晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

雨読 「動物ウィルスが人間を襲う」 5/22

2020-05-22 | 雨読

2020.5.22(金)曇り

  図書館が閉鎖される前日4月17日に「当分借りられませんから、今の内に借りてください」と言われて慌てて数冊借りた内の1冊であり、まったくタイムリーな本である。
「動物ウィルスが人間を襲う!」中島捷久 澤井仁著
2006年12月 PHP研究所発行 綾部図書館借本

 2006年の発行なので新型コロナはもちろん新型インフルエンザも登場していなくて、SARS、鳥インフルエンザが最新である。しかしながらウィルスの構造もその作用も基本的には同様なので、実に新鮮な情報として読むことが出来た。それだけウィルに関して無知であったと言うことかもしれない。それはわたしだけの問題でなく、日本全体の問題ではなかろうか。ダイヤモンドプリンセス号の騒ぎの時に今日の様相を誰が予想しただろうか。「感染症には打ち勝っている」というとんだ勘違いを誰もがしていたのではないだろうか。
 ウィルスは殻の中に遺伝子があるだけで、器官を持っていない。だから自分で代謝することも、増殖することもできない。すべて寄生宿主の機能を拝借して遂には寄生した細胞を壊してしまうというなんともやっかいなものである。単純なだけに分裂速度も速く、簡単に変異してしまう。これが厄介の元なんだが、全てのウィルがそうなるわけではない。細胞の中でじっとしているウィルスもあるわけだ。今回の新型コロナウィルスだって、元の宿主のコウモリだかにいる間は何毎も起こさず、潜伏しているわけだ。
 ウィルスというのはなんとも不思議な物体で興味は尽きないが、最も興味深いのはどこから生まれたのか?ということである。わたしは生物が生まれる前の状態、つまり生命の発生した時点の状態と思っているのだが、細胞ができてから、そこから飛び出したという説と、もともと細胞の中に寄生していたものという説が主流らしい。オパーリンの「生命の起源」は大学に入って初めて読んだ本だが、海の中でタンパク質が寄り集まって波に揺れている様子を憶えている。そんな中でできあがったのが遺伝子であって、ウィルスのような形態だったのではないだろうか。細胞から飛び出した説は有望らしいが、ふる里の細胞に帰って傍若無人に振る舞うのは、受け入れがたい行為ではないか。
 もう一つ気になるのがガンウィルスである。ガンウィルス説というのが叫ばれたがウィルスそのものがガンなのではなく、細胞のがん化を促進するものと、一般のウィルス感染と同様に細胞を壊すタイプがあるという。思えばガンとウィルスはよく似ている。ガンは元々自分の細胞であり、ウィルスが寄生するのも細胞である。それ自体は毒素を出すわけではないが、猛烈に分裂を繰り返し正常細胞や宿主細胞を壊してしまうわけだ。だから体内でガン細胞やウィルスの寄生した細胞だけを攻撃するのが難しい。
 新型コロナ後の世界はウィルスとの共生と言われているが、本当の意味での相利共生は考えられない。抗体やワクチンででおとなしくしてもらうぐらいだ。人体の中で役に立っているウィルスなどきいたこともない。ただ、細菌を殺すとか害虫、害獣の駆除などの夢のような利用法もあるようだ。しかし一歩間違えればとんでもないことになりそうだ。おわり

【今日の”のびちゃん”】NO. 32

つぐらのび

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皆地笠 5/19

2020-05-19 | 文化に触れよう

2020.5.19(火)曇り

 出先で5時に起きてテレビをつけると皆地笠(みなちがさ)という伝統工芸品の話を放映している。「皆地って”かいち”とちがうん」などと思ってみていると、この笠は芝安男さんという方がひとりで作っておられ、後継者がいないという事である。上等の桧で編まれていて、軽くて丈夫、そして美しい、平安の頃から脈々と受け継がれて作られてきたそうだ。その時既に90才を越えておられて、もう手に入りそうにない。ところが番組の終わりだったろうか、予約で作って下さるという情報があって早速連絡した。数年前のことである。
 取り次ぎの道の駅に電話すると、もう既に80程の予約があり、体調も悪くされており、果たして要望に応えられるかどうかという心許ない回答だった。それでも一応予約は取っていただけたが、半ば諦めていた。
 それで吉野の修験者専門店で桧笠を購入する。価格は4,000円程度。風とうしがよく体中の日除けができ、真夏の山行やウオーキングには最高である。問題は風が吹くと着用困難、長時間使用すると頭が痛くなる、山行時背負子を使うと被れないなど。
 予約注文したとき芝さんは相当弱っておられて、階段の上り下りもままならないと聞いていた。諦めてはいたけれど、一体どうしておられるだろうと気になって道の駅に問い合わせてみる。テレビ放映で予約が殺到し、逆に元気になられたとのこと、それにしても御年99才である。わたしの順まで回ってこないかと思っていたところ、氏の頑張りで遂に届くことになった。

