最近のわさドラに対する失望

 今年に入ってから、このブログでドラえもん・藤子不二雄関連のネタを取り上げていない。
 最後にアニメ「ドラえもん」を取り上げたのは、昨年末の「「わさドラ」を長生きさせるために」「わさドラ問題点について補足」の2本であり、最近は「奏光のストレイン」など新作テレビアニメや、「ゲゲゲの鬼太郎」関係の話題ばかりだ。
 現状では、ブログトップの「藤子不二雄や、好きな漫画・アニメの話がメイン」と言う説明文には、我ながら違和感を覚える。


 新作映画「ドラえもん のび太の新魔界大冒険 7人の魔法使い」公開まで2週間を切って、アニメ「ドラえもん」に関する話題はいくらでもある。そんな状況で、アニメドラの話題を取り上げないのは、はっきり言って現状では、取り上げようと言う気に全くならないからだ。

 昨年末までは、テレビアニメにも新作映画にも、まだかなり期待していた。
 映画に関しては、若手の寺本幸代監督の起用や真保裕一脚本によって、「魔界大冒険」が、どのようにアレンジされるか楽しみだった。声優については、美夜子役の相武紗季は不安だったが、重要なキャラにアフレコ経験の少ない人を起用するからには、他の役はベテラン声優で固めてフォローするだろうと思っていたのだ。
 しかし、今年に入ってから発表されたキャストは、メジューサに久本雅美、満月牧師に河本準一と、アフレコ経験がほとんど無い芸能人ばかり。しかも、相武紗季を含めて非常に重要な役なのだから問題だ。このキャスティングで、今回の映画に対する期待が、一気にしぼんでしまった。

 大山時代の映画でも、主題歌を担当した歌手のゲスト出演は演技に難があったが、それ以外のゲストキャラは、ほぼプロの声優が起用されていて、安心して声を聴く事が出来た。例外として「南海大冒険」は、ゲストキャラの多くが専業声優ではなかったが、役者として演技の出来る人が揃っており、私は気にはならなかった。さすがに、ジャック役にマッハ文朱はミスキャストではないかと思ったが、演技力とは別の話だ。

 また、アニメ映画における芸能人の起用と言えば、スタジオジブリ作品を思い浮かべる人も多いだろう。こちらは監督やプロデューサーが声優を使わない理由を公言しているし、出演者も木村拓哉クラスならば、かなりの集客力が見込める物と思われる。だから、ジブリの方針自体の是非はともかくとして、狙いは十分に理解できる。
 それに対して、今回の「新魔界大冒険」のキャストは、どんな層を狙っているのかがわからない。メインの客層であるはずの子供が興味を惹かれるようなメンバーとは思えないし、子供を映画館に連れて行く親にとっても同様だろう。
 それに、あえて「魔界大冒険」をリメイクするのだから、子供だけではなく、「ドラえもん」で育った大人をも、ある程度ターゲットにしていると考えられるが、昔の元祖「魔界大冒険」に思い入れがある人(私自身も含む)にとっては、なおさら拒否反応が起きるのではないか。
 結局、昨年からテレビで展開されていた中途半端な芸能人起用路線が、映画にまで波及したようにしか見えない。


 ここまでは新作映画の話だったが、最近はテレビアニメも迷走がさらにひどくなっていると感じる。
 昨年は、芸能人起用のミニコーナーはともかく、本編はまだ「ドラえもん」として楽しめる水準だったが、今年に入って本編もおかしくなっている。

 最初に本編に疑問を感じたのは、「しずかちゃんをとりもどせ」を、1月12日のBパート・19日のAパートと、二週に分けて放映した時だった。テレビアニメの「ドラえもん」で次週への引きが入ったのは初めてで、試みとしては興味深いのだが、1回で放映できる内容をわざわざ分けた所にあざとさを感じた。

