「STAND BY ME ドラえもん 2」感想

 先日、映画「STAND BY ME ドラえもん 2」が、公開された。
 今年公開されたドラえもん映画としては、8月の「のび太の新恐竜」に続いての2作目だ。さっそく観てきたので、感想を書いておく。例によって、結末を含めて映画の内容に思いっきり触れているので、未見の方はご注意いただきたい。


 さて、本作の感想を一言で言うと、「思ったよりよかった」。
 いや、本当にこうとしか言いようがないのだ。前作「STAND BY ME ドラえもん」は、個人的にはかなり低評価を付けざるを得ない作品だった。短編ドラえもんの、いわゆる「感動作」と呼ばれるエピソードを、映画オリジナル要素の「成し遂げプログラム」で無理につなげて一本の映画にした作品という印象があった。キャッチコピーに使われた「ドラ泣き」も、なんだか押しつけがましくて、好きにはなれなかった。
 だから、その続編である本作も、正直言ってあまり期待していなかった。キャッチコピーも、やはり「ドラ泣き、再び。」だし、一作目と同じ路線の作品なら私にとってはダメなんだろうなと思っていたのだ。

 しかし、実際に観てみると、予想はいい意味で裏切られた。
 本作も、確かにドラえもんの「感動作」短編を元にした映画ではあるが、前作のように「無理に話をつなげた」感じはなく、オリジナル要素が一本芯の通った形になっていて、短編を元にしつつ新しい話を作り上げることに成功しているのだ。
 そのオリジナル要素とは、ズバリ「のび太・しずかの結婚式」。原作では結婚前夜のみで、実際の結婚式は描かれていない(「宇宙完全大百科」で写真のみ登場)のに、映画であえて描いてしまうのはどうかと思う向きもあるだろう。だが、本作の結婚式は、「この二人の結婚式なら、きっとこんな感じなんだろうな」というファンの空想を、見事に形にしている。きっと、ジャイアンは余興に歌を歌うだろうし、ジャイ子はお祝いに絵を描くだろう。それに、作中でクライマックスとなっているのび太からの挨拶は、たしかにこんな感じだろうとしっくりくるものだった。
 さらに、本作は結婚式を描いているだけではなく、「現代」の子供のび太と「未来」の大人のび太が複雑に交錯するタイムパラドックスSFとしての面も持っている。大人には観ていて楽しいが、子どもが観るとちょっとわかりづらかったかもしれない。そういう点で、やはりこの映画は「大人向け」の面がある。

 本作は、「おばあちゃんのおもいで」「ぼくの生まれた日」「45年後……」の、3本の短編をベースにストーリーが作られているが、前の2本はまだ原形をとどめているのに対して、「45年後……」については子供と大人ののび太が入れ替わるという基本設定だけが使われて、話はほぼ別物になっている。だから、「45年後……」の映像化を期待して観ると、裏切られた気持ちになるかもしれないので、要注意だ。
 ただ、話はほぼ別物ではあるが、「45年後……」の設定を使った「のび太の入れ替わり」は、作中で最も重要な要素と言ってもいい。なにしろ、映画オリジナル設定で、「入れかえロープ」を使って1時間が経つと、入れ替わった両者の記憶が消えてしまうと言う非常に重大な欠陥があることになり、その結果としてのび太がダメになってしまいそうになるのだから。
 「ワスレンボー」のせいで、大人のび太も事件の顛末を知らないため、非常に展開はスリリングだ。ある意味、「ワスレンボー」が物語の鍵を握る道具になっていた。そう、今回は「わすれろ草」や「ワスレバット」ではなく「ワスレンボー」なのだ。
 それにしても、クライマックスの「のび太のおばあちゃんをタイムマシンで連れてきて、結婚式を見せる」という展開は、思い切ったことをしたなあと思う。やるならここまでやらないと、と言うことなのだろうが、おばあちゃんがタイムマシンに乗っている図を想像すると、シュールですらある。

 本作は、本筋のストーリーも見応えがあったが、色々な小ネタも効いていた。
 私がいちばんツボにはまったのは、「未来の2000円札が手塚治虫先生」というところだ。肖像ではなく手塚先生の漫画に出てくる自画像が使われているというのも笑えるし、よりによって2000円札というのも笑いどころなんだろう。もちろん、手塚プロダクションの許諾は取られており、エンディング・クレジットではスペシャルサンクスとして手塚プロがクレジットされている。
 さらに、カムカムキャットフードでおなじみの「ラーメン富士」も登場しており、店員がなぜか勉三さんと言うところも注目ポイントの一つだった。他にも、ちらっと映る店の看板などに藤子ネタが満載で、コマ送りで確認したくなった場面も多くあった。

 と、いった感じで、本作は観る前の期待値の低さに反して、十分に「ドラえもん映画」として楽しめる作品だった。
 どちらかと言うと、原作短編ネタよりもオリジナル要素の割合が大きいので、「F先生があえて描いていない結婚式を勝手に描いてしまうとはけしからん!」というような考えの人にはお勧めできないが、「オリジナルでも出来がよければいいよ」と言う人には、ぜひご覧いただきたい。
 本作に関しては、前作を観たことによって「このシリーズは期待できない」と思っている人もいるかもしれないが、一本の映画として前作より遥かにまともな出来になっているので、前作のことは忘れたほうがいいと思う。そんな作品だった。
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富田耕生さん、死去

