から約300m左側 Pあり

 てなわけで作品を覗いてきたんだが、なかなかどうして立派なもんでござんす。




 行燈ひとすじ、これは必見の価値あり。

 そこでじょんのびとしては、工房じっかんを訪れた方に
4日、5日限り全品100円引で提供いたしますぞ。

カフェじょんのび 工房じっかんから更に小浜方面へ2Km、左側
工房じっかんに置いてある名刺を持参のこと、何名でも可。

 こんな店どえ~す

 【作業日誌 9/30】
剪定、東側

【今日のじょん】ぽんぽこラストはボールを落として帰ってこない。もっと遊びたいという
サインなのか。



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穴虫考(120) 福井県-11 9/29

2014-09-29 | 地名・山名考

2014.9.29(月)快晴 
山田清吉さんへの手紙(2)

 歴史的に自らの葬儀を生前に行うことは上層階級の中で行われてきた。
しかし、山田さんの擬葬とは根本的な考え方に置いて異質のものと思う。
門外漢のわたしがあくまで予想で言うのだが、山田さんの擬葬というのは、浄土真宗の教えに基づいた
、満足した生死の転換、いわゆる往生を実現したいと言うことではないだろうか。
 紹介した詩の他にもいくつか擬葬の詩があるのだが、すべてが平野の田んぼの中の藁葬にこだわって
おられる。
 実は山田さんに質問の手紙を書いた後に藁葬の様子を記録や写真で見ることが出来、山田さんが
詩の中に書いておられることも、わたしの想像もほぼ実際のものと相違ないことに気付いた。
 例えば「土」の中の「燃えて灰も骨もなくなるまで 孫達は鍬で頬杖」の光景も、現実の
写真のままである。


葬送墓制研究集成(1)にある藁葬と火葬中の写真、山田さんの詩のままである。
 山田さんが春江町の友人に聞かれたという藁葬は、詩の中に書かれたそのままである。にもかかわらず
穴虫や藁葬の研究をしているわたしのために再度確認に春江町を訪ねられた山田さんの厚意が嬉しい。
そして農作業が落ち着いた11月に落ち着いて藁葬の事について語りたいと言われている。
 最も驚くことは「冬になれば彼の家で己の藁葬の仮体験が出来たらと考えています。」と書かれていることだ。
 山田さんが田んぼの中の藁葬に憧れておられることはよく理解できる。でも現実には現在行われない葬法である。
仮の火葬とはいえ、昔のまま藁を束ね釣鐘状にして濡れ筵をかぶせ、一晩燃やしたらこれは事件である。
消防署はとんでくるだろうし、警察だって出動しかねない、大騒ぎになって引っ張られでもしたら大変だ。
しかしもう日本では見られなくなった藁葬を再現するとしたら、民俗学的にも葬送文化の面からも注目を浴び、
新聞社や大学、博物館などの後援も得られ、そうすると消防署などの支援も完璧で、安全に公に行えると思う。
 山田さんの詩を見る限り、このように大々的には絶対になさらないとは思うのだが、わたしとしては是非見てみたい
気持ちもあり、この件に関しては渡辺先生に相談してみようと考えている。
 
 航空写真で春江町を覗いてみる。山の者には想像もつかない平野である。藁葬の事を聞いたと言われる
友人も20町歩の田んぼを耕作しておられるという。その大平野の田んぼの中に小さな墓地が点在している。
株単位ぐらいの規模である。墓地というのは政策的に、不要な土地、非耕作地に設置されたという歴史的な
傾向があるが、このような土地では田んぼの真ん中に作るしかない。そして火葬もその場所で行われたのだろう。
 幾つかの墓地を眺めていると、コンクリートの小屋風の建物のあるのが見えた。無常小屋といって葬儀の
諸道具を納めておく小屋かと思ったのだが、よく見ると大きな煙突がついている。かつての火葬場かも知れない。
 こうなってくると火葬や地名の研究というより、山田清吉さんの詩の世界にはまり込んでしまう。

【作業日誌 9/29】芝生広場芝刈り、府道のり面等草刈り

【今日のじょん】午前中はゆきちゃんが来て思い切りドッグランした。午後はコロ助がきたんだが
疲れているかと思って出してやらなかったら、コロママはじょんとあそばしてやりたかったんだって。
わるいことしたなあ、遊ばしてやったら良かった。

 

 

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穴虫考(119) 福井県-10 9/28

2014-09-28 | 地名・山名考

2014.9.28(日)快晴 穴虫考(118)は2014.9.21 
山田清吉さんへの手紙(1)

