どこまでいくのか手塚作品の「オリジナル版」

 前回、「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」の完結について書いたが、これで手塚作品の「オリジナル版」出版が終わることはなく、次は6月から毎月「火の鳥《オリジナル版》復刻大全集」全12巻が刊行される。値段はアトム全7ユニットの合計とほぼ同額の98,700円だ。
 「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」の刊行で、手塚作品の初出版商売も行くところまで行ったと思っていたので、『火の鳥』まで同じような企画が立てられるとは非常に意外だった。価格に関しては高いことは高いのだが、「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」の値段とはどっこいどっこいだろう。結局、本に限らず限られた人しか買わないような品物はどうしても高くなるのだろうし、実際買う人はかなり限られると思う。

 私は『火の鳥』の初出版をきちんと通して読んだことはないのだが、『鉄腕アトム』と比べると『火の鳥』の初出にはさほどの興味は惹かれない。もちろん、手塚作品の常として多くの描き変え・描き足しはあるのだろうが、『アトム』とは違って一編一編がそれなりの長さの長編であり、それぞれのエピソードが単行本版でしっかりと完成されていると思うからだ。
 それに『アトム』は別冊付録掲載分の入手が難しく、その点で復刻に大きな意義があったが、『火の鳥』は基本的に雑誌本誌に掲載されていたので、その気になれば図書館で初出版を読むことができる。「漫画少年」版や「少女クラブ」版については図書館でもバックナンバーが揃ってはいないだろうから難しいかも知れないが、これらは『火の鳥』という作品の本流ではない。
 そんなわけで、少なくとも私にとっては「火の鳥《オリジナル版》復刻大全集」は10万円近くを出す価値は見いだせず、買う予定はない。全巻セットだけでなくばら売りもあるので、たとえば「太陽編」など一部に限って買うことはあるかも知れないが。

 と、「火の鳥《オリジナル版》復刻大全集」について否定的なことを書いてしまったが、その『火の鳥』と同じく6月に発売される「少年サンデー版 0マン 限定版BOX」は買うつもりだ。安ければいいと言うものではないが、900ページものボリュームで9,450円という値段は、復刊ドットコム刊の『アトム』や『火の鳥』と比べると破格の安さだ。はっきり言って、これもそんなに売れ行きが期待できるとは思えないのだが、さすがに大手の出版社だけのことはある。
 『0マン』のオリジナル版が出せるのなら、その前後に「少年サンデー」に連載された『スリル博士』や『キャプテンKen』もぜひオリジナル版を出して欲しい。前者は初出と単行本でかなり改変が多いらしいので興味があるし、後者は個人的に大好きな作品なので初出版を読みたいのだ。あと「少年サンデー」と言えば『ダスト18』も改変の多さ(と言うか、タイトルも含めて単行本はもはや別物)で有名なだけに、初出版を出して欲しいところだ。

 『火の鳥』にせよ『0マン』にせよ、手塚治虫生誕80年が過ぎてもこれだけオリジナル版の刊行が続くのは、それだけ普通に単行本として出せる作品がネタ切れだと言うことなのだろう。従来のB6判「手塚治虫漫画全集」を再編集した「手塚治虫文庫全集」なんて、ネタ切れでムリヤリ出した企画の最たるものだと思う。
 冷静になって考えてみれば、自分も手塚プロや出版社に踊らされているのだろうが、それでも「未読に等しい」ものとしてオリジナル版が出るのであれば、つい読みたくなって買ってしまう。『火の鳥』が終わったら、その次は『三つ目がとおる』のオリジナル版あたりが出てもおかしくはない。こちらは出たら買いたくなりそうで怖いな。
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「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」完結に思うこと

 昨日、復刊ドットコムより「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」の最終巻となるユニット7(別巻)が届いた。これで、雑誌「少年」掲載分の作品を復刻したユニット1~6に加えて、「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」全7ユニットが出揃い、めでたく完結したわけだ。


 手塚治虫作品の単行本での改変の多さは有名だが、多くの手塚作品の中でも『鉄腕アトム』は月刊誌全盛時代に連載されていたため、付録形式で発表された部分も多く、図書館などでバックナンバーをチェックしても初出版の全貌を知ることは難しく、それだけに待望の復刻だった。
 実を言うと、最初にこのオリジナル版発売のしらせを聞いた時は、潮出版社から出ていた「鉄人28号 原作完全版」のような体裁になるのかと思った。だから、雑誌本誌掲載分と付録での発表分をそれぞれ当時のままの体裁で復刻して、それを箱に収めてユニットとすると知った時には「そこまでするか」と驚いたものだし、1ユニット14,900円という値段を知った時は、更に驚いた。
 それでも、自力で初出の付録を全て集める手間と資金を考えると、それよりははるかに安いし、3ヶ月ごとに1ユニットの発売なので一ヶ月当たりでは5,000円の支出だ。これならば払えない金額ではない。
 と言うわけで、結局全7ユニットを揃えてしまった。これと並行して「藤子・F・不二雄大全集」にも毎月約5,000円を費やしていたので、私にとっては結構きつい出費だったが、価格に見合うだけの中身はあった。本誌も付録も単純に綺麗に復刻しているのではなく、雑誌のカスレなどをあえてそのまま残している部分もあり、初出当時の雰囲気が味わえたのはよかった。
 後から追加されたユニット7については、「少年」掲載分以外をまとめた「別巻」であり、メインとなる「アトム今昔物語」初出版は2003年にすでにメディアファクトリーから復刻版が出てしまっているので、ちょっと購入するかどうか迷ったのだが、全7ユニットで欠けがあるのは気持ち悪いし、初単行本化のエピソードもいくつかあったので、結局購入した。今のところはざっと読んでみただけだが、「アトム今昔物語」はメディアファクトリー版よりサイズが大きく画質も向上しているので、これはこれで出す意義はあったと思う。

