晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

進化する寿命延ウォーク-4 11/17

2018-11-17 | 寿命延ウォーキング

2018.11.17(土)雨 地下足袋歩行の効用(1)正しい荷重が自然に出来る。

 三ヶ月間地下足袋で歩いて、一度ウオーキングシューズに戻してみた。天気が悪くて濡れた地下足袋が乾かなくてやむなくウオーキングシューズを履いてみたのだが、実に奇妙な感覚を足裏に感じた。かかとから足裏の外側、そして指のつけ根を小指側から親指にむかってのラインが沈み込むのだ。つまり寿命延ウォーキングの正しい着地と蹴り出しという項で足裏の荷重ラインを示したそのラインが沈み込むのだ。ただし現実に沈み込んでいるのではなくて足裏の感覚として沈むように感じている。ということは地下足袋で歩いているときはそのラインに沿って自然と荷重されているのだ。足に荷重しているというより地面から反作用として突き上げられていると言った方が理解しやすいかもしれない。それがショックを吸収する靴を履いた場合には地面からの突き上げが感じられなくて沈むように感じてしまうようだ。これは実は大発見なのである。

地下足袋でこのゴーロを歩くとウオーキングの本質が見えてくる。
 ウオーキングに関する数多くの本にもこの足裏の荷重ラインのことは書かれている。中にはこのラインに沿って荷重できる訓練法まで書かれている。しかしどの本にもなぜこのように荷重するのかは書かれていない。先生方もよくわかっていないのではないだろうか。わたし自身もウオーキングの講座では「アーチがあれば自然にそうなる」とか「この荷重がミルキングを効率よく起こすのでは」とか怪しげな解説をしていたのだがやっとその理由が解ったわけだ。「裸足で歩けば自然とそのラインに荷重される」というのが結論である。靴を履くことを前提にウオーキングを考えておられる先生方にはこのことが解らなかったのだろう。
 ではなぜそのラインに荷重されるのだろう。様々な理由があるのだろうが、歩いてみてはっきり言えることは、「足を守ること」である。つづく
【今日のじょん】うらにしな天気が続く上林にドッグランのお客さんがいらした。京丹波町のすずちゃんとベル君だ。どちらも毛が短いので寒そー。天気の良いときまた来てネ

鈴着けてるのがすずちゃん、ベル着けてるのがベル君。

 

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雨読 続「死に山」-3 11/13

2018-11-13 | 雨読

2018.11.13(火)曇り
 この奇妙なタイトルの本を読もうとした理由はおわかりかと思う。山岳遭難の元研究者としては是非ともこの不可解な事件を解決してみようという試みである。予想した結果は見事に外れ、結果は意外なものであった。これからの読者のために公表は控えるが実に見事な結果であった。
 特殊雪崩、強風、先住民の襲撃、武装集団の襲撃、兵器実験の巻き添え、隕石の落下、UFOなどが原因としてあげられたが、いずれもあり得ないこととして消去されてしまった。厳寒の野外に裸同然のスタイルで靴も履かずに飛び出さなければならない状況というのが最大の謎である。テントを裂いてまで急に飛び出すというのはなんだろう。本書の中で取り上げられなかったことがひとつある。獣の襲来である。厳寒のウラル山脈にどのような獣が居るのか、あるいは居ないのか知らないのだが、何か居てもおかしくはなさそうである。しかしそれは原因究明の候補にも挙がっていなかった。UFOや隕石よりも確率は高いと思うのだが。
 著者ドニー・アイカーが発見した原因は、そのことが本当に存在するとすれば納得のいくものである。山岳遭難の中にはこの事件以外にも原因が解らないものがあるようだ。読売新聞の書評を服部文祥氏が書いておられるがその末尾に興味深い文がある。
 「日本でも1940年1月に朝日連峰で似たような遭難が起こり迷宮入りしている。同じ原因なのだろうか?」
 実はこの文も本書を読むに至った原因のひとつでもある。本の中で、例え解説でもいいからこのことについて書かれているのではと期待した。しかしどこにもこの事件については書かれていなかった。とすればこの書評はなんと無責任ではないだろうか。讀賣新聞に電話し、朝日連峰の事件について問い合わせたが解らず、服部氏に問い合わせるよう依頼したが、出来ないということだった。しかし色々と検索してもらって、「日翳の山 ひなたの山」に掲載されているという情報を得た。上田哲農氏の名著で、学生時代に読んだことがある。ひょっとしたら書庫に眠っているかもしれない。また新たな楽しみが生まれた。おわり
【今日のじょん】
 プールの日は芝生広場の散歩が楽しみ。広い芝生をチマチマ歩いてんじゃねえよ。


