昨年末はコミックマーケット99へ

 いささか旧聞に属するが、昨年末は2年ぶりに上京して、藤子・F・不二雄ミュージアムと東京ビッグサイトで開催されたコミックマーケット(コミケ)99に行ってきた。そのうち、今回はコミケ99について書いておこうと思う。

 そもそも、コミケ自体この2年間、開催されずに来た。
 コミケ97が開催されたのが、2019年の12月だった。その後、世界的な新型コロナウィルスの蔓延により、2020年5月に予定されていたコミケ98は中止となった。従来通りならば8月の開催のはずだったが、東京オリンピック開催との絡みでビッグサイトが使えなくなるために、5月に開催するはずだったのだ。
 そして、今回昨年末に開催されたコミケ99も、本来予定されていた開催時期から大幅に延期された。重ねて言うが、全てはコロナ禍のせいだ。

 コミケ99は、最終的には無事に開催されたが、コロナが収まったわけではない。だから、非常に気を遣った上での開催となった。
 これまでとの大きな違いは、一般入場がチケット制になった点だ。コミケ97で、すでに入場用のリストバンドは採用されていたが、それでもリストバンドは冊子版カタログを買えばついてきたし、そうでなくても昼頃には入場フリーとなり、好きに入場できていた。
 しかし、今回は事前販売されるチケットを買った者でないと入場できなかった。昼になっても、入場フリーとなることはなかったのだ。さらに、東と西・南でチケットは分けられており、それぞれ希望する側の棟にしか入れないという徹底ぶりだった。もっとも、これに関しては昼過ぎに東西の行き来はできるようになってはいたが。
 そんなわけで、今回はまずチケットを入手しなければならなかったが、抽選制であるので当然ながら落選して入手できなかった人もいたようだ。2次販売は先着制だったが、サーバーが非常に脆弱だったらしく、なかなか購入手続きが先に進めず、入手は困難だった。

 私自身はどうだったかというと、とりあえず12月30日・31日の両方にチケット抽選を申し込んだのだが、30日だけが当選した。ネットでできる限り調べてみたが、30日・31日両日のチケットが当たったという人は見当たらなかったので、存在しないか、いたとしてもごく少数なのだろう。いずれかの日に振り分けるように調整が行われていたのではないだろうか。
 せっかく上京するのだから両日参加したいと思い、31日のチケット2次販売に挑戦してみたところ、何とかこれを取ることができた。前述のようにサーバーが脆弱だったせいか購入手続きのページが非常に重く、なかなか先に進まない状況が1時間弱続いたのだが、その後「サーバーメンテナンスに入ります。しばらくお待ち下さい」とのメッセージが出るようになり、それでも諦めずにリロードを繰り返していたら10分ほどでメンテが終わったのだ。張り付いていた人もメンテ終了はもっと後になると思っていたのか、メンテ終了後はスムースにチケットを購入することができた。

 このように、なんとか2日分のチケットを入手することができたので、30日・31日ともに参加してきた。
 30日は、東棟へのチケットで、集合時間が9時30分となっていた。予定時間頃に集合場所付近に行ったところ、すでに列ができていてしばらく並んだが、10時頃にはチケットとワクチン接種証明、身分証明書の三点セットによる入場チェックをすませることができた。
 非常に不思議なことに、この入場チェックまでの間の時間に、時たま反対方向へ帰っていくらしき人を見かけた。まだ開場前だったので、用を済ませた人とも考えにくい。想像するに、参加にチケットが必要と知らずに来て、入場チェックではねられてしまったのではないだろうか。そう言う迂闊な人がいたとしても、不思議ではない。
 10時頃に入場チェックをすませてリストバンドを受け取り、正式な待機列へと並んだ。一般入場の集合時間は、早い人で7時30分だったが、実際に入場できたのは11時からだ。開場自体は10時だが、チケットに5000円払ったアーリー入場者が10時からの入場だったからだ。
 11時に一般入場者の入場が始まり、私自身は11時15分頃に入場できた。7時30分に集合した人と9時30分に集合した人で、待ち時間は2時間も違うのに、入場時間は15分しか違わないのだ。正直、早く来るのがバカらしくなることではある。

 ともかく、11時15分に入場して、そこから先は普通にコミケの一般参加なので、特筆すべき事は少ない。
 ただ、一つ書いておくと、一般参加・サークル参加ともに人の少なさが感じられる光景が、そこにはあった。参加を取りやめて空いているサークルスペースがそこら中にあったし、一般参加者の人口密度も、これまでと比べて明らかに小さいものだった。コロナ禍でコミケを開催するというのは、こういう事なのかと思い知らされた。一言で言うと「寂しい」。

 次のコミケ100は今年8月に予定されている。コミケ99と同様の体制での開催となるのか、それともまた違った形を取るのか、それはまだわからない。
 ただ、コロナによってコミケの形さえも変わらざるを得なくなったのは間違いない。何も気にせず楽しめるのがいちばんであるが、そんな時はいったいいつになるのだろう。
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わが家のテレビアンテナについて

 このブログでも触れているが、私は働き始めてから何度か引っ越ししている。そのたびに、考慮しなければならないのはテレビ放送のアンテナ設置環境だ。
 と言っても、地上波のアンテナは付いているのが普通なので問題はほぼないが、注意しなければいけないのはBS・CSのアンテナだ。名古屋にいた頃は、ベランダが西向きに付いている部屋ばかりだったし、個別に付けるのもOKな物件だったので、全く問題はなかった。
 BS・110度CS共通のアンテナと、スカパー!プレミアム用のアンテナの二つを付けていたので、やや手間ではあったが、あらかじめ角度を測った上で、根気よく調整すればなんとかなるものだ。ちなみに、BS・110度CS用よりは、スカパー!プレミアム用の方が、より受信にはシビアな調整が必要のようだ。ほんのわずかにずれるだけで、入力が0になってしまう。

 このような感じで、アンテナの設置環境は、名古屋から大阪に引っ越すにあたって、引っ越し先で重視した要素の一つだった。
 最終的に選んだところは西向けに窓が開いていなかったが、大家に確認して屋上へのアンテナ新規設置が許可されたので、引っ越すことを決めた。実際、アンテナは設置できたのだが、業者にたのんだところ、高所作業をともうあったため作業代はけっこう高くなってしまった。

 最後が、現在住んでいる家で、引っ越してきたのが2年3ヶ月前のこと。
 この家は、かなり古くから建っている家だったので、テレビアンテナについても設備が旧式で、今どき3Cの細い線を屋上から壁を通して直にケーブルが部屋の中につきだしているという状態だったのだ。
 さらに、そのケーブルをテレビに繋いでも、一部のチャンネルは映らない状態だった。前の住人がテレビをどのように視聴していたかはわからないが、私にとっては話にならないので、屋根にBS・110度CS用アンテナを設置した上で、途中にブースターをかませることによって、ようやく一通りの局が普通に試聴できるようになった。なお、この作業も業者をたのんだので、またしても高所作業代が高く付いてしまった。
 しかも、たのんだ業者がスカパー!プレミアム用アンテナは扱っていないところだったため、こちらは自力で付けるしかなかった。自力で屋根に登るのは危険だし、そもそも仮に自力で取り付けることができたとしても細かな調整は不可能だ。困ったところだったが、意外な解決策が見つかった。
 この家は、西向きに庭が面しているのだが、道の向かい側には家が建っているので、一階の高さにはスカパー!プレミアム用アンテナの設置はできないと思い込んでいた。しかし、試しに付けてみたら受信できたのだ。角度的に、どうもギリギリ受信できる位置だったらしい。
 一階の高さにアンテナを付ければ、角度の微調整もたやすい。結局、スカパー!プレミアム用アンテナについては、自力で設置できてしまった。

 ここまでが2年前までのこと。
 それ以降、全く問題なく地上波もBSも受信できていたのだが、問題は昨年末に起こった。ある日、急にBSが受信できなくなったのだ。原因としてはアンテナだったりケーブルだったりと色々と考えられたが、しばらく様子を見たところ、同じ時間帯でも地上波は受信できてBSは受信できないことがあり、しかもBSも完全に受信できなくなったわけではなく、断続的に受信できる状態に戻ったりしていたのだ。
 この家ではBS・110度CS用アンテナからのケーブルと、地上波アンテナのケーブルが屋上の混合器で一つのケーブルにまとめられて家の中に来ているので、少なくとも地上波が問題なく受信できている以上、ケーブルの問題とは考えにくい。と、なるとBSアンテナの不調を疑うべきだろう。なにしろ、名古屋に住んでいた時から使ってきたアンテナで、長年風雨にさらされてきたので、ある日おかしくなったとしても不思議はない。
 結局、しばらく様子を見ても状況は好転せず、BSの受信はできたりできなかったりだったので、私は業を煮やした。屋上のアンテナをあきらめて、スカパー!プレミアムと同様に1階の高さにBS・110度CS用アンテナも新たに設置することにしたのだ。

 そして、結局どうなったか。結論から言うと、最終的には再度業者に頼ることになった。1階の高さにBS・110度CS用アンテナを設置するところまでは上手くいったのだが、従来のアンテナケーブルとの混合がどうやっても上手くいかなかったのだ。それに、今どき4Kも観ようというのに3Cのケーブルでは貧弱すぎる。
 そこで、屋上から部屋までのケーブルを全て張り替えた上で、1階の高さに設置したBS・110度CS用アンテナと混合することにしたのだ。大がかりな作業になるので、さすがに自力で行うのは無理だった。業者も2時間以上かけてやっと完了したくらいだ。たのんで正解だったと言えるだろう。

 ともかく、この工事を行ったのが1月10日で、それから12日が経ったが、さすがにBS・110度CS用アンテナは新品なので、今のところ全く問題ない。地上波に関しては、Eテレとテレビ大阪の受信品質が少し悪いようだが、これは業者に確認してもらった上でも変わらなかったので、今の家では限界なのだろう。
 長々と書いてきたが、結局言えるのは、アンテナの設置や修理には金がかかると言うことだ。一回業者を頼むと、簡単に数万円が飛んでいってしまう。その性質上、高所に設置する必要があるので、仕方のないところではあるのだが。
 願わくば、当分の間(10年くらい?)は新たな問題が起きませんように。
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2021年の終わりに

