1984年のアニメ『ドラえもん』

 先日、Kさんという方から、1984年放映のアニメ『ドラえもん』本放送の録画を見せていただいた。

 アニメ『ドラえもん』は、基本的に本放送と同じ状態で再放送されることがない。CSのテレ朝チャンネルでは話の組み合わせのみ本放送と同様にして放送しているが、オープニングは汎用版に差し替えとなり、エンディング・予告は付いていないという状況だ。
 そんな状態であるから、『ドラえもん』の本放送はすべて貴重な映像といえるのだが、そんな中でも1984年と古い時期であれば、さらに貴重だ。非常に興奮して観させていただいた。

 1984年と言えば、エンディングが「ぼくたち地球人」に変わった頃。
 「ぼくたち地球人」の映像はDVDの傑作選にも収録されて、今でも観ることができるのだが、これは最初から使われていたバージョンではない。今回見せていただいた映像の限りでは、少なくとも最初の1クールは映像は完成しておらず、完成版のラスト部分にあたる絵を延々と1分間繰り返す未完成のバージョンが使われていたことがわかった。
 具体的には、こんな感じだ。







 ここでは2枚のみ紹介したが、この映像がずっと続いていた。これが、完成版でどう変わったかは、今更説明の要もないだろう。
 ご存じないという方は、手軽なところではレンタルDVDをご覧いただきたい。

 この「未完成版」について、ツイッターで触れたところ、それは「未完成」ではなく、最初はあれで完成のつもりだったのだというご指摘があった。このご指摘のツイートが今は消されているので引用はできないが、もし本当だとしたら、当時のスタッフはいい度胸だったんだなと思わざるを得ない。
 さすがに、1分間延々とこの映像では、「なんだこりゃ」と言われても仕方がないだろう。まだ、止め絵ではあるが「青い空はポケットさ」の頃の映像の方が、変化がある分ましなくらいだ。

 さらに、本放送ならではの興味深い点として、「超リアル・ジオラマ作戦」の回がある。この話は原作でも同じタイトルなのだが、なんと次回予告では「超リアル・ディオラマ作戦」となっていたのだ。ドラえもんの読み方も明らかに「ディオラマ」であり、なぜわざわざ変えようとしたのかは謎だが、結局本編では「ジオラマ」に戻っているのだ。





 今となっては理由は不明だが、もしかしたら予告と本編でタイトルが違うというのは、他にもあるのかもしれない。

 また、当時のエンドカードをご紹介しておこう。1984年時点でも、明らかに放映開始当時の作画というのが興味深いところだ。






 このように、非常に興味深い点が多々ある、1984年放映分の『ドラえもん』だった。

 今回、見せていただいた分の放映データなどは、「ドラちゃんのおへや」の次回更新で掲載する予定だが、映像をご提供してくださったKさんには、感謝しかない。
 本当に、ありがとうございました。
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大山版『ドラえもん』ダビング 1999年問題

 去年から、アニメ『ドラえもん』のVHS録画をDVD-RAM&PCにダビングする作業を続けているが、最近になってようやく1999年放送分に手を付け始めた。このまま作業を続けて2000年代に入りたいところだが、1999年の録画はダビングするのが一番厄介で、なかなか先に進まない。

 なぜかと言うと、1998年より以前はVHS標準モードで録画をしていたが、1998年秋以降は新作を3倍モード、再放送を標準モードとテープを二つに分けて録っていたからだ。こんな事をしていたのは、当時の新作にあまり価値を認めていなかったからだが、半分だけ3倍モードにすると後から観返す時に実に面倒くさい。我ながら、バカな事をしたものだ。
 今行っているダビングでは、バラバラに録ってしまった回を本放送時の30分番組の形に戻しているので、新作と再放送をそれぞれHDDレコーダーにダビングした後に、組み合わせて本来の30分番組に戻した上でDVD-RAMとPCに保存している。これが結構面倒くさい。うっかりしているとAパートとBパートの組み合わせを間違えそうになる。
 さらに、3倍モードで録った新作分はトラッキングノイズがかなり激しく出ており、この調整も厄介だ。1999年当時のビデオデッキは既に手元にないので、どうやっても完全にノイズを消す事が出来ない。どこまで妥協していいものか迷いつつ、まあこのくらいならいいだろうと思えるレベルを見つけるまでに時間がかかる。

 このように、かなり手間をかけているのだが、作品の出来で言うと1999年のアニメ『ドラえもん』には、あまり思い入れはない。新作はイマイチだなと思いつつ、そろそろ惰性で観るようになっていた。だからこそ「新作だけ3倍モード」などとバカな事をしていたわけだ。素直に全部標準にしておいたら、もっと簡単だっただろう。今さらどうしようもない事だが。
 今月中には、1999年放送分のダビングを終わらせたいものだ。
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『タイムマシンBOX 1979』と『ドラえもんぴあ』

 発売から一週間が経ってしまったが、(シンエイ版)TVアニメ『ドラえもん』30周年記念企画の品は、当然ながら発売日に確保済みだ。







 『ドラえもん タイムマシンBOX 1979』は、シンエイ版『ドラえもん』最初の一年で放映されたエピソードが全話収録されたDVD-BOX。
 「全話」と言っても、レギュラー放送枠のみなので1980年のお正月特番は入っていないし、OPはノンクレジット版が各巻の冒頭に収録されているのみで、EDは全くの未収録だ。あくまで「帯番組としての『ドラえもん』」をDVD-BOXにまとめたのだろうが、それならばOPは1回ずつ各話対応のものを入れて欲しかった。それが出来なかったと言う事は、本放送版OPは『エスパー魔美』の次回予告以上に欠落があるのかもしれない。

 と、不満めいた事を書いたが、本編以外の収録状況は事前の想定の範囲内だったので、残念ではあるが「まあこんなものか」と、特に怒ったりはしていない。むしろ、以前にyahoo!で行われた「大人のためのドラえもん特集」では「原版紛失」のため未公開だった帯番組版初代OPが入っただけでも、随分がんばったなと思ってしまった。帯番組版2代目OP「ぼくドラえもん」ともども、初ソフト化になるので素直に喜びたい。
 また、付属のブックレットでは各話解説でコンテ・演出・作画監督の担当者が記載されており、アニメ『ドラえもん』のデータをまとめている者としてはありがたい。各話解説以外にもキャスト・スタッフのインタビューでは興味深い話が多く、なかなか充実した解説書になっている。「恐竜ハンター」が中村英一氏の一人原画とは知らなかった。あと、富永貞義氏は「通り抜けフープ」を勘違いしている気がするが、まあいいか。