好きなお姉さんはいないかな、プールのぞき魔。


 

 

 

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雨読 「死に山」ー2 11/11

2018-11-11 | 雨読

2018.11.11(日)晴れ

 わたしが18歳で本格的に山登りを始めた頃、登山ブームと言うこともあって大きな山岳遭難事故が相次いだ。山で死んではいけないということで遭難対策を徹底的に教え込まれた。過去の遭難事故を分析し、その原因を探り、対策を練るというものだ。雑誌社、出版社も遭難事例や遭難対策の本を沢山紹介していたのでそれらを読みあさった。インターネットの無い時代なので本や会報などしか情報は得られない。国内で起きた著名な山岳遭難事故はすべて調べて、その資料は書庫に眠っている。遭難事故の原因はほとんどが解明されているが、当時は解らなかったものもいくつかある。例えば小説「氷壁」のモデルとなった1955年の前穂東壁のナイロンザイル切断事故など、当時強度的に絶対視されていたナイロンザイル(現在はロープとよばれている)は切断の原因が分からず、クライマーの技術的な問題などとされていた。そのナイロンザイルが鋭角なリッジ状の岩に極端に弱いことが解り、ナイロンザイルの安全基準が制定されるのは実に事故から20年後ということになる。原因が分かってランニングビレイやダブルロープなどの安全対策が生まれてきたのである。
 また、厳冬期の登山では雪崩による事故が大量の死亡に繋がる事が多い。特に新雪表層雪崩は想像も付かない事象が沢山あり、謎とされていた事件も多くあったようだ。しかしそれらはやがて原因が究明され、雪崩についてのメカニズムも順次解明されることとなった。松本深志高校の西穂高岳落雷遭難事故(1967年11名死亡)など事件後に雷のメカニズムが解明され、退避方法などが確立されることとなった。谷川岳衝立岩のザイル宙づり事件(1960年)後には宙づりにならない確保法や脱出方法などが対策されるようになった。
 とまあこのように、遭難事件直後には謎であったものが、やがては原因が解明され対策が施されるのが常である。ところが本書の「ディアトロフ峠事件」は1959年以来、9名もの遭難者を出しながらその原因が謎だったのである。つづく

【今日のじょん】最近我が家では工事が行われてるのだワン。なんでも玄関の前室をこしらえているんだって。おとーが作るって言ってたけど手に負えないので大工さんに頼んだそうだ。楽しみだのー。


 

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雨読 「死に山」 11/10

2018-11-10 | 雨読

2011.11.10(土)晴れ

 読売新聞9月30日の「本 よみうり堂」書評で本書を見つけた。「死に山」というなんともおぞましいタイトルを見て、山を舞台としたフィクションかなと思ったが実はそうではなかった。「世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件の真相》」というサブタイトルを見るとどうやら本当にあった事件らしい。

 「死に山」ドニー・アイカー著 安原和見訳 河出書房新社発行 

 
 事件がおこったのは1959年2月、ソビエト時代のロシア、ウラル山脈でウラル工科大学のトレッキング部のチーム9名(女性2名)が下山予定日を過ぎても帰らなくなったことに始まる。捜索に向かった仲間は彼らのテントを発見するが、そこには遺体は無く、生活の跡が整然と残っていたのである。幽霊船につい先ほどまで食事をしていた痕跡が残されているようなものである。またテントの奥には刃物で切り裂かれたような跡が残されている。その後テントから1キロ半ほど離れたところで、いくつかのグループに分かれた遺体が発見されるのだが、ろくに衣服も着けておらず、靴も履いていない。厳寒の山中でなぜテントを逃げ出さなければならなかったのか。
 死因は低体温症、外傷などだが衣類から放射能が検出されたり、燃えた跡があったりで謎だらけである。
 雪崩、強風、先住民の襲撃、武装集団の襲撃、兵器実験の巻き添え、隕石落下、UFOなど様々な原因がささやかれ、その究明が行われたがかなわず、最終報告書は「未知の不可抗力による死」とされた。
 これは間違いなく本当に起こった遭難事件であり、何が何でも読んでみたくなった。さりとて座右に置いておくような種類の本でもないし、図書館で探してもらうこととした。そうこうしているうちに京都新聞の書評にも掲載され、どうやら関心度の高い本のようである。つづく

