晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

ナウ鹿 5/29

2014-05-30 | 日記・エッセイ・コラム

2014.5.29(木)晴

  山中や夜中の道路では確実に目撃される鹿が、昼間に、しかも敷地内に立っていると不思議な感じがする。「えっなに!!」と思うのだが、「平気で入ってくるのか」という一種の恐怖感がわいてくる。
 昨日の11時のことである、二階の窓から車庫の付近に目をやると鹿が何かを食っている。一瞬頭が真っ白になって、慌てて階下に降りて行き鹿を追う。さすがに驚いた様子で逃げていくのだが、ぴょんぴょんと跳ねていく様子は随分軽やかだ。北の門のネットの切れ目から逃げていったので、おそらくそこから侵入したのだろう。
P1030025
 

このブロックの先にいた。被害はミョウガの新芽、忘れっぽくなるぞ。
 昼間の鹿が異様に思えること自体が異様であって、鹿は元々昼行性なのである。奈良の鹿を見ればよく解るが、夕方になると森に帰っていくのである。それが夜に行動するようになったのは人を恐れてのことだから、昼間に出てくるのは人を恐れない行為ということで、余計脅威を感じるわけだ。
 山側の境界は随分横着なネットを数年間張り続けていたが、遂にその効果がなくなったと言うことだろうか。否、遂に見破られたという感じだろう。
 とりあえず購入済みの漁網ネットを北面に張り巡らす。これも中途半端で頼りないが、少なくとも切れて開いていた部分はふさがることになった。これが昨日のできごとである。
P1030030
 

ネット完成、、、そのむこうに
P1030036P1030033 


P1030037  


 さて、新ネットの写真でも撮ろうかと、昨日と同じ11時頃に表に出て、カメラを構えると、ネットの向こうに昨日の鹿が来ている。ネットの中に入ってないので効果有りと喜ぶべきなんだろうが、恐れを知らぬ出現にショックを隠せない。追うと少し逃げて振り返っている。猿とは違ってかわいいななーんて甘いところを見せてしまう。これではいかんと石持て追うと、これまた軽やかに谷の奥に消えてしまった。あの跳躍力じゃどんなネットも越えてしまうなあ。
【作業日誌 5/29】
ピーマン、オクラ植え付け完了

 【今日のじょん】蛇嫌いのかみさんがついつい買ってしまう蛇の忌避剤がたまってきた。蛇忌避剤の効果は?という思いは誰しもあるようで、本ブログにも多くのヒットが見られる。
 隣家の石垣は一定の気温の時は必ず居るという場所がある。忌避剤効果実験を行う。しっかり振りかけたが、顔を出している蛇は慌ててすっこんでしまった。P1030028

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雨読 「僕は考古学に鍛えられた」 5/28  

2014-05-30 | 雨読

2014.5.28(水)快晴

 昨夏亡くなられた考古学者、森浩一さんの物心ついてから、同志社大を卒業するまでの自叙伝風の記録である。
 「僕は考古学に鍛えられた」森浩一著 筑摩書房 1998年12月10日初版 古書
P1030039
 


 わたしの蔵書の中で最も冊数の多いのは森浩一さんの本である。別段森さんの本を選んで買ったわけではないのだが、興味ある内容だったからだと思う。また、森さんの著書が多いということもあるだろうが、考古学だけに偏らず民俗学や文化人類学などあらゆる分野の著書があるためだろう。神話や伝説、地名や方言など一般的には考古学者とは縁遠いと思われるだろう分野にも貪欲に挑んでおられる。研究に役立つもの、参考になるものならなんでも取り入れようという姿勢が多くの共感を得ることとなったのだろう。
 園部の垣内古墳や牧野北製鉄遺跡などわたしが必要があって訪ねた遺跡もすべて森さんの手になった遺跡であっておどろいている。
 考古学関係の本を読む時、森さん以外の先生の書かれた本は、延々と遺跡や遺物の寸法や形状が説明されるばかりで、アマチュアのわたしは根負けしてしまう。せっかく買った本だからと無理矢理読了するのだが、一体何が書いてあったか解らないままとなる。その点森さんの著書は素人にも解りやすく書かれ、論旨がはっきりしている。
 本書の表紙に研究ノートの写真があるが、主要研究見学年月日を見ると昭和16年10月5日 泉州見野山高津池とある。なんと13才の時である。
 まさに考古学の申し子である。戦前、戦中の困難な時代に中学、高校の生徒がよくぞ遺跡の発掘や研究をされたことだろう。この時代の活躍はもう夢中になって読んでしまう。
 そして、文中に載せられた遺跡の図が他の文献に採用されていることに気づく。中高生の時に書かれた図が現在一級の資料として活きているのだ。
 随所に森さんの信念が書かれている。特に各部の頭に書かれているものは自筆の文で、心に響くものがある。
 
考古学に志しのある人は、自分の足で歩かねばならない。かつて人びとが生きたであろう大地を踏みしめ、景色を熟視し何よりも土地の人の話を聞くことだ。研究はもうスタートしている。
P1030042  
 