 富田耕生さんが、亡くなられた。

 非常にキャリアが長く、演じた役は多岐にわたるため、いろいろなキャラが頭に浮かぶが、藤子不二雄ファンとしては、一番に思いついたのは『プロゴルファー猿』の「おっちゃん」だった。
 アニメのおっちゃんは猿とは非常にいいコンビで、アニメオリジナルの展開として原作では猿一人だけだったゴルフ特訓道場にまで、おっちゃんがついてくるくらいなのだ。基本的に猿とおっちゃんは「凸凹コンビ」という感じなのだが、時には猿の父親代わりといった感じの立ち位置になることもあり、そんなときのおっちゃんの優しい演技も印象的だった。
 シンエイ藤子アニメでは、他に「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」のポセイドンや、『怪物くん』の保険怪物モンストロと言った役で出演している。また、最近ではインド版『忍者ハットリくん』でもゲスト出演していた。

 シンエイ以外の「藤子アニメ」となると、日本テレビ動画の制作した日本テレビ版『ドラえもん』の初代ドラえもん役のことは、避けて通れない。
 富田さんが亡くなったニュースの見出しで「初代ドラえもん役」との記述が多く目に付いたが、富田さんのキャリアを振り返るならば、妥当な選択とは思えない。
 富田さんには珍しい主演であり、かつ「ドラえもん」という有名キャラクターだから取り上げられたのだと思うが、日テレ版『ドラえもん』は、視聴した人が限られるため、どちらかというと知る人ぞ知るアニメといった方が正しい。少なくとも、「初代ドラえもんの人」と言われて富田さんを連想する人は、ほとんどいまい。どう考えても、裏番組だった『マジンガーZ』のDr.ヘルの方が有名だろう。

 私自身は、『ドラえもん』に関してはシンエイ版大山のぶ代直撃世代なので、小原乃梨子さんの「テレビ・アニメ最前線」を読むまでは、日本テレビ版の存在すら知らなかったし、読んでからも知識として知るだけだった。
 その後、ある方のご厚意で富田さんの歌う「あいしゅうのドラえもん」を聴く機会があり、さらに当時のスタッフだった真佐美ジュンさんと知り合い、ネオ・ユートピアの上映会などで本編を観る機会に恵まれたが、いずれも富田さん演じるドラえもんの声には、大いに衝撃を受けたのだった。
 なにしろ、絵は「ドラえもん」なのに、しょぼくれた感じの(失礼だが)おっさんの声でしゃべっているのだから、その違和感たるや並大抵のものではない。もちろん、このドラえもんに最初に触れた人にとっては感じ方は違うのだろうが、私は大山世代なので、どうしても観ていて笑いをこらえられなかった。
 そんな日テレ版『ドラえもん』だが、現在では真佐美ジュンさんによる上映会も開催されなくなったため、一般的には視聴困難な作品だ。それだけに、富田さんによる初代ドラえもんはイメージがしにくいキャラクターだと思う。

 それでは、富田さんの代表作は、なんだろう。
 先ほど挙げたDr.ヘルのような悪役も含めて、富田さんと言えば博士役が非常に多いことで知られる。個人的に好きなのは、熱血漢で気のいい四ッ谷博士(『超電磁ロボ コン・バトラーV』)だが、子供を亡くすなどして徐々に精神を病んでいって、最終的には敵に寝返った『宇宙大帝ゴッドシグマ』の風見博士も忘れられない。あの怪演は、実にすばらしかった。
 また、富田さんと言えば、多くの手塚アニメでヒゲオヤジ(伴俊作)役を演じたことでも知られる。キャラクターの知名度から言えば、これも代表作の一つと言ってもいいだろう。
 特に、近年の手塚アニメではほぼ全ての作品でヒゲオヤジを演じているが、意外にも『鉄腕アトム』に関しては、担当したのは第3作の『ASTRO BOY 鉄腕アトム』だけで、白黒の第1作と1980年の第2作では、ヒゲオヤジ役は別の方が演じている。
 ただ、白黒版『鉄腕アトム』では、富田さんはゲストで様々な役を担当されており、特筆すべきは最終話「地球最大の冒険の巻」で、アトムのパパ役を担当されていることだろう。アトムのパパは準レギュラーキャラだが、声優はあまり一定しておらず、富田さん以外の方があてている回も多いのだが、最終話に関しては富田さんなのだ。それだけに、特に印象に残っている。
 ちなみに、個人的に富田さんが演じたヒゲオヤジで一番印象的なのは「マリン・エクスプレス」で、これが私が最初に観たヒゲオヤジ登場アニメ作品だったせいなのだろう。他には、『ジェッターマルス』などもよかった。『ジェッターマルス』や「マリン・エクