晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

あなしら上林-10 6/27

2015-06-27 | あなしら上林

2015.6.27(土)雨  あなしら上林-9は2015.5.21

 かんばやし里山新聞第9号(2015.6.18)が発行されたので、あなしら上林-10を公開する。
 あなしら上林-9は2015.5.21に公開
 

あなしら上林 小原英明
二、生守山 その七

 山が丸いのはなぜだろうなんて誰も考えることはあまりないだろうが、この生守山に出会って始めてそんなことを考えた。山と言うのは概ね頂上の尖ったものが多い、生守山が目立つのも周りの山々が尖っているからだ。全国に分布する飯盛山もおそらくその多くは尖った山だと思う。しかし頂上の丸い山もかなりの数に上るようだ。飯盛山の特徴は頂上が丸いか尖っているかではなく、どこから眺めてもその山が認識できる形であることだと考えられる。

(写真-1 高浜町今寺からみた生守山・中央のポコンとした山)

 岩田女史の論文に出てくる飯盛山の写真を見ると、いわゆる三角錐の神奈備形(かんなびがた)と岩峰タイプのドーム形に分かれるようである。
 生守山に向かって歩きながら、小滝先生(理学博士、地学の専門)に聞いた。 
「先生、生守山が丸いのは岩塊で出来ていて一方的な浸食が無いからですかねえ」
答えは正解だった。岩塊で浸食を受けにくいので一部分が極端に浸食されることなく、丸い形になるわけだ。でも現実に生守山に取り付いてみると、裾の方は土壌の部分となり、浸食を受けて谷が形成されており、岩塊の部分でも丹波側が風化が進み、若狭側は原形を残しているというような差が現れている。
 この日(2015.4.28)小滝先生とわたしは三度目の生守山登山を行っていた。目的は、サンドラ岩は枕状溶岩(まくらじょうようがん)か柱状節理(ちゅうじょうせつり)かを確かめるためである。
 最初に先生とこの山に登ったとき(2012.4.24)丹波側のガレた岩くずを観察しながら、「枕状溶岩かもしれませんねえ」とおっしゃっていた。しかし若狭側のサンドラ岩本体を見られて「柱状節理かも?」という気になられたようで、その日のブログには「柱状節理?」というタイトルで書かれていた。次の山行が雷で引き返したため、実に三年間気に掛かっていたことを今回確かめることとなったわけだ。
 地学に興味の無い者にとってはどうでもいいようなことだけれど、学問上はやはり重要なことらしい。柱状節理は近隣では玄武洞や夜久野玄武岩公園などでおなじみで万人の知るところだが、枕状溶岩というのは溶岩が海底や湖沼などで急激に冷やされてできる溶岩流の団塊とでも言うもので、京都府レッドデータブックには右京区京北芹生(せりょう)にみられる。

(写真-2 ご存じ玄武洞)(写真-3 白石市小原材木岩柱状節理)

 実はこの二つは溶岩の冷え方、固まり方の違いであって、元々は同じ溶岩であることだ。違うものができるのは噴出した場所の環境や粘性の違いから来るものと考えられる。では生守山のサンドラ岩は一体どちらなのだろうか。つづく

 【今日のじょん】血行促進剤は良かったんだが、ビタミン投与は失敗だった。下痢、軟便、嘔吐の副作用が出て大変なことになってしまった。少しよくなり始めていただけにショックは隠せない。とりあえず薬は中断し、便の様子を見ることにした。どんな薬にも拒否反応示すので、薬物療法は困難な様子だ。「自分の力で治すんやで」と言い聞かせてみたが、困ったものだ。かみさんが自分のゴルフ肘だかテニス肘だか知らんが使っていたサポーターをはめてやっていた。

おいおい、そこは腕神経叢(ワンしんけいそう)とはちがうで、、、、違腕なんちゃって。

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大唐内のこと(98) 丸山とイモリ村-35 6/25

2015-06-25 | 大唐内のこと

2015.6.25(木)晴れ
 
 楽しい休憩のひとときが終わり山頂を後にする。必死で持ち上がったサンドラ岩の剥離片はすんでの所でザックに収まらない。やむなく持ち上がったと同様に片手につかんで下ることにする。登りより楽だろうと考えたのが間違いであって、山頂からの下りは急なガレの斜面で、灌木から次の灌木へ伝いながら下っていくものである。片手は灌木、片手は大きな石をぶら下げているのだからたまらない。腕がバンバンに張ってきて握力も低下していく。その瞬間石がぽとりと落ちてしまった。板状の石だからずるずるとガレの斜面を滑っていたが、段々スピードが加わって、遂に垂直に立って転がり始めた。バキンバキンと木々をなぎ倒しながら丹波側の谷底に消えてしまった。サンドラ岩の核心部から山頂を越えてここまで持ち帰ってきた貴重な標本が、あっという間に消えてしまった。谷を下って探すと似たような剥離片は幾つかある、しかしあそこまで六角形と節理のはっきりしたものは見当たらない。

このように剥がれて転がっているが、六角形のはっきりしたものは少ない。
山頂で撮った写真にちらりと見えているのがそれである。実はこの斜面で小滝先生も愛用のハンマーを無くしておられるのである、最初の登山の時のことである。
 大切な物を無くすのは残念なことだけれど、今回はもっと得るものがあった。サンドラ岩が柱状節理であることがはっきりしたことだ。
「枕状溶岩だった方が良かったんですけどねえ」小滝先生の奇妙な発言である。「どうしてですか?」「海底で噴出したと言えるからですよ」「サンドラ岩が元は海底であったとしたらロマンですものね」 おわり

 【作業日誌 6/25】何鹿郡の橋完成、階段苦手のワンちゃんもこれで安心。


【今日のじょん】23日のことだけど、左手の具合がよろしくないので小川さんに行く。レントゲンでは異常なく、筋肉、関節も良好という結果だ。病院に行くと症状を見せないのでUSBに動画を撮って見てもらう。神経系統の病気かと思われ、腕神経叢神経炎?とか一応診断された。人間で言う五十肩みたいなものと言われると何となく納得。他の基礎疾患がなければ数ヶ月で自然治癒するものらしい。とりあえず血行促進剤とビタミン療法を1か月ということになった。五十肩の辛さは充分分かっているので、同情するぜ。犬だけにワン神経、猫だったらニャン神経なんちゃって、、、しゃれてる場合ではないのだ。

歩けなくなったらああゆうのに乗るんかなあ?

 

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大唐内のこと(97) 丸山とイモリ村-34 6/20

2015-06-20 | 大唐内のこと

2015.6.20(土)曇り 丸山の地質

 さていよいよサンドラ岩に向かうことにする。実は南面からサンドラ岩に取り付くには岩壁の裾を若狭側に捲いて、主稜線から二つ目の尾根のところから取り付くのが最も安全だ。始めてサンドラ岩に取り付いたときには、壁のど真ん中を灌木伝いにトラバースしたのだが、進退窮まって退却した憶えがある。サンドラ岩4回目の山行でようやく安全で確実なルートを確立することが出来た。今回安全のためアンザイレン(ロープを結び合うこと)したが、経験豊富な登山者であれば不要かもしれない。最もヘルメットは必携である。

岩とガレの境部分から尾根に這い上がる
 尾根に登り切ったところが、サンドラ岩の観察には最も適した地点である。小滝先生はハンマやルーペを取り出し、観察に夢中である。その間2,30分だろうか、やおら「結論が出ました、やはりサンドラ岩は柱状節理ですネ」という答えであった。「永年気になっていたことがはっきりしてスッキリしました」と満足そうである。なぜ枕状溶岩でなく柱状節理と言えるのか詳しく説明していただいた。
 枕状溶岩というのは海底で溶岩が海水によって急激に冷やされる。従って海水と接している表面が硬く殻状になる。しかしまだ内部はドロドロの溶岩なので先端からトコロテンのように流れ出し再度冷やされて殻が出来るというように成長していく。ハワイ沖の海底火山の様子を映した映像を見たことがあるが、生き物のようにどんどん成長していくのだ。この成長する際に周囲に縦の皺というか擦痕が現れるという。周辺部は殻状の硬い組織となり、内部と明確に区別できる。また断面には放射状になった気泡のあとや放射状の割れ目が走り、キュウリを輪切りにしたような感じになる。その断面は楕円の不規則な形となっている。だからこそ枕状と呼ばれる所以なのだろう。