 本編は、なにしろ309話も収録されているのでまだ全話は観ていないが、気になる話をいくつかチェックしてみた。
 まずは、前後編で制作された「ゆうれい城へひっこし」。原作中盤の野比家の城での暮らしがバッサリとカットされていたのには驚いた。これでは、傑作選の「ドラえもんコレクション」版では未収録になるわけだ。ロッテさんの声は横沢啓子(当時の表記)さんで、これは予想通り。この時期のドラでの横沢啓子・井上和彦両氏の活躍ぶりは素晴らしい。
 そして、ネタ的に外せないのが「あやうし!ライオン仮面」。帯番組版のポイントは、くらやみ団に声優が付いている事だ。ゴーゴン大公みたいな声だから、おそらくスネ夫のパパ役の加藤修(現・加藤治)氏だろう。ちなみに、1995年版「あやうし!タイガー仮面」では、のび太がくらやみ団のセリフを読みあげていた。さらに、この帯版「あやうし!ライオン仮面」はオチの演出に一工夫があり、これは必見だ。この時期に、こんな手法を使っているとは思わなかった。アニメ版「ずらしんぼ」を思い出してしまった(と書くと、どんな手法かわかってしまうかも)。

 と、初ソフト化の作品からいくつか観てみたが、原作の長さによっては帯番組の6分22秒の尺では無理があるとあらためて思わされた。原作をなぞる事は出来ても、それ以上のプラスαがなく、それどころか「ゆうれい城へひっこし」のように原作の場面が間引かれてしまう事すらある。1980年代中盤以降はリメイクが行われるようになったが、これは十分に意義があったと思う。「ゆうれい城へひっこし」のリメイク版「ミュンヒハウゼン城へようこそ」で、ゲストヒロインの名前がクリスに変わってしまったのは残念だったが。
 あと、小原さんの喉の不調のために6話(一週間分)だけ丸山裕子さんが代役をつとめた回も初ソフト化されたが、やはり声にかなりの違和感がある。「情けない男の子役」を得意とする点では共通していても、声質が違いすぎるのは問題だ。丸山さんが演じた帯版「どくさいスイッチ」と、そのリメイク版「のび太は独裁者!?」の音声をツギハギして、小原版「どくさいスイッチ」を作り出せないものだろうか。そのうち、挑戦してみよう。


 とにかく、全309話収録と、このBOXはボリュームの面では申し分ない。不満があるとすれば、やはり各話の詳細なスタッフ・キャストに触れていない点だ。声はがんばってある程度聞き分けられても、原画が誰だとかはどうしようもない。ここまでブックレットに記載してくれれば最高だったのだが。
 それでも、概ね満足できるBOXだ。帯番組版『ドラえもん』は全617話なので、今回でちょうど半分がBOX化された。残りの308話もいずれまとめて欲しい。



 DVD-BOXについて長々と書いてしまったが、11月18日には『TVアニメ30周年 ドラえもんぴあ』も発売された。
 こちらは、「みんなが選んだ心に残るお話30」の紹介がメインで、正直なところちょっと期待はずれな内容だった。スタッフ・キャストインタビューもあるが、旧メンバーの発言は『タイムマシンBOX』ブックレットと被る部分も多い。巻末に30分番組版の初代&現行OPアニメ絵コンテが掲載されており、また最初の方には特番用の設定などもチラッと載っているが、できればこういうものこそ突っ込んで取り上げて欲しかった。
 とは言え、長きに渡って行われた投票の結果である「心に残るお話30」は、それぞれ丁寧に解説されているので、読み物として悪くはない。結局、私がこの本に期待しすぎていたのだろう。

 なお、『心に残るお話30』もDVDがBOXとバラ売りで発売されたが、こちらは買っていない。収録作品のほとんどが何らかの形で観られるので購入意欲が沸かなかった。「観たい」と思ったのは1981年版「精霊よびだしうでわ」くらいか。いずれ、この巻だけは買うかも知れない。
 この『心に残るお話30』DVDで、大山・水田版でのバージョン違いも収録しているのは面白い。「のび太誕生」(「ぼくの生まれた日」のリメイク)や「のび太・ガンマンになる!」(「ガンファイターのび太」の帯番組版)など、いくつか抜けているのが気になるが。「太陽たまご」(「台風のフー子」のキャラ違い版)が入っていないのは、そこまでフォローするときりがないと判断されたからだろうか。



 個人的には、『ドラえもん』の「TVアニメ30周年」で、これだけの盛り上がりがあるとは思わなかった。20周年や25周年の時の肩すかし感が記憶に残っていたせいだろうか。ともかく『タイムマシンBOX』は30周年さまさまであり、気になっていた初ソフト化作品を中心に、じっくりと楽しんでいきたい。
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大山ドラ最初の1年が全話DVD化

 アニメ『ドラえもん』公式サイトにて、1979年4月2日から1980年3月31日まで、つまり大山ドラ最初の一年間の帯番組版エピソードを全話収録するDVD『ドラえもん タイムマシンBOX 1979』の発売が告知された。


 藤子・F・不二雄大全集に加えて、「Fプロジェクト」で映像作品の展開もあると聞いて、過去のアニメ作品の全話ソフト化を期待していたのだが、いきなり大山ドラの最初の一年分全話ソフト化とは、ちょっと驚きだ。
 価格は309話収録で3万円。30分番組に換算すると103回分、2年間放送できる話数が収録されるのだから、お買い得だと思う。この「タイムマシンBOX」が1980、1981…と続いていくのかどうかはまだわからないが、もし続くのであれば少なくとも帯番組分は買いたい。この頃の話は本放送当時に自分が幼すぎたので、観ていたはずでも記憶に残っていない話が多いのだ。それに、帯番組で初めてアニメ化された話も多いので、その後のリメイク作品との比較もしてみたい。「あやうし!ライオン仮面」とか、気になるな。
 また、このBOXではじめて「丸山裕子版のび太」のエピソード6話がソフト化されるのも注目点の一つと言えるだろう。以前にネオ・ユートピアの上映会で1話分を観たが、のび太の声に違和感がありすぎる。今までのセレクト版ソフトで外されてきたのも無理はないが、今回は「全話収録」だからその点も問題ない。