 そして、2月16日・23日には、ついに二週にわたっての前後編「地底の国探検」が放映された。
 これが、原作の長いエピソードをじっくり時間をかけて丁寧に描いたのであれば歓迎なのだが、実際には原作の要素は前編のAパート半ばまでで、それ以降は映画「のび太の太陽王伝説」もどきの国を舞台としたアニメオリジナル展開となり、それが最後まで続いた。原作「地底の国探検」の要素は全体の1割くらいしか見受けられず、ほぼアニメオリジナルのエピソードと言っていいだろう。

 放映開始から二年も経っていないこの時期にオリジナル話を放送する事自体に疑問はあるが、それでも話が「ドラえもん」として面白いものであれば、まだいい。しかし、今回の「地底の国探検」は、はっきり言って全然面白くなかった。
 特に、後編の探検部分はひどい。しずかを生け贄の人質にとられた状態での宝さがしにも関わらず、ドラえもん一行にはまるで緊張感がなく、早い段階で色々な罠が仕掛けられていると判明しているのに、対策は「通路の真ん中を歩く」だけで、道具を使おうとしない。
 後半になって、ようやく道具がある事を思い出したらしく、スモールライトやタケコプターを使っていたが、最初から一行を争うような状況なのに、これらの道具の存在自体を無視するような前半の展開は、あまりにも無理がありすぎる。
 「ドラえもん」でこのような冒険を描く場合、道具自体を使えなくしてしまうか、もしくは道具があってもなお過酷な状況にして制約を付けないと、道具を使う事で「何でもあり」になって、話に緊張感が無くなる。今回は、まさにその点への配慮が欠けていて、話の展開に合わせて道具を出しているようにしか思えなかった。「ドラえもん」の話作りとしては、あまりに稚拙であり、話はご都合主義で面白さが感じられない。

 今後も、昨年募集された「ひみつ道具コンテスト」の最優秀作品を題材にしたオリジナルエピソードが春に放映される予定だが、今回の「地底の国探検」を観た限りでは、このスタッフのオリジナルには期待できない。どうも、スタッフの実力の「底」が見えてしまったようで、わさドラに期待していた身としては、失望せざるを得ない。


 長くなってしまったが、現状でアニメ「ドラえもん」をブログで取り上げる気にならない理由は、以上である。
 「ドラえもん」ファンサイトの管理人としては、今回のような内容を書くのは非常に心苦しいのだが、放映開始当初から「わさドラ」に期待して、ブログで毎週感想を書いていた以上、責任を感じるので、やはり触れないわけには行かない。

 映画「新魔界大冒険」は観に行くつもりだが、もし東京限定で舞台挨拶があったとしても、わざわざ今回の出演者を生で見るために上京する気にはなれない。地元・名古屋で済ませるつもりだ。
 実を言うと、昨年末の時点では、映画公開に合わせて「ドラちゃんのおへや」のオフ会を開き、映画について語り合おうと言う考えもあったのだが、アニメドラに対するテンションが下がりきっている現在では、気力が沸かない。
 テレビアニメも、放映が続く限りは視聴を止めるつもりはないが、現在観ているテレビアニメの中では、視聴優先順位はかなり下がっている。テレ朝チャンネルで放送している「パーマン」の方が、よっぽど毎回楽しみだ。

 ともかく、今のアニメ「ドラえもん」は、本編・ミニコーナー共に、観ていても何をやりたいのかがさっぱりわからない。年末にも書いた事だが、長寿番組としてこれからも長く続けていこうとする長期的展望があるようには思えない。今のテレビ朝日なら、映画の興行成績次第でテレビ・映画共にあっさり打ち切られても不思議ではないだろう。
 果たして、「ドラえもん」はどこへ向かうのだろうか。
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アニメの感想を書くと言う事