【作業日誌 5/28】
 オクラ、ピーマン植え付け準備

 【今日のじょん】久々にモモ姉さんがきた。高齢になって耳や目が悪くなっているというが、まだまだ元気そうだ。P1030026

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穴虫考(71) 西浜ー12 5/27

2014-05-29 | 地名・山名考

2014.5.27(火)晴 考察-4

 4.マキノ町の青地名について

 マキノ町の製鉄遺跡は古代史の中でも重要な意味を持ち、牧野周辺の無数の古墳群は製鉄に関わった渡来系の工人に関わる墓とも目されている。わたしが訪れた製鉄炉の遺跡は奈良時代のものと書かれていたが、それ以前から若狭湾敦賀方面から海人の文化が流入していたと考えられる。もちろんその中には製鉄の技術もあっただろうし、だからこそ8世紀に鉄の文化が花開いたのだろう。葬地としての青の文化はそういった人たちが、日本海沿岸に伝えてきたものだと思う。青地名が必ずあるだろうと調べてみたら、マキノ町に3ヶ所見られた。
牧野 野畑(青谷)
上開田 青谷
森西 青地山
 粟、大なども沢山あるが多数になるので省略した。この内、訪問できそうなのは上開田(かみかいで)ぐらいかと思っていたら、奥野さんに連れて行ってもらえることになり、地元の方にその位置も教えてもらえることになった。
 ただし時間的制約があり、谷に入ることも聞き取りも出来なかった。
P1020925
 

社殿の前を登っている谷が青谷

 石庭在住の野崎さんという方が調査された石庭山図の写しをいただいた。マキノスキー場の上方の大谷山(813m)から南に連なる山々とその麓の地名を調べられたものだ。麓の地区は牧野、石庭、辻、森西にあたるのだろうか。実はこの山麓地帯こそ、小さな円墳主体の古墳群なのである。
P1030027
 

石庭山図(写)

 野畑の青谷の位置もわかり、青谷溜池というのもある。この地域が牧野西遺跡となるのだろうか、大規模な古墳群であるらしい。
 山裾を南に進むと墓の谷、庚申塚、杜若谷、堂ノ谷、経塚、ムクロウジとなんともそれらしい地名が続き、その中にわたしたちが訪ねた古墳の地に作られた古い墓地もある。その地がなんという地名なのか問い合わせ中である。少なくともこの地域の青谷は葬地、墓地と考えてもいいのではないだろうか。P1020910



植林の中に4,5mの円墳がつづく、古墳の石材と五輪塔、地蔵が散乱している。

【作業日誌 5/27】
 草刈り(1-4,2-1)、溝掃除
P1030024


この斜面だけで3時間はかかるぞ。

 【今日のじょん】最近は夜中に動物が出てこなくなって、吠えることが無くなってきたが、時々吠えることがある。よーく耳を澄ませると、蛙の鳴き声のことがある。そうそこいら中にモリアオガエルの卵が産み付けられてるのだ。P1030018


 

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穴虫考(70) 西浜ー11 5/26

2014-05-26 | 地名・山名考

2014.5.26(月)雨  考察-3

2.別所について
 西浜別所については別途「別所探訪」の中で紹介予定。

3.御墓について
 小字別所の御墓については海ノ谷(うみのたに)の吉根墓とともに気になっていたので奥野さんに出会った時に聞いてみたのだが、即座に小分け地名の穴虫の上部の山がはげたところに”みはか”があると答えられた。道も教えていただいたのだが、マキノ北遺跡などに行くこととなったので実際の訪問は出来なかった。そこには石塔があると聞いたのだが、航空写真で見ると確かにはげたところが見つかるのだが、石塔までは確認出来ない。しかし問題はこの”みはか”の位置はどうみても小字穴虫の中にあるようで、つまり小字別所の御墓とは別物ということだ。
P1030015
 

奥野さんから届いた穴虫とみはかの位置図、黒いのは奥野さんからいただいたマキノ遺跡の鉄滓。

 長谷という小分け地名がどこにあるのか現在のところまったく解らないのだが、長谷=泊瀬、初瀨でそこには両墓制で言うところの”ミハカ”、つまり埋墓があって、それが奥野さんの言うところの”みはか”なのではないかと考えた。
 ところが奥野さんの回答には、”みはか”には三つの石塔があるので”三墓”かと思っていた、とあり、実はそれが正解なのではないかと思っている。
 もちろん三つの石塔がどのようなものなのか、何が刻まれているか見てみないといけないのだが、一般的に埋墓には石塔は無いものだから、三つの石塔があるのならそれは三墓とするのが妥当だと思われる。
 このお墓には小分け地名穴虫から道が通じているということだから、なんとしても訪れてみたい。この穴虫にも穴虫パターンが存在するとしていいのだろう。

 【今日のじょん】じょん君尺八を聴く。
 この不安そうな顔は何だ。そう、隣室では佐々木大師範が尺八を演奏しているのだ。一体鳴るのか鳴らないのか素人では解らない尺八を大師範に頼んで吹いてもらったということ。みんなが吹いてもスースーしか鳴らない尺八が名人の手にかかると立派な曲を奏でる。さすが名人と感心しているのだが、じょん君はこの音が苦手みたい。なんてったって風の音が大嫌いなんだから無理もない、おかーのそばで不安そうなこと、、、。P1030009 P1030014   

 

 