調査中の小滝先生、白い苔の部分に見える割れ目が冷却節理。
 確かに遠目にサンドラ岩を眺めたとき玄武洞のようなきりりとした柱状節理とは違ったものに見える。節理は水平に走っているし、どてんとした枕のように見えるのだ。だが間近にその岩を観察すると、上記の枕状溶岩の形質とはまるで違っているのだ。つまりサンドラ岩には外殻は無く、断面は均一であり、放射状に並んだ気泡も見当たらない。表面の縦皺もなく、周囲は曲線ではなく直線的な六角形をなしている。そして薄く剥離しているのは、輪切りに節理があるためで、これは柱状節理の特徴とされている。「冷却節理というやつですか」ときくと、「そのとおり」と答えて怪訝な顔をされた。わたしだって少しは予習してきたのだ。そうこうしているうちに厚さ4cm径40cmぐらいだろうか恰好のサンプルを見つけた。サンドラ岩の破片は採集していたが節理そのものは持っていない。持ち上げるとなんとか運べそうだ。片手にぶら下げたまま、灌木伝いに頂上へ向かう。

頂上で持ち上がったサンドラ岩をパチリ、よくぞ撮っておいた。その理由は次回。
 頂上では昼食をとりながら、先生のフルート演奏の話やネパールでのボランティア活動のお話を聞く。火山の研究だけで飛び回っておられるのかと思っていたら意外な一面を見せられ驚いてしまった。つづく

【作業日誌 6/19】何鹿グンの橋、もう少しで完成というとき雨が降ってきた。


 

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大唐内のこと(96) 丸山とイモリ村-33 6/17

2015-06-17 | 大唐内のこと

2015.6.17(水)曇り 丸山の地質(鼻峠の河原石)

 坪坂峠から鼻峠を過ぎるあたり尾根上に握り拳大の河原石が散見する。この山稜上に丸く摩耗した石が存在することは地元の人にも知られるところであって、4年前始めて丸山に登ったときも「一体誰が何のために持ってきたのだろう」という声が聞こえた。地質や地殻の変動について関心の無いほとんどの人にとって山稜上の河原石は不思議な存在であって、誰かが持ち上がったと考えるのが当然だろう。

初めての鼻峠(2011.4.15)
 わたしも当初は不思議だったが、二回目の丸山行の時に台風で倒れた木が掘り起こした土の壁に河原石がくっついているのを見て、持ち上げたのは人ではなく、地球の力なのだと気付いた。それは土中、地下1mほどの位置であり、人が持ち上げたのなら地表の一箇所に積み上げられているのが一般的だからである。山の背比べなどの伝説があり、登山者が実際に石ころを持って上がる山が幾つかある。山頂にケルンのように積み上がっているのをご存じだろう。弥仙山などもそうでなかったか。

弥仙山山頂、左にケルン状に積まれている。(2010.11.23)
 小滝先生はこの河原石にいたく興味を示され、「砂岩の丸石が多いのは、川や海岸などが隆起したのでしょう」とおっしゃっていた。「先生、砂岩ばかりでなくチャートの丸石もありますよ」以前に標本として持ち帰ったのはチャートだったし、そうこうしているうちにチャートの丸石も見つかった。
チャートは放散虫などが堆積して出来たものだから当然海底で出来るものなのだが、それが隆起して陸地となり、やがて風化して水流に流されて丸い河原石となる。それが山陵上にあるということは、河原或いは海岸であったところが再度隆起して高いところに持ち上がったのだろうと考えていた。