 しかし、OP・EDの扱いは気になるところだ。これまでの大山ドラ映像ソフトと同様に、初代OPの原作者名を「藤子・F・不二雄」に差し替えたものが収録されるのだろうか。EDはどのような形式で付くのか、スタッフ表示はどうなるのか、など不安な点を書き出すときりがない。
 とりあえず、「青い空はポケットさ」の映像は、何らかの形で収録して欲しい。また、ブックレットが付くそうなので、そちらでいいから各話担当スタッフのデータをフォローして欲しいものだ。

 さらに、今回は「309話」収録となっているので、特番は入らない事になる。
 このBOXの収録対象期間の中では、1980年1月1日放映の「タイムマシンでお正月」のみ特番でソフト化されていないので、これだけでも何とかして欲しいものだ。特番は大部分が「ドラえもんコレクション スペシャル」として既にDVD化されているので、扱いが難しいのかも知れないが。



 それにしても、とりあえず最初の1年分とは言え、大山ドラの全話ソフト化には「とうとう来たか」と思わざるを得ない。
 以前に「ドラえもんコレクション」として、初めてテレビシリーズのドラがソフト化された時は、レンタルビデオ版と同内容と分かっていながら、それでも嬉しかったものだ。あの時は、最初の3巻は勢いで買ったが、まだ学生だったので後が続かなかった。
 その「ドラえもんコレクション」も、12巻(レンタル版の24巻)と中途半端なところで止まってしまい、以降レギュラー放送の大山ドラがソフト化される事はなかった(厳密に言えば「ドラえもんコレクション スペシャル」に「特番で再放送された話」がいくつか収録されたが)。

 今回発売されるBOXの仕様には不安もあるが、自分にとって正真正銘はじめて触れたアニメ『ドラえもん』なのだから、本編だけでも十分に買う価値はある。おそらく、『エスパー魔美』BOXを次回予告未収録と知りながら買った人も、こんな気持ちだったのだろう。
 漫画の方ではF全集の刊行が続き、アニメドラのBOXまで出るとは、まさに嬉しい悲鳴だ。「1980」以降のBOXを出すのだとしたら、出来るだけ間隔を空けて欲しいものだ。あまり立て続けに色々と出されても、資金が続かない。
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大山版『ドラえもん』1997年分ダビングと前回の補足

 大山版『ドラえもん』VHS録画のDVD-RAMへのダビング作業を、久々に再開した。
 昨年、1996年分を全て移したところで中断していたが、この一ヶ月弱でようやく1997年10月分までが終わった。VHSテープは場所を取るので、当面はダビング作業を続けてなるべく早くテープを処分したい。


 昨年以来、作業再開までに時間が空いてしまったのは、1997年~1998年にかけて当時の自宅で名古屋テレビの受信状況が悪くてゴーストがきつく現れており、あまり観返す気になれなかったせいだ。
 それでも、この時期のエピソードは再放送分を含めて大部分がソフト化されていないし、前回のエントリで書いたように、シンエイ動画作品は本放送版のOP・EDが再放送されない事が多いので、可能な限り手元に残しておきたい。特に、新作+再放送の2本立てが当たり前だった『ドラえもん』が本放送通りの形で再放送される可能性は、ほぼ無いと思っておくべきだろう。



 12年前の『ドラえもん』をあらためて観返すと、EDクレジットでは「この人が参加していたのか」と思うような名前も出てくる。本放送当時は何気なく見ていただけに、新たな発見をしたような気分だ。
 アニメファン的には、ついつい京都アニメーションの作画担当回に注目してしまう。京アニが昔からシンエイ動画作品の下請けをこなしてきた事は知られているが、『ドラえもん』において具体的に誰がいつ関わっていたかについては、あまり情報がないようだ。Wikipediaの「京都アニメーション」の項目でも、「制作協力 ドラえもん(テレビ&劇場、1979年-2005年版)」と、非常におおざっぱに記載されている。
 おそらく、1990年代のテレビ版『ドラえもん』を毎回録画して、かつ現在京アニに興味を持っているような人が少ないのだろう。私も、今回のダビングのついでにEDクレジットを観直すまでは、「そう言えば昔から『ドラえもん』にも京アニが関わっていたな」程度の認識だった。

 1996年・1997年放送分に限って言えば、京アニの参加は5~6話に1回程度で、担当は原画・動画・仕上げまで。演出家と作画監督はシンエイ動画のスタッフなので、1話の制作を丸々担当する「グロス請け」ではない。その点では、Wikipediaの記載内容は、誤解を招きかねない。大山ドラで京アニが「制作協力」としてクレジットされたのは劇場版のみで、テレビ版では京アニに限らず「制作協力」として下請けの会社名がクレジットされた事はない。
 これに対して、「作画を丸々担当しているのだから、事実上の制作協力じゃないか」と反論されるかもしれないが、だとすれば、やはり動画を担当した『チンプイ』や『21エモン』が「仕上担当作品」にカテゴライズされているのもおかしい。
 結局、様々な工程の存在するアニメ制作の下請けを、「制作協力」「仕上」の二つだけに分ける事に無理があるのだろう。Wikipediaは誰でも編集できるので情報の集積という点で優れている面はあるが、その反面編集方針に一貫性が無く、データが大ざっぱで誤情報が多く含まれるのは問題だ。テレビアニメで作品ごとに情報量が違うのは当然としても、データの表記方法がバラバラで、見ていて気になる。
 修正したくなるような誤った情報の記載も多々見かけるが、手を出してしまうと自分のサイトを運営する時間が無くなりそうなので、スルーしている。Wikipediaは一見すると権威があるように見えるから、間違いを信じている人も多そうで、ちょっと怖い。

 話がそれてしまったが、1996年・1997年の京アニ担当回は、原画に現在の主力メンバーが多数参加しており、今となっては非常に豪華だ。一例をあげると、1997年3月14日放送「ナスカくん」は、こんなメンバーだった。





 当時の大山ドラでは、原画では会社名は出ない(動画・仕上では社名あり)が、名前を見れば一目で京アニ担当回とわかる。
 しかし、再放送分は脚本・コンテしか個人名が出ず、作画は原画・動画をひっくるめて「作画 ○○」と会社名しか出ないので、誰が参加していたかはわからない。更に、演出家(コンテではなく演出処理の担当)と作画監督の名前も出ないので、場合によっては下請け会社にグロス発注したように見えてしまい、紛らわしい。具体的には、この回など。