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穴虫考(69) 西浜-10 5/25

2014-05-25 | 地名・山名考

2014.5.25(日)晴 考察-2
 穴虫考(68)は2014.5.22

 奥野さんから丁寧なお手紙が届いた。マキノ訪問時に不明であった部分に対する回答だ。
 1 西浜の小字穴虫の中の小分け地名としての穴虫、福本、長谷の位置について
 「西浜の穴虫の地名は俗称で、福本という地名の中で、山のわき水がある、山の入口付近を穴虫と呼んでいるようです」という回答であった。
 ここで問題を複雑にしている原因は、角川日本地名大辞典25滋賀県の小字一覧に、穴虫(穴虫、福本、長谷)福本(福本、穴虫、別所前)とあることだ。滋賀県の小字一覧は他の府県とは異なり、明治15年の「滋賀県小字取調書」を資料としている。( )は小字内の小分け地名ということである意味画期的な資料であるが、一見地名の位置関係について誤解をあたえるものといわざるを得ない。
 つまり上記の例でいうと、小字穴虫と小字福本は隣接した小字で、それぞれに福本、穴虫という小分け地名があるということは、これらが二ヶ所存在すると言うこととなる。随分このことについて考えたのだが、奥野さんの手紙でようやく理解することが出来た。
 穴虫という小分け地名は一つの区域を表すのだが、小字としての穴虫と福本の境界線がその中を横切っていると言うことだ。さすれば小分け地名の福本も同様に考えられ、小字穴虫と小字福本をまたいで小分け地名の福本が存在するとすればすべての理屈が通ることとなる。
 小字穴虫というのは山崎山(307m)の西南部、JRマキノ駅の北に突き出た三つの尾根を含む、広い地域である。また小字福本は小字穴虫の右と真ん中の尾根に囲まれた扇状地的な部分である。
 そう考えると奥野さんの言われる福本の地名の中で、湧き水のあるところというのがよく解る。福本の穴虫から山を登っていけば、穴虫の穴虫になるということだ。
 国道161号線をマキノ町に入り、マキノ駅の北方セブンイレブンのある交差点から、東に100m、北に走る農道が山裾に突き当たる辺りから山にかかる部分(どこまでかわからないが)が探し求めた小分け地名の穴虫である。つづく
P1020892


この右の尾根を更に右(東)に行ったところが小分け穴虫だった。広い小字地名の穴虫ではその本質が解らない。

【作業日誌 5/25】
ストーブ片付け(薪ストーブはまだ)、扇風機使用始め

 【今日のじょん】今日もワン客万来でドッグランどは大騒ぎ、日陰が無いと厳しいので、桐の木の下に椅子を置くことにしよう。P1030003 P1030004

 


  

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じょんのび八不思議 5/24

2014-05-24 | 日記・エッセイ・コラム

2014.5.24(土)晴

 じょんのび七不思議については既に公表済みで(’08、12,3~’09、3,31)いずれも科学的に解明されたものばかりであるが、ここに来て原因の分からない不思議な現象が見つかった。じょんのび八不思議として紹介したい。
 それはバラスを敷き詰めたじょんのびの庭や駐車場に現れる不思議なラインのことである。今年の3月13日に初めて発見し、13日、14日の「今日のじょん」に記事を書いているのだが、その時は誰かが自転車で侵入したのではないかという印象だった。今回の発見は23日の朝だったと思う。記録の写真を撮ったのは今朝のことである。
P1020979P1020507
右は3月のもの
 

P1020980P1020505
右は3月のもの、ここは同じ方向に
引かれている


 
P1020983P1020513
右は3月のもの、今回とは全然
方向が違う

P1020984
傾斜と垂直に交わるライン


 自転車のタイヤ痕でないことははっきりした。これほど各方向に痕がつくはずもないし、自転車タイヤ痕なら2本がセットになっているはずだ。それに自転車で走ったとしてもこれほど明瞭な痕がつくはずもない。ブレーキをかけて引きずったらつくかも知れないが、その場合はもっと荒れた痕になるだろう。
 人がやったものでないとすれば自然現象としか思えない。3月の時の写真を見るとじょんがレインコートを着ている。今回も夜の間に風雨がきつかった。風が作るいわゆる風紋の類いか、あるいは雨による水の流れの跡かということになる。
 敷地は一定方向に傾斜しており、強い雨の場合水流が出来る可能性は大なのだが、傾斜方向とは無関係に走っており、水流とは考えにくい。
 風の場合はいろんな方向から吹くのであり得ると思うが、風紋のように細かい砂ではなく、そこそこの大きさのバラスもあるので果たしてそんなものまで動かすかなあと思う。
 それにしても6年間住んでいて、今年になって初めて気付いたのも不思議だ。雨風で出来るものなら、夜だけとは限らないし、昼間の観察も可能である。注意してみていこう。
 ナスカの地上絵は人手によるものと解っているが、当初は自然現象でできたラインだったのではないだろうか。

【作業日誌 5/24】
タニウツギ植え付け
P1020988


トマトの屋根完成

 【今日のじょん】ラブ子ちゃん、ハナちゃん、ココロちゃんなど来じょん。じょんも大はしゃぎで遊んで疲れ気味。
P1020991P1020994 


ドッグランどがキッズランドになっておりまス。

夕方は恒例のじょんのびビヤガーデン、吉ちゃん寄ったら?ましたるで。のどごしやけど。P1020996

ハヨめし食ってオヤツもらおっと、、、

 