白いのが皆地笠、茶色いのは柿渋を塗った一般の桧笠。
皆地笠も使いこなせば飴色に変わってくるそうだ。
 注文時には膝と腰を痛めておられ、入院までされていたのだが200件を越える多くの方の注文が糧になり、奇跡的に元気を取り戻して頑張っておられるそうだ。ただ年齢も99才ということで新たな注文は断られているという。道の駅のOさんのご丁寧な手紙が添えられていた。
 200件の注文はきっと果たされると思うが、最後の創作となるかもしれない。そんな作品を譲って頂けたわたしはなんと幸運だったことだろう。一生大切に使用して、棺桶の中に入れてもらおうと思っている。
 芝さんに後継者がいないのは、素材の桧の見分け方が難しかったからだろうと言われている。樹齢60年以上の良質の桧を使われるそうだが、そういう材料も少なくなってきているそうだ。比叡山の千日回峰の行者も芝さんの作品を使っておられるという情報もあり、なんとも誇らしい笠だ。

頭に当たる部分がうまくこしらえてあり、痛くない。

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「おきつね山のじょん」発刊 5/14

2020-05-14 | イベント情報

「おきつね山のじょん」発売!
 「じょんは血統書の付いた純粋種でもなく、ペットショップで高額で売買される人気種でもない。捨てられた野犬から生まれた超雑種である。でも生まれ落ちた場所も日にちも、母親も、そしてわたしたちの元に来るまでの経緯もすべてわかっている。じょんの死後、それらを調べていくと、野犬たちと人のドラマがあっ。た」あとがきから、、、

 「じょん」が亡くなってまだ10ヶ月なのにもう何年もたった様な気がする。49日が済んで、おきつね山(仮称、大阪府)に行き、ソウダさん(仮称、じょん達を救い出した女性)に逢いいろんな話を聞き、散骨を済ませた。その前後から「じょん」の話を童話に書き始め、絵を描いていただいた咲ちゃんや製本まで手助けいただいた下田さんの助けを借り、発刊することができた。自費出版で経費はかかったが、売上金を動物愛護団体に寄付することにして、じょんの供養にしたいと思う。
 じょんは幸せに犬生を全うしたことと思うが、捨て犬や野犬の中では少数派であり、多くの犬たちが殺処分されている現実がある。この本がひとりでも多くの人に読まれて、動物愛護の啓発となれば幸いである。
 下記の口座に振り込んでいただければ、入金確認次第郵送いたします。
ゆうちょ振替口座 00940-7-322220 小原英明
頒価 1,000円 送料 1冊180円 3冊まで310円
住所、氏名、連絡先がわかるようにして下さい。




 

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雨読 絶滅の人類史-3 5/4

2020-05-04 | 雨読

2020.5.4(月)快晴

 ホモサピエンスがネアンデルタール人より多産であったから生き残ったというのはよくわかるが、人類そのものも競合する他の動物よりも多産であったために今日まで生き残ったということでもあるだろう。それは直立二足歩行についての考察のところでも書かれている。直立二足歩行は生物界では非常に不利な立場である。最大の欠陥は走るのが遅いことである。安全な樹上から平地に下りてきて、見つかりやすく逃げるのが遅い人類は肉食動物には恰好の餌食である。
 人類は肉食動物に襲われ喰われてても喰われてもそれ以上に子どもを産んで生き残ったということだが、どうもしっくりこない。人類が多産だと言われても本当かなあと思うのが普通ではないか。その上人類は子どもが成長するまで随分時間が掛かる。これは生存競争にとっては大変不利な状況である。本来ならば肉食獣に襲われても逃げられる状態になるまで胎内に居るべきなんだろうが、そこまで居ると出産が不可能となる。早産にしなければならなくなった理由は直立二足歩行である。人類が多産であるとすれば、発情期が無いのはそのひとつの現象では無いかと思っている。妊娠期間が10ヶ月あっても、出産後すぐに妊娠することができる。そして出産時期が年中どの時期にも散らばっているというのは生存に有利であることは間違いない。発情期が無いのは人類だけかと思っていたら、ネズミなんかも無いそうだ。なるほど弱い動物ほど多産といえるようだ。
 進化(自然淘汰)を学ぶことは面白い。人間の身体の仕組みや健康、病気を考えるときに実に理解がしやすくなる。例えば現在の最大の課題である新型コロナウィルスだって、進化と言うことをベースに考えるとわかりやすい。単純な構造で猛烈に分裂を繰り返すウィルスだから、人類が何万年も掛けて行う進化を数ヶ月でやってのけてしまうわけだ。次はジョン・コーエンの「チンパンジーはなぜヒトにならなかったのか」だ、楽しみである。おわり