 今年が残り2時間を切ったところで、毎年恒例のブログ記事を書いていないことに気がついたので、あわてて書いている。

 今年一年、昨年に引き続いて新型コロナウィルスに振り回された形になった。詳細は書かないが、自分の仕事にもとうとうコロナが影響して、一時期ちょっといろいろとあった。
 それはさておき、趣味の面でも大いにコロナの影響を受けた。「映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021」の公開が一年延期になってしまったのは、その最たるものだろう。まるまる一年間ドラえもんの新作映画がないのは、2005年にアニメがリニューアルした時以来だ。それほどの異例の事態と言わざるを得ない。
 その代わりにと言うべきか、旧作の「のび太の宇宙小戦争」がリバイバル上映されたのは、それはそれで嬉しかったが、やはり一年に一作ちゃんと新作映画を観たいものだ。

 映画ドラえもん以外では、広島で開催された「藤子不二雄A展」が、思いっきり会期を短縮されてしまった。夏休みあたりに行ってみようかと思っていたのだが、休みに入ったまま終了してしまったので、結局行くことはなかった。せっかくの藤子A展だというのに、非常に残念だ。
 藤子関係だけでも、このように色々と影響があった一年だった。

 ただ、個人的にはずっと家にこもっていたかと言えば、そうではなかった。
 6月には高岡・氷見へ行ったし、年末には藤子・F・不二雄ミュージアムとコミケ目当てに2年ぶりに上京してきたところだ。これは、昨年に比べてややコロナが収まる傾向であったのと、ワクチンを接種したと言うことが大きいだろう。
 昨年と比べると、それなりの対策もできた年ではあった。

 コロナ以外で今年印象的だったのは、大物作曲家の訃報が相次いだことだ。菊池俊輔・小林亜星・すぎやまこういち(以上、敬称略)と、いずれも素晴らしいアニメソング・アニメ音楽で楽しませていただいた。もちろん、皆さんアニメの仕事以外にもいっぱい仕事をされているのだが、個人的にはどうしてもアニメソングが印象に残っている。本当に、今までありがとうございました。

 最後に、今年特に印象に残ったアニメを挙げておこう。テレビアニメでは『かげきしょうじょ!!』『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました』『オッドタクシー』『白い砂のアクアトープ』『スーパーカブ』『プラオレ! PRIDE OF ORANGE』と言ったところか。
 劇場アニメはあまり多くは観ていないのだが、『アイの歌声を聴かせて』や『フラ・フラダンス』は面白いオリジナル作品だった。願わくば、来年も面白いアニメに出会えますように。

 と、言ったところで当ブログも今年はおしまい。今年は喪中なので新年の挨拶も控えます。
 とにかく、来年こそは真にコロナが収まって欲しいものだ。
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「ドラちゃんのおへや」今後の方針

 前回の更新から4ヶ月以上が経ってしまった。
 決してネタ切れというわけではないのだが、何となくやる気が出ずにいた。この間、「ドラちゃんのおへや」は2回更新しているので、そちらに注力していたということにしておこう。

 さて、今回はその「ドラちゃんのおへや」の、今後の更新の方針について触れてみたい。
 今年に入って、長いあいだ放置状態だった「短編「ドラえもん」初出リスト」を更新して、データを追加した。長いあいだ放置していたのには理由があって、できれば詳細な各話データと一緒に公開したいと思っていたからだ。
 現在は、各話データは「小学一年生」掲載分のごく一部(1972年3月号掲載分まで)しか公開できていない。これを、全話について初出誌をあらためて調査した上で、各話データを作成して公開しようと思っていた。
 しかし、ことはそう簡単ではない。前世紀中に単行本未収録だった話については、各地の図書館で一通りコピーを取ったので、それを参照すればいいが、問題は昔からてんとう虫コミックスおよび藤子不二雄ランドに収録されていたエピソード群で、これらについては図書館で新たに初出誌を閲覧してデータを確認するしかない。はっきり言って、そう簡単に済ませられることではない。
 なお、ここで必要となるデータは、初出サブタイトル・ページ数・描き足しの有無・白黒かカラーかなどで、描き足しがあるかどうかは藤子・F・不二雄大全集の巻末を見ればわかるが、具体的に何ページ描き足されているかはわからないし、いくつか大全集のデータにも誤りはあるので、結局のところ初出誌をあたるしかない。

 そんな訳で、作業が膨大になることは目に見えていたので、なかなか手を付けられなかったのだが、いつまでも初出リストを「一部限定公開」にしておくのもどうかと思い、とりあえず初出リストのみを先に公開することに決めた。初出リストに関しては、8割方できたので、次の更新で全て公開することができるのではないか。
 そして、各話データについても、来年から順次調査を行って、できるところから公開していきたいと思う。と、ここに宣言してしまおう。もちろん、すぐに全てを公開するのは無理なので、完成までに何年かかるかはわからないが、これが完成すれば『ドラえもん』という作品について、ネット上でかなりの情報が参照できるようになるのではないかと考えている。