【今日のじょん】久しぶりにマウイちゃんとルークに会いに行く。まういちゃんは足も目も弱くなってきたけど、まだまだ頑張れそうだ。


 ルークは若いので体が軟らかいのか、面白い格好で寝そべっている。どっかで見たような格好と思ったらニューモモちゃんもこんな格好するんよね。じょんはしたっけなー。


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劇団四季が来たぞ 11/4

2018-11-04 | 文化に触れよう

2018.11.4(日)晴れ

 劇団四季が来た。創立65周年の節目にスタートした新しいスタイルのエンターテイメント、「SONG&DANCE」である。なにせ65年分のミュージカルのダイジェスト版ってところだから贅沢というか欲張りというか、とにかく素晴らしいステージだった。恋する頃に立ち戻れる数時間といったらちょっとキザかな。
 劇団四季って、「キャッツ」や「オペラ座の怪人」など観たい観たいと思いつつも観たことが無かったのよね。今回が初めてということで余計驚いたのかもしれないけど、舞鶴の文化会館が満席になるのは初めて見た。開演20分前に到着したのだが、あの広い駐車場が満杯で、入れなかったのでこれも初めての体験である。

 失敗は失敗は入場料をケチってB席にしたこと、大体文化会館に二階席があることも初めて知った。それだけいつも空いてる席で鑑賞しているという事なのだけど、7月の大フィルだって一階のいい席が確保できていたのである。歌だけならともかく、ダンスとかミュージカルなんてのはしっかり見られる席が必要である。かみさんの用意したオペラグラスを持って行ったのだが、それでもよく見えない。S席8,500円は厳しいがA席6,000円は確保すべきだった。俳優さんの顔が見えないこの席でも感動したのだから、かぶりつきならさぞかしかと思う。
 もっと驚いたのは、こんなに長時間の熱演が12月の23日まで各地で続くと言うことだ。舞鶴の後は6日に和歌山、7日にたつの、8日に鳥取と連日の公演だ。プロだから、若いからできるのかと思うが、ちょっと信じられない。移動はどうするんだろう、宿はどうするんだろうなどと下世話なことを考えてしまう。

例によって開演前の様子。
 

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じょんのび芋煮会 11/2

2018-11-02 | 日記・エッセイ・コラム

2018.11.2(金)曇り

 天気予報では秋晴れの好天のはずなんだが昨夜から時雨れている。朝起きてみると本降りの雨で、どうしたものかと悩む。10時に決定することにして、結局河原で行うのを止め、じょんのびの庭で行うことにする。

 東北を巡ったとき、おかずとしての芋煮は食べたが河原で頂く本格的な芋煮は経験が無い。小沼さんにいただいたレシピを参考に肉や野菜を買い付けて、適当に味付けする。ぶっつけ本番で大変不安だったのだが実においしく仕上がって大満足。参加の皆さんにも好評だった。小沼さんの小芋は軟らかくてきめが細かい、普段のとちょっと違うなと思っていたら、大野芋とかいったか特別な品種だそうだ。


こんな感じで盛り上がりやした。来年もやるのでこうご期待。

【今日のじょん】
 だんだん寒さが応える歳になってきて、出かけるときは服を忘れずに、、、
 

 

 

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芋煮会のご案内 10/28

2018-10-28 | イベント情報

第一回 じょんのび芋煮会開催

日時:2018年11月2日(金) 雨天時6日(火)

   じょんのび11時30分集合
   折山峠~忠~現地(約2Kmウオーキング)
   寿命延ウォーキングワンポイントレッスン付

場所:上林川スロ橋下流(忠町)
会費:1,500円(芋煮、飲み物、お酒、コーヒー)
   夫婦割引2人で2,000円
申込:じょんのびに30日夜まで(Tel.Fax.0773-21-4632)

※お酒飲まれる方はバスで帰宅のこと。

【今日のじょん】
 いくみちゃん来じょんてんで前の日からシャンプーして、ハロウィングッズで決めちゃったりして大変。


こんな感じで大喜び。
 




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雨読 「維新の影」

2018-10-21 | 雨読

2018.10.21(日)晴れ

 「維新の影」近代日本150年思索の旅 姜 尚中著 集英社 2018年1月第一刷 借本

 本書は共同通信が配信して、優れた地方紙27紙に連載されたものを加筆修正して出版されたものである。京都新聞に掲載されたものを数部切り抜きしていたが、まとめた新刊が発行されたと新聞の読書欄で見つけて読んだものである。

 今年が明治維新から150年ということで各地でイベントが開催され、政府肝いりのセレモニーなども行われるようだ。序章においてそのあり方を書いておられるが、姜先生の文章は難しくて一言で言い表せない。わたしなりに解釈すれば、政府の思惑は明治維新以降の政治経済の日の当たる部分のみを強調し、本来将来に活かすために大切な影の部分を無視しているということではないだろうか。タイトル「維新の影」がそのことを物語っている。明治維新以降日本が歩んだ「富国強兵、殖産興業」政策の結果が先の大戦であり、その錦の御旗の下で国民は封建時代をもしのぐ辛酸をなめてきたのである。
 沖縄県糸満市、長崎県端島炭鉱跡、熊本県菊池惠楓園、水俣市、福岡県三池炭鉱跡と北上する旅路をみれば先生が何を書こうとしておられるか想像できるだろう。神奈川県津久井やまゆり園、福島県福島第一原発、秋田県大潟村など最近の事象も辿り、最後は北方四島を望む北海道野付半島で終わる。その章のタイトルが「仄かな光に宿る希望-「野蛮の記録」を告発」というものである。「野蛮の記録」というのは勝者による歴史である。そして希望とは何だろう。
 それは、日本の近代の、そして戦後の単なるエピソードでもなければ、懐古的に綴られる過去の出来事でもない。それは、150年の時空を超えて今も変わらず続いている「野蛮の記録」を、沈黙のうちに告発し続けているのである。
 今回内容については書いてないが、是非読んで頂きたい一冊である。あやべ図書館にあるので是非。

【今日のじょん】久々にモモちゃんが来たので大喜び、おかあがおやつくれるのでなんとよい子ちゃんだこと。

 

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続々・体力測定 10/14

2018-10-14 | 健康

2018.10.14(日)晴れ

 スポーツ庁が公表した2017年度の体力運動能力調査の結果が各紙に報道された。高齢者の体力が向上し、60~69歳女性、70~74歳男女、75~79歳の男女で合計点が過去最高という事である。高齢者の運動に対する姿勢と環境が向上しているためだろうか、喜ばしいことである。しかし高齢者でごった返している病院や順番待ちで入れない高齢者施設を見ていると、医療費介護費の困窮が予想される将来、高齢者の健康は今以上に大切なこととなってくる。寿命延ウォーキングが高齢者の健康づくりにお役に立てるなら、とてもやりがいのある事だと思う。
 さてこの全国で行われる体力運動能力調査の実施要項を覗いて驚いた。文部科学省の新体力テストというのが、先日の京丹波町いきいきシルバーオリンピックで行われた体力測定とまるっきり同一のものだということだ。ADL(日常生活活動テスト)や健康状態のチェックまで同一で、要は新体力テストのとおりにシルバーオリンピックで実施されたと言うことだ。道理でプログラムの中に新体力テストの全国平均が掲載されていたわけだ。

 これは大変ありがたいことである、シルバーオリンピックで測っていれば全国の平均と比較することで自分の位置が解ると言うことだから。また、計測方法なども公表されているので、工夫すれば自宅でも測ることが出来るのだ。じょんのびでも測れるようにして高齢者の健康に寄与できればと思っている。
 2017年全国平均(65~69 男子)右はわたしの記録
握力(Kg)      40.19   50.25
長座体前屈(cm)  35.87    43.0
上体起こし(回)   15.61    15
開眼片足立ち(秒)  85.76    120
10m障害物歩行(秒)6.27     5.53
6分間歩行(秒)   631.34   未実施

【今日のじょん】久々の晴れ間に来じょんのリュウ君、16さい、男前に撮れました。じょんも目指せ16さい。

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続・体力測定 10/6

2018-10-06 | 健康

2018.10.6(土)曇り

 「いきいきシルバーオリンピック」は京丹波町の教育委員会が主催するもので、今年で13回になっている。京丹波町在住、在勤で60歳以上が参加資格である。50m走やソフトボール投げなどの記録認定種目と握力、上体起こし、正座体前屈、開眼片足立ち、10m障害物歩行、6分間歩行の体力測定種目がある。これぞわたしの望んでいた測定だ。こういう記録を毎年残しておけば、体力の増減や体の変化が解ろうというものだ。
 