大きさはこの程度のものが多い。
 ところが「京都五億年の旅」(地学団体研究会京都支部編)小滝先生も執筆しておられるこの本の「海の下の京都」という項に山上の河原石という記事を見つけた。周山の周囲の低い山上に砂利の層(礫層)があるというものだ。
 何十万年か前、大堰川がまだ若くて、深く谷を刻み込んでいなかったころの河原に洪水が時に運び込まれて石ころなのです。その後、川はどんどん深く削り込んでいき、かつての河原の石ころは、今では山上に取り残されているのです。(41ページ)
 周山の礫層にはチャート、砂岩、粘板岩などが含まれているという。これは鼻峠の河原石も同じである。河岸段丘といえば川の両脇に段々にあるものとばかり考えるが、最も初期の河岸段丘は山稜上にも出来るわけだ。鼻峠の河原石も初期の河岸段丘と考えれば素直に理解しやすい。ある意味では鼻峠が原始の上林川であると言ってもいいのではないだろうか。つづく

【作業日誌 6/17】薪割り、「何鹿グンの橋」作製5日目

【今日のじょん】ポメの小麦ちゃん(一才)再度来じょん、前回は寒かったが今回はチト暑かったようだ。

かーいいデスネ。
 

 

 

 

 

 

 

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大唐内のこと(95) 丸山とイモリ村-32 6/13

2015-06-13 | 大唐内のこと

2015.6.13(土)曇り 丸山の地質
 丸山とイモリ村-31は2013.4.12

 丸山について考察を重ねてきたが、文献や伝説などの非科学的なアプローチであることが気に掛かっていた。なんとか科学的な考察をしたいものだと思っていたが、地学の小滝篤夫先生との出会いは地質というきわめて科学的な分野への目を開くきっかけとなった。当初は上林川で拾った鉄滓を見てもらうために上林に来ていただいたのだが、その際に丸山のサンドラ岩の話に大変興味を持たれて、二人で丸山に通うこととなった。今回4月28日に登ったのが3回目である、その報告を兼ねて地質学的な考察をしてみよう。
 2015.4.28(火)快晴
 じょんのび軽トラでスタート 10:00
 林道行き止まり地点着発   10:35ー42
 坪坂峠           11:06
 サンドラ岩取り付き着発   11:36ー45
 サンドラ岩調査地点着発   11:50ー12:36
 ピーク着発         12:55-13:20
 駐車地点着         14:19

 軽トラあっぱれ号で老富に行き、若狭側の林道に入る。数カ所土砂崩れがあり軽トラでぎりぎりのところをオンマニペメフムとばかりに進む。最終的に丹波側に開けた所で行き止まりになり、車を置いて徒歩となる、前回よりは少し手前である。10分ばかりで関屋からの林道出会い広場に到着する。その後も林道を歩き、なんなく坪坂峠に到着する。坪坂峠は市茅野(いちかや)から登ってくる峠で、雪よけの中の祠に新旧の地蔵さまが祀られている。

坪坂峠の地蔵様と丸山東南面
坪坂峠の若狭側はすぐに鼻峠からの道に合流し、関屋に下る古い道(貝坂という)なのだが林道、作業道が縦横無尽に走っているので如何なるものか定かでない。
 一度歩いてみたいものだ。つづく

【作業日誌 6/13】薪割り3日目
【今日のじょん】待ちに待ったサン君がドッグランどにやってきた。いやはや元気で大変だこと。午後には小梅ちゃん2才の柴がやってきた。かき氷の服が何ともお似合い、写真の時はやや緊張気味だったけど随分人なつっこくてかわいいのデス。

 

 