 山田清吉氏に藁葬について聞きたい旨を渡辺淳先生から紹介していただいたが、
耳がご不自由で電話ではうまく伝わらなかった。渡辺先生のすすめで手紙を書くこ
とにし、藁葬の様子や火葬場には穴があったかどうか、遺骨を埋めた田んぼの名称など
の質問を書いて13日に郵送した。
 突然に見ず知らずの者から火葬の質問など受け取って、随分困っておられるだろうな、
回答がなくても仕方が無いなと思っていたところ、25日驚くほど丁寧な回答が届いた。
 この間、渡辺先生が来られた際に、「山田さんは根っからの百姓で、とにかく素朴と
いうか実直というか、、、」と話されていた。
 そしてその通りの返事が届いた。結論から言うと、山田さん自身が藁葬を体験して
おられるということでなく、春江町の友人が実際に経験しておられるということで、
その友人をわざわざ訪ねてくださった様である。ちょうど農繁期のまっただ中で、
11月に再会して詳しく聞き取りしたいということだった。
 丁寧なお手紙と貴重な資料
 そして福井市にある二ヶ所の穴虫(杉谷町、羽坂町)について地図や郷土史などの資料を
集めて送ってくださった。
 これだけでも涙が出るほど嬉しいご厚意なんだが、実はもっと素晴らしいことが書かれていた。
 実はこの間に渡辺先生から山田さんの詩集を3冊お借りしていた。その中に「擬葬の詩集 
詩集 藁小屋」というのがあって、自分自身が火葬される詩を書いておられる。

     風
 己(うら)が死んだのです
 来年春の彼岸のお中日
 したがって来月三日
 この藁小屋にてお葬式
 お寺さんは呼びません
 手前が阿弥陀経をあげます
 会葬者はあなただけです
 棺桶はいびつだがいいのが出来た
 三昧の火の壺には
 藁と木炭三俵敷いてあります
 彼岸の中日にその上に棺桶を置く
 手前が入る
 じゃあね
 あなたが火をつける
 枯葉から藁へ炭へ燃えて燃えて
 骨もみんなきれいに灰になります
 一風くれば跡片もなし

 【作業日誌 9/27】草刈り続き

 【今日のじょん】アニマルキャッチャーには一向にかからない。
遂に竹輪がカビだらけになってしまった。それでも侵入しなければ
いいかって思っていたら、じょんがクンクンやっている。
気がつけば芝生広場に例の糞が、、、、。
クソー(しゃれではない)新しいソーセージで捕まえよう。

 

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じょんのびアラカルト’14,9  9/27

2014-09-27 | 日記・エッセイ・コラム

2014.9.27(土)快晴

ホームページ作成講座に通う
 本ブログもレイアウトやドキュメントの貼り付けなど整備が進まない。
気に入ったスタイルにならないと記事を書く気がしないのは不思議な現象だ。
とにかく今は義務的に記事を書いている。
 ブログも膨大になりすぎて、読者の方々には読みづらいものとなっている。
日記風に書いているので、連続物を読むのは大変なことと思う。元々日本一周旅行記で
その後も日記風にじょんのび村の開拓を書いていこうとしたもので、それはそれで
良かったのだが、論文風なものを書いて行くには大変不都合である。
 そういうわけで、論文的なものは別途HPに整理して、日記風なものを本ブログに
残そうと考えている。たまたま府立高等技術専門校技能センターのホームページ作成講座に
受講できることとなり、12日間の講座に通うこととなった。
 不安な初日を終えて、パソコンのことネットのこと知らない裏話なども聞けて
楽しく過ごした。なんとか修了してよいHPを作りたい。

カメラ直る
 デジカメのバッテリーケースの蓋が割れて修理に出していたのだが、遂に修理がおわり
画像を紹介できることとなった。「画像の無いブログってつまらないなあ、画像ばっかし
のブログがほとんどやで」とかみさんに嫌みを言われたが、ここ一番画像がほしい
里山サイクリングの日、4時間ほどケータイ貸してくれって言ったら断られた。
そう、デジカメが無くってもケータイやスマホなど画像を撮る道具はなんなっと
ある時代なのだが、わたしの場合はポケットカメラしかないのだ。サイクリング会場の
写真を撮ったが、投稿のしようがない。トホホ
 しかしたかが蓋の取り替えにいつまでかかってんねんということで催促の電話を
入れたのが、22日である。「急がせますので一週間お待ちください」という返事を
受け取って、やむなくポケットカメラをポケットに翌日の里山サイクリングで走っている
最中に「仕上がりましたので取りに来てください」という電話が入ったとか、、、。
なんとも考えさせられる一件だったが、カメラの5年保証は入っておくべきだよ。
もうとっくに新規一台買えるぐらい修理しているから、、、。

23日撮りたかった画像、井関家の盆栽に使われた鋳物滓(記事は後日)