 なんで今ごろになってこんなことを言い出したかというと、藤子作品の単行本については、内容的にバリエーションのある本は、セリフの差異など別にすれば、容易に買えるものはあらかた集めてしまい、今後は雑誌初出版を調べるのに力を入れざるを得ないなと思ったからだ。
 手塚治虫作品のように「雑誌オリジナル版」の単行本が出れば、そちらを読めばいいのだが、藤子不二雄作品に関しては、そのようなものは出る気配が全くない。藤子プロ・藤子スタジオともに、そう言う方針なんだろう。
 唯一の例外は『ドラえもん』第0巻だが、これが出たのはあくまで特例と見るべきか。そうなれば、自分で初出誌を調べてコピーを取るしかない。来年からは、各地の図書館に通うことも増えるだろう。初出誌の現物を購入してもいいのだが、膨大な量と古書価格の値上がり具合を考えると、現実的ではない。やはり、図書館だな。

 さて、このブログの次回更新はどうなるか、それはわからない。
 例年通りならば大晦日に更新して、今年は終わりという感じになるだろうか。問題は、その次だな。あまり期待せずにお待ち下さい。
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『はなバルーン倶楽部』、とうとう25周年

 本日で、私の個人サイト『はなバルーン倶楽部』が、開設から25周年を迎えた。
 と言っても、正確なサイトの開設日ははっきりと覚えておらず、便宜的にこの日にしたと言うことは、20周年の時に書いたとおりなので、ご了承下さい。

 一口に25年と言っても、長いようでもあり、短いようでもある。なんと言っても、四半世紀という呼び方もあるくらいだ。
 この25年間、色々なことがあった。このサイトを始めた頃には色々とあった個人運営の藤子ファンサイトの大部分が、現在は消滅してしまっていることを考えると、よく25年も続けられたなと思わざるを得ない。名前を挙げるのもなんなので、ここでは伏せるが、本当に色々なサイトがあったものだ。皆、それぞれに工夫を凝らしていた楽しいサイトだった。先に、私のサイトが消滅しても不思議はなかったのだ。
 では、なぜ私は25年もサイト運営を続けられたのだろう。一言でその秘訣を言うと、「無理しないこと」だと思う。要は、マイペースを守ることが大切だと言うことだ。最近は、一年に2,3回しか更新していないが、これくらいが今の生活ではちょうどいいと思っている。
 無理に、たとえば「この日は○○記念日だから更新しなくては」、などと自分を追い詰めるのはよくない。

 この『はなバルーン倶楽部』のメインコンテンツは、なんと言っても「ドラちゃんのおへや」なのだが、『ドラえもん』という作品を取り巻く環境も、この25年で大きく変わった。
 なかでも、藤子・F・不二雄大全集が刊行されて、誰でも『ドラえもん』全話を読めるようになったのが、一番大きいと思う。それ以前は、「ドラえもんカラー作品集」や「ドラえもんプラス」がそれぞれ刊行されることが決まるたびに、大騒ぎになっていたが、大全集と比べるとささやかなものだった。
 この25年の間には、テレビアニメ版の代替わりもあった。ここでアニメがリセットされて、1から再スタートとなったのも大きかった。わさドラに関しては、全てを完全に観ているので、自分のできる限りの情報を詰め込んだデータベースの構築が可能だった。これが、ある意味ではサイト運営のモチベーション維持の原動力となったのかもしれない。大山ドラは、今からデータ不明部分を埋めようと思っても、なかなかできないのだ。これが、本放送当時のオープニング・エンディングを使った再放送がほぼないことが原因であるのは、言うまでもない。私が生きているうちに、この問題はなんとかなるのだろうか。
 それはともかく、原作・アニメに加えて藤子・F・不二雄ミュージアムやドラえもん未来デパートなどの関連施設もこの25年の間に色々とオープンして、ファンが楽しめる要素はますます増えている。
 原作者の藤子・F・不二雄先生がすでに亡くなられていることを考えると、これは驚異的なことだと思う。やはり、テレビアニメが放映中で「現役作品」であると言うことが大きいのだろう。

 今後の『はなバルーン倶楽部』がどうなるか、それはわからないが、やはり私のサイトは『ドラえもん』あってのものなのは、間違いない。
 今後の『ドラえもん』のますますの隆盛を願って、この文を終わりたい。
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一つの別れ

 2月2日、父が亡くなった。
 ごく個人的なことであるので、ここに書くかどうかは迷ったのだが、私の人生において大きな節目の一つであることは間違いないので、書いておくことにした。また、ここに書くことで一区切りとしたいという気持ちもある。