 全話ではなく第8話からだったが、「奏光のストレイン」で久しぶりにテレビアニメの感想を毎回書いて、やはり気に入った作品について語るのは楽しいものだと、あらためて思った。
 ネット上では、多くの人が同じ作品の感想を書いており、自分の感想を書き終わった後で他の人の感想を読むのも毎回の楽しみだった。ブログでは、トラックバックをたどる事ができるのも有り難い。


 当ブログで、一つの作品について毎回感想を書いたのは、今回の「奏光のストレイン」以前では、リニューアル版「ドラえもん」(2005年放映分)くらいしかない。
 気に入った作品について感想を書くのだから、その気になればいくらでも書く事はあるのだが、だからこそ書き始めるときりがなく、かなりの時間を費やしてしまう。そのため、なかなかブログで毎回取り上げるまでには至らない。アニメ感想系のブログでは、社会人でも複数作品の感想を毎日のように書かれている人を結構見かけるが、その情熱には敬服してしまう。
 だから、このブログで毎週感想を書くのは、それだけよほど私が気に入った作品なのだとお考えいただきたい。しかし、取り上げないから大して熱中していないという事はなく、何回も観返してDVDを買うほど好きな作品でも、時期的に感想を書いている余裕が無い場合は、特に触れておきたい回や、シリーズ全体として取り上げるにとどめている。

 結局、ブログでどう取り上げるかは、巡り合わせのタイミングも大きな要因だろう。今回の「奏光のストレイン」は、WOWOWノンスクランブル枠の放送であり、全国同時放送で他の人と一緒に盛り上がる事が出来たのもよかった。
 これが、もし地上波民放だったら、まず間違いなく地域ごとによって放映地域はバラバラになり、運悪く遅れて放送される地域だった場合は、ネット上でのネタバレ遭遇回避に気を付けなければならなかった。

 アニメに限らず、地上波民放の深夜帯は各テレビ局の独自編成となっているので、地域によって放映日時が異なるのは仕方がないが、一日や二日の遅れならともかく、あまりにも遅れてしまうと、気に入った作品であっても「今更感想を書いても、もう多くの人が同じような事を書いているだろうな」などと考えて、あえてブログで感想を書く気にはならない事もある。昨年の作品では「プレイボール2nd」や「Solty Rei」がそのパターンで、両作品とも最終回を迎えた後に、まとめの感想を書くに留まった。
 だから、私としては、放映地域が限定される上に、放映日時もバラバラの地上波深夜よりは、WOWOWノンスク枠やCS独占放送など地域差のない放映形態の方がありがたいのだが、現実としては明らかに地上波作品の方が大きく盛り上がる事が多い。わざわざ受信環境を備える必要が無い地上波の方が、多くの人にとって身近な存在なのだろう。私だって、地上波の方が何となく気軽に観られるように感じてしまう。

 しかし、とりあえず作品の「鮮度」で考えると、地上波なら出来れば最速放送から一週間以内には視聴したいものだ。現在私が観ている作品で、東海地方での放映状況からその条件に当てはまるものを挙げると、


・最速局と同日放送
「武装錬金」「コードギアス 反逆のルルーシュ」

・最速から三日以内の遅れ
「がくえんゆーとぴあ まなびストレート!」「ひまわりっ!!」「パンプキン・シザーズ」

・最速から四日~一週間以内の遅れ
「Saint October」「史上最強の弟子 ケンイチ」「すもももももも ~地上最強のヨメ~」


 このくらいまでが、許容範囲内だ。
 もちろん、もっと遅れていても、観たいと思う作品は観ているが、たとえば「DEATH NOTE」(2週遅れ)のように、番組最後の実写コーナー「D/N攻略マニュアル」で、頻繁に「この番組は関東地方で○月○日に放送されたものです」とテロップを出されると、「それならもっと早く放送しろよ」と思ってしまう。まあ、年末スペシャルの予告で「中京テレビでは1月9日に放送します」と出た時には、笑ってしまったが。