剪定すすむ
 気になっていた庭木の剪定が、ユーカリ、南京櫨、しだれ桜、店の前の一切と進んでいる。
ユーカリと南京櫨は切りすぎでねいかいと言う声も上がっているが、これぐらい
すぱっといかねえと植木屋の面目がたたねえ、植木屋さん柳影をやってかい。



【作業日誌 9/27】草刈り(ドッグランど)

【今日のじょん】ナナちゃんが来たぞ。最初は誰が行ってもキャンキャンやってたのが、
じょんのびに慣れてきたのか、社会性がついてきたのか、とってもよい子になってるのだ。
そのうちじょんのびから帰るの嫌がるからね。

 

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無事引っ越し終了 9/25

2014-09-25 | 日記・エッセイ・コラム

2014.9.25(木)雨、曇り

 どうやら無事にブログの引っ越しが終わり、新しい晴徨雨読に記事を書いているところである。
レイアウトやデザインなどまだ暫定的なもので見にくいかも知れないが、ぼちぼち改良していくつもり。
とにかくこちらに書いていかないと、追加引っ越しをしなければならないのでOCNのブログには
挨拶を書いておしまいにしようかと思っている。まだまだ未熟なレイアウトだけれど、徐々に工夫していく
予定なので今後ともよろしく。

【今日のじょん】デカ鹿現る。9時頃だろうか北側のセンサライトが点灯、すぐに窓から覗いてみると
浄化槽のところにでかい鹿が一頭現れる。こちらに気付いてネットを飛び越え逃げていったのだが
じょんは知らん顔。「ここ一番役に立たんなあ、9月の阪神みたいやなあ」と思っていたら、9時45分
急に吠え出す。よくあることなんだが、やっと理由が判明、向かいの家の玄関の灯りである。
カーテンごしに見えるはずが無いと思っていたのだが、じょんのサークルからカーテンの隙間ごしに
しっかり見えるのだ。外へ見に行ったときにいつも向かいの灯りがついている理由が判明。

 

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穴虫考(118) 福井県-9 9/21

2014-09-21 | 地名・山名考

2014.9.21(日)

 穴というのが火葬場に穿たれた浅い穴のことを指すのは間違いないだろう。
では虫とはなんだろう。穴虫地名が真宗寺院の存在と深い相関関係があるようで、現在その位置関係を整理中である。真宗と無関係の地域であっても、鎌倉武士の居住地であったり、国分寺の近くであったり、法相宗(僧道昭は火葬の初現ともいわれている)に関連する寺院があったりとことごとく火葬と関連している。穴が火葬の一施設とすれば、虫も火葬に関わる言葉であることは容易に想像できる。
 香芝市穴虫がかつて穴蒸村であったように、虫は蒸だったのではないか。山田清吉氏の詩「藁葬」のイメージや実際の藁葬の写真を見たとき、藁葬の実態はいわゆる蒸し焼きではないかと考える。
 そのひとつの理由は、火葬は一昼夜かかるということである。藁葬の写真を見たとき、かなり大きな釣鐘状になっているのだが、轟々と燃えさかったらとてもあれだけの藁では済まないとおもうのだ。夜間は一旦引き上げると書かれているので途中で燃料を追加するという風には考えられない。また、藁束は縄で縛られ、かなり硬い塊となっているようである。点火当初は燃え上がっても、やがては蒸し焼き状態になるのではないか。
 例えば現在くすべといって、刈り取った草などを燃やしているが、ドラム缶や焼却炉の中で一晩ぶすぶすとくすぼっている。朝になるとすっかり灰になっており、火災面などで安全で確実に燃焼でき、何かを燃やすという意味では燃料の節約になる焼却方法ではないかと考える。
 葬送墓制研究集成(1)に掲載されている火葬場の写真が4枚あるのだが、1枚目は棺の下に引かれる藁束で、2枚目が4本柱の中に藁の釣鐘状のもので天蓋が掛けてある。天蓋は本来4本柱に結びつける、と書かれている。3枚目は燃えているところで、周囲で茶碗酒を?んでいる様子もうかがえる。煙の中に柱状のものが倒れており、四本柱の一部かとも思われる。4枚目が先ほどレンガ積みの穴と紹介した写真であるが、四本柱が常設されており、梁、母屋、小屋束といった屋根を支える構造も備えている。垂木は無いが屋根はトタンで張られており、熱のためか方々が破れている。
 問題にするのは4枚目の写真で、四本柱、梁等はすべて木製であり、火葬が轟々と燃えさかる炎によって為されるとこれらも燃えてしまうだろうということだ。これらの木材が常設されて残っているということは、火葬の大部分は蒸し焼き状態で行われたということが予想される。
 野における火葬を知っておられる方はまだまだ各地におられる。是非ともこのところを確認してみたいものだ。つづく

【今日のじょん】今日は秋晴れで最高の天気である。ドッグランには絶好と準備をするが、利用したのはゆきちゃんだけ。もっと遊びに来てくれよ。

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穴虫考(117) 福井県-8 9/20

2014-09-20 | 地名・山名考

2014.9.20(土)晴 穴虫考(116)は2014.9.18

 中世の火葬場に穴と呼ばれる設備があるとすると、それは遺体を焼く部分に掘られた浅い穴としか考えられない。
 葬送墓制研究集成という5巻にも及ぶ出版物がある。その1巻葬法の中に
 火葬の方法は、一定の場所を少々堀くぼめ、たきぎや藁をおき、棺の上にも積み上げて火をつける。
 とある。この少々堀くぼめた部分、原爆投下後の校庭で友達を焼いたという絵(穴虫考(99)2014.8.23)にある浅い穴と同じである。また山田清吉氏の詩に出てくる火の壺というのもこの穴のことだろう。
 葬送墓制研究集成には藁葬や火葬場の写真も載っており、初めて見るかつての火葬場に壮絶なものを感じる。土葬の埋葬は何度も目にしたが、土を掛けてしまえば遺体もその変化も目にすることはない。火葬の場合は点火をして、その遺体が燃えさかるのを間近に見ているのである。ヤマミマイなどと言って喪家から酒食が見舞われ、焼番(火葬を執行する人、地方では輪番でまかなっていた)が茶碗酒を飲みながら燃えるのを見守っている写真も添えられている。
 藁葬の写真では、浅く掘られた穴は確認出来ないが、もうひとつの火葬場の写真にはレンガが積まれた穴があり、その中で藁と薪で焼くと説明されている。
 柳田國男著の「葬送習俗語彙」にはホドの説明に、「安芸山縣郡中野村では火葬の穴のことである。女人を焼いているホドに雨が降ると、七日降りつづくと謂ふ。」と書かれている。やはり火葬場には穴があり、そこは穴、ホド、壺などと呼ばれていたようだ。つづく

【作業日誌 9/20】
BIKE清掃(23日里山サイクリングに向けて)

【今日のじょん】最近お客様に対して吠えるようになって困っている。パターンが決まっていて、わたしたちが別室に居るときにお客様がいらしたとき、じょんがドッグランどに居てわたしたちが店に居てお客様がいらしたときである。「お客さんがいらしたで」と知らせてくれているのだろうが、お客様自身にしたらあまり気分のいいものではないので、困っている。P1010256

カメラが修理中で写真がないので、昨年の今日何してたかなと覗いてみる。道路にイタチのプー助の事故死を見つける。山内に木樵に行ってる日で、随分暑かった事を憶えている。アイスキャンデー3本食ったんだもの。(2013.9.20)今年はすずしいわ。 

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淳先生おすすめのイベント 9/19

2014-09-19 | 日記・エッセイ・コラム

2014.9.19(金)曇り

 淳先生が自転車で峠を越えてこられたのは、何か意味というか思いがあるようだ。水上先生没後10年の企画のパンフレットや新井英一さんのライブの案内パンフレットを持ってこられたけれど、そんなことじゃない。山田清吉さんの詩の話をされ、次の日には詩集を三冊持ってこられたけれど、そんなことじゃない。お土産にかまぼこ板の絵と童話をいただいたけれど、そういうことじゃない。そんなことは自転車に乗らなくてもできることだ。
 先生にお目にかかるまでにもいろんな人から聞いていた、「先生は川上から自転車で来てんやで」「ほんでさっさっさーと絵描いてんやで」
 何と凄い先生やなーと思ったのだが、今回のこともそういう意味があったのかと思う。先生にとっては、自転車で峠を越えて上林に来ることにこそ大切な思いがあるのではないだろうか。いただいた物もお借りした本も宅急便で送られた物よりうんと重みがあるわけだ。そんな重みのあるイベントを紹介したい。

新井英一 LIVE in おおい
日時:2014.11.1(土)17:00開場 18:00開演  
会場:古民家サロン アルプス おおい町石山12-5
前売 ¥3,500 当日 ¥4,000
出演:新井英一(唄・ギター) 高橋望(ギター)

帰雁忌・ブンナよ、木からおりてこい 劇団青年座公演
日時:2014.10.25(土)午後1時開場 2時20分開演
会場:若州一滴文庫くるま椅子劇場
料金:2,000円(帰雁忌の催しは無料)チケットは若州一滴文庫
P1030761