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じょんのびアラカルト’14.5 5/23

2014-05-24 | 日記・エッセイ・コラム

2014.5.23(金)曇り

 ワンコインリゾート
 最近軽い肩こりが続いている。草刈りとメガネが合わなくなったことが原因かなと考えているが、肩こりに効果があると考えられる水泳をサボっていることが最大の原因かと思う。
 先日プーさんが「青の墓ばっかり行ってたら除霊せなあかんで、一番簡単な除霊は海の水や」と教えてくれた。
 なるほど、そういえば大飯のプールには海水のゾーンがあったなあと思いつつ、早速行くことにした。除霊はともかく、肩こりの原因は腕を肩より上に上げないことらしいからクロールで長距離を泳ぐのは最も理想的な肩こり体操だと思う。それより何より、海の景色を見ながら泳いで、お風呂に入るのは心身共にリラックスできることである。P1020973



うみんぴあの芝生広場はすっかり緑に変わってきた。
 白花のタニウツギ
 一瀬さんにいただいた白花タニウツギが咲き終わった。5月中旬が満開と思われるが、白花は珍しいそうで大江山で群生したものを育てられたそうだ。ネットで調べても、ピンクのものがほとんどで、白い花はバイカウツギ、ハコネウツギというのがあるが、はたしてどうなのか来年咲いたら調べよう。剪定されていたので地を這うように拡がってきたが、新しく伸びてきた枝を活かして上に伸ばそうと思っている。そうこうしていたら、「もう一本あるので植えてください」と立派なものをいただいた。これは上に伸びているので、隣に植え付けよう。
P1020950


周りの草を引いとけば良かった。(5月15日)
 イキシア
 先日イキシアを植え付けたところ、近所の人から「花が終わってからやないとつかんかもしれんで」と言われた。確かに球根がやたら小さくて1~2cm程度だ。急に消えてしまう事もあるそうなので、「それで生き死になんか」なーんてギャグって見たが、とりあえず花を切っておいた。
P1020972

 

九輪草
 これも昨年上田さんにいただいたものだが、谷の中に植えていたら昨秋の大雨で消えてしまい、すっかり流されたものと思っていたのである。当初は泥に埋まり、冬の間は葉が消えて根だけになるものらしい。全ての株が残っていたが、花のついていない株も幾つかある。種が採れそうなのでしっかり増やしてみたいと思ってるが、鳥垣渓谷には白花もあるようで、種を採って混ぜたらきれいかなと思う。
P1020868
 

谷の草刈りの際撮影(5月9日)、一面に群生すればきれいなんだけど
白樫
 昨年じょんのびの木のドングリが沢山落ちたのでポットに蒔いておいたら幾つか芽が出てきた。開店5周年記念にプレゼントとしたが、誰ももらってくれなかった。可哀想なので北側に植え付ける。ここは土も日当たりも悪くて育ちが悪い処なんだけど、それなりに頑張ってくれや。
P1020861 P1020978



左はドッグランど内(5月9日)右は現在の北側のもの、こんなに違うか

【今日のじょん】リゾートでヒコヒコ。
P1020974 P1020976


 

 

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穴虫考(68) 西浜-9 5/22

2014-05-22 | 地名・山名考

2014.5.22(木)曇り 考察-1

 西浜の穴虫を訪ねる旅は奥野さんに出会うことで意外な展開となった。西浜の穴虫、別所の他、牧野北遺跡、西遺跡、上開田まで訪れることとなった。しかも2時間あまりの時間で廻ったので、考察の出来るような状態ではない。しかしながら、今現在の考え方をまとめておかないと、次回訪問の予定も目的も定まらないし、こういった訪問を重ねる毎の考察の変化、発展こそが歴史、民俗、考古などの研究の醍醐味ではないかと思う。現場百遍で真犯人を追う小説の中の刑事のような心境で、歴史の謎、地名の謎に迫るのはすこぶる楽しいのだが、そのほとんどがお宮入りになるのは、それも愛嬌か。
 穴虫はピンポイントか?
 例えば穴虫の本山のような香芝市の穴虫を地図で調べると、随分広い地域となる。穴虫という小分け地名は無さそうだが、大坂山口神社の森の辺りの東に穴虫東、西に穴虫西の地名がある。(地理院地図)さすれば森の辺りが穴虫の本質と考えていいのだろう。
 亀岡市千代川町の穴虫は岩城神社と薬師堂の境内という極限られた地域が穴虫で、元々ピンポイントである。
P1060775


千代川町北ノ庄穴虫は神社とお寺だけの小字で解りやすい。

 逆に河原林町の穴虫は広くて、小分け地名の有無は解らない。しかしどこかに穴虫があるのではないかと思っている。
 高島市マキノ町西浜穴虫には、穴虫、福本、長谷の小分け地名があり、それらの位置確認が今回の目的だったのだが、果たせなかった。おそらくこの山の持ち主でないとその位置は解らないのではないか。ちなみに高島市役所には字配置図はあるが個々の字の地図、字切り図は無いようである。
 わたしの提唱する穴虫パターンだと、下から穴虫ー福本ー長谷と列ぶのだが、小字穴虫の地形からするとその配地は可能性が低い。というのは小字穴虫は三つの尾根から成っていて、西から別所につづく尾根、藤波園をまたいだ真ん中の尾根、海ノ谷との境の尾根が東となる。地名が付くとしたらこの尾根毎につくのが自然である。
P1020892