 最初は、アニメの感想を書く事についての話だったはずなのに、いつの間にか遅れ放送へのグチになってしまっていた。最近は朝・夕方~19時台の全国ネット作品よりも、深夜アニメを観る機会の方が多いので、余計に気になって、どうも遅れ放送をネタにする事が多くなってしまう。
 ただ、これまで遅れ放送は、ほぼ地方限定の問題だったが、現在は「コードギアス 反逆のルルーシュ」が関東より一日早く関西・東海・北海道地区で放送されているし、昨年放送された「ウィッチブレイド」は、TBSが最大でCBCから9日遅れた時期もあった。他にも、U局アニメで関東以外の地区が最速となる事例がいくつか出てきている。関東の人も「話題に乗り遅れる」気分が、少しはわかってきたのではないだろうか。
 今後も、懲りずに遅れ放送をネタにする可能性が大きいが、どうか「あったかい目」で見ていただきたい。
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奏光のストレイン(最終回)「STEP 13 ラスト・ワルツ」

 とうとう最終回。特に、あっと驚くような意外な展開が用意されていたわけではなかったが、素直に「面白かった」と感じた、いい終わり方だった。前回の第12話には不満もあったが、それを十分に補って余りある最終回だったと思う。


 印象に残った場面は多いが、特に戦闘シーンでの音楽の使い方が上手いと思った。
 亜光速に入った後のセーラとラルフの戦いは、大半がセリフ無し・音楽のみで描かれて、決着の場面でセーラの叫び声が入っており、セリフ無しの場面で溜められていたセーラの気持ちが一気に噴きだした感じで、非常に気持ちが盛り上がった。
 この場面で流れていたBGMは、次回予告曲のアレンジだった。どちらかというと穏やかで、予告とは違った感じだったので、不覚にも途中まで気が付かなかった。そろそろ、サントラCDを買ってこなくては。
 そして、大気圏突入からEDまでの流れもよかった。毎週流れるEDアニメで、最終話の戦闘終了後をそのまま描いていたのだから、大胆な事だ。今回、EDの歌詞は2番に変わっており、希望を感じさせる歌詞がぴったりだった。
 最終回だけあって、全編にわたって作画も演出も力が入っていたが、要所で効果的に使われた音楽や歌が、物語を一層盛り上げていたと思う。

 他に、印象的な場面となると、戦闘出撃までのセーラとロッティのやりとりを挙げたい。
 ロッティの作ったサンドウィッチを食べて赤くなったり、初めての勝負でどちらが勝ったか言い争ったりする二人の姿は、これまでずっと観たいと思っていた光景だった。6話のパーティーでも、一人で黙り込んでいたセーラは「仲間を得る」事を自ら拒んでいたはずだ。それは、作中でセーラ本人が言っていたように、もう仲間を失いたくなかったからだろう。そんなセーラが、最終話にしてようやく心を開いた姿が観られたのだから、嬉しかった。
 この二人のやりとりでは、最後の「はい、女王様」の場面は、特によかった。背中合わせの二人をセーラの側から描く事で、あえてロッティの表情を視聴者に見せないあたりは、心憎い演出だ。

 あらためて振り返ると、戦闘→修理・休息→戦闘→決着と、話の展開は緩急が上手く付けられており、最後までだれることなく作品に集中する事が出来て、いい最終回だった。



 さて、作品全体についても少し書いておこう。
 物語をまとめてみると、結局ラルフは勝手に「人類は全てエミリィ星人の敵」と思い込んだあげく、大量虐殺を行い、それを実の妹の手で止めるしかなかったと言う、実に悲惨な話だ。そして、序盤はセーラの頑なな態度のせいもあり、まさに「小公女」のようにいじめを受ける、非常に重い展開だった。

 しかし、こんな重い話にもかかわらず、非常に「続きが気になる」作品で、一端観始めると次の展開が気になって仕方がない状態だった。放映が始まってから最初の一ヶ月ほどは、何となく録画を溜めたまま放置していたのだが、一週間ほどで最初の6話分を観終わり、更にとどめとしてあの伝説的な7話を観た事で、完全に本作にやられてしまった。
 考えてみたら、監督に渡邊哲哉、キャラデザインが藤田まり子、主演に川澄綾子と、私にとって非常にツボを突いたスタッフ・キャストだったので、この作品を気に入った事は別に不思議ではない。むしろ、最初の一ヶ月間、1話も観ていなかった当時の私の気持ちが不思議だ。11月という中途半端な時期に始まったせいか、それとも初回放映が2本立てで何となく観るのが億劫だったのか。今更どうしようもないが、できれば最初から週一話ペースで観たかったものだ。

 また、11話の感想でも触れたが、本作は久しぶりに登場人物の生死に非常に敏感になった作品だった。
 第1話でいきなりセーラの友人三人がラルフに殺されて、その後もキャラの重要度や敵味方の区別なく、次々と死者が増えていったたため、第8話のラヴィニアや第11話のジェッシイ・ディコンのような、いわゆる「死亡フラグ」らしき行動や発言がある度に、ドキドキさせられた。最終話も、本編冒頭でピンチになったラヴィニアが、その後ずっと出てこないので、てっきりやられてしまったかと心配してしまった。それだけに、あの投げキッスは印象深い。
 結局、第8話のラルフを最後に、名前の付いた味方キャラからは死者が出ていないわけで、まんまとスタッフの手のひらの上で踊らされた感じだ。


 とにかく、2006年度下半期に始まったテレビアニメの中では、一番夢中になった作品だった。1クール全13話しかないのが、本当に惜しい。
 DVDも、まもなくリリースが開始される。値段は高いが、テレビ放映で十分楽しませてもらった作品なので、全巻集めるつもりだ。メルチやカアマイクルの素性など、いくつかの謎は意図的に残された感じだが、DVDに付くドラマCDで補完される事を期待している。それに、録画状態の悪い話数が一部あるので、DVDで本編を観返すのも楽しみだ。
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奏光のストレイン「STEP 12 リベルタッドの攻防」

 全13話なのに放映4ヶ月目に入ってしまった本作。とうとう最終回の一回前となったが、今回は正直言ってちょっとイマイチだった。


 前回・前々回でラルフとエミリィ星人の謎が明かされて、いよいよラルフとセーラの直接対決と言う流れだったので、見応えのある戦闘を期待していたのだが、その点では肩すかしを食らわされた。
 せっかくセーラがストレインで出撃したのに、中盤以降はリベルタッド内で話が進み、戦闘シーンの描写自体があまり無い。予告にだまされてしまった感じだ。てっきり、セーラがロッティ達とのチームワークを発揮して、ラルフを追いつめる展開が観られると思っていたのだが。

 それにしても、「私たちは、そんな事望んではいない」と、エミリィにまで拒絶されてしまったラルフは哀れだ。てっきり、エミリィ星人の「地球人に復讐したい」と言う感情をラルフが共有したのだと思っていたが、実際にはエミリィ星人の受けた苦痛を味わった事で、ラルフが「エミリィ達は地球人を憎んでいるはず」と、思い込んでしまったのか。エミリィ星人にとっても、ラルフに殺された人たちにとっても、迷惑極まりない話だ。エミリィも、今のラルフに「いっしょに星に帰ろう」と言われても、母星にこんなのを連れて行きたくはないだろう。
 そして、セーラもラルフに対して「兄さんは間違っている」と言うばかり。次回予告でもこのセリフを言っているくらいで、もっと他に言いようはないのかと突っ込みたくなった。