没後10年の催しは他にも沢山ある

若州一滴文庫の企画
もうひとつの太陽 水上勉と中村裕の夢みた日本の明日
11月3日まで

渡辺淳 谷の人展 
2014年11月5日(水)~2015年2月9日(月)

【作業日誌 9/19】
南京櫨、しだれ桜剪定(桜切らぬ馬鹿)

【今日のじょん】今年の秋は早い、ふかふかのペットベッドを出してもらったら大喜び。P1020587
こんな感じ(3月26日の写真) 

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穴虫考(116) 福井県-7 9/18

2014-09-19 | 地名・山名考

2014.9.18(木)曇り  淳(すなお)先生がやってきた

 昨日のことである、おおい町の治面地さんが来店されて、「小仲のとこで渡辺淳先生が自転車に乗っておられたで」とおっしゃる。確かに先日お目にかかったときは以前よりもお元気な様子だった。川上から峠を越えて上林に自転車で良く来られていたのだが、それはもう少しお若いときである。
 今年で83才になられるという先生がまさか自転車で上林に来られているとは、半信半疑だった。それから小一時間、庭でなにやら音がするので覗いてみると、淳先生が自転車から降りてくる。いやー驚きましたねえ、しかも店を見落として十倉まで行って戻ってこられたということだ。
 治面地さんも店におられて、他のお客さんも交えてしばし歓談、先生の話はいつ聞いてもおもしろい。炭窯を三つも焼いておられ、遠くは光野町まで来られていたとか。茅で小屋がけされた話とかまるでおとぎ話を聞いているようだ。
 山田清吉氏に藁葬のことを聞くために先生には大変お世話になった。なにしろ穴虫地名解明の発端になったのだから、改めてお礼を申し上げる。既に山田氏に手紙にて問い合わせていることを報告し、他の文献で見つけた藁葬の写真を見てもらう。「いやあ、こういうもんかね」と驚いておられた。そのはずである、先生の生まれ育った川上には藁葬という葬法はないだろうから。
 詩「藁葬」に画かれた先生の挿絵は黄色い藁が赤い炎を挙げている幻想的で美しい絵である。生々しい藁葬の図とはまるで違うのだが、先生の挿絵が最も「藁葬」の詩を生かしていると思う。
 「帰りは車で送りますよ」と勧めたのだが、先生は頑として聞かれなかった。
Photo
 
淳先生の愛車、カメラ修理中なのでかみさんに撮ってもらった。



 そしてもっと驚いたことは、今朝も開店と同時に来られたことだ。喫茶フロッカスのご家族とご一緒に乗せてもらって車で来られた。
 山田清吉氏の詩集「田んぼ」「土偶」「藁小屋」の三冊を貸していただくことになった。というより持ってきてくださったということだ。
「あんたの知りたいようなことは書いてなかったみたいだが、、」とおっしゃったが、なかなかどうしてわたしの知りたいことがいっぱい載っている。でも先生、わたしは火葬や藁葬のことを知りたいためだけに山田さんの詩を読んでいるわけではありませんよ。ちゃんと百姓の詩を鑑賞していますから、念のため。
 きのう自転車で帰ったのは、「たとえ片道でも送ってもらったら、自転車で行ったということにならへんからな」ということだった。
 先生の行動力には脱帽する。

【作業日誌 9/18】
ドッグランど植木の剪定

【今日のじょん】夜中の11時過ぎになると必ず吠える。周囲を見るが何もいない。でも朝になると妙な糞が落ちている。近所の方の話だとハクビシンがあちこちで出没していると聞く。う~む、また課題が増えてきた。
P1030732


糞には柿の種や小さな種が含まれている。(9.6の写真)

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穴虫考(115) 福井県-6 9/17

2014-09-18 | 地名・山名考

2014.9.17(水)晴

 穴虫の意味については、太陽の沈む穴道、風のアナゼ、穴地形、横穴、埋墓の穴、両墓制の詣墓(空無所)などなど随分遠回りをしてきた。現実の穴虫を訪ねる毎に候補が消えていき、最後には石塔以前、詣り墓に代わるもの、例えば恐山とかニソの杜とかそういったたものかと考え、それらの研究も進めてきた。ところが香芝市の穴虫を訪れ、古代の文献には現れないことを知り、また山田清吉氏の詩「藁葬」から、火葬場、火葬地ではないかと考えついた途端多くのヒントが出てきた。
 前述の「中世の葬送・墓制」に記述の”穴”もそのひとつなのだが、やはり具体的に何を示すのか解らないと地名考証の根拠にはならない。何度も何度も本書を読み直していると、幾つかのことが解った。
1.『大乗院社寺雑事記』にある、御葬火所穴等拝見という文からは穴等を見たというのだから、穴は形のあるものと考えられる。
2.『観智院法印御房中陰記』の当初の見積もりと、火葬所を取りしきる善阿弥の苦情後の見積もりの差を見ると以下の様になる。