 ところが当日(9月29日)は台風の影響で雨天となり、屋内球技場での開催となった。参加者もキャンセルが多かったようで寂しかったが種目を変更して熱戦が繰り広げられた。
 認定種目では測ってみたかった50m走とソフトボール投げが中止となり、輪投げ、ニヤピン、ゲートインワンのテクニカルな競技に絞られた。練習ではうまくいくものの本番では散々だった。体力測定種目は6分間歩行以外は測定され、予想通りの記録であった。記録は年齢別の全国平均が書かれており、上体起こし以外は平均以上だった。上体起こしは要領もあり、記録向上の可能性は充分あろうかと思う。開眼片足立ちはこれも要領があるのだが、四股踏みトレーニングのおかげで2分以上をクリアした。80歳になっても体力が向上するようチャレンジしてみたい。
 また、フレイル対策の体力測定用具を工夫して、じょんのびでも測定できるように作ってみたいという願望もある。期待しないで待っとってネ。

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体力測定 10/3

2018-10-03 | 健康

2018.10.3(水)晴れ

 寿命延ウォーキングを初めて3年になるが、その内容は進化を続けている途中だ。歩き方も用具も変わってきている。もちろん基本的なところは同様である。問題はその効果をどう検証するかである。自分自身を治験者にしてあれこれ記録をとっているのだが、定期的に測定できる機会を作りたいと考えている。
 最近フレイルという言葉が使われているが、高齢期の機能減退と理解している。このフレイルの程度を定期的に測定できないものかと考え中である。本来は行政が高齢者対策として行うべきなのだが、定期検診以外のものは行われていない。綾部市では毎年高齢者体力測定として数日間の測定がある。公募して参加するものだが、すぐに満杯になり、高齢者の要望が高いものと思われる。これは京大の研究資料収集の目的で行われるもので、最新の機器を駆使して行われるが、一つ一つの測定結果について報告頂けるものではない。わたしは「京都に出向くから測定結果と分析を知りたい」と手紙を出したのだが梨のつぶてだった。結果は後日郵送されるが、随分おおざっぱなもので、脚全体の筋力、膝の筋力、お尻の筋力、生活の質、活動量が1~5の点数で付けられ、ほとんどが5(65歳未満)であった。脚全体の筋力のみが4(70歳)であり、一体何を基準にそのような値が出るのか知りたいところである。レントゲンの結果は右の膝に軟骨のすり減りがわずかにあり、運動を続けるよう指導があった。これはまさにその当時右膝に痛みがあったので当を得ている。昨年は簡単な味覚検査があり、高齢になると味覚が落ちてくるそうで、わたしの場合もあまり芳しい成績ではなかった。今年も味覚検査を期待していたのだが、残念ながら行われなかった。今年はインボディ測定が行われ、ほとんど標準だが、ミネラルが不足気味という結果が出ていた。
 昨年はこの測定会の他に綾部市立病院で糖尿病の公開講座があり血糖値や血管年齢の測定があった。結果は歳相応というものであり、その後血管年齢若返り対策をしているので今年の計測が楽しみである。
 しかしこういった機械で体の中を調べるより、単純に体力や能力を測る機会はないものかと思ってきた。そこで見つけたのが京丹波町のシルバーオリンピックである。つづく

【今日のじょん】台風で壊れたドッグランのフェンス修理が進まない。天気もよろしくないのでワンコも来ないだろうと高をくくっていたら元気なハスキーの桃太君がやってきた。飛び出したらいけないのでリードして使ってもらったが、申し訳ない。早急に修理いたします。
9月24日来じょんの桃太君2歳
じょんはモモちゃんと聞き違えて「出してくれ~」と言っている。

 

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於見のこと-7 9/30

2018-09-30 | 上林地名考

2018.9.30(日)雨

 箕地形の地名発見に気をよくしたのは地名学者の説に「箕」を取り上げるものが居ないからだ。箕という道具が古代からの、恐らく縄文時代からの人々の生活にとって重要な道具であることが、それを地名の語源に使うだろう大きな要素となっていると考える。そんな時地名に関するバイブルともいうべき柳田国男氏の「地名の研究」に箕地名に関する記事を見つけた。
 関東などでは寄居(よりい)といい根古屋(ねごや)といい箕輪(みのわ)というのが、ともに城下の民のことであった。箕輪は突出した丘の周囲を取り囲んだ部落の形が、箕の周囲に似ていたからであろう。
 箕輪といえば長野県伊那谷の箕輪(箕輪町、南箕輪村)が有名である。2006年自転車旅行の際、苦労した木曽町から伊那市に向かう権兵衛峠は南箕輪村の一部である。この箕輪の地名語源がどこから来ているのか解らないが、地形図で見る限りは大きな箕、それも三角形に近い形の箕
のようにもみえる。いずれにせよ箕の形状から地名を考えられたのが柳田国男氏であったことは嬉しく思う。