 むしろ、今回はメインのストーリーよりも、教官達のクンルーン自爆解除作戦の方が、観ていて面白かった。
 もう完全におかしくなったように見えたラルフが、自爆装置に細工をしていた事には意表を突かれたし、死を覚悟したメルチとデュファルジュの二人は格好良かった。ロッティが助けに来た時は、つい「余計な事を…」と思ってしまったくらいだ。
 そういえば、もう一人クンルーンに行った人がいましたな。メドロックは前回いい味を出していただけに残念だったが、いかにも「敵役の悲惨な死に方」としか言いようのない最期には、ちょっと笑いが込み上げてしまった。結局、今回まともに名前の付いているキャラで、死んだのは彼女だけか。ディコンですら、肩を撃たれただけで平気そうだったのは意外だった。もっとも、名無しのキャラは大勢死んでいるのだけど。逃げていてシャッターを下ろされてしまった人は可哀想だった。


 最終回直前で、今回はちょっとテンションが下がってしまったが、逆に最終回は盛り上がる展開になる事を期待したい。次回は、5分遅れで0時5分から放映開始なので、要注意。予約時間を直さないと「最後の5分間だけ録れていなかった」と言う悲惨な事になってしまう。
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「ゲゲゲの鬼太郎」新作スタッフが判明

 本日発売の「アニメージュ」3月号で、「ゲゲゲの鬼太郎」新シリーズの情報を確認した。すでにネットでは二日ほど前から流れている内容だが、あらためて紹介しておく。


・放映枠:フジテレビ 日曜9時
・スタッフ
 シリーズディレクター:貝澤幸男
 脚本:長谷川圭一、三条陸 ほか
 作画監督:上野ケン



 と言うわけで、放映枠は予想通り、第4作と同じ時間だった。
 そして、シリーズディレクターは、私の希望していた貝澤幸男。貝澤氏の名前を知らない人でも、第4作の第3話「ギターの戦慄!夜叉」の演出家と言えばおわかりいただけるだろう。この話では、夜叉が都会の片隅で生きる妖怪として描かれており、原作テイストと放映当時の「現代」だった1990年代の雰囲気が見事に融合した、第4作初期の傑作だった。
 この第3話を観て、今後も貝澤演出回は要注目だと思ったのだが、貝澤氏は新番組「地獄先生ぬ~べ~」のシリーズディレクターに就任したため、残念ながら第7話「妖怪のっぺらぼう!」の絵コンテを最後に、「鬼太郎」からは離れてしまった。
 それだけに、今回のシリーズディレクター就任は嬉しいし、これで公式サイトの謳い文句「現代にふたたび蘇るおどろの物語」にも、かなり期待が膨らむ。

 ただ、そうなると、やはりキャクターデザインは気になるところだ。
 昨年放送された(東海地区では現在放映中)の「貧乏姉妹物語」が、「鬼太郎」新作と同じくシリーズディレクター・貝澤幸男、総作画監督・上野ケンのコンビで作られている。私自身は「貧乏姉妹物語」は、いまだに録画したままなのだが、いい機会なので、そろそろ観てみるとしよう。まあ、「鬼太郎」とはあまりにも方向性が違いすぎる作品なので、「貧乏姉妹物語」を観て「鬼太郎」新作の出来を想像するのは無理だろうけど。
 ただ、上野氏は前述の「地獄先生ぬ~べ~」にも各話の作画監督で参加しているので、貝澤演出の妖怪描写には期待したい。

 最後に脚本家だが、二人とも、これまでの「鬼太郎」には全く参加していない。三条氏は、個人的には「ドラゴンクエスト ダイの大冒険」の原作者としてのイメージが強いが、最近では「ガイキング LEGEND OF DAIKU-MARYU」のシリーズ構成・脚本を手がけている。
 しかし、あいにく「ガイキング」は東海地区未放映作品なので、私は観た事がない。それに、現時点では今回の「鬼太郎」が原作を脚色するのか、オリジナル話で行くのかもわからないので、まだ何とも言いようがない状態だ。原作を使うにしても、オリジナルを作るにしても、原作のイメージから離れないようにして欲しいものだ。