荒壒 3連(300文) →荒壒火屋代 1貫文
炭  3連(300文) →炭薪代   500文
棺 100文      →
穴賃 100文     →穴賃    100文
ハタツケ 100文   →膚付代   500文
僧衆十五人布施 1貫500文→僧十五人の布施 1貫500文
ワラウツ 100文   →同藁屨代   100文
絹一 800文     →覆天蓋絹代  800文 
             輿網代    200文
             棺上結布代  100文

 実際にかかる費用の大きさを表しているのだが、この中で値段の変わっていないのが藁屨代を含む布施と穴賃である。思うにこの二つは僧衆あるいは火葬管理人による定額の代金ではないか。そしてその他は他から仕入れる品々で値段の高騰が見られるようだ。穴賃と布施以外が全て〇〇代となっているのは、それらは購入してきて焼却、消耗するものと考えていいのだろう。さすれば穴賃とは労働の対価あるいは貸借の対価と考えられる。1.で穴が形のあるものと見られるので、火葬の施設で反復使用する設備と考えるのが妥当ではないか。
 また、棺に対応するものが解らないのだが、輿網代ではなかろうか。
つづく

【作業日誌 9/17】
剪定白樫試し

【今日のじょん】相変わらず元気だワン
 


  

 

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穴虫考(114) 福井県-5 9/16

2014-09-17 | 地名・山名考

2014.9.16(火)快晴 穴は火葬場だった

 真宗地帯の福井県で小字穴虫の数が少ないのが気になる。わずかに5地域で京都府より少ない。穴虫が火葬地だとするとこの地域に無数に存在してもいいはずだ。その代わりと言ってはなんだが、穴田という地名が無数にある。穴地形、つまり両側が切り立って迫っているような地形のところにある田んぼと考えるのが一般的と思われるが、実際に現地を見てみないと判断できない。
 この穴田地名は嶺北に多いようで、嶺南には数が減り、京都府の舞鶴市になるとごくわずか、綾部市になると皆無の様相である。もっとも精査したわけでないので感覚的なものなのだが、この分布は何かありそうな気がする。
 ここで文献上に重大な発見をしたので紹介したい。
 穴というのは火葬場である。
 「中世の葬送・墓制」水藤真著
 
文明十六年三月二十日、久々に京都を訪ねた尋尊は奈良への帰途東福寺に立ち寄り、「普門寺ニ参詣、後成恩寺御葬火所穴等拝見、則参申常楽院了」(『大乗院社寺雑事記』同日条)と、兼良の火葬の所を見た。(P156)

 という文章がある。火所穴、穴が火葬場を表していることは明らかである。
また、「八 葬送や石塔の費用」(P159~P174)の中に次の記述がある。
 
さて、応永五年(一三九八)六月三十日、答辞観智院の賢宝が亡くなった。
その没後の様子は『観智院法印御房中陰記 応永五年』に詳しく記されている。その中に「一、御荼毘用意事」として

 
則注文一紙送レ之、彼注文云、荒壒三連、炭三連、棺百文、穴貸百文、百文ハタツケ云々、八百文絹一、百文ワラウツ、一貫五百文僧衆十五人布施
此分彼是三百疋余也。


 絹一とは棺の覆、天蓋、幡等のことでワラウツというのはワラクツのことらしい。荒壒というのが何か解らないが、この見積もりが見直された文に
荒壒火屋代 一貫文とあるので、火葬場における火葬の労賃ではなかろうか。火屋は火葬場の建物、といっても四本柱に天蓋のついたものだが、穴は穴貸が見積もり後穴賃となっている。単なる誤字なのか、それとも穴というのは貸すものなのか、火葬する地面の炉の部分と見たのだがどうだろう。
 この辺はもう少し研究する余地があるが、少なくとも穴は火葬に関する言葉で、穴賃というのは土葬の場合は発生していないのである。
つづく

【作業日誌 9/16】
ネギ土寄せ、春菊播種準備

【今日のじょん】今日はおとーおかーは舞鶴の病院へ行ったり買い物したりで、帰ってきたと思ったら温泉に行ったりしちゃって、留守番ばっかし。P1030731

おっ寝とんなとおもったら、薄目開けてたりして、、。(9.5)
 
 

 

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穴虫考(113) 福井県-4 9/15

2014-09-16 | 地名・山名考

2014.9.15(月・祝)晴

 「死にました」の中には次の一文がある。

 
でも土に埋めるなどと
 おうげさなことはしないでください
 できることなら
 きのう脱穀した
 稲藁に包んで
 この河原で
 もやしてください
 火打石
 ここにあります

 「境界線」には次の一文がある。

 
農家の欅に夕日がかかった
 くねった小川に茜が映えた
 樹木の一本もない沖田の火葬場
 地平線を歩いてくる


 この詩集にはもっともっと多くの死や葬送に関する詩が書かれている。本来は詩を鑑賞していただくところなのだが、火葬場に関する事ばかりを抽出して申し訳ない。
 詩の中から昭和中頃の庶民の火葬の様子が垣間見られる。
 遺体を藁でくるんで、釣鐘のようになる。
 大きな火葬場の火の壺で焼く。燃料は藁。
 焚き口から火打ち石で火を点ける。
 濡れ筵三枚でおさえ、トタンをのせる。
 一昼夜して骨を拾う。
 河原で燃やすこともあるようだ。
 平地の田んぼの真ん中に火葬場はあるらしい。
 拾った骨を田んぼの真ん中に納める。

 実際の藁葬がどのようなものか、山田先生に手紙を書いた。渡辺淳先生にアポイントを取ってもらうよう依頼したのだが、高齢のため耳が不自由で会話が難しいので手紙にするようアドバイスをいただいた。わたしの想像する絵も添えて送ったのだが、果たして真意が理解してもらえるか不安なところである。つづく

【作業日誌 9/15】
庭木剪定(店前玄関部分)
芝生広場、野芝混植

【今日のじょん】マイフリーガードしたのだが、いつものように暴れない。ジェネリックだけに効き目が薄いのだろうか?

 
 

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穴虫考(112) 福井県-3 9/14

2014-09-15 | 地名・山名考

2014.9.14(日)曇り 穴虫考(111)は2014.9.4

 山田清吉氏の詩集「べと」から「だんだんたんぼ」よりに「藁葬」という詩があり、それこそが穴蒸し、穴虫ではないかと気付いた。
 勝ち将棋鬼の如しという諺があるが、穴虫が火葬地、火葬方法という仮説を立ててから、あらゆる問題がどんどん解決していくのだ。
 穴虫のある所には真宗寺院が隣接していたり、真宗の影響が見られないところには、鎌倉武士の影響があったり全て筋が通ってくる。
 周囲の地名が解らずに考証が難航していた大津市北大路町三丁目の穴虫池(2014.2.27,28参照)もその地が焼野鉱山というマンガン鉱山であったことがそのまま火葬地と言えるのではないか。焼野(やけの)というのは鉱山地帯を表す金属地名でもあり、焼畑を示す地名とも言われている。しかし、野というのが葬地、墓地を表すことも事実なので、素直に焼き野→火葬地と解釈すれば、穴虫池の地名も理解できてくる。
Cimg9674 Cimg9685
Cimg9667 


穴虫池はかつての焼野鉱山跡で、水が引かれると坑道跡が出てくる。
 さて、この穴虫池から琵琶湖に注いでいる川は盛越川という。考えすぎかも知れないが、これをモチコシ川の転訛とすれば更に奇妙な符合が現れる。モチコシというのは、居住地から尾根や山を越えて葬地を構えることで、越える峠が持越峠などと呼ばれる。そう考えると、焼野、穴虫池から尾根一つ越えた所に国分が有り、晴嵐小学校のところにかつて国分寺があった。また北に尾根を越えると富士見台の滋賀病院のところに国分尼寺があったという。丹後国分寺(宮津市国分)の西へ尾根ひとつ越えた所に男山穴虫があることを思うと随分信憑性を帯びてくる。
 話がそれてしまったが、「だんだんたんぼ」を読み直すと参考になることが幾つか現れた。「納骨」という詩には、次の一文がある。
 
父が刈り取った稲株を
 力一ぱい引き抜く
 根が土を返した

 五反田んぼの真中
 亡父を押し込む
 うしろをふりむかないように帰るんだ


 これは詩の一部だが、火葬骨を田んぼの中に散骨している様子で、骨箱ごと埋めている。後ろを振り向かないようにというのは土葬の場合にもあることで一般的な風習らしい。
つづく

【作業日誌 9/14】
 芝生広場北側の育ちの悪いところを野芝混植とする。十日ほどかかりそう。
 ほうれん草種蒔き

【今日のじょん】朝、久々に猿の軍団が来た。従来なら隣家の栗の木に群がっていたのだが切り倒してしまったので、あれ~って感じでウロウロしていた。ざまあみろ。じょんはおとーが気付いて窓を開けたりしてからワンワンやりだした。もっとはよー気付よ。

 