 父は昨年5月から入院していたのだが、12月に状態が急変した。誤嚥性肺炎になってしまったのだ。その名の通り、食事の時に誤嚥してしまったことが原因で、それからは寝たきりとなってしまった。それまでは、まだすぐに亡くなるという状態でなかった。
 コロナの感染拡大のこともあって、面会はできない状態だったのだが、今年に入って病院から連絡があった。もうかなり危ない状態なので、会いたい人があれば面会してもいいですよと言われたので、母と妹と一緒に面会に行った。父はかなりやせ細っており、見るからにつらそうな状態だった。結局、その時も含めて2回面会に行ったが、その後に亡くなったのだ。

 私の気持ちとしては悲しいことはもちろん悲しいが、面会に行った時のつらそうな状態を見ていたので、やっと解放されたんだなと言う気持ちもある。親を亡くすと言うことが初めてであり、何とも言いがたい感情だ。
 きっと、もっと時間が経ってから、ふと父のことを思い出して、寂しくなるのではないだろうか。今月中は、役所などに何度も行って疲れた状態で、悲しんでいる暇もない感じなのだ。本格的に悲しくなるのは、もっと落ち着いてからのような気がする。

 この文は、最初は父の状態などもう少し詳細に書いていたのだが、考え直してこのような内容とした。母が倒れた時のことを書いたときにも思ったが、身内のことを書くのは難しい。
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2020年の終わりに

 あと少しで、今年も終わりとなる。
 このブログでは毎年恒例の、一年のまとめを今年も書いておきたい。

 今年も、一年間で色々なことがあった。それは間違いないのだが、とにかく新型コロナウィルスに振り回されたという印象が強い。
 趣味の事柄だけでも、春のドラえもん映画「のび太の新恐竜」が延期になり、玉突き状態で夏に予定されていた「STAND BY ME ドラえもん 2」まで延期になった。結局、2作とも年内に公開されたが、例年のような盛り上がりに欠ける面は否めなかった。
 コロナのせいで公開が延期になった映画はドラえもんだけではない。多くの作品が、当初予定していた公開日より遅く公開されることとなった。私が今年観た映画で、ギリギリ予定の公開日そのままで公開できたのは「劇場版 SHIROBAKO」くらいだ。この作品にしても、公開自体は予定通りだったが、舞台挨拶が中止になってしまった。舞台挨拶のチケットは当たっていたので、残念としか言いようがない。
 映画だけでなく、テレビアニメも大きく影響を受けた。春開始の作品のいくつかが冒頭の何話かを放送したところで中止となり、夏以降に延期となったほか、夏以降に予定されていた作品でも1クール以上放送予定が遅くなった作品もいくつかあった。NHK総合の深夜枠では、中止になった作品の代わりに『未来少年コナン』のリマスター版が放映されたが、これは思わぬ収穫だった。個人的には、上下カットのなんちゃってビスタサイズでなければなおよかったのだが。
 1クールの深夜アニメだけでなく全日帯のアニメも影響を受けており、『ドラえもん』は半年にわたって新作と再放送のカップリング放送が続いたし、『ヒーリングっど♥ プリキュア』は予定されている放送期間から推測して何話か削減されたであろうことがわかる。
 おそらく、表に出ていなかった計画中の作品も影響を受けたのだろうが、これは確かめようがない。

 個人的な趣味の範囲だけでも、これだけのコロナ影響があったのだし、社会全体が受けた影響は、おそらく計り知れないほどのものがあるだろう。
 幸いにして私は一応普通に生活できているが、世の中にはコロナにかかってしまった人もいるし、かからなくてもコロナの影響で職を失った人もいる。住む家があって生活していけるのは、恵まれた状態なのだと思う。

 趣味の分野での振り返りを続けよう。
 『ドラえもん』に関しては、作品の誕生から50周年と言うことで、記念出版物やグッズなど様々なものが出て、盛り上がりを見せた。
 中でもいちばんの目玉は「100年ドラえもん」であろう。これまで、当ブログでも触れていなかったが、正直言ってこれを買うかどうかは非常に悩んだ。悩みに悩んだ末、とりあえずは買わないことに決めた。色々と理由はあるが、最大は中身が今のてんとう虫コミックスと変わらない事だ。税込77,000円出して、中身がてんコミのものを買うことには、どうしても抵抗があった。豪華特典が付いていても、だ。
 また、単純に置き場所がないというのも理由の一つだ。下手に買うと、「ジャイアンへのホットなレター」のオチののび太の部屋みたいに、自分の居場所がなくなってしまう。ただでさえ、自宅が本であふれそうな勢いなのだ。そこに45冊+3冊が増えるのは、さすがにきつい。
 そんなわけで、「100年ドラえもん」は購入しなかった。もちろん、人間どこで心変わりがあるかはわからないので、ある日思いたって買ってしまうかもしれないが、そこは「あったか~い目」で見守っていただきたい。
 そう言えば、「ドラえもん未来デパート」には、まだ行けていない。そもそも、今年一度も東京に行っていないのだから、未来デパートどころの話ではない。ようやく完成したトキワ荘ミュージアムにだってまだ行っていないのだ。来年は、ぜひこれらの場所に行きたいが、コロナの終息がいつになるやら。これを書いている12月31日の時点で、東京の新規感染者が1,300人超などと言うのだから、全く楽観はできない。
 ドラえもんに関しては、映画のWOWOW一挙放送が私にとって非常に貴重なものだったが、これに関してはすでに当ブログでも取り上げているので、割愛する。