  【今日の”のびちゃん”】NO. 31
良い季節になり、散歩もロングコースを楽しんでいるのだが、このコースから昨年の逃走事件のルートがよく見えるのである。

見えている稜線は一山向こうになっており、真ん中のピークが⑤尾根の頭でその麓にのびが居た。その左の稜線が悲壮な思いで探し回った山々である。ここを通るたびに思い出すのだが、のびがあの稜線を歩いたかは謎である。(2020.1.26参照)  



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雨読 「絶滅の人類史」-2 4/26

2020-04-26 | 雨読

2020.4.26(日)曇り
 日本の合計特殊出生率はというと2018年のデータで1.42ということである。一人の女性が一生に生む子供の数と言うことだが、夫婦二人として二人生まれればトントンという勘定だが、実際はそうではない。病気や事故で次世代の子供が生まれる前に死んでしまう可能性もあることだから、2.07がトントンになる数字だそうだ。日本だけで見れば人類は確実に絶滅に向かって突き進んでいることになる。では世界ではどうかというと2.43だそうだ。どうやら絶滅は免れそうだが、出生率の多い国はアフリカを主とした発展途上国で、戦争や飢餓などの社会的不安要素を考えると必ずしも安心できるものでもなさそうだ。
 最終的にホモサピエンスとネアンデルタール人が生存していたが、なぜネアンデルタール人が絶滅してホモサピエンスが生き残ったかは興味深い問題である。様々な意見があるが、わたしはホモサピエンスが弱かったからだと思う。体格はネアンデルタール人の方が大きいし、力も強い、そのためだろうか脳の容量も大きいのだ。ヒトの1,350ccに対して1、550ccもあったのだが、より賢いと言うより機能的な差違があったのかもしれない。
 いずれにしてもひとりだけを見ればネアンデルタール人はホモサピエンスより強くて大きい、それなのに滅んでしまったのだ。温暖で食料に不自由もしない環境であれば強くて大きいものが生き残るだろうが、厳しい環境下では逆の現象が起こる。隕石落下後の寒冷化した環境でそれまでの王者恐竜が滅び、小さくて弱いほ乳類が生き延びたのと同様である。ネアンデルタール人の基礎代謝はホモサピエンスの1.2倍だったそうだ。単純に1.2倍のエネルギーを必要としたわけで、食料も1.2倍必要だったわけだ。エネルギーが限られた世界ではこの差は大きく影響するだろう。
 更科氏は「子孫をどれだけ残せたかの差である」と言っておられる。これは「小さくて弱いもの」が生き残ると言うことと矛盾しないと思うのだが、、、。つづく

あらゆる本の中に進化の話は出てくるが、進化そのものに関する本は余り持っていないものだ。

 

 

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雨読 「絶滅の人類史」 4/24

2020-04-24 | 雨読

2020.4.24(金)曇り

 「絶滅の人類史」なぜ「私たち」が生き延びたのか 更科功著 
  NHK出版新書 2018年1月第1刷 古本

 
「残酷な進化論」(2020.)があまりに面白かったので買ってしまった。予想どおり大変面白く、古代史に於ける森浩一先生の様な感じだ。教科書に載ってる進化論では腑に落ちないことがいくらでもあるのだが本書では想像力を駆使して納得のいく結果を導き出してくれる。
それにしても「絶滅の人類史」とはいったい何だろう。人類が絶滅するってことだろうか。そうじゃないのだ、絶滅した人類の歴史ということだろう。人類は我々ホモサピエンスだけだと思っている方が多いだろうけど、ジャワ原人や北京原人だって人類だけどホモサピエンスではないのだ。彼らは絶滅してしまったホモ・エレクトスであり、ホモサピエンスと時代の重なった人類はネアンデルタール人など4種が数えられている。人類は700万年前から現在発見されているだけでも17種もあり、16種が絶滅しているということだ。なぜホモサピエンスだけが生き残ったのかは人類史の謎なんだが、その謎にも本書は言及している。

 四足歩行から直立二足歩行に移る過程はよく教科書などに図が載っているが、中腰の不安定なもので環境に適応したものではない。瞬発力も持久力もなく、外敵に襲われたらひとたまりもないスタイルである。そんな不安定な中腰スタイルの人類の化石は一つも見つかっていないそうだ。じゃあいきなり四足から直立二足歩行に進化したのだろうか。答は本書のお楽しみ。
 直立二足歩行の不利な点として、腰痛と難産が取りあげられているがそれらに対応する対処法としての進化については記述されていない。人類の進化としてはそこまで必要ないのかも知れない。
 さてもうひとつの人類としての特徴とは、何だろう。犬歯の縮小がチンパンジーにあって人類にないものだということだ。なんで犬歯が縮小したのだろう。使わないからだ。ではなぜ使わなかったのだろう。と疑問は拡がっていくのだけど、絶妙の論理で解いていく。
 とまあ読まないと答えの出ないことばかりなのだが、先ほどの人類史の謎の答えを教えよう。地球上に最終的に残った人類はホモサピエンスとホモネアンデルターレンシスなのだが、サピエンスが残ってネアンデルタールが滅びたのかは、子孫をどれだけ残せたかの差であると結論づけている。つづく