権兵衛峠を下った伊那谷に箕輪の盆地が広がる。
 箕輪地名を調べていると圧倒的に東北、関東に多く、関西では大阪、奈良、岡山に数箇所あるのみだ。これはどういうことかと思いをめぐらすが、箕地名そのものは西日本にも沢山有るので箕輪という言葉に原因があるようだ。では箕の元だろうムイの地元北海道ではどうだろう。箕地名は見当たらないのだが、ムイを使った山や地形の地名がいくつかある。ムイ・ネ・シリ(箕根山)、ムイ・ノカ(箕の形という意味)、ムイ岩(箕の形の岩)などだが、西日本の呉市の倉橋島東の海上に箕石という岩礁を見つけた。地形図で見ると箕の形をしていそうで、実に楽しくなった。

呉市の箕石
 地名を言葉としての概念で捉えると実に多くの可能性が出てくる。例えば中国、朝鮮からキイー(箕)として入ったはずの言葉はどうなったのだろう、木下や木内などの地名に残っていないだろうかなどと考えると無限に広がってくる。最も収拾がつかなくなるきらいはあるが、、、。とにかく永年探し求めたオオミ(大身、於見など)、ミノ田の由来が発見できたのは大きな収穫だった。おわり

綾部市老富町ミノ田とみの田橋。
 
【今日のじょん】
 気温が下がってくるとふかふかの暖かそーなグッズが続々と出てくる。じょんはこれが大好きでさっそく鍋猫じょんを決め込んでいる。
ってか。

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於見のこと-6 9/20

2018-09-20 | 上林地名考

2018.9.20(木)雨

 箕は不思議な道具である。縄文時代から存在するとしたら、何に使っていたのだろう。穀物は別としても、豆類や栗などを栽培していたことは実証されているので、おそらくそういった作物の選別や運搬に使っていたのだろう。ムイ、ミーと呼ばれて全国的に使われていたと想像してみよう。稲作が大陸や半島から伝わると、それに伴う道具類も入ってくるようになる。その中に箕(キ)もあったのではないだろうか。しかし日本列島には従来からムイが存在し、慣れ親しんだムイはキとは呼ばれなくてミーとなった。と大胆に想像すればこの奇妙な呼び名「みー」が納得できる。
 十日戎の縁起物の中に居るのは恵比寿さんと大黒さんだろうか、箕の中におられるのはどうしてだろう。箕には霊力、呪力があるとする民俗的な信仰があるようだ。子供が一歳の誕生を迎えたときに箕の中に入れて祝うという行事が薩摩にあるそうだ。他の地方でもあるのかと調べていると長野県佐久地方にもあるという。これって縄文の匂いがするのだけど、いかがだろう。

箕そのものより竹に呪力があると考えられたのだろうか。
 唐箕(とうみ)という農業用の用具がある。箕と同じように穀物などの殻や塵をより分ける用具なのだが、こちらは大がかりで、大変進んだ用具である。唐箕の名のとおり中国発祥の用具で、近世に日本に入ってきたようだ。随分優れもので、大量の穀物を少ない労力で処理でき、現在でも使われている用具である。形状は箕とはまるで違うものだが用途が同じなので唐箕と呼ばれているのだろう。

唐箕、右手にある風車を回し流れ落ちる穀物から殻や塵を吹き飛ばす。
 箕が縄文時代からの用具であると仮定して、於見やミノ田の地名を縄文人が付けたのかというとそう言うことではない。箕という農具の形状から後世の人が付けたものと考えるのが妥当だろう。於見にしてもミノ田にしても、口伝の地名が漢字に置き換えられるとき、恐らく中世から近世と思うのだが、もう箕の意味は解っていなかったのだろうと想像する。解っていれば大箕とか箕野田とかの名になっていたかもしれない。
 【今日のじょん】涼しくなってワンコも来じょんするようになってきた。