一番西の別所の尾根。
 いずれにしても穴虫はピンポイント的に存在するようだし、これらの位置の確定はすこぶる楽しみである。
 福本は製鉄に必要な自然風に由来する地名ととれるし、長谷は”はせ”と呼んだなら、泊瀬、初瀨同様葬地、墓地と考えることが出来る。つづく

【作業日誌 5/21】
イキシア植え付け
トマト芽かき、誘引

【今日のじょん】木曜の夜はドラマ「銀二貫」が楽しみ。てんちゃんといういかにもという犬が登場する。おとーとテレビの間でがーっと寝ているじょんを見ると笑ってしまう。P1020971
 
 こんな感じ。

 

 

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穴虫考(67) 西浜-8 5/21

2014-05-21 | 地名・山名考

2014.5.21(水)雨のち曇り 穴虫考(66)は2014.5.19

 上開田(かみかいで)に青谷があって、どんなところか見てみたいとは思っていたのだが、奥野さんにそのことを言った憶えはない。ところが以心伝心というのか「敦賀に抜ける街道跡があるので行ってみませんか」ということになった。街道跡には興味は無かったのだが、青谷がどこにあるのか確認はしたかったのでありがたく連れて行ってもらった。
 上開田には称念寺と坂本神社があり、その中を敦賀に抜ける街道が走っている。敦賀と琵琶湖を結ぶ街道は古代文化の通路として重要なものだが、上開田を通るこの道がどれほど重要であったかは解らない。今津、海津方面から敦賀に抜けるにはこの道と、牧野を通る道、在原を通る道など考えられるが、海津から追坂峠を通る国道161号線、西近江路がもっとも短距離で楽な街道と思われるのだが、、。P1020921
 


称念寺の脇を通る街道、多数の地蔵はこの地域にあったものを集めたものか、それとも寺院の墓地跡のものか、、。

 街道跡は称念寺の脇を浦に向けて夕暮れの闇の中に消えている。晴れた日中に散策するのはとても気持ちよさそうだが、今のわたしには何の興味の無い。称念寺には元国宝の薬師如来像や大仏などもあって、奥田さんも盛んに説明してくれるのだが、これとてさしたる興味も湧かない。何が知りたいかって、青谷の位置を知りたいのだ。
 もちろん青谷の位置を知ったところでこの時間では遡れる訳もないし、遡ったところでなにが見つかるわけでもない。しかしわたしはその地をこの目で見てみたいし、足で踏んでみたいのだ。
 称念寺手前の街道が90度曲がっているところに豊富な湧き水が出ていて、土地の人だかが水を汲んでいる。挨拶をして青谷の位置を聞く。そのすぐ上にある坂本神社の前を流れている谷が青谷と聞く。少し坂を登って写真を撮る。
P1020925


坂本神社の社殿が見え、その前に青谷が流れているという。

 もう辺りは薄暗くなっているし、奥野さんを待たせているのも気になっている。位置はわかったので満足して帰路につく。先ほどの水場は有名なそうで、他にも水くみの人が現れていた。
 これで正味二時間にも満たないが大変濃い内容の奥野さんの案内が終了した。袋一杯の鉄滓、石庭周辺の地名研究地図、十一面観音の所在地図、そしてお借りした「古墳と観音の里」のDVDなどお土産を一杯詰め込んで宿舎に帰還した。

【作業日誌 5/21】
ゴーヤ植え付け完了(願寿ゴーヤ2本、サツマ長レイシ1本)

 【今日のじょん】指間炎が何時までも完治しないので、夕べステロイド剤を投与する。前回恐ろしく水を飲んで、お漏らししてしまったので躊躇したのだが、短期に改善するとのことでやってみる。
 水はさほど飲まなかったが、早朝に起きてオシッコさせると、まあ長いことオシッコしていた。それも数回。
 それで夕方には肉球が改善していた。これほど効く薬も何か怖い物がある。P1020969

じょんジョロリン、じょんジョロリン
 
 

 

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雨読 常世論 5/20

2014-05-21 | 雨読

2014.5.20(火)曇り

 葬地、墓地としての青地名のことを知ったのは、谷川健一著「日本の地名」を読んだ時であった。日本海沿岸を旅しながら、地先に青島、粟島、大島などが列んでいることに気付いていた。また、沿岸の大島は少しも大きくないこと、内陸に広くもないのに大原、大野などがあることも不思議に思っていた。
 「日本の地名」の一文を読んで、沖縄の奥武島、本土の青島が葬地であることを知った時は驚愕であった。文化というものが帯のように伝搬していることが驚きであったのだ。もっと詳しく「青」のことを知りたくて、仲松弥秀氏の「奥武島考」やその他の文献を読んだが、「奥武、青」が単に葬地というだけでなく、人間の宗教観、他界観といった心理的な要素を多分に影響した聖地であることが解ってきた。
 「日本の地名」の中の「沖縄の青の島」以下の「青」に関する文章は、いわゆるエッセンスであって、もっと詳しく、深く理解しようとすれば、「常世論」を読まなければならない。
 「常世論 日本人の魂のゆくえ」谷川健一著 平凡社選書81 1983.5.20初版 府立図書館借本
P1020970