【今日の”のびちゃん”】NO. 30
 コロナ自粛でどっこも出かけられなくなった。病院だけではかわいそうなんだが、今しばらくの辛抱か。じょんと同じでおおい町の芝生広場が好きなんだが、写真でこらえてくれ。(4月3日)


行きてえなあ、がまんがまん。

 

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がん・認知症・老化(4) 4/20

2020-04-20 | 健康

2020.4.20(月)曇り 雨読「医者のデマ」

 「医者のデマ」近藤誠著 (株)エクスナレッジ 2020.3.1初版 借本
 
 新型コロナウィルスの感染拡大が杞憂ではなかった。じょんのびは4月8日から営業を自粛し、イベントも全て中止して、できる限り外出しないようにして備えている。さて本書は綾部市図書館に依頼していたものだが、全国に緊急事態宣言が出されて閉館直前に借りられたものである。本書の発行日が3月1日というのは微妙な日付である。原稿ができあがった頃にはコロナについては何事もなかったのだろう。感染症に関しての記述は見られない。逆に「手洗い、うがい、マスク、ワクチン、クスリ。すべて風邪・インフルエンザに無力」という記事がある。ウィルスは1mmの1万分の1の大きさでどんなマスクでもすり抜けて肺に入ります、というのが理由なのだが、現在の状況をみて先生はどのように考えておられるだろうか。先生自身も往診時にマスク無しで対応しておられるのだろうか。そんな時に「手洗い、マスクは有効」という記事が新聞に載った。(2020.4.17京都新聞)国際組織「コクラン共同計画」の「系統的レビュー」で確認されたものだが、これは世界中の数多くの研究から、病気の治療法や予防に有効と思われる方法を抽出しているものである。詳しくは「コクランジャパン」のHPで見ていただければいいが、マスクの有効性はウィルスを通すとか通さないとかの問題だけではないと考えるのである。
 
コクランジャパンの記事、アベのマスク(これは効きそーにない)
 さて前回「体温を上げると健康になる」齋藤真嗣著を紹介し、今回の「医者のデマ」はそれに対する反論かなあと思っていたが、対するのは齋藤氏ではなく安保徹さんであった。
 初っぱなに「体温を上げると健康になる?低体温の人の方が長生きです」という項がある。ここで安保先生を名指しで、体ポカポカと免疫力は無関係と反論されている。根拠がないとされているが、確かに安保先生の書物の中にも具体的に数字を挙げた根拠は示されていない。しかし世界中に体温と免疫力に関する論文はいくつかあり、手元にある安保先生の本は医学書ではないから致し方ない。それより近藤先生の反論にも具体的な根拠は示されておらず、ハーバード大学系列病院の研究データは低体温と長寿の研究であって、免疫力の研究ではないことを付け加えておく。

 納得がいかないのは次の文章である。
体温が高いのは、体内に細菌、ウィルス、毒素などの外敵が入っていて白血球などの免疫細胞が一所懸命戦っている証拠。そういう外敵が体内にいないか少ない35℃台の人がいちばん長生きです。
 免疫細胞が外敵と戦っているときは熱が出るというのは誰もが知っていることだが、体温の高い人の体内では常に戦っているというのは考えられない。基礎体温が高いのは主に基礎代謝量が大きいと私は理解している。具体的には体格が大きく、筋肉量が多い、活動量が多いということだろう。必ずしも免疫細胞が戦っている最中ということではないだろう。ただ基礎代謝量が少ない方、つまり体温の低い方が長生きというのは理にかなっている。エネルギー消費量が少なくてすみ、活性酸素の発生も少ないだろう。しかしそのことが免疫力云々とは言えないような気がする。
 このようなことが68項目にわたって書かれており、納得できる項も多いのだが上記2項目などは単なるうけ狙いにしか思えない。先生のがんに対する考えなど共感できるところがあるのだが、こんな本を出版されては値打ちが下がるのではないかと心配する。
 

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上林トレール北面踏破(3) 4/18

2020-04-18 | 山・峠

2020.4.18(土)雨 上林トレール北面踏破(2)は2020.4.12

 弥仙山を後にして改心の道を戻る。元権現跡で休息をするが、ここは前回磁石が効かなくなった経験がある。帰宅すれば壊れたと思った磁石が正常に動いていたので驚いた。今回再度確かめようと心に決めていたのだが、現地に着いてもすっかり忘れてしまっていた。次にいつ来れるかわからないので実に残念だ。