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続・健康診査’15 6/6

2015-06-06 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.6(土)曇り

 さて今回の診査の問題点を二つ、ご紹介しよう。
今回、6月の5日は連日の晴天高温の日が打って変わり、実に寒い日となった。北海道では降雪のニュースもあって、上林の日中でも16℃となっていた。連日30℃を超えていたことを思えばいかに寒いかがわかる。寒いのは分かっていたが検査には手軽に着脱が出来るよう半袖のポロシャツで出かけた。外に出てあまりの寒さにアンダーシャツを下に着る。検査会場は旧小学校の体育館である、会場に着て始めて衣類の間違いに気付く。寒くて身体はガタガタ、歯はガチガチという感じだ。この状態で血圧を測る。ご承知のように130を超えると再検査となる。「もう一度測りましょうね、深呼吸を2,3回して下さい」こりゃあかなり高い値が出てそうだ。2回目はもっと高く、9?-149という血圧測定史上最高の値である。
 しかしよく考えれば、この異常な寒さの環境で、半袖でガタガタ震えていて高い血圧が出るのは当然で、でなければ身体の異常ということとなる。実は最近あらゆるシーンで血圧を測る機会があって、7?ー120というのが普通の値となっていた。つまり極正常な値なわけだ。検査技師の「深呼吸を、、、」てのが何の意味も無く、きちんとするなら平常の検査環境をつくるべきと思うのである。問題は検診結果としてどう言ってくるかだ。要治療、再検査など言ってきても畏れることはない。低温による血圧上昇という極正常な反応が起きただけだから。
 今一つはわたしの最も自信のある骨密度の問題である。骨密度は最近になって測り始めたので多くのデータは無いのだが、常に良好な値を示しているのだが、本来年齢と共に下がっていく値が逆に上がっていることに気付いた。検査の人には「とてもきれいな数字です、なにか気をつけていらっしゃることはありますか?」なんてよいしょされる。普通の人なら、蘊蓄の一つでもたれて自慢するところなんだろうが、どうもその気にはなれない。別に骨密度を上げるためなにか秘策を練っているわけでもなし、朝飲んでる牛乳だって特段他の人と量も質も変わっていない。だからこそ出てくる数字に疑問を持つわけだ。
 くるぶしに電極を当てて測定するということは、伝導率を測っているらしい。間隙の多い骨より密度の高い骨がよく電気を通すのは理解できる。と考えるとその電極を当てる位置とその皮膚や筋肉などの環境によってかなり相違がでるのではないかと考えた。それらの点を検査の方にただそうと思って聞いてみた。

超健康優良児のマイボーン(黒丸がわたしの値)
「骨密度測定とは電気の伝導率を測っているのですか?」
「・・・・・・」
「密度の高い骨は電気をよく通すと言うことでは無いのですか?」
「・・・・・・」
だめだこりゃ、バイトの検査員なんだろうか、知らなきゃ知らんと答えろよなあ、別に問い詰めているわけじゃないんだから。
 「そんなに信用できない検診をどうして毎年受けてるの?」かみさんが尋ねる。信用できないのは診断結果であって、検査結果は厳然としたものである。だからこそわたしたちは例年の数値の変化を読み取って自分で判断しなければいけないのではないだろうか。今日では情報はいくらでも手に入れられる。
健康診査の結果に一喜一憂するのではなく、正しい判断が出来る知識を集めることが肝要である。

【今日のじょん】急激な寒さのせいだろうか、じょんの関節がどうも具合が悪い。かみさんまで落ち込むので余計憂うつになる。

見てくれこのなちゃけない顔

 