 この画面を見て、京アニがグロス請けで作った回だと思う人がいてもおかしくないが、この回も前述のように演出と作画監督はシンエイ動画の人間が担当している(演出/塚田庄英、作画監督/中村英一)。
 Wikipediaの「制作協力」への記載も、このあたりから生じた誤解のせいなのかも知れない。それにしても、この回の作画には誰が参加していたのか、気になる。

 結局、前回書いたのと同じ結論だが、シンエイ動画作品は何をおいても本放送の録画を確保しておくべきだ。『ドラえもん』の場合、DVDでも作画は会社名しか出ず、コンテ・演出・作画監督も名前がまとめて出るだけで担当回が表示されないので、やはりスタッフのチェックには役に立たない。ちゃんと1話ごとにスタッフを表示してくれれば、「ドラちゃんのおへや」のリストも埋められるのだが。



 ここからは、前回の補足として書いておくが、テレ朝チャンネルでは『エスパー魔美』『チンプイ』『21エモン』のEDは本放送版が流れているので、各話のスタッフを確認する事はできる。特に『21エモン』はOP・EDともに各話に対応した本放送版が付いており、テレ朝チャンネルのシンエイ藤子アニメの中では一番まともな状態だ。これで予告が付いていれば言う事無しなのだが。
 『エスパー魔美』の第27話まではEDが存在しないが、こちらはOPが本放送版となっており、各話のスタッフ・キャストも表示されている。第22話「ウソ×ウソ=パニック」ではOPでいきなり「スネ夫 肝付兼太」と出てくるので、最初に見た時は何事かと思ってしまった。

 「ウソ×ウソ=パニック」では『ドラえもん』世界のキャラが『エスパー魔美』にゲスト出演したが、逆パターンとしては『ドラえもん』の「なんでも空港」には、魔美・パーマン・ウメ星デンカが登場した。ただし、原作通りに魔美のセリフはないのは残念なところ。それどころか、原作でジャイアン・スネ夫と会話したオバQの出番が無くなり、ゲストキャラは誰一人としてセリフがないので物足りない。
 しかし、その後『ドラえもん』特番「秋だ一番!ドラえもん TV&映画20周年スーパースペシャル!!」(1998年10月11日放映)の新作ブリッジでは、魔美がパーマン1号とともにセリフ付きでの出演を果たした。





 ブリッジの作画監督はEDに表示されなかったが、絵柄から判断しておそらく富永貞義氏の担当と思われる。だから、魔美もパーマンも違和感なく描かれていた。
 一緒に登場しているウメ星デンカにはセリフが無くてバランスが悪いが、デンカもいるのは「ぼくたちのお話に出た事がある」と、前述の「なんでも空港」の件が紹介されたためだ。
 この特番ではモブで多くの藤子・Fアニメキャラが登場したが、『ドラえもん』と係わりのない声優が呼ばれたのはパーマン1号のみだった。魔美も、声のよこざわさんがドラミ役をやっていなければセリフがなかった可能性が高い。その点では、Q太郎・チンプイ・21エモンもセリフ付きで登場した15周年特番と比べると、見劣りする。

 そして、今年はアニメ『ドラえもん』30周年。秋にも特番があるようだが、さすがに今回は藤子・Fキャラとの共演はなさそうだ。
 大山ドラが続いているならともかく、4年前に始まったわさドラのメンバーに対して、それ以前に放映していた作品のキャラが「30周年おめでとう」と言うのは無理がある。
 20周年特番は、本放送時はゲストが少なくて物足りなかったが、今観返すと魔美とパーマンがオリジナルの声でしゃべっているだけでもかなり貴重に思える。パーマンは平成劇場版の公開時に再びドラ特番に登場したが、魔美はこれが最後の新作アニメ登場だ。
 このようなブリッジアニメも、ソフト化される機会がほとんど無いので、本放送版の録画保存は必須だろう。DVDに収録されたブリッジアニメは、今のところ『チンプイ』劇場版テレビ放映時のものくらいか。1980年代中盤の大晦日特番は多くの藤子キャラが共演しており、これらを観返す事が出来ないのは残念だ。ドラえもんの道具とハットリくんの忍法の対決が当たり前のように描かれていたのだから、いい時代だった。



 最後に、本当にしつこい繰り返しになってしまい恐縮だが、シンエイ藤子アニメは子供の頃に最も熱心に観ていたテレビアニメなので、ぜひ当時の形で観返したい。ブリッジアニメは本編とは別扱いで、素材が散逸しているものも多いようなので今後もソフト化は望み薄だろうが、日曜9時30分の枠で「藤子不二雄劇場」として放映された『忍者ハットリくん』『パーマン』『オバケのQ太郎』の30分版は何とかならないだろうか。
 正真正銘、30分番組として放映された『エスパー魔美』のOPが本放送と異なるような今の状態では、これも無理な願いなのかも知れないが。
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大山版「ドラえもん」をDVD-RAMへ(ひとまず終了)

 今日の「アキバで対決!コードギアス祭り」は、ひどい番組だった。
 先週の予告を観た時点で、ろくなものじゃないだろうとは予想できたので、17時に自宅にいたにもかかわらず、あえてリアルタイムで観ずに17時30分から早回し再生で観たのだが、そうしておいて正解だった。正味1分ほどの次回・次次回の紹介(通常の予告ではない)以外に、全く見どころがない。いくら急場しのぎででっち上げた(お、思われる)番組だからと言って、ここまで作品本編と関係ないのはあんまりだ。
 こんなものを流すのだったら、1期のように総集編「TRUN 8.5」にしておいた方がよかった。いっその事1期全体の総集編を流せば、2期からの新規視聴者(はたしてどれくらいいるのか疑問だが)にはありがたかっただろう。それとも、総集編を作るよりも今回の番組の方が安上がりだったのだろうか。

 全く観返したいとは思わない番組だが、これだけひどいと本放送限りで闇に葬られる可能性もあるので、ネタとして残しておこう。1期の総集編も昨年9月以降の遅れ放送地域では飛ばされたようだし、今回は総集編と違ってDVDの映像特典としても需要はないだろう。
 それにしても、今回の番組に出ていた芸能人のギャグやネタは全然面白くなかったが、今のお笑いは皆こんなレベルなのだろうか。だとしたらあまりに悲しいので、たまたま私の笑いのツボにはまらなかったのだと思いたい。



 前振りが長くなってしまったが、ギアス特番ネタだけで別エントリにするには短い気がするので、あえて「前振り」の位置にしておく。
 ここからが本題。昨日でようやく大山版「ドラえもん」VHS録画のDVD-RAMへの移行作業が、1996年放映分は全て完了した。放送4回分をDVD-RAM1枚に入れていったら、1年で全15枚になった(大晦日特番は2枚に分割)。同じ条件で保存した昨年(2007年)1年分は12枚で済んでおり、最近は「ドラえもん」の放送も休止が多くなったものだ。


 今回、久しぶりに1996年放映分の「ドラえもん」をざっと観返したところ、あらためて一つ気が付いた事があった。1997年以降、特番の大げさなタイトルや無茶な編成が顕著になっていったが、その兆候は1996年夏にはあらわれていたのだ。
 その最初は、1996年8月16日放映の特番「夏だ!元気だ!!超合体!!! ドラえもん&クレヨンしんちゃんスペシャル」の予告だった。久しぶりにこの回の予告を観て、大山さんのナレーションに思わず笑ってしまった。それを、紹介しておく。


 ぼく、ドラえもんです。
 ぼくとクレヨンしんちゃんがペアになった史上最強の1時間番組が、テレビに初登場!世界で初めての面白さ。「夏だ!元気だ!!超合体!!! ドラえもん&クレヨンしんちゃんスペシャル」。
 楽しみに待っててね!


 以上、文面だけではどうって事も無いように思われるかも知れないが、これをドラえもんの声で普段の予告通りに喋られると、「史上最強」や「世界で初めての面白さ」などの煽りが妙に大げさで、笑えてくる。
 実際の番組は通常放送と同じ尺の新作+ブリッジアニメ少々+プレゼント企画があった程度で、予告は明らかに誇大表現だと思う。JAROに通報されても文句は言えないのではないだろうか。

 そして、続く9月20日(F先生の生前最後の放送)の特番は、いつのもパターンなら「秋だ一番!ドラえもん祭り」のはずが、「秋一番!ドラえもん!! 1時間まるまるスペシャル!」と、微妙にタイトルが長くなっている。大晦日は「大晦日だよ!ドラえもん 3時間まるまるウルトラスペシャル!!」で、さらに長い。
 F先生が亡くなってから歯止めが利かなくなって特番の構成がおかしくなったとよく言われるが、F先生が亡くなる少し前からその兆しは出ており、もしF先生がご健在でも、特番は同じように変化していったのかも知れない。
 もちろん、原作者の不在が特番の変化に拍車をかけた可能性も、否定はできない。実際、特番でOPが付かなくなり、新作ショートアニメにドラえもんズが出るようになったのは12月23日のクリスマス特番以降であり、F先生が亡くなって番組スタッフに遠慮が無くなったと言う見方もできる。


 ただ、少なくとも1996年内は、特番の変化はタイトル程度にとどまっていて、番組自体の構成は良心的だった。翌年以降は再放送でCM挿入による話のぶった切りを行うようになるが、この年のクリスマス特番では逆にCMを挟まない2話連続放送があったし、大晦日特番も新作ブリッジアニメはきちんと年越しネタが描かれている。
 1996年はアニメ「ドラえもん」の古き良き時代最後の年であり、かつ、翌年以降の変化の始まりとなった年と言えるだろう。それを自分の目で再確認できた点で、今回の作業は大きな意義があった。私にとって1996年は、今後アニメドラを考察する時に、大きな意味を持つようになるだろう。

 今回、「ドラえもん」1年分だけでもDVD-RAMに移すには思ったより手間がかかった。
 ひとまず、これで区切りとしよう。1997年以降は、また時間の余裕を見て、1年単位くらいで少しずつやって行きたい。また、「ドラえもん&クレヨンしんちゃんスペシャル」のようなネタが出てくるといいのだが。
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続・大山版「ドラえもん」をDVD-RAMへ

 この前書いた、大山のぶ代時代の「ドラえもん」VHS録画をDVD-RAMに移す作業は、今日でようやく1996年の通常放送分が全て完了した。これで、後はクリスマスと大晦日の特番を残すのみだ。


 さて、前回トラックバックを頂いた「藤子系ブログ。―Futaride hitori」のエントリに刺激されて、「ドラえもん」の提供画面がいつからイラスト入りに変わったかを録画が残っている範囲で調べてみた。
 結果としては、最後にブルーバック提供が確認できたのが1996年5月3日放送分、イラスト入り提供の付いていた最初の回は同年7月19日放送分だったので、この間に切り替わったようだ。
 その提供画面は、以下の二つ。前提供と後提供で、絵が違う。



左・前提供、右・後提供


 既存の映像の流用で、前提供は1995年12月30日放送「冬休みだよ!ドラえもんスペシャル」のブリッジ新作アニメから。この4人がおびえているのは、年末大売り出しの抽選でジャイアンが小型カラオケセットを手に入れて、歌おうとしている場面だから。よりによって、なんでこんな暗~い絵を提供に使ったのか、実に不思議だ。
 後提供の絵は、どこから持ってきたものなのかが確認できなかった。絵柄から、1995年前後の放送分だとは思うのだが、心当たりをチェックした範囲では該当する場面が見つからなかった。

 この組み合わせによる提供絵は、1999年2月5日放送分まで2年半もの間使われていた。
 これまで、「ドラちゃんのおへや」のアニメデータには、提供絵に関する情報は一切記載していなかったが、これはデータをまとめた当時、私が提供部分を重要視していなかったせいだ。今後、ビデオテープのコピー作業に合わせて提供絵の変遷を確認し、データとして掲載したい。


 ところで、1996年と言えば、ドラ・藤子ファンには絶対に避けて通れない重要な出来事があった。言うまでもなく、藤子・F・不二雄先生が亡くなられた年だ。

 しかし、「ドラえもん」テレビアニメの放送では、訃報には触れられていない。F先生の亡くなる3日前、9月20日に秋の特番があり、その次の通常放送が10月11日と間があいたためだ。
 追悼に関しては、この間に映画「のび太の日本誕生」が放送され、番組最後には追悼メッセージも流れた。また番組内では「日本誕生」だけでなく、映画「2112年ドラえもん誕生」よりF先生自身がナレーションを務めている場面も一部放映されていた。この番組、録画していたと思って探したのだが、残念ながら見つからなかった。どこへ行ったのだろう。