 と、ここまでだらだらと書いてきたが、とにかく来年は事態が少しでもよくなることを願う。
 GO TO トラベルとかは別になくていいから、とりあえず気兼ねなしに普通に東京-大阪間を往来できるようになってほしい。と、言うことはやはりコロナの感染拡大が収まらないと、どうにもならないな。
 願わくば、来年が人類にとって、よい年でありますように。
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2019年の終わりに

 今年も、あと3時間ほどで終わり。毎年恒例の、一年のまとめを書いておきたい。

 今年の後半は、このブログをほとんど更新できず、我ながら残念だ。その理由は色々あるのだが、ここに書けることは少ない。
 その「ここに書けること」の一つとして、10月~11月にかけての引っ越しがある。三年半ほど住んだ大阪市を後にして、別のところに移り住んだのだ。新居住地については、とりあえず伏せておくとしよう。近畿地方には変わりはないので、交通事情などにあまり変わりはない。
 そもそも、引っ越しの話が最初に出たのは7月だった。実家の敷地内に、人に貸していた家があるのだが、その人が引っ越すので家が空く。そこで、引っ越してはどうだろうという話になったのだ。実家の持ち家なので家賃が要らなくなるし、家族と近いところで住めるというのも、大きな意味がある。そこで、引っ越すことに決めたのだ。
 ただ、毎度の事ながら、荷物が多くて大変だった。最初から150箱の段ボールを用意してもらったが、それでも入りきらず、結局自分で梱包した段ボール箱は160箱となった。もちろん、引っ越すに当たって不要なものは処分したし、本だって100冊ほどは処分したのだが、それでも母数が大きすぎて、焼け石に水の状態だったのだ。
 引っ越し直後の家は、特にすさまじかった。ある一つの箱を動かすために、他の多くのものを動かさなければならなくなっており、さながらパズルゲームをやっている気分だった。「倉庫番」や「パズルボーイ」などのゲームが該当するだろうか。その頃の写真を撮っていないのは今となってはもったいないが、写真を撮っても何が何だかわからない状態なだけだったような気もする。
 ともかく、引っ越しは終わった。この引っ越した新居(と言うか、かなり古くに建てられた家だが)には色々と問題があるのだが、それについてはいずれまた書く機会があるかもしれない。今回は一年の振り返りなので、ここまでにしておく。
 引っ越し以外にも、主に家族関係で色々とあった一年だった。とは言っても、誰かが亡くなったとかそういうことは全くないのだが、ここに書くのははばかられるような、そういうことだ。幸いにも、12月までにそのすべてがほぼ解決したので、今は落ち着いた気分でいられる。

 個人的事情についてはここまでにして、次は趣味関連を振り返ろう。
 藤子不二雄関係については、まずはアニメ『ドラえもん』の40周年があった。アニメのOPを「ドラえもんのうた 40th」にしたりと40周年を祝う姿勢は見受けられたが、アニメ『ドラえもん』に関しては10月の放送枠移動に話題が全部持って行かれたような感じはある。それだけ、「金曜19時」という枠が長年続いて定着していたという証であろう。これから、アニメ『ドラえもん』がどうなるかはまだわからないが、基本的には子どもの観やすい枠でこれまで通り長く続けてくれれば、と思う。朝6時台とかはやめてほしいな。特に、ローカルセールス枠になってしまうと地方局でそういうことが起こりやすいので。そういう意味では土曜17時はまだいい方なんじゃないか。
 そして、年末からは原作漫画『ドラえもん』の50周年を祝う動きが活発になってきた。その先陣を切って刊行されたのが、てんとう虫コミックス『ドラえもん』第0巻だ。『ドラえもん』の連載第1回ばかりを初出版・カラーページ再現で収録しており、非常にユニークな単行本だと思う。手塚治虫作品と違って、藤子作品では「初出版」を売りにした単行本がこれまでなかったが、その先陣を切った形になるのかもしれない。今後、さらに『ドラえもん』初出版大全集を出してくれれば、非常に嬉しい。
 『ドラえもん』50周年記念に関しては、色々とまだ企画されているようなので、楽しみに続報を待ちたい。来年出るという「てんとう虫コミックス」全45巻の豪華版は、あまりそそられないが。
 『ドラえもん』については、グッズショップ「ドラえもん 未来デパート」の開店も大きなニュースとなったが、残念ながら私自身はまだこの店に行けていない。昨日まで東京に行ってはいたが、他の用事で疲れた上に長時間の待ち時間があると聞いて、行く気になれなかったのだ。そのうち、混雑が収まった頃に行ければと思っている。「ひい木」のバッチや「タヌキさいふ」ポーチなどマニア心をくすぐられる品はあるので、ぜひ手に入れたい。
 藤子A先生についても、色々と動きはあったのだが、前述のように今年の後半は特に私が多忙だったせいもあり、あまり追い切れていない。故郷・高岡での藤子不二雄A展などは、行ければ行きたかったところなのだが、それもかなわなかった。
 手塚治虫関係については、今年も「オリジナル版」の単行本がたくさん出たが、もうネタも尽きてきたのか、「間違い探し」レベルの作品が増えてきたように思う。正直言って、『ボンバ!』や『ガラスの城の記録』までオリジナル版が出るなんて、ちょっと前までは想像もできなかったくらいだ。