 と、基本的には「鉄腕アトム《オリジナル》復刻大全集」は良い企画だったと思っているが、どうしても気になる点がいくつかあるので書いておく。
 一番残念だったのは、いわゆる「差別用語」とされている言葉を変えてしまう「言葉狩り」が行われてしまっていたことだ。このために、「《オリジナル》復刻大全集」と銘打たれながら、厳密な意味での「オリジナル版」ではなくなってしまった。また、「言葉狩り」を行っているという事実について触れられていないのもひっかかるところだ。各ユニットには解説が付いているのだから、そこでなにがしかの断りを入れて欲しかった。
 「言葉狩り」については、国書刊行会から出た『旋風Z・ハリケーンZ』では「きちがい」などの用語もそのままで復刻されているので、アトムにおける自主規制は手塚プロだけの思惑で行われたのではなく、発売元(ユニット3まではジェネオン、4以降は復刊ドットコム)の意向もあってのことだろう。あるいは、アトムのような有名作品ではまずくても、『ハリケーンZ』のようなマイナー作品ならいいだろうと言うことなのだろうか。
 他に、残念なところと言えば、「鉄腕アトムクラブ」掲載分のエピソードは復刻が先着特典の小冊子のみとなったため、全7ユニットを揃えてもこの特典がなければ『鉄腕アトム』全エピソードのうち「鉄腕アトムクラブ」の分だけが欠けてしまうことだ。せっかく別巻まで出したのに、このような中途半端な部分があるのはもったいない。さらに言えば、「鉄腕アトムクラブ」復刻分の小冊子では「チータン」「ジャングル魔境」の代筆部分が収録されていないのも中途半端だ。「少年」掲載分では「アルプスの決闘」や「ロボット爆弾」などの代筆部分がそのまま復刻されていたのだから、「鉄腕アトムクラブ」の方も同様にして欲しかった。


 と、色々と言いたいことはあるが、非常に意義の大きい復刻事業だった事は間違いない。読み応えはありすぎて困るくらいだ。特に付録掲載分に単行本でカットされた場面が多く、自分はまだまだ手塚作品の全貌を知るには至っていないのだなあと思い知らされてしまった。
 なお、上で述べた「言葉狩り」の詳細については、「“手塚治虫漫画全集”解説総目録」の中の「付録J:「鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集」書き替え個所一覧」にまとめられているので、そちらを参照されたい。
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出崎統監督、死去

 昨年からアニメ界の重要人物が立て続けに亡くなって、その度にショックを受けてきたが、出崎監督もまだ67歳とお若かっただけに、驚いた。

 出崎監督の作品と言えば、藤子ファンとしてやはり『ジャングル黒べえ』が真っ先に思い浮かぶ。黒べえと仲間たちの巻き起こすハイテンションなギャグは原作漫画を超える面白さだった。藤子・F・不二雄大全集で原作漫画が復活して、これでアニメ版もソフト化なるかと期待していただけに、アニメ版がふたたび陽の目を見ないままに出崎監督が逝ってしまわれたのは残念だ。

 出崎監督は、『ジャングル黒べえ』以外にも、虫プロ初期から近年まで本当に幅広い作品を作ってこられたが、個人的に印象に残っている作品を挙げるとすると、監督作品では『ガンバの冒険』と『宝島』だ。前者は、 ノロイの恐ろしさが特に強烈に記憶に残っているし、後者は、観たのは比較的最近だが、それにもかかわらずハラハラドキドキを味あわせてもらった冒険アニメの傑作だ。
 また、各話演出では『悟空の大冒険』初期の担当回はどれもシュールで前衛的な演出が強烈に印象に残っている。第4話「宝の地図はペケペケ」、第6話「銀糸仙人」、未放映話「ニセ札で世界はまわる」など、どれも一見の価値はある怪作だ。

 他にも、多くの作品で楽しませていただいた。それだけに、早すぎる死は本当に残念でならない。出崎統監督のご冥福をお祈りします。



・関連リンク:「ネオ・ユートピア」より出崎統監督インタビュー
http://www.neoutopia.net/interviews/dezaki.htm
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