 代わりと言ってはなんだが、F先生の亡くなった翌日、9月24日に放映された「モジャ公」第50話EDの追悼メッセージは確認できたので、載せておく。「つつしんでごめいふくをおいのりします」の下に、「じゃあね 元気でねまた明日」とは洒落にならないのでは、と思ってしまった。






 そう言えば、「モジャ公」も、今回DVD-RAMにコピーした大山ドラと同じ時期、1995~97年にかけて放映されていた。一応、全話録画してはいるのだが、はっきり言ってわざわざDVD-RAMに移してまで残しておく気にはなれない。少なくとも、私にとってはアニメ版「モジャ公」は、そんな作品だ。「モジャ公」の原作が好きな方には、わかっていただけるのではないだろうか。
 じゃあ、なぜ全話録画したのかと聞かれると、意地になっていたとしか答えようがない。ちなみに、1996年3月までは、テレ東系列でテレビ愛知だけ平日18時30分~19時枠がローカル編成だったため、「モジャ公」は第25話まで土曜19時から放映されていた。たまたま、その時期の番宣がビデオに残っていたので、紹介しておく。





 「7:35」と時刻表示が入っている事からわかるように、これは朝に放送されたもの。よりによってと言うべきか、「新世紀エヴァンゲリオン」の番組開始前に流れたものがたまたま録画されていたのだ。「モジャ公」をゴールデンタイムに流す一方で「エヴァ」を朝っぱらから放映していたのだから、当時のテレビ愛知は無茶な編成をしていたものだ。
 それにしても、「ドラえもん」や「モジャ公」のように毎回キッチリ録っていたテープより、色々な番組がごちゃまぜで残っているテープの方が、後から観返すと面白い。こちらの方が、番宣やCM、提供などもちゃんと残っているし。今回も、ついつい時間を忘れて見入ってしまい、このエントリを書くまでにずいぶん時間を使ってしまった。
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大山版「ドラえもん」をDVD-RAMへ

 先週から、久しぶりにビデオテープ録画のDVDへのコピーを再開した。
 以前から、気が向いた時に少しずつやってはいたのだが、何しろ相当な量になるのでどこから手を付けていいかも迷ってしまい、これまでは短めのテレビアニメを何本かDVD-RAMに移した程度だった。
 例えば、最近だと「タイムボカン2000 怪盗きらめきマン」。これは、「ヤッターマン」新作放映開始がきっかけで、「そう言えば「きらめきマン」の録画が残っているな」と思い出し、DVD化されそうな気配もなく、またDVDが出ても買わないだろうから、意を決してコピーしたのだ。


 全26話くらいなら数日あれば何とかなるのだが、1年以上のシリーズとなると、なかなか手を出す気にはならない。
 しかし、放っておくと、カビが生えたりノイズが入ったりで再生できなくなる恐れもある。だから、思い切って大山のぶ代時代の「ドラえもん」に手を出した。当然、テープの本数が最も多い作品だ。

 私が「ドラえもん」を毎回標準モードで録画し始めたのは、1995年8月25日放送分から。「ドラえもん」のサイトをやっている割に、本放送の録画はあまり古い物は持っていないのだ。
 以降、大山ドラ最末期まで、HDDレコーダー導入後もVHSテープで録画を続けていた。途中で3倍モードに切り替えたが、それでもVHSテープで50本くらいにはなる。

 大山版「ドラえもん」は、新作と再放送の組み合わせで放映を続けていたので、今後CSなどで再放送があったとしても、本放送そのままと言う事は、まず望めないだろう。現に、DVDでは再構成してOP・EDに新たにクレジットを入れている。大山ドラだけでなく、わさドラですらそうなのだ。だからこそ、手元に現存する本放送録画は可能な限り残しておきたい。
 とりあえず、標準で録った分は確実に保存したいので、この一週間で1995年8月~1996年4月までの放映分をHDDレコーダー経由でDVD-RAMにコピーした。放送から12年以上経っているが、そこそこ観られるレベルの画質は保っていた。もっと古い時期に3倍モードで録画したテープもいくつかあるが、こちらはさすがにノイズがかなり入っており、まともな状態でのダビングには手間がかかりそうだ。


 今回、久々に1995年の放送分を観返したのだが、当時の私はCMをカットして録画していたので、提供画面やCMがほとんど入っておらず、ちょっと寂しい。なぜCMカットにそんなにこだわっていたのか、昔の自分を不思議に思ってしまうほど徹底してカットしている。よく覚えていないが、おそらくCMを早送りする手間を嫌ったのだろう。今や、チャプターを指定すればCMなどボタン一つで飛ばせるのだから、便利になったものだ。
 ともかく、当時はCMカットにかなり力を入れていたようで、驚くほどキレイに飛ばされており、ほとんど1フレームも残っていない。今となっては、ムダな事に労力を使っていたと思わざるを得ないが。
 そんなわけで、当時のスポンサーなどを知る情報があまり残っていないのだが、さすがに完全に毎回在宅してCMカットをするわけには行かなかったらしく、一部の回ではCMや提供も残っていた。それを見ると、1996年2月23日放映分では、提供画面はまだブルーバックのままだ。





 「ドラえもん」以外のシンエイ藤子アニメでは、私の記憶の範囲内では「エスパー魔美」の頃にはすでにイラスト入り提供バックが使われていたはずだ。「魔美」の放映終了が1989年だから、1990年代後半までブルーバックだった「ドラえもん」は、時代の流れに取り残されていたようだ。
 ただし、当時も特番の時はイラスト入り提供バックが使われている。例えば、1996年2月16日放映の「友情一番!ドラえもんスペシャル」では、こんな感じ。





 おそらく、当時の「ドラえもん」番組担当者は、イラスト入りの提供ベースは特別なもので、通常はブルーバックで十分だと考えていたのではないだろうか。確かに、当時観ていても、提供に絵が入っているだけで何となく豪華な雰囲気は感じた。
 そう言えば、わずかに残っていたCMの中に、初代ゲームボーイ版「ポケットモンスター」発売前のCMがあって驚いた。意外な掘り出し物だ。当時CMをカットする習慣がなければ、もっと色々残っていたかも知れない。今思うと、もったいない事だった。