 ともかく、スタッフも判明して、4月からの放映開始がますます楽しみになった。あとは、声優が気になるところだが、こちらは続報を待つとしよう。



2/12追記

 公式サイトにもスタッフ情報が出た。雑誌とは違って「総作画監督:上野ケン」「シリーズ構成:長谷川圭一・三条陸」となっている。こちらが正式な役職名だろう。
 総作画監督はともかく、「シリーズ構成」が立てられたのは、意外だった。「鬼太郎」では、初めての事だ。今回は、シリーズ全体としては長編となるような展開が用意されているのだろうか。「ブラック・ジャック21」みたいに、無理矢理原作のエピソードを取り込んだアレンジだったらどうしよう。もし長編にするのであっても、黒幕がぬらりひょんと言う設定は第3作・第4作で飽きたので、やめていただきたいものだ。
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奏光のストレイン「STEP 11 狂宴の幕開け」

 またしても長い三週間だったが、とうとう話は大詰めに入ってきた。


 今回の第11話を観ると、第10話と合わせて前後編的に、一つのエピソードとして構成されている感じがした。だからこそ、三週間の休みは痛い。思わず、前回分も観返してしまった。
 とりあえず、ラルフ裏切りと帰還の謎は、ほぼ解明された。第10話の時点では、エミリィ星人への贖罪によるものだと思ったので、あれだけの事をした動機付けとしては少々弱いと感じていたのだが、その点も納得できた。エミリィ星人が受けた仕打ちを全て自分の意識で受け止めたのなら、あんな風になってしまっても仕方がないだろう。もし、ラルフの行動が単に罪の意識による物だったら、がっかりしていたところだった。
 なお、エミリィの種族については、今回「UK」と言う呼称が登場したが、自分の中ではエミリィ星人で定着してしまったので、このまま使う事にする。

 さて、唐突に「バクスターゲート」の設定が登場したが、これはちょっとご都合主義に感じた。感覚共有・恒星間即時通信に瞬間移動と、本当にエミリィ星人は何でもありで、どうして地球人類ごときにやられるのか、不思議に思ってしまう。
 また、ラルフが7005年に帰ってくる事が出来た理屈は一回ではのみこめず、説明の場面を観返してようやく、バクスターゲートの対象を「亜光速航行中」の「ラルフの主観時間」である7005年にした事が理解できた。もし、亜光速航行を終えて前線に着いた後だったら、ラルフの主観時間=前線の現在時間なので帰っては来られなかったのだろう。これも、理屈ではわかるが、かなり反則ギリギリの線だ。

 Aパートの大半は、前述のラルフの体験がセーラによって語られ続けており、下手な演出なら間延びする怖れもあったところだろう。しかし、前回からの引きで、作中人物も視聴者も気になっている部分がテンポ良く語られていったので、観入ってしまった。前述のバクスターゲート等の少々強引な設定も、話の流れで納得させられてしまう勢いがあった。
 今回は、演出に渡邊哲哉、作画監督(の一人)に藤田まり子と、まるで最終回のようなメインスタッフの担当回であり、それだけ重要な話数として力を入れたのだろう。非常に観応えがあった。


 そう言えば、これまではエロ担当要員としか思っていなかったメドロックが、いい味を出していた。「お兄ちゃんはおかしくなっちゃったの」のセリフは、あまりに的確すぎて笑ってしまった。タオル一枚のくせに、大きな態度で投降する場面もいい。裸キャラ同士、ラヴィニアとコンビを組ませてみたい。

 話の展開は、サブタイトル通り「幕開け」までで終わり、今回は戦闘無し。本当の「狂宴」は、次回に持ち越しか。予告を観ると、ストレインが撃破されたり、リベルタッドがまたもや大破したりと、激しい戦闘が期待できそうだ。
 とりあえず、ディコンの「こんなだけど、まかせとけって」と、ジェッシィの「セーラさんが来るまで、ちょっと頑張りましょうか」のセリフは、死亡フラグにしか聞こえない。もう黙祷しておいた方がいいのだろうか。せめて、いい見せ場があるといいのだが。こんなにキャラの生死が気になるアニメは、実に久しぶりだ。
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「ゲゲゲの鬼太郎」第5作サイト公開