はれひちゃん10才、グリちゃん2才よいこデスねー。

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於見のこと-5 9/15

2018-09-15 | 上林地名考

2018.9.15(土)曇り

 箕地形について盛んに述べてきたが、箕(み)が如何なるものか御存じでない方もあるのではと不安になってきた。年配の方や農家では御存じと思われるが、都市部や若い方には無縁のものである。竹で編まれていて、三方に縁を付け一方を平らにして、振りながら穀物の殻や塵を分ける農具である。形は丸いものや三角のものなどもあり、材料も竹に限らず木の皮などで作られたものもある。昨今ではプラスチックのものが主流で、かつてはブリキのものもあった。アジア独特のものかと思ったが、有名なミレーの「箕をふるう人」はフランスの風景だろうからヨーロッパにもあるもののようだ。
 穀物の振り分けだけが用途でないことは、稲を作っていない我が家にも3っつもあることでわかる。土や石、草木を運んだり、野菜などの一時的な保管などにも使え、ちり取り代わりにもなる。このように手に持って使う箕を「てみ」と呼んでいる。特に石や砂利などの運搬に使うのを「砂利みー」と呼んでいた。ホームセンターのチラシに「みー」と載っていたことがある。辞書には「み」と書かれているがどうやら「みー」「ミイ」というのが本当らしい。

今はプラスチック製だが本来は竹製(写真は玩具)である。

 箕が古代から存在しないと「於見」「みの田」の箕地形説はあり得ないこととなるので、上代語辞典で調べてみる。播磨風土記や天平の古文書にも登場するのでかなり古い代物であることが解る。ではいつ頃に登場した農具なのかと考えるに、やはり弥生時代あたりに稲作と共に江南地方や朝鮮半島から入ってきたものと考えがちなのだが、どうももっと古くから日本列島に存在したのではないかとみられる事象が出てきた。
 漢和辞典をみると「箕」キ、jiとよみ、字義として「ミ」となっている。韓日辞典でもよみはキ、キイである。今、朝鮮から日本に言葉が入ってきたときにどのように変化するか研究中なのだが、キがミに変わることがありやなしやというところである。それよりも有力な語源を見つけた、アイヌ語で箕はムイなのである。ムイがミイに変化するのは充分に考えられる。アイヌ語が縄文語のガラパゴス的な生き残りとすれば、箕(ムイ)は縄文時代からあったということになり、大陸からキが入ってきても変わらずにミイとなったと考えられる。縄文時代に箕が存在したという直接的な証拠は見つからないが、竹は縄文時代には存在しており、福島県荒屋敷遺跡(縄文後期)からは編まれた竹製品が出土している。孟宗竹の北限は北海道松前町と言われているようだが近世に移植したものとも言われているようだ。縄文時代はもっと気温が高かったので北海道でも竹林があったかもしれないが、アイヌのムイは木の皮などで作られたものだろうと言われている。つづく
 

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万引き家族を観る 9/14 

2018-09-14 | 文化に触れよう

2018.9.14(金)雨

 久々のカンヌ作品賞というので「万引き家族」を観に行く。地方のこととて遅い配給なんだが、待っている間が楽しいというものだ。前回受賞の「うなぎ」は観ていないのでその前の「楢山節考」は1983年の受賞だそうだ。30数年前に観た映画だが、がっかりしたのを憶えている。ストーリーは知っていたので期待して観たのだが、情景がやたら明るく、登場人物も肥え太っていてとても姥捨てをしなくてはならない貧しい村に見えないのだ。映画の見方としてそういうことは関係ないのだろうか。

 さて今回の「万引き家族」だが、現代の社会、家族の問題を赤裸々にえぐり出した優れた作品だと感じた。さすがにパルムドール受賞作品だ。ただわたしの場合どうしても小姑的な見方をしてしまい、納得のいかない場面がいくつかあった。例えば家族の生活は極貧という設定なのだが、夫婦二人の稼ぎとおばあちゃんの年金であの生活ぶりなら決して極貧では無いはずなのだ。風景やストーリーからみると現代の話だと思うのだが、信代がクリーニング店を失職しても他にいくらでも働き先はあるだろうと思うのだ。かみさんは「そんな重箱の端をつつくような、、、」というが、そういうことって作品の信頼度という意味では大切なことだと思う。例えば時代物などで出てくる場面の時代考証のなってないものなどいくらストーリーが良くても感動することは無い。
 そんなこんなでこの映画のモチーフを確認すべく本を購入することにした。

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