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健康診査’15 6/5 

2015-06-05 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.5(金)雨

 総合検診の案内というのが来て行ってきたんだけど、検診ってえのは健康診断かと思っていたけど違うんだね。検診とは「健康診査」のことで、どうちがうんだということになる。字面から判断すると、なにかと検査をしますよというのと検査をして判断しますよの違いのようだ。確かに検診の時には検査をするだけで判断は行われない。だから診査なわけだ。検査の結果がきて始めて診断ということになるのだが、この診断は医者に診てもらって問診などを繰り返しながら判断されるものでは無い。検査結果の数値を機械的に読み取るだけだから、とんでもない結果を言ってくることがある。
 若いときの検査結果で「胆管腫瘍の疑い」とか「腎炎」のどうとかで再検査の指導を受けたことがある。再検査に行くと「別にどうって事は無いですよ」ということになる。健康診断って一体何なんだよ。ということになる。どうも怪しいと思い過去のデータを全て洗い直してみると、いわゆる腫瘍マーカーでとんでもない数値が現れている時があり、その際何も指導を受けていない件があった。こうなると検診結果というのをどうとらえるかという問題になってくる。
 5年前の検診で「心室性期外収縮 要医療」という診断がなされていた。これは普通の人なら真っ青になって医者に通うのかもしれないが、わたしは放っておいた。つまりこれは誤診、おそらく被検査人の取り違えであると自分自身で判断したのである。かつてトライアスロンの大会に出場するのに心電図の提出が必要であって、専門医にその都度心電図をとってもらっていた。スポーツドクターだったので無酸素性作業閾値や最大酸素摂取量なども測ってもらい、自らの心肺能力や状態については絶対の自信を持っていたわけである。いきなり「要医療」といわれても、それは他人のデータと判断するしかない。果たして翌年のデータは正常であった。実際に被験者の取り違えであったら、気の毒なのは本当に病気であった人ではないだろうか。治療が遅れてあの世にでも行ってたら誰が責任とるのだろう。
 被験者の取り違えなんてあるはずがないだろうと思われるだろうが、新生児や手術患者の取り違えがニュースになる時節である。健診データの取り違えがあったって不思議ではない。それが証拠に、5年前と現在と検査の事前のチェックは雲泥の差である。この間問題が発生したので改善されたと考えるのが妥当である。しかもだ血液検査やレントゲン撮影のデータは本人に確認するプロセスがあるのだが、心電図は何も無い。「小原さんですか?」の問いかけもないのだ。単に検査員が手を抜いているだけなんだろうか?つづく

【作業日誌 6/5】
ドッグランどのワンコスロープ作製(3日目)

【今日のじょん】
 これは川向かいの河原に棲息するバンビちゃんである。これは彼らの徒渉地点でじょんとわたしが居る場所に泳いできているようだ。井堰が閉めきられて水深も相当なのだが、あの蹄で泳ぐのには驚きだ。是非見てみたいと思っているのだが、どうも夜中に徒渉しているようで永久に見られそうにない。 

 

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本日記事休み 6/4

2015-06-04 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.5(木)曇り

 本日「あなしら上林」の執筆のため記事休みます、あしからず。

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経済走行-3 6/3

2015-06-03 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.3(水)雨

 さて、5月の給油走行記録を見てわかることは、リッターあたりの走行距離は14~16Kmと言うこと、経済走行を気をつければ16Kmも可能だろうという予想、給油金額は1万円を超えていること、走行距離も1000Kmを越えていることである。結局いくら経済走行をしてリッターあたりの走行距離を伸ばしても、走る距離が長ければ出費はかさむということだ。
 給油金額月間1万円以下、走行距離月間1300Km以下、リッターあたりの走行距離16Kmを目標にする。1300Kmをℓ/Km16Kmで走っても1万円は切れないが、ガソリン代の上下もあるので一概に語れない。しかし出費を抑えるのに最短なのは、走行距離を抑えることである。
 ところが運転嫌いなわたしは無駄な走行は一切していない。となると車に代わる移動手段を考えることとなる。以前に京都に行く場合の交通手段の経費について書いたことがあるが、用途によって一概には言えないが、二人以上なら絶対車が有利、一人なら普通電車を利用するのが有利という結論だった。
 日常の交通では二輪車への転換もあるが、購入を考えると得策ではない、やはり自転車の利用ということになる。現役時代の通勤は雨の日も風の日も自転車を利用していた。遠い職場で往復30Kmである。ここでの利用だと用事の最短でも往復40Kmが見込まれる。勇気がいるけど取り組むっきゃないか。

【今日のじょん】今日でなくて5月12日の写真、サン君と初めて会ったときのこと。

 

 

 

