『映画ドラえもん 新・のび太の 日本誕生』感想

 遅ればせながら、今年のドラえもん映画『映画ドラえもん 新・のび太の 日本誕生』を昨日、観てきた。
 今年も、例年通りに感想を書いておきたい。いつも通り、思いっきりネタを割っている部分があるので、その点はご注意下さい


 今年の映画は『ドラえもん のび太の日本誕生』のリメイク版。なので、まずは元祖『日本誕生』について、触れておきたい。
 正直に書いてしまうと、オリジナルの『日本誕生』については、私はあまり思い入れが無い。『ドラえもん』映画10周年として、はじめて藤子・F・不二雄先生が「制作総指揮」としてクレジットされた作品であり、力が入っていることは観ていて伝わってきたのだが、内容的には特に初期の7作品(『のび太と鉄人兵団』までの作品)と比べると、冒険の動機やゲストキャラとの友情描写についてはやや弱く、結末もタイム・パトロールが助けておしまい、と言うことであっけなく、あまり印象に残らない作品だった。
 これは、別に『日本誕生』だけに言えることではなく、残念ながら私にとってはこれ以降の作品は、たとえ藤本先生の原作があったとしても、私にとっては似たり寄ったりの印象だったのだ。小学生の時にリアルタイムで映画館で観た初期7作への思い入れの強さは別格的な者であり、これらに比肩する作品は、今後も無いのだろうと思う。
 もちろん、これはあくまで私個人の思い入れであり、世間的にどうと言う評価とは全く関係が無い。私より少し下の年齢層の方々には、この作品が大好きな人も多いようで、やはりファーストインパクトによる思い入れの強さというのはあるのだなと思う。

 長々と、旧作について語ってしまったが、それでは今回の『新・日本誕生』はどうだったか。これが、なんと先ほど挙げた旧作の気になる点の多くが改善されており、非常に見ごたえのある作品になっていたのだ。
 色々と良かった点はあるが、その中でも一番よかったのは、クライマックスのトコヤミの宮でのギガゾンビとの対決が、ククルたちヒカリ族も含めた総力戦であり、単にタイムパトロールが助けて終わり、ではなくなっていた点だ。この変更により、後半の展開は非常に見ごたえが生まれた。ククルの、ある意味超人的とも言える活躍には賛否両論あるかもしれないが、原始人と言うことを考えれば、あれくらいは描いてしまってもいいのかな、と思った。さらに、原作のラストページ1枚絵(単行本化時の描き足し)についても、エンディングアニメの中で映像化されていたのはよかった。旧作の制作時には存在しなかったラストシーンなだけに、その意義は大きい。

 と、ほめるだけでは何なので、残念だった点についても書いておくか。一番残念に思ったのは、ツチダマの「怖さ」が薄れてしまった点。これについては、旧作の方が不気味さが良く描かれていて、勝っていたように思う。今回は、ツチダマの種類を増やしたのはよかった(「ハート型土偶」がモチーフの奴までいたのには笑った)が、その反面一体一体の怖さについては薄れてしまったのでは無いだろうか。
 後半戦のボリュームがアップした反面、ドラえもんたちとヒカリ族との交流場面が一部カットされたのも、心暖まるシーンだっただけに残念と言えば残念。やはり、なにかを重視すれば、その分ほかの何かを切らざるを得ないと言うことか。

 毎年、気になるのはゲスト声優だが、ククル役の白石涼子、ギガゾンビ役の大塚芳忠、ともに好演していた。そう言えば、今回はギガゾンビの本名は明かされなかったな。旧作では「山田博士」で、ずっこけたものだったが。
 本業声優でない人の起用については、毎年ある意味バクチになるものだが、今回の「ウンタカ!ドラドラ団」の面々は、荒っぽくてそれほどセリフも多くないクラヤミ族役と言うことで、棒読み気味でもまあ問題なかったと思う。エヴァを出演させなかったのは英断。出していたら、『新・宇宙開拓史』のクレムの悲劇再びだったろうな。そう言えば、ツチダマが男性の声優というのは意外だったが、旧作と比較して、面白い配役と言える。


 以上、1回観ただけでの現状で、ざっと感想を書いてみたが、この映画はまた観返したいと思える作品だったので、時間があればもう一度、二度と劇場に足を運びたい。それで、再見すれば一度の鑑賞では気がつかなかった、スタッフの「こだわり」が見つけられそうな気もする。
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