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雨読 詣り墓(増補版)-2 9/13

2014-09-14 | 雨読

2014.9.13(土)曇り

 後半部分は、「増補一 両墓制の成因について」と「増補二 両墓制の分布について」からなる。旧版から四半世紀を経て書かれたものであるので、その間の研究の進展、より広範囲の詳細な調査の結果から興味深い論文となっている。
 両墓制の成因についてはわたしたちが最も知りたいところなのであるが、この項を何度読んでも、結論は出ないのである。両墓制はこれこれの要因で発生して、このように発展したという風に、一概に言えないのである。ある一つの法則を発見しても、必ず例外が出現するし、他の地域ではまるで当てはまらないというような事態が常である。それは人びとの死生観、他界観、埋葬地に関する不浄感愛着感、など多分に人の感覚的、思想的な部分が影響しているということと、村落の発展、仏教の影響力、近代にいたっては行政の関与など実に様々な要素が関わっていることに起因する。
 このことは「両墓制と他界観」にも受け継がれ、両墓制の成因と発展については一つの要因だけでははかれないというのが今日の定説なのだろう。わたしは近代の行政の関与も、近世の村落による両墓制の成立も効率的土地利用の観点が底辺にあるものと考えているが、最上氏もそのことは肯定しておられる。ただ、それだけでは両墓制は語れないと書かれている。
 両墓制の分布については増補版において従来とは異なる、より精密な分布の状態が解ってきているが、それが何を表すかについては、私自身も理解できていない。「両墓制と他界観」の中でも分布についてはかなり緻密な考証が為されていて、読んだ際にはなるほどと理解できるのだが、後ほどではどういうことかというとまるで説明できないという奇妙な状態となっている。それはどういうことかというと、例えば近畿には非常に緻密な分布を示すのだが、地域によって存在するところと、まるで存在しないところがある。こういうところを無視して、全国的分布を云々しても難しいことが残るのではないだろうか。
 旧版同様具体的な貴重なデータが残されている。これらのデータを駆使して結論を引き出したというよりは、提起をしたという方が濃厚な一冊である。おわり

【今日のじょん】涼しくなって運動量が増えてきた。今夏は食欲が落ちることはなかったので、しっかり運動しなければということなんだが、コチトラの体力が低下しているのでイケマセン。

 

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雨読 詣り墓(増補版)-1 9/12

2014-09-12 | 雨読

2014.9.12(金)晴

 両墓制研究のバイブルといえば、既に紹介済みの「両墓制と他界観」、そして今回の「詣り墓」かと思う。前者が平成の出版であるのに比し、後者は初版のはしがきが昭和三十年、増補版が昭和五十五年となっている。つまり「詣り墓」が提起で「両墓制と他界観」が結論のように思う。
 そのことは読む前から解っていたのだが、先に「両墓制と他界観」を読んだのは、両墓制の結論を知りたかったからだ。「詣り墓」は購入したものだが、「両墓制と他界観」は図書館で借りたものである。試し読みのようなもので、いずれ購入したいと思っている。それはデータの多さ、内容の複雑さのためで、借本ではとうてい理解できないからである。
 「詣り墓」(増補版)最上孝敬著 名著出版昭和55年4月発行 古書購入
 
 どちらも一階読んだきりなので、実は理解できていないのが現状である。わたしは本に線を引くのがきらいなので、気になる部分には付箋をつけることにしている。「詣り墓」が最高記録でおそらく30枚以上だと思われる。それだけ中身の濃い内容で、多くの問題が提起されている。ただしこれだという結論が出てこない。つまり両墓制というものはそういうもののようだ。
 内容は前半2/3が旧版のもので後半1/3が増補一両墓制の成因について、増補二両墓制の分布についてである。
 前半部分は両墓制についてのあらゆる問題が提起されているが、両墓制について全体的に書かれた文献は少なく、多くの研究者が本書を教科書として調査にあたったものと思われる。例えば、詣り方による分類や埋墓、詣墓の位置関係による分類などである。かつての両墓制の調査資料がすべてこれらの分類を伴っているということは、研究者が教科書として使用した証である。また、多くの調査資料は、両墓制そのものが消滅状態となっている現在大変貴重なものである。つづく

【作業日誌 9/12】
白菜、キャベツ苗植え付け
大根種蒔き、ほうれん草畝造り、畑草刈り
P1030759
中尾種苗の苗は素晴らしい。


【今日のじょん】シャンプー、体重測定をする。体重は19.2Kgでやや増加。シャンプー後の態度が変だ、散歩も行きたがらないし、帰ってきても遠くに逃げている。シャンプーの後のマイフリーガード(フロントラインのジェネリック)を警戒しているのだ。マイフは来週なのに~
P1030755


背の高さ比べじゃなくて、顔の大きさ比べならそこそこなのに、、、

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