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経済走行-2 6/2

2015-06-02 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.2(火)曇り

 常々考えていたことだが、経済的に走行しようと考えている人はおそらくほとんどのドライバーだと思うのだ。皆1円でも安いスタンド探しに血眼になっているし、安いからと言って遠いスタンドにガソリン炊いて通っている御仁もある。丹波から大阪のバーゲンに通っているようなものだ。ハイブリッドなの低燃費車の高人気なのもおなじようなものだ、これは燃費が安いからと言って高価な車を購入するという態度はどうも納得がいかない。トータルでどうかという計算をしているのならそれでもいい。問題はそうやってチマチマと燃費がどうのってやってる奴が最も非経済的な運転をしていることだ。
 私自身は基本的に経済的な運転をしているつもりであったが、数字として証拠となるものを残しているわけでは無い。リッターあたりの走行距離もおそらく15Kmぐらいだろうと思っているだけで、厳密に測ったわけではない。それではいけないわけで、この5月から給油量や走行距離を記録することに決めた。
 下記の表がこの1ヶ月の記録だが、およそ15Kmぐらいだろうという予想は当たっていた。ただ、当初の記録で14Km台であったのはかなりショックであった。ところが昨日示した経済走行方法を実行すると15Kmを越えることは出来、16Kmにも迫れるわけだ。こうなってくると走行が楽しい、後であおってくる車なんざ関係ない、いかに経済的に走るかだ。ただ、事故っては意味が無いので、早めの合図は必要である。車の急発進急停車だけでなく、ドライバーの急発進急停車を抑えることが肝要である。

<colgroup> <col style="width: 54pt;" span="8" width="72" /></colgroup>
ガソリン代              
  給油日 給油量(ℓ) 金額 走行距離 Km/ℓ 単価 備考
  5月1日 21.41 2,762 307 14.34 129  
  5月7日 19.13 2,468 270.3 14.13 130  
  5月14日 21.64 2,795 306.4 14.16 130  
  5月19日 17.67 2,297 294.0 16.64 130 京都往復
  6月1日 26.82 3,487 421 15.70 130 丹後
  5月計 106.67 13809 1598.8 14.99    
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経済走行 6/1

2015-06-01 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.1(月)快晴

 イップスだ何だともっともらしい理由を付けながらブログ投稿をサボっていたら遂に一ヶ月が過ぎてしまった。確かに毎日無理矢理に書き続けることには問題が多いが、気楽に、例えば気がのらなかったら日付と天気だけでもいいという感じで続けないと永久に書けなくなってしまうような気がする。
 というわけで、心機一転書き始めることにした。
 今日のタイトルは「経済走行」エコドライブとでもいうか、いかに燃料代を安く済ませようかということである。田舎暮らしに車は必需品である、しかしこれほどお金のかかるものはない。車両本体、燃料代、車検代、保険代、税金、オイルやタイヤ、交換部品、修理代などなど莫大な金額になり、タクシーやレンタカーで済ませられるのならその方が安く付くだろう。しかしそんなことが出来ようはずもない、レンタカー借りるのにもタクシー乗り場に行くのにも車がいるという矛盾したことになる。購入前なら税金の安い、燃費の良い経済車を選ぶことが出来ようが現に使っている車を買い換えるのは経済的とは言えない。いかに上手に永く乗るかが最も利口な方法である。となると節約できるのは燃料代と交換部品、修理代を少なくすることぐらいである。これはひとえに乗り方の問題である。安全運転、経済走行こそが最良の道である。
 安い燃料店で給油し、プリペイドカードやキャンペーンを利用して少しでも安く給油する。
 オイル交換は支持された交換時期でなく、点検をして決める。(ゴーストップの少ない田舎では劣化度合いは少ない)
 余計な走行をしない。坂道、狭隘な道は避ける。
 アイドリングストップ、発進時はスロウで、急加速厳禁、経済速度
 登り坂で不必要に加速しない
 下り坂、信号手前、停車前は不必要にアクセルを踏まない
 不必要なエアコンは使わない
 車を物置にしない
 空気圧調整を定期的に
 タコメーターを重視した運転

 などを実行することにし、効果を確かめるため給油毎にリッターあたりの走行距離を記録することにした。
                                            つづく

【今日のじょん】ブログ書いてないと心配の声もちらほらだが、実はじょんの方が心配されていたりして、、、
おかげさまでじょんも相変わらずです。
 先日来じょんされたフレンチブルのくろえちゃんをご紹介。もうすぐ一才、脊髄の手術したんだって、ちょっと太めのようだけどとにかくかわいいのでありマス。

暑がりなのでネッククーラーしてるのだワン。 

 
 

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