元権現跡からの景色は素晴らしく、磁石のチェックを忘れてしまった。
 大タワの急坂を下り、光明寺への分岐を過ぎ日置谷に下る。
 改心の道を下ったところのKさん宅に沢山の蜜蜂の箱があるのを見つける。というのは道中いくつか設置されている蜜蜂箱を見つけて、一体誰が養蜂してるんだろうと考えていたからだ。熊が目を覚ますこれからの季節どうするんだろうと気になるところでもある。
 
肥刈谷と日置谷の蜂箱
 Kさんに聞いた怖い話がある。例年3件ほど道を迷って下ってくる登山者があると言うことだ。弥仙山から於与岐に下りるつもりが道を間違って上林に下りてくるというものだ。もちろん交通機関もないので自家用車で送って行かれるそうだが、距離もあり結構大変である。それにしても於与岐に下る分岐は随分弥仙山よりで、日置谷に下りてくるまで相当の距離がある。その間に迷っていることに気づかないのだろうか。地理も地形もわからずに歩いているとしか考えられない。於与岐に下る道は道標もあるが、位置関係が解っていないと真っ直ぐできれいな改心の道を進んでしまうのかもしれない。コースの整備不足と言うより登山者の側の問題だと思う。そういえば数年前改心の道で遭難騒ぎがあった。日が暮れても下りてこれなかったと言うことだろう。
 のんびりと観光センターまで歩き、解散。今回万歩計を忘れたのだが、いつもより沢山歩いた気がする。おわり


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がん・認知症・老化(3) 4/17

2020-04-17 | 健康

2020.4.17(金)  雨読「体温を上げると健康になる」
 
 「体温を上げると健康になる」齋藤 真嗣 サンマーク出版 2009年3月初版 借本
 著者の齋藤氏は日米で活躍されているアンチエイジング専門医である。
 体温を上げると免疫力が上がり、健康になるというのは常識的に言われているが、なんでそうなんだろうというとよくわからない。そこに近藤誠先生の「医者のデマ」という本が出た。そのデマの中に「体温を上げると健康になる」という一項があるらしい。特段買ってまで読むほどの本でもなさそうなので図書館に依頼した。内容を見ていないのでなんとも言えないが、齋藤先生のこの本を意識しているようだ。
 体温が一度下がると免疫力は30%低下し、逆に体温が一度上がると免疫力は500~600%もアップします。(23頁)
 これは新型コロナウィルスが騒がれている昨今重要な事である。でもなんでそうなんだろう、どうすれば体温が上がるのだろう。
 白血球が持つ能力と精度がアップする、つまり血液の流れが良くなることと酵素の活性が高まることだそうだ。血流と体温は相関性がありそうだし、酵素とは体内の触媒のようなものだから温度が高ければ活性化することは頷ける。
 がん細胞が低体温で増殖し、高体温でNK細胞の活性化が進むということも言われている。温熱療法なんてのもこういう理由に基づくのだろう。
 ではどうやって体温を上げるのか。基礎代謝量を上げるのが良いのだが、そのためには筋肉量を上げるのが良いということである。なんだそんなこと解っていると思う方が多いだろうけど、それがなかなか難しい。
 効率よく筋肉量を増やす方法があり、詳しく説明されている。有酸素運動ばかりやっていても効率は悪く、有酸素運動の前に無酸素運動を取り入れるのがよろしいようで、早速取り入れている。そのほかに「脳
から筋肉への神経の経路を鍛える」ということが大切で、筋肉が発揮できる最大のスピードで筋肉を動かすことだという。ウオーキングの前に100mのダッシュと途中の山道を駆け上がることを入れている。
 体温と健康、体温を上げる生活について事細かに書かれているが、免疫や自律神経に関するところは、安保徹先生とまるきり同じ事を書いておられるので関連があるのかなと思ったが、共同で研究されていると言うようなこともなさそうだ。
 さて、「医者のデマ」が楽しみになってきた。


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上林トレール北面踏破(2) 4/12

2020-04-12 | 山・峠

2020.4.12(日)雨    (1は2020.4.5)

 木住峠で気になるのは北面の平地である。何でもない平地だが自然のものでなく、いったい何のための平地なのか気になるところである。大栗峠と違って4m四方程度の小さな平地だが、峠の形状からするとこのくらいが限界かと思う。