 テレビアニメでは、新作で唯一ブルーレイを買ったのは『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』なのだが、この作品の放送自体は昨年10月~12月だった。まあ、映画の『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』は今年の公開だったので、いいか。
 それ以外にも面白く楽しんで観た作品はたくさんあるが、映像ソフトを買うまでには至らなかった。観返すだけならテレビ放送の録画で事が足りてしまうこのご時世は、アニメを作っている人たちにとっては大変なんだろう。かと言って、今更画質をわざとSDに落として放送なんてできないだろうし。もしやったら、ものすごい苦情が来るんだろうな。

 アニメ関係で、忘れてはいけないのが7月に起きた京都アニメーション第一スタジオの放火殺人だ。
 衝撃という言葉だけではすまされない、ひどい事件だったとしか言いようがない。これまで数多くの京アニ作品に楽しませてもらった者としては、これほど悲しいことはなかった。亡くなった人々は絶対に戻っては来ないので、ただただ悲しい。今は、命を取り留めた方の一日も早いご回復をお祈りするばかりだ。そして、京アニがふたたびすばらしい作品を世に送り出してくれる事を祈りたい。

 今年も、このようにいろいろなことがあった。だらだらと書いていても仕方がないので、この辺にしておこう。
 願わくば、2020年がすべての人にとって、よい年でありますように。
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「平成」時代の終わりに

 あと少しで、30年ちょっと続いた「平成」の時代が終わりを迎える。そこで、この「平成」時代を振り返ってみたいと思う。

 思い返せば、「昭和」が終わって、「平成」になったのが、西暦で言うと1989年のこと。1月7日までが「昭和64年」で、1月8日からが「平成元年」となった。
 当時、私は中学生だった。ちょうど、冬休みが終わって学校が始まろうかという時期だった。ひさしぶりに登校したら、担任がこのことについてコメントを述べていたのが思い出される。
 「昭和」→「平成」の代替わりは、今回の「平成」→「令和」とは違って、昭和天皇の崩御によって起こったものであるので、今回のような一種お祭り騒ぎのような状況とは違い、落ち着いた雰囲気の中での「平成」開始だったように思う。
 よく言われるが、前年の1988年あたりから、「天皇のご容態」がテレビで頻繁に流れるようになり、イヤな予感がしていた人も多かったと思う。そんな中での出来事だったのだ。もちろん、今回のように一ヶ月も前に新元号が発表されると言うことはあり得ず、発表されたのは改元前日だった。

 そんな感じで「平成」時代に突入してから、はや30年。中学生だった私も、高校生、大学生、社会人と着実に歳をとってしまった。はっきり言えば、すっかりおっさんになってしまった。
 いずれにせよ、人生の4分の3以上を「平成」で過ごしてきたのだ。もう、「昭和」ははるか昔のことのように思える。

 その「平成」30年間で変わったこと、変わらないこと、いろいろとあったが、どちらかというと私自身については変わっていないことの方が多いように思う。
 中学生の時と変わらず、マンガを読んでアニメを観て楽しんでいるし、藤子不二雄作品や手塚治虫作品は未だに私の中で大きな位置を占めている。まあ、人の好みがそうそう変わるわけはないのだ。ある程度の年齢になれば、なおさらだろう。
 逆に、「変わった」事の代表格は、テレビ放送の録画に関することだろう。VHSからS-VHSを経て、DVDレコーダーへと変わり、現在はPCとBDレコーダーで運用している。
 「番組を選んでビデオテープに録画する」と言うのと、「録れるものを録れるだけHDDにとりあえず録画する」と言うのは、全く違う。PCや家電などで形態は違えど、HDDへの録画ができるようになったのは、ある意味では革命的であると思う。「平成」時代が始まった頃には、全く考えられなかったことだ。
 携帯オーディオがカセットテープによるものから、HDDにデータとして曲をためる形式になったのも、個人的にはかなりの変化だ。カセット時代はA面・B面でそれぞれ曲の収録時間を計算して、収録順や面の割り振りを考えていたものだが、そういった事が全く不要になり、プレイリストを作ればどんな順番でも再生できるようになったのだから。
 こうして考えてみると、テレビ録画にせよ音楽にせよ、デジタルデータをHDDやメモリーカードなどで扱えるようになったのは、非常に大きい。技術の進歩とは、ありがたいことだ。