 東映アニメーションのサイトに、「ゲゲゲの鬼太郎」第5作のページが登場した。テレビマガジンにもアニメ新作の記事が載ったようだし、春の放映開始に向けて、ようやく少しずつ情報が出てくるようになった。


 今のところ、公式サイトにはメインキャラが集合したイラスト一枚しかないが、鬼太郎・ねずみ男・ねこ娘の「目」に、かなりの違和感を覚えた。他の顔のパーツはそれなりに水木タッチが残っているだけに、目だけが浮いている。逆に、砂かけ・子泣き・ぬりかべ・一反木綿は、いい感じだと思う。ほぼ、第4作とデザインが変わっていない気もするが。

 これまでの鬼太郎でも、キャラクターデザインはシリーズごとの個性があった。
 第1作は、原作を基本にしつつ、キャラデザイナーの個性がいいバランスで混ざっていた。続く第2作は、第1作の発展上にあるとが、色が付いた事で、また異なる印象を受ける。また、第1作・第2作共に各話の作画監督の個性がかなり強く出ていると思う。
 間をあけて登場した第3作は、キャラデザインを担当した兼森義則の個性が色濃く出ていた。対して、第4作では原作回帰を目指して細部までこだわった造形が、かえって新鮮に感じられた。
 だから、5作目が今までと異なるアプローチでデザインされても至極当然なのだが、現時点では原作と比較しても、これまでの4作と比較しても、鬼太郎の顔にはかなり違和感がある。とりあえず、実際に動いて喋るまで評価は出来ないが。

 喋ると言えば、今回のキャスティングがどうなるかも、大変気になるところだ。
 これまでのどの鬼太郎の声も、今回のデザインには合いそうにないから、はまり役となる新たな鬼太郎声優を選んで欲しい。目玉親父は、できれば田の中さんに続投していただきたいが、年齢を考えると交代もあり得るだろう。 ねずみ男・ねこ娘あたりは、第4作から引き続いても違和感が無さそうだが、第3作・第4作では目玉親父以外の声優が一新されてきたから、今回もキャストは総入れ替えの可能性が高いか。第1作・第3作で子泣き爺を演じた永井一郎や、第2作・第4作で砂かけ婆役だった山本圭子の例があるので、第4作からの続投はなくても、第3作の声優が再度同じキャラを演じる可能性はあるかも知れない。


 それにしても、やはりフジテレビ・東映アニメーションのコンビは変わらなかった。旧シリーズのDVDが売れているのだから、フジも東映も「鬼太郎」を手放す気はないのだろう。アニメ「鬼太郎」新作は「墓場の鬼太郎」として大人向けになると言う噂もあったが、これは結局噂に過ぎなかったと言う事か。
 放映枠は、既存のアニメ枠を引き継ぐならば、おそらく第4作と同じく「デジモンセイバーズ」の日曜9時枠だろう。と、なると、東海テレビはまたしても金曜16時になってしまう。第4作の頃と違って、現在この枠はフジから5日遅れなので放映状況は改善されているが、ドラマ再放送の枠拡大などのため頻繁に放映日が変わる事が問題だ。放映が始まったら、毎週次回放映日の確認は欠かせなくなる。

 ともかく、今はまだキャラクターが公開されただけだ。スタッフ・キャストについては今後の情報を待つしかない。公式サイトに書かれているように「おどろの物語」を描くのならば、第4作で実績のある貝澤幸男や宇田鋼之介あたりにシリーズディレクターを担当して欲しいが、どうなる事だろうか。
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