平地は峠の舞鶴側にある、杖の長さは1.8m
 このような平地があるのは今までに歩いてきた上林の峠では来住峠と大栗峠だけである。特にこの二つの峠が田辺から京に向かう重要な街道上にあること、どちらも藩境にあること(どの峠も藩境だが)、牛馬荷車が通行できる広い道であること等から藩の番小屋があったのではないかと想像している。幕末などには通行人の監視もあっただろうが、主に物流の管理が行われていたのだろう。それは清水鋳物師の井関家に大栗峠通行証の木札が残っていることでも理解できるし、田辺の国松家、清水井関家、胡麻の勝田家の近世鋳物師をむすぶ街道がこの二つの峠を通っていることは興味深い。京街道でもあり、鉄の道でもあったと考えるのである。(2017.12.25 嗚呼 木住峠を-5)
 木住峠で一休みの後、例の「山みち」を行く。思ったよりしっかりした道が稜線の下をトラバースしており、やがて稜線に合する。分岐の道標もあるくらいだから、単なる作業道というより、上林から於与岐に向かう生活の道だったのではないだろうか。弥仙山の南に於与岐に下る道がある。弥仙山にお詣りするだけなら不要な道である。おそらくこの道に繋がる上林、於与岐の生活の道だったのだろう。
 稜線はいくつかの小ピークを越えて南西に向かって走っている。右手に弥仙山を眺める歩きやすい道で、踏み跡もしっかりしており迷うこともない。571mピークを北に向かって下るとすぐに改心の道に合流する。東海自然歩道の道標もありここで昼食を摂る。
  
気持ちの良い道を、弥仙山を望みながら歩く。571mピークを下ってきたところ。右が改心の道。
 上林の山お初の岡本さんのために弥仙山を往復する。2ヶ月半の間山歩きをしていないので足に来る。改心の道はきつくはないのだがアップダウンが繰り返し、インターバルとなり応える。上林の山で初めて登山者に出会う。ウィークデイばかりに歩いているし、そう人気のある山でもないからだろうか。
 弥仙山山頂は今回で3度目だろうか、無事に来られたことを感謝し賽銭を供える。つづく

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がん・認知症・老化(2) 4/10

2020-04-10 | 健康

2020.4.10(金)曇り『「がんもどき」で早死にする人、「本物のがん」で長生きする人』ほか 

「がんもどき」で早死にする人、「本物のがん」で長生きする人 近藤 誠著
幻冬舎 2013年11月発行 図書館借本
 実はここに至るまでがんに関する本をいくつか読んだのだが、読めば読むほどがんは奇妙な病気である。がん治療について近藤先生は一方の旗頭とも思える。がんの三大治療と言われる「手術、放射線、科学(薬物)治療」を否定的に見ておられるのだが、よく読むと全てを否定されているわけではないことが解る。
 治療は絶対せずに放っておくという怪しげな治療?がある中でそのようなたぐいではない。
 医療のあり方や医療行政のあり方に対する批判は当を得たものであると思われる。ただ、がんの転移の問題とか、初期手術の問題については納得できないものがある。それは本書が一般にわかりやすいように書かれたものだからかもしれない。
 いまのところ近藤先生の説に対して判断できる知識をようしているわけではなく、もう少し勉強してから判断したいと思っている。
 新・抗がん剤の副作用がわかる本 近藤 誠著 三省堂 2004年9月発行 図書館借本
 同じく近藤先生の、とくに抗がん剤治療に関するかなり突っ込んだ内容の本なのだが、今わたしが知りたいのはがんそのもののメカニズムであり、やや指向が違っているので途中までしか読めなかった。いずれ読んでみたいと思うのだが借本の期限が来てしまったので返却した。

文藝春秋 2020年3月号
 「ニセ科学」医療に騙されるな、という特集で本庄佑(ほんじょ たすく)先生の論が載っていたので図書館で借り、期限が来たので購入した。
 がん治療について今後主流になるのは免疫療法だと思っている。先鞭を付けたのが本庶先生らの開発したオブジーボである。そこに目を付けたニセ療法が蔓延し、れっきとした医師がそれを行っていることに怒りを感じる。がんはまだ未知の部分が多いだけに、金儲けのために怪しげな治療がまかり通っている。藁をもつかむ思いで治療されている患者さんのためにも啓発は必要である。


 

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がん・認知症・老化(1) 4/10

2020-04-10 | 健康

2020.4.10(金)曇り

 新シリーズで「がん・認知症・老化」を始めることとした。若い時分には他人事であったこれらのことが、周囲に多く現れ現実的になってきた。恐れおののいているだけでは返って悪い結果となる、よく知って対策を練ることが最善の方法だが、調べ始めると私たちは実に何も解っていないということが解ってきた。五里霧中だが少しでも真実に近づいて、自分ならどうするかを考えてみたい。
 と思っていた矢先に新型コロナウィルスが拡散し世間はとんでもない事態になってきた。わたし自身、多くの為政者もそうだが、「もう人類は病原菌には勝利している」と思い違いをしていたのではないだろうか。本日付讀賣新聞にジャレド・ダイアモンド博士(「銃・病原菌・鉄」の著者)の論説が掲載されていたが、「危機を認める誠実さが 必要」とタイトルされている。将にその通りで、我が家では緊急対策をとることにした。
・カフェじょんのびの営業を自粛(4月8日から)
・イベント(グランフォンド、蕎麦打ち研究会等)の中止
・外出(プール、温泉、コンサート、複数人での山行など)の自粛
・消毒の徹底、マスク着用
・清掃、換気
・バランスのとれた食事と良質の睡眠、ストレスをためない生活、体力づくり
・検温、行動の記録、体調管理