 私にとって、この頃の「ドラえもん」は、大人になってからでは一番熱心に観ていた時期なので、今観ても本放送当時の感想が思い出されたり、意外な発見があったりして、ちょっと観始めると、きりがない。再放送パートも長尺(12分43秒)のため色々とアレンジが多くて、むしろ原作を一通り読んだ今の方が興味深い内容だ。
 まず、当面の目標としては、1996年末までの分は今月中に全てDVD-RAMに移したい。その後は、勢いに乗って1997年以降の分も…と行きたいところだが、1997~1998年頃は我が家のテレビ受信状況が悪かった時期で、かなりゴーストがきつく、画面が汚いのであまりやる気が起きない。とりあえず、「ドラえもん」1996年分が終わったら、次は「ゲゲゲの鬼太郎」第4作にでも手を付けるか。そう言えば、これも1996年のアニメだ。

 なお、DVD-RAMだけでは心配なので、同時にPCのHDDにもコピーして、バックアップとしている。RDのネットdeダビング機能はVirtualRD導入でPCでも使えるので助かる。
 このまま、HDDの方は「ドラえもん」保管庫としてため込めば、いずれ大山版ドラ(後期9年分限定)のライブラリが出来上がる。いつでもどの話でも呼び出して再生できるのだから、想像してみると楽しみだ。いつになったら完成するか、見当も付かないが。
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大山ドラの次回予告

 「エスパー魔美」DVD-BOX予告未収録の件をきっかけにして、これまで観てきたテレビアニメの予告について、思い出を色々と書いてみようと思った。
 しかし、実際に書き始めてみると際限なく話が広がってしまい、まとまりがつかない。特に好きな作品を取り上げるとか、変わり種の予告を紹介するとか、色々と考えてみたのだが、それでも話があちこちに飛んで、きりがなくなってしまう。結局「テレビアニメの予告」という話題では、扱う範囲が広すぎるのだ。

 そこで、私にとって最もつきあいが長く、また多くの藤子ファンにとってなじみ深い、大山のぶ代版「ドラえもん」に絞って、次回予告について語る事にした。



 大山ドラの予告と言えば、多くの人が「ぼく、ドラえもんです」で始まるドラえもんのナレーションと「ドラえもんのうた」をアレンジしたBGMを思い出す事だろう。この、あまりにも有名な次回予告のスタイルは、いつ完成したのだろうか。ちょうど都合よく、手元に日曜版「ドラえもん」第1回と第2回の予告音声テープがあるので、あらためて聞いてみた。
 まずは、放映第1回の予告を紹介してみよう。これは、放映開始記念特番「ぼくらのともだちドラえもん」(1979年4月1日)の番組最後に流れたものだ。

 ぼく、ドラえもん。
 のび太くんたらね、ぼくが隠しておいた動物ビスケットを、お客さんに出しちゃったんだ。それを食べたお客さんは…どうなったと思う?
 来週のこの時間は「変身ビスケット」「ゆめの町、ノビタランド」「テストにアンキパン」の3本です。楽しみに待っててね!


 以上が、日曜版第1回の予告である。放映第1話の「ゆめの町、ノビタランド」ではなく「変身ビスケット」のストーリーが紹介されていたのは、ちょっと意外だ。
 それはともかく、この時からすでに出だしは「ぼく、ドラえもん」で始まっているし、最後の「楽しみに待っててね!」も、ある。21世紀に放送された予告と比べても、ほとんど変わらない。強いて違いをあげるとしたら、「ぼく、ドラえもんです」の「です」が無く、わざわざ「来週のこの時間は」と言っている点くらいだろう。
 また、放映第1回の予告だけあって、世間一般に広く知られている大山ドラのイメージとは少々異なり、その語り口からはやんちゃな子供という印象を受ける。


 次に、放映第1回の番組最後に流れた第2回の予告を紹介しよう。

 ぼく、ドラえもんです。
 のび太くんが、ジャイアンに仕返ししたいって言うんだ。そんなら、これ。ころばし屋。殺し屋じゃないよ。ころばし屋。
 次回は「ころばし屋」「N・Sワッペン」「のび太のおよめさん」の3本です。楽しみに待っててね!


 第2回の予告で、ようやく「ぼく、ドラえもん」の後に「です」が付いて、予告のフォーマットがほぼ完成した。相変わらず、ドラえもんは妙に元気がいいが、これは初期ならではの味だと思う。


 このように、大山ドラの次回予告は、番組の放映開始からまもなくして完成されており、その後26年間「ぼく、ドラえもんです」→次回の内容→サブタイトル読み上げ→「楽しみに待っててね!」という一連の流れが、変わらず使われてきたのだ。おそらく、大山ドラを観ていた人であれば、どの世代でも次回予告と言えばこれを思い出す事だろう。テレビアニメの予告としては「サザエさん」の次に有名と思われる。

 ただ、短い間だが、このお馴染みの予告が流れなかった時期もある。
 放映枠が従来より10分早い18時50分~19時20分に移動した1987年10月~1989年3月までの1年半は、CM等の関係からか次回予告が従来の30秒から15秒に短縮されて、その内容もガラッと変わった。次回の映像は一切出ず、どこからかやって来たドラえもんが、立て看板に次回のサブタイトルを記して画面に映して、去って行くアニメーションが毎回使われていた。それまでと比べると素っ気ない印象があったが、無表情なドラえもんと「ドラドラどこかにドラえもん」の前奏・後奏をつないだBGMが妙に心に残っている。
 この予告に変わった時は、時間が短くても形式は今までと同じでいいのではと思ったが、2000年になってから、本当に次回予告がお馴染みの形式のまま15秒に短縮された時に、1987年当時のスタッフの考えを理解した。ドラのナレーション入りで15秒に短縮すると、「ぼく、ドラえもんです」「楽しみに待っててね!」とサブタイトル読み上げで15秒の大半を使ってしまい、次回の内容を紹介する余裕がほとんど無いのだ。30秒用の予告原稿が最初にあって、それを15秒に縮めたのではないかと思うほど、次回のストーリーは分かりにくい予告だった。
 結局、2004年4月に次回予告は30秒に戻ったが、この間は映画の宣伝等で予告自体が放映されなかった事も何度かあり、「ドラえもん」という番組自体が変わりつつある事を感じさせられた。