 明日からの「令和」時代が、私にとってどんな時代になるか、それはまだわからない。
 しかし、今度は中年から老年に至る時代になるのは、間違いない。そんな中で、どのように生きていくか。などと書いてみたが、やっぱり金曜19時にはアニメ『ドラえもん』を観ているんだろうな。放送時間が変わりさえしなければ。考えてみれば、『ドラえもん』の放映枠も「昭和」時代から「平成」をまたいで「令和」まで変わらず放映されているのだから、これはすごいことだ。

 ともかく、私にとっては、「令和」が人生の後半生になるのだろうから、一日一日を大切に生きていきたい。そんなことを思った、「平成」最後の日だった。
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2018年の終わりに

 今年も、もうあとわずかで終わりを迎える。
 そこで、このブログでは、例年通りに私自身の今年一年を振り返ってみたいと思う。

 まず、今年の私にとって痛恨事だったのは、なんと言ってもホームページを一度も更新できなかったこと。
 特に、今年後半にかけて「ドラちゃんのおへや」に、信じられないくらい大量の貴重な情報提供があっただけに、最低でも一度は更新したいと思っていたのだが、それが果たせなかった。
 情報を下さった方々には申し訳ないことであるし、私自身としても更新を多くの方に観ていただきたいと思っていたので、非常に残念だ。
 現時点で、更新準備の作業は7割ほどは終わっているので、何とか年度が替わるまでには一度更新するつもりではある。それまで、今しばらくお待ち下さい。

 趣味のマンガ・アニメ関連では、今年も色々とあったが、手塚治虫作品は今年も色々と復刻が盛んで、特に『ダスト18』の刊行は長年待っていただけに、非常に嬉しかった。これを出した立東舎では、さらに続けて『アラバスター』のオリジナル版まで出しており、個人的に今手塚作品の復刻で一番注目している出版社だ。某社より定価が安いのもありがたい。
 それでは、藤子不二雄関連はどうだったか。昨年に続いててんとう虫コミックスで藤子・F・不二雄作品が刊行されたが、あくまでこれまで出た物の新装版であり、あまり新鮮みはない。F作品は全集が出てしまっている以上、「初単行本化」で売ることも(ほぼ)できないので、単行本を企画する人も大変なんだろうな。てんコミ新装版も一段落して(まだ『バケルくん』『みきおとミキオ』は出ていないが)、今後はどんな藤子・F単行本が出るのか、来年に注目したい。
 藤子A作品に関しては、なんと言っても『わが名はXくん』全3巻の刊行につきる。よくぞ出して下さったというしかない。ほぼ全編未読だったので本当に嬉しかったし、作品としても面白かった。今後、未単行本化のA作品のさらなる刊行を期待せずにはいられない。
 単行本以外では、藤子不二雄A展が開かれたのも記憶に新しい。と言うか、私はまさに昨日ようやく行ったところだ。やはり、東京のイベントは行くタイミングが難しい。藤子A展は原画展示は少なめだが、各作品ごとに趣向を凝らした展示がされていて、なかなかに楽しめた。一つだけ残念な点があるとしたら、マイナー作品があまり取り上げられていなかったところだ。『仮面太郎』や『マボロシ変太夫』あたりも展示があったら嬉しかったのだが、そこまで求めるのは贅沢なのかもしれない。

 アニメ関連では、今年も多くの(と言うほどでもないか)作品に接したが、今年一番の作品は何だったかと聞かれたら、1~3月に放映された『宇宙よりも遠い場所』になる。久々にブルーレイソフトも揃えたし、8月に開催されたイベントにも参加した。全13話を、すでに3周しているくらいには気に入った作品だ。
 個人の印象だが、今年いいなと思ったテレビアニメは1~3月期と10~12月期に集中していた。4~9月も面白い作品がなかったわけではないが。特に、1~3月期は『宇宙よりも遠い場所』のようなストーリーと演出で見せるような作品があった一方で、『ポプテピピック』のようなテレビアニメの枠を飛び出した何でもありの作品もあり、非常にバラエティ豊かだったと思う。
 ところで、特に今年後半は録画だけしておいて未見のままという作品も増えている。HDD容量に余裕が出来るのも、いいことばかりじゃないな。このまま、来年になっても観るかどうかは怪しいのだが、来年はこういうことはあまりしないようにしたい。たいした量じゃないとは言っても、録画するにも電気がいるのだ。非常にムダなことをしているような気分になってしまう。

 そして、来年の目標の一つとしては、パソコンを新調したいというのがある。
 今年、何度も主に起動のトラブルに見舞われて、特に年末に向かうにつれて不調が多く見られるようになっており、数年前に組んだ現PCが、限界に来ているような気がするのだ。
 準備できる予算は多く見積もっても12万円くらいか。予算の枠内で、納得できるものが組めればいいのだが。なお、メインPCと別にある録画用PCは非常に安定しており、特に問題はない。とりあえず、Windows7のサポートが切れるまで、録画用はこのままにしておくことになるだろう。


 と、いった感じで、今年を振り返りつつ来年についても言及してみた。
 ともかく、今年一年ありがとうございました。皆様、よいお年をお迎え下さい。
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