等であるが、自分がどう行動してよいか解らない方は「自分が感染していると思って、他人にうつさないようにどうするか」と考えれば自ずと理解できるのではないか。これは多くの医師などが提唱している。
 またマスクや消毒液が店頭にないので困っているわけだが、工夫次第で対処できるので是非利用していただきたい。
 布マスクはウィルスを通すので云々と言われているが、飛沫感染を防ぐ意味では有効である。特にキッチンペーパーを中に挟むと更に効果的なのでお勧め。
 
 消毒液については店頭にないのはアルコールで、次亜塩素酸ナトリウムの製品は並んでいるようだ。我が家ではほ乳瓶消毒用のミルトンを利用している。濃度を変えることで様々な消毒に使え、使用法も詳しく書かれている。
 一人ひとりが自覚して対処すれば、この難局を乗り越えることができるのではと考えている。

 

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上林トレール北面踏破 4/5

2020-04-05 | 山・峠

2020.3.31(火)曇り

 2015年7月、大唐内から三国岳を目指して入山したのが上林トレール踏破の始まりである。以来5年、長坂谷峠(府道1号線)~三国岳~養老山~菅坂峠~木住峠~蓮ヶ峯~施福寺の北面主稜線を踏破した。一気に歩けば2日もあれば充分な距離を5年もかかったのは、月一の山行が何度も中止になったり、アプローチ道、エスケープ道の多くを歩いてみたかったためである。登山道の多くが消滅したり通行困難だったりでルートファインディングが難しく、時間がかかった理由でもある。上林の山稜を対象とするなら口上林、十倉の北面の山々も入れるべきだろうが、当面施福寺までとし将来の課題としておきたい。
 アプローチ道には黄色、主稜線には赤のテープを蝶結びにして目印としたが、一般的に楽しめるのは長谷坂峠~養老山、木住峠~施福寺の間で、その他はルートファインディングの力が必要な中上級者向けのコースだと思われる。
 メンバー:小原英明 工忠照之 岡本陽子
 タイム: 木住川林道奥の地蔵堂発9:55
      肥刈谷右俣林道終点 10:15   発10:20
      徒渉地点      10:40
      木住峠       10:55   発11:10
      474m峰     11:45   発11:55
      改心の道出合    12:35   発13:00(昼食)
      弥仙山       13:35   発13:45
      昼食場所      14:20
      元権現跡      15:00   発15:10
      光明寺道分岐    15:35
      日置谷       16:15

 弓削に越してこられた岡本さんを加えた3人で観光センターを出発する。岡本さんの車に分乗し木住川沿いの奥の地蔵堂に車を置き林道を進む。

 この道は里村紹巴(光秀、秀吉などと交際のあった連歌師)が永禄十二年(1569)に歩いて上林城に向かった道と思われる。「天橋立紀行」には岸谷峠と記されているがこれは木住峠のことだろう。当時は谷沿いに道があったものと想像されるが今ではその面影もない。肥刈谷右俣に入って林道の終点が木住峠の取り付きである。左俣(こちらが本流)を行くと改心の道を越えて於与岐に向かう峠に至る。
 取り付きには古い木橋が架かっているがこれは腐って使えない。谷を渡って
左岸に移る。近年はその先の尾根を直登し、清水道に出て木住峠に至っているようだが、本来の道は谷沿いである。但し堰堤やら倒木で歩きにくいことこの上ない。
  
古道もこのとおり、、、 徒渉たってひとまたぎ
 這ったり高巻きしたりだがやがて徒渉地点にたどり着く。徒渉地点と行っても一またぎの谷で、ここからは杉林の中のジグザグ道となる。最後のターンの所に倒れた石柱がある。「右 たなべ 左 山みち」とあり田辺と呼ばれていた江戸時代のものと思われる。この山みちが改心の道に至る主稜線に繫がる道で、歩いてみるとかなりしっかりした道であり、古くから弥仙山や於与岐に向かう生活道だったのではないか。
 
「右 たなべ 左 山みち」「右 志みづ 左 たなべ」
 木住峠は杉の落ち葉だらけだが、きれいに掘り下げられており峠らしい風貌だ。峠には「右 志みづ 左 たなべ」の道標が有り、峠通行の主流が田辺ー清水となっていたことを思わせる。もちろん本来の街道としては遊里に下りる道で、紹巴の時代には遊里道しか無かったと思う。つまり徒歩が主流の本来の街道は遊里道で物資運搬が盛んになると車両通行が可能な清水道が主流になってきたということである。そこには清水鋳物師の影響が大きいと考えられる。清水道は清水鋳物師井関家のたたらに向かっているのである。もちろん徒歩の旅人は遊里道を歩いただろう。上林、都に向かうには圧倒的に短距離だからだ。
 