 

 記事を書きながら気付いたのは、本書が21年前の今日発行されたことである。また、谷川氏は昨年亡くなられた事もあって、何か因縁めいた感がしないでもない。
 本書は青の島についてのみ書かれたものではない、日本人の深層意識としての常世(とこよ)についてあらゆる物や現象、習俗や文から考察を試みようというものである。
 巻頭に4ページの写真が添えられている。伊根町の本庄浜、敦賀の産小屋、小浜湾の青島、伊根湾の青島、おおい町大島のニソの森、若狭のタブの木の写真である。どれもわたしの家から半日以内に行けるところで、むしろわたしの家はこれらの地の扇の要と言ったところにある。産屋やその他の海人に由来する習俗は存在が認められるが、青の地名は少ない。
Img_0291
 

これは大原(福知山市三和町)の産屋、大原も決して大きな原ではない。
このことは気になる所だが、そのことは本書の内容には関係ないことである。上記の写真だけで本書の内容は想像できるが、若狭の産屋、ニライカナイ、浦島伝説などの内容を見ても、南方の海洋民族の文化とのつながりが感じられる。
 奥武、青に関する考察が本書を貫いている。つまり、それらの地名を冠するところが日本人の他界観と相呼応していると考えられる。地先の島に遺体を安置することが、単に死穢を忌むと言うことだけで考えていては、事の本質には迫れない。

【今日のじょん】じょん君竹松うどんをいただく。
 定例の赤血球量の血液検査をする。低い値で安定している、というなんとも微妙な結果である。もちろん値を上げる対策は何もしていないのだから当たり前かも知れないが、人間のように鉄分を摂るとかの療法はないのだろうか。
 帰りに志賀郷の竹松うどんに寄る。野外で食べるぶんにはじょんが一緒でもかまわないのでありがたい。うどん大好きのじょんにとっては最高の環境かも、、、。それにしても絶品竹松うどんを食した犬は初めてかもよ。
P1020965P1020967 

 

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穴虫考(66) 西浜-7 5/19

2014-05-19 | 地名・山名考

2014.5.19(月)晴

 短時間の内にわたしが奥野さんに何を話したかよく憶えていないのだが、穴虫という墓地葬地を探求に来たのだということを理解されていたらしい。
「姥捨ての地があるので案内しましょう、そこには地蔵が累々としており、歳老いた人がひとつずつ地蔵を抱いてあの地に死にに行ったのです。やはり貧しい処だったのでしょう」また、その地は凄く霊気のあふれる処だとも聞かされた。
 八年前の十月、夕刻のデンデラ野(遠野市)を訪ねた。蓮台野が語源となっているという一種の姥捨てなのだが、誰も居ないデンデラ野に立って夕暮れの野焼きの煙りにあたっても霊気など感じることも無かった。デンデラ野は葬地、墓地ではあるけれども、60才になったらその地に行って共同生活をするという、一種生きるための制度でもあるわけで、わたしは実際に存在した制度なのではないかと思っている。
 軽トラで牧野の山裾をさまよったあげく、遂にその地に着いた。一面の植林された中に、大きな五輪塔がたっている。周囲は限りなく円墳の丘が続き、そこら中に白い石が転がっている。近づいてみると無数の五輪塔や地蔵が苔むして横たわっている。P1020905
P1020906P1020911   




 「日本山岳伝承の謎」(谷有二著)に載っている韓国の現代の墓の写真を思い出す。円墳というのは朝鮮半島に由来するのだろう。宿の女将さんは韓国人なので昼間の写真を見せると、即座に「これはお墓だわ」とおっしゃっていた。また韓国語で墓をどう言うか聞いてみたら「ミョウ、サンソー」と言うそうだ。墓地はミョジというが、亀岡市河原林町穴虫の北に妙珍原という妙な名前の地があり、川沿いの森になっている。ひょっとしたら墓地を表す地名かも知れない。
 朽ちた地蔵などの中に道祖神らしきものを見つける。風化が進んでいるが二体の地蔵が列んでおり、信州などでよく見る道祖神と思われる。近畿では珍しいように思うのだが如何だろう。 P1020913

P1020916

 
 また円墳上に散らばっているのは花崗岩質の人の手が加わった石材で、おそらく円墳の石室の一部だろう。盗掘してもさしたるものは出てこないと思うが、残っているのは小ぶりの石ばかりなので、後世に城の建造や築堤などの工事に大ぶりのものが使われたのではないだろうか。
 いずれにしてもこの地は、牧野の製鉄などに携わった渡来人が古里の例にならって円墳の墓地を造り、その後も墓地として使用されたものだろう。
 この地の地名が気になるが、明確な答えが得られなかった、今後の課題である。つづく

 【作業日誌 5/19】
三度豆植え付け、ゴーヤ植え付け準備

 【今日のじょん】少し良くなってきたみたいなので、念道橋まで散歩に行く。食欲だけはいつも通りなので早く運動できるようにしないとやばそう。
P1020953P1020955 

 

 川面に巨大ウナギ発見、シャッター時には潜り始めたので、よく見ないと解らない。

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穴虫考(65) 西浜-6 5/18

2014-05-18 | 地名・山名考

2014.5.18(日)快晴

 続いて製鉄遺跡に案内していただく。北牧野製鉄遺跡のひとつであろう、スキー場の入口駐車場の側から別荘地に入ったところに小川があってそのそばにこんもりした丘がある。製鉄炉は既に埋め戻されているので何も解らないが、自然風を利用した当時の炉がどのような位置にあったのか確かめたかった。P1020945
P1020944 


マキノ高原スキー場に入ってさての駐車場のところが入口、北遺跡の看板有り。

 位置としては知内川支流斧研川の左岸にあたるが、遺跡の側を流れる川は斧研川よりもう一本上流の支流である。しかし操業当時どの水系にあったかは解らないし、意味の無いことである。ともかく小川のそばにあると言うことは意味があることだろう。風についても樹林帯の中で見当がつかないが、日本海から山越の風が冬期などには吹き下ろすことだろう。
 製鉄遺跡ったってこれくらいのことしか解らないし、まあ訪れたという記念に石ころでも拾っていこうかと小さな石を拾うと、なんとそれは鉄滓だった。
P1020904


製鉄炉跡、左手が小川、写真は奥野さん。
 上林川でいくつも拾っているので、それが鉄滓であることはすぐに解ったが、上林川のは鋳物滓でしかも近世のものと思われるので、古代のしかも製錬滓を拾うのは感激ものである。砂まじりの炉底と思われるものや、流動滓らしきものもある。夢中になって探すといくらでもあり、拍子抜けしてしまう。汚い石ころだけど、古代の工人がこの地で鉄を吹いている姿を想像できるわたしの宝物である。
P1020961


鉄滓、戦時中はこれを集めて再利用したとか。
 牧野製鉄遺跡の特徴は、原料が砂鉄ではなく、鉄鉱石だということだ。なんとなくそれらしき石も拾ってみる。
 つづく
【今日のじょん】そろそろ薬が効いて足も治ってるかなとおっかなびっくりで散歩する。完璧とは言えないが随分良くなっていそうだ。ポストの肉球が剥がれてもほったらかしなのでこれがいかんのかな。
P1020954P1020956


今日はななちゃん来じょん、かわいいねえ。
P1020958 P1020960

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穴虫考(64) 西浜-5 5/17

2014-05-17 | 地名・山名考

2014.5.17(土)晴

 穴虫や別所、御墓など実際に行ってみたい気持ちはあったのだけど、マキノ製鉄遺跡の誘惑には勝てない。おそらく今日行かなかったら一生いけないだろう。ピックランドで西の山並みを眺めながら奥野さんを待つ。その西の山裾にもう一つ行きたかった上開田の青谷があるのだ。
 やがて軽トラで奥野さんが到着され、わたしの車はマキノ高原の入口に置き、奥野さんの軽トラに乗ってマキノスキー場の中程にある炭窯遺跡に行く。P1020941
 


マキノスキー場上部から見下ろす。じょんの先あたりにクチナシ谷が出合うう。
 現在はスキー場としては閉鎖されているので、マキノ高原と言うべきか。
 古代大型黒炭窯遺跡といわれる遺跡は、知内川支流斧研川クチナシ谷にある。斧研(よきとぎ)とはよくぞ言ったものだと思うが、牧野にヨキトギの小字があり、さらに白谷にも斧研の字名があるのは気になるところだ。
 クチナシ谷出合からすぐのところの山の斜面に炭窯は口を開けている。背をかがめて中に入ってみると、なんと花崗岩の一枚岩をくりぬいて造られている。ライトを持ってきていないので奥までは入らなかったが、9mほどあるということだ。最奥に煙抜きの煙筒が刳られているというので斜面を登ってみるが、枯れ木や落ち葉で埋まっているようで発見できなかった。後で解ったことだが、煙筒は窯の真上ではなく、右手にずれたところに設置されているそうで、先に案内看板を見ておけばよかったと悔やむ。これほどの大規模な窯が完全な形で残っているのは珍しく、内部に木炭が多量に残っており、炭窯であることがわかる。たき口付近に小さな木炭片が落ちていたので記念に拾う。千年以上前のものかも知れない。
P1020896P1020897 


たき口とその内部、一枚岩をくりぬいているのは、その鉱山技術を活かしたものだろうか。
 この上流の山で鉄鉱石を採掘し、下流の製鉄炉で製鉄されたのだろうと案内されていて、クチナシ谷の意味が解った。
 梔(クチナシ)色というのはクチナシの実からとった染料の色で黄色である。つまりクチナシ谷の上流で採掘しておれば、この谷の水は黄色に染まることだろう。つづく

【作業日誌 5/17】
ドッグランど草刈り

【今日のじょん】まだ足の炎症が治まらない。室内や芝生の上ではましなようだが、バラスの上はつらいみたい。散歩に行かないので写真無し。トホホ

 

