『魔神ガロン』の代筆について

 手塚治虫に『魔神ガロン』と言う作品がある。現在は、手塚治虫文庫全集で全2巻として刊行されている。

 元々は、手塚治虫漫画全集(B6全集)で全5巻として刊行されていたのだが、これが一読者の立場としては色々と謎の多い作品だ。その「謎」の最たるものは、手塚先生ご自身が描いていない部分があるのではないかという、「代筆」についてだ。
 「謎」と書いたが、謎どころではなくはっきりわかる部分がある。それが、B6全集の第3巻136ページ~155ページの合計20ページで、これは誰が見ても手塚先生の絵とは思えないだろう。明らかな代筆だ。

 そもそも、B6全集の第3巻は、その始まりからしておかしい。
 第1ページはガロンとピックが海岸に打ち上げられている絵なのに、その次がガロンが海を歩くコマ、そして「リクヘツイタ」と言うコマが続き、そのあとがガロンに乗っていたはずのピックがなぜか濡れているコマと続く。
 実は、ここまでのコマは以前に描いたコマを流用したものであり、それ故に流れがおかしくなっているのだ。こんな事になったのは、想像するにちゃんと描いている時間がなかったために、一種のコラージュでごまかすしかなかったのだろう。

 雑誌掲載時はそれで仕方がなかったかもしれないが、単行本化で直すべきだと思われた方もいるかもしれない。だが、それは不可能だった。B6全集の第1~2巻は手塚先生の生前に出た第3期に刊行されたが、第3~5巻収録部分については、手塚先生の死後に出た第4期ではじめて単行本化されたからだ。
 いくら流れがおかしいからと言って、第三者が手を加えるわけにも行かず、初出のままで収録せざるを得なかったのだろう。先ほど触れた明らかな代筆部分についても、同様だ。

 逆に言えば、第3巻以降については代筆を含むが故に、手塚先生の生前は第2巻までで止めたと考えられる。
 『魔神ガロン』の単行本は、B6全集以前に秋田書店のサンデーコミックスで刊行されているが、その内容はほぼB5全集の第2巻までと同一だ。
 唯一違うのは、サンデーコミックスのラストの海に消えたガロンとピックの再登場をにおわせて完となるページはB5全集には収録されておらず、B6全集の第2巻では大渦巻に巻き込まれてピンチとなる場面で終わっており、これは明らかな第3巻への「引き」になっている。
 だから、B6全集第3期では第2巻で終わってしまったが、それはおそらく手塚先生の多忙により第3巻以降の代筆部分を描き直す時間がなかったためで、将来的にB6全集の第4期を刊行する際には、続きを刊行するつもりがあったのだろうと推察できる。
 それを、裏付ける証言として、B6全集第4期完結の際に手塚プロ・森資料室長が書いた「手塚治虫漫画全集の刊行を終えて」と言う文章では、「未完のものや一部代筆の作品は、先生が存命であれば、当然つづきが描き下ろされたり描き直されたりしたものである」とされている。そうならなかったのは、残念だ。

 それにしても、第3巻以降には一体どれだけの代筆があるのか。前述の誰にでもわかる部分は言うまでもないとしても、細かく見ていくと、ここはちょっと手塚タッチとは違うのじゃないかなと言う部分が散見されるので、他にも代筆部分は存在するのだろう。もしかしたら、初出の雑誌や付録では代筆者がクレジットされていたのかもしれない。
 代筆でもレベルの高いものは簡単には見分けが付かないので、絵のタッチだけでここが代筆と指摘するのは難しいが、絵はともかくとして、話は手塚先生が考えたものなのだろう。
 その裏付けとして、第4巻に収録されているブッド博士のエピソードが白黒版のアニメ『鉄腕アトム』にアレンジされて原作として使われているのだ。おそらく、代筆部分についても最低限のあらすじなどは存在したのだと思われる。

 しかし、前述の明らかな代筆に関しては、もっとましな代筆者がいなかったのかと、不思議でならない。
 手塚作品の代筆にも色々あって、たとえば『鉄腕アトムクラブ』に掲載された「チータンの巻」の第2回などは、かなり手塚絵に近い代筆である。そう言ったいい代筆者を『冒険王』編集部が用意できなかったという事なんだろうか。


 とにかく、『魔神ガロン』の第3巻以降は、色々な意味で見どころが満載だ。
 この時代の「代筆」を含めた連載事情の一端をうかがい知る事が出来る。そう言う点は、没後の刊行になったおかげなのだろう。このレベルの代筆が刊行できるのなら、『マグマ大使』のサイクロップス編もなんとかしてほしい。
 そんな事を、考えてしまうのだった。
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