【今日の”のびちゃん”】NO. 29
コロナコロナで困ったことになっているんだが、春の木々は「そんなのかんけーねえ」って花盛り。

 
 


  

 

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杞憂であれば 3/30

2020-03-30 | 健康

2020.3.30(月)曇り

 新型コロナウィルスのニュースを聞く度に恐怖が身近に迫ってくるのだが、3月初め頃は確かに「そのうち治まるだろう」と楽観的に考えていた。おそらく多くの人々も同様だろう。それが段々深刻な恐怖となってきたのは、各地での感染者の増加や身近な街での発症もあるが、やはりヨーロッパの状況が続々と報道されたことが大きい。
 イタリアなどの惨状を見ると、医療体制の貧弱さだとか対応の遅れだとか生活習慣の違い(握手、ハグなど)だとか言われているが果たしてそうだろうか?ヨーロッパのウィルスは日本のものとは型が違うんじゃないかという意見も聞かれ、人種による耐性の違いがあるのではとも思われる。
 しかしそうではなくて、ヨーロッパの状況が日本の近い将来の姿であったとしたらどうだろう。そう考えていたところ国内の感染者数はうなぎ上りに増えてきた。イタリアやフランスでも数週間前までは現在の日本の感染者数と同様であったということだ。
 そんな時新聞の隅に奇妙な記事を見つけた。(京都新聞3月29日)

厳しい外出制限無しで感染増を回避、なぜ?日本の状況「世界が当惑」というタイトルで、世界中の疫学者が理由が解らず「当惑している」という。日本は都市封鎖も行動監視も大規模検査も実施せず「人口が高齢化しているにもかかわらず、死者の増加が世界で最も遅い国の一つ」だと指摘している。
 一瞬誇らしい気持にもなるが、誇る根拠は何もない。そして記事の最後は次の文章で終わっている。
 日本のやり方は「ばくち」であり「事態が水面下で悪化し、手遅れになるまで気付かない恐れがある」
 わたしの思いが杞憂であれば良いのだが、、、

 

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江戸時代の百姓は寒かったか? 3/23

2020-03-23 | 健康

2020.3.23(月)晴れ
 江戸時代(それより以前もそうだが)の百姓は裾の短い木綿の着物を一枚羽織り、裸足で粗末な家に住み、さぞかし寒かったろうと常々思っていた。11月の寒い日に猪苗代湖畔の会津民俗館で箱床(はこどこ)と言うのを見た。土間に置かれた箱の中で眠るのが一般的で昭和の時代まで続いたと言うことである。展示された箱床には布団が敷かれていたが江戸時代はおそらく藁だったろう。この箱床と同様のものが上林にもあったそうで、それはお産の時に使われていたそうで、産床(さんどこ)と呼ばれていた。(故渡辺綱さん言)これは明らかに若狭からの産小屋文化の名残と思われるが、元は会津で見た箱床と同様の使われ方をしていただろう。暖かい寝具も、寝間着もない、底冷えのする土間でずいぶん寒かっただろうと不憫さを感じたのだが、最近彼らはさほど寒くはなかったのではと思っている。それは彼らが裸足か草鞋で暮らし、一日中歩き回っていたと考えられるからだ。きっと彼らの足裏はぽかぽかと暖かくて、土間の藁布団でもぐっすり眠れたのではないかと思う。

会津民俗館の古民家と土間に置かれた箱床(2006.10.31)
 わたしが素足、地下足袋履きの進化するじょんのびウオーキングを始めて、一ヶ月めぐらいから足裏がジンジンカッカして寒い季節になっても靴下、タイツなど暖かい衣類、湯たんぽや電気ストーブなど不要になり、ついにはパジャマもいらなくなった。「雪国の人は裸で寝る」と言うのを聞いたことがあるが、裸で寝るのは本当に暖かくて、実際にそうだったんだなあと感心している。
 そんなだから、裸足で歩き回っていた昔の人は、我々が思うほど寒くはなかったのではと思っている。
寒がりになったのは靴や靴下が登場してきた明治以降で、地方では戦前ぐらいまで裸足に近い生活が残っていたと聞く。現在はあらゆる暖房器具が揃い、衣類も新素材やダウンなど格段の進歩がある。最近は電気で暖まる靴や上着が登場している。しかしそのたびに人の足は弱くなり、体も弱くなっていることに気づいてほしい。

【今日の”のびちゃん”】NO.28

老富町のミツマタが満開なのだ。のびは山に入ると妙に張り切る、いったい何なんだ?

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