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穴虫考(63) 西浜-4 5/16

2014-05-16 | 地名・山名考

2014.5.16(金)晴れ

 奥野氏に穴虫周辺の地名について聞いたことを記録しておこう。現地確認をする時間が無く、口頭での聞き取りなので行き違い、誤認があるかも知れない。後日手紙で確認が出来ればと思っている。
 別所(ベッソ)について
 別所(ベッソ)と呼ばれる地名があり、これは藤波園から国道に出る途中で、氏の耕作されている田んぼがあるというので確実である。これはおそらく小字福本の中の小分け地名と思われるが、角川地名辞典では福本には別所は無く、別所前となっている。奥野氏が言われる別所は別所前のことではないだろうか。これは明らかに別所の手前という位置にある。
 別所に関しては「別所探訪」の項で改めて書きたい。
P1020952
 

古本で買った地名辞典滋賀が大活躍。

 御墓について
 御墓(ミハカ?)は国道から見たら禿げ山となっているところで、国道から田んぼの中の道(セブンイレブンからJR高架までの中間を北に向かう農道か)を山裾に着いたところから山に入る小径を行く。石塔だか加工された石だかがあったように思う。ということだった。
 氏の言われる場所は航空写真でも見られ、穴虫の中にある。地名としての御墓は別所にあり、明らかに別物であろう。氏のいわれる御墓は普通名詞としてのミハカ、つまり埋墓だとすると、これこそが小分け地名の長谷なのではないだろうか。

 これらの地を確認したかったが、マキノ製鉄遺跡を案内してもらえる機会は今しかないのでそちらを優先する。わたしは自転車を返しにピックランドへ、氏は資料などそろえるため自宅に帰られ、ピックランドで待ち合わせることになった。つづく
P1020895
 

マキノピックランドから山崎山方面を望む、上開田(かいで)も行きたいのだが、、。
【作業日誌 5/16】
トマト、キュウリの支柱作り
超高ヒマワリ植え付け
車検

 【今日のじょん】旅行から帰ってからじょんの足が具合悪い。指間炎といっただろうか肉球の間が赤く腫れて痛そうだ。前回もらった薬を飲ませているが、痛そうに歩くのは可哀想で見てられない。そんなわけで運動は減っているのに食欲だけは平常通りでチト危ないなあ。
P1020933

旅行で知らんとコ歩かしすぎたかなあ。

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穴虫考(62) 西浜-3 5/15

2014-05-16 | 地名・山名考

2014.5.15(木)雨

 レンタサイクルを駆って西浜に向かう。途中市役所マキノ支所があったので寄ってみる。小分け地名に関する情報が無いか確かめたかったのだ。地元の職員さんでも居れば解ることがあるかも知れない。残念ながら本庁以上の情報は得られなかった。合併前なら沢山の職員さんの中から地元の方を探してくれたかも知れない。P1020888



高島市役所マキノ支所、元のマキノ町役場だろう。手前の道を右方向に行くと国道に出る。

 国道161号線に出ると藤波園に入る道はすぐに解った、セブンイレブンの横の道と聞いていたからだ。藤波園の奥が目指す穴虫である。問題は居住されている古い家が無い事だ。藤波園の職員さんでは地域のことは無理かと思うが、とりあえず穴虫の地を訪れてみたいと、藤波園の中に入って行く。最奥まで行ってがっかりする。頑丈なネットが張られて、扉も施錠されている。上部に電線が張られているので防獣の意味もあるのだろう。
P1020890


山の部分はすべて穴虫である。小分け地名の穴虫、福本、長谷がどこにあたるのか見当も付かない。この奥に山崎山方面に向かって道があるようだが、ネットを開けてもらうしか行きようがない。

ここから穴虫に向かうのは諦めて、別所に向かう。藤波園の西の尾根が別所である。P1020891P1020892
 


左側の尾根は別所である。地名辞典にはベッショとある。

 藤波園の南には別荘地らしき区画があり、更に西に行くと別所の尾根の末端部に出る。ここが西浜と蛭口の境界で、国道と市道の三叉路がある所だ。蛭口に入ったところに水道の浄水場跡らしきものがあり、そこに鎌とカメラをもった地元の方らしき人を見つける。
「地元の方ですか、この尾根のところは別所ですか?」と声をかけると「別所かどうか解らないけど、何を調べてるんかね」ということになり、座り込んでお話しすることとなる。
 氏は高木浜の料理旅館のご主人、奥野さんで、この付近で田んぼもやっておられ、防獣ネットの破損状況を調べておられるところだった。それよりも地名や古代製鉄に関心を持っておられる郷土史家で、わたしの目的を話すと随分関心を持たれ、氏のもっておられる資料などをいただけることとなった。そして製鉄遺跡で有名なマキノ北遺跡に連れて行っていただけることとなった。
 マキノ北遺跡については何度も本で見ていたし、興味もあったのだが、遺跡と言っても埋め戻されて看板が立っているだけのものと諦めていたので今回の訪問対象にはしていなかったのだ。ところが氏の話を聞くと炭窯遺跡はそのまま窯が残っているということだし、製鉄炉についても今行っておかないとその位置さえ解らないだろうと、是非とも案内していただくことにした。つづく

【今日のじょん】朝の散歩に出てびっくり、崩壊した井堰に土嚢が積まれ、旅行に行く前さらさら流れていた上林川にしっかり水がたまっているのだ。本格的な井堰の完成はまだ先のことだろうけど、とにかくこの大きな川をせき止めるのだから、現在の土木技術というのは凄いなあと感心するばかりである。じょんもびっくり。

P1020859 P1020951  

使用前、使用後。

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