 このように変則的な時期もあったが、ほぼ26年間通して使われた「ぼく、ドラえもんです」で始まる次回予告は、OP・EDと並べて、番組の顔と言っても差し支えないと思う。私自身、特に子供の頃は次回予告を観ている時は、番組が終わってしまう寂しさと、次回を楽しみにする期待感が入り交じった、不思議な時間だった。大山ドラ最後の月となった2005年3月は、寂しさがほとんどだったが。
 テレ朝チャンネルの放映形態や、今回の魔美DVDの件から考えて、シンエイ動画は予告を本編の一部としては扱っていないのかもしれない。だが、制作会社の方針がどうであろうと、少なくとも私にとっては次回予告はテレビアニメを「番組」としてとらえる時に、欠かせない要素の一つだ。仮に、CS等で大山ドラの再放送があっても、次回予告が観られる可能性は非常に低いだろうが、だからこそ心の中に残る思い出を大切にしたい。



 と、ここまでで大山ドラの話は終わり。
 作品を1本に絞っても、これだけの長さになるのだから、色々なアニメの予告について書いていったらきりがないという事を、ご理解いただけるかと思う。

 もちろん、どれだけ予告が上手くできていたとしても、まずはアニメ本編が面白くなければどうしようもないが、本編を楽しんだ上で、15秒や30秒と言った短い時間で次回の内容を上手く紹介した予告を観ると、また来週までわくわくして放送を待つ事が出来る。毎回お馴染みの決めゼリフなども予告特有で楽しい要素だ。
 これからも、心に残るテレビアニメ、そして予告に出会いたいものだ。
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知られざるアニメ版「ライオン仮面」?

 10月28日の「ドラえもん」で「あやうし!ライオン仮面」の放送が予定されており、「くらやみ団のガイドライン」などは、大変盛り上がっている。今の「ドラえもん」ならば、細かいセリフ回しや脇キャラクターのデザインなども原作準拠なので、「ライオン仮面」の名場面、名ゼリフがどう再現されるか、個人的にもかなり楽しみだ。

 「あやうし!ライオン仮面」は、「ドラえもん」放映1年目の1979年にアニメ化されているので、28日に放送されるのはリメイク版となるのだが、実は、今から10年前の1995年にも、「ライオン仮面」はリメイクされている。これまで全くと言っていいほど、この1995年版が話題に出てこないのを不思議に思って、当時の録画を観返してみたのだが、これに触れる人がいないことが納得できた。
 はっきり言ってしまうと、マンガのライオン仮面やオシシ仮面、くらやみ団が好きな人は、知らない方がいいような出来だった。原作に忠実であろう新作アニメが放映されるこの時期に、あえてほじくり返すような作品ではないのだが、人間は過去と向き合うことも必要かも知れないと思い、あえて、この1995年版を紹介してみる。


 まず、タイトルは「あやうし!タイガー仮面」。

 もう、このタイトルだけでバレバレだが、1995年版ではライオン仮面が「タイガー仮面」と言う別のヒーローに変えられてしまっている。せっかくのリメイクだから、最初のアニメ化とは違った要素を入れようとした結果なのだろう。
 ライオン仮面が出てこないと言うことで、察しがつくだろうが、当然オシシ仮面も登場しない。原作のオシシ仮面にあたるキャラは、タイガー仮面の弟「ジャガー仮面」に変えられてしまっている。
 また、オカメ仮面にいたっては、原作で言及される場面が丸々カットされており、セリフですら登場しない。

 はっきり言って、これは改悪だろう。いかにもヒーロー然としたライオン仮面の弟が、「獅子」つながりだけで、おせじにもかっこいいとは言えないオシシ仮面であるのが笑い所の一つなのに、ジャガー仮面は語呂が似ているだけでタイガー仮面との関連性は希薄だし、見た目も普通のヒーローで、面白味に欠ける。

 さらに、「タイガー仮面」の作者もフニャコフニャオではなく、虹子ニジオと言う漫画家に変わっている。ただ、外見はほぼ原作のフニャコ先生そのままなので、なぜわざわざ名前を変えたのかは、よく分からない。


 肝心の作中作「タイガー仮面」の大まかな内容だが、さすがにこれは、原作の「ライオン仮面」と、ほぼ同じだ。しかし、原作では「もはや、のがれることはできんぞ」と、悪の組織のすごみを出しているくらやみ団が、「タイガー仮面」では「オーホッホッホッホ タイガーちゃん 逃げられるとでも思っていたのー?」と、なぜかオネエ言葉。何でこんな余計なアレンジを入れるのか。ジャガー仮面を捕らえた時もセリフは同じなので、聞いていて気が抜けてしまう。
 ちなみに、作中作の部分は、コマ割りされた漫画がそのまま画面に出て、セリフはのび太が読み上げているので、タイガー仮面やくらやみ団には、特に声は付かなかった。


 ここまでは、アニメで改変された部分を主に取り上げたが、逆に1995年版で再現されている原作設定は何があるかと言うと、「くらやみ団」の名前と黒装束の外見、それにジャガー仮面の断末魔の悲鳴が、オシシ仮面と同様に「グエーッ」である点くらいだ。妙に細かいところが原作のままだが、オシシ仮面とジャガー仮面ではイメージが全然違うので、「グエーッ」の場面でも笑えない。


 結局、1995年版「あやうし!タイガー仮面」は、原作「あやうし!ライオン仮面」の笑いのツボをことごとく外すような作りになっており、来る10月28日の放送が、もし同じような内容だとすると、ライオン仮面ファン(と言うよりは、オシシ仮面ファンか?)の暴動が起きるのではないかと心配になってしまうほどだ。
 まあ、当時はアニメ「ドラえもん」の停滞期で、原作付きは無難な方向に直される傾向があったし、今のようにライオン仮面が「ケロロ軍曹」でネタにされるような、一部の藤子ネタが盛り上がっている状況ではなかったので、このような出来になってしまったのも仕方がないのかも知れない。

 なお、この「あやうし!タイガー仮面」は、ビデオ・DVD化はされていない上に、一度も再放送されていないので、今のところ観るのが難しいエピソードと言えるが、個人的には、このまま黒歴史として闇に葬った方がいい気がする。
 ともかく、28日の「あやうし!ライオン仮面」は、今度こそアニメ版ライオン仮面の決定版として欲しい。



(「あやうし!タイガー仮面」データ)
スタッフ:脚本/西村孝史、コンテ・演出/塚田庄英、作画監督/中村英一
ゲスト声優:虹子/丸山詠二、編集者A/山崎たくみ
1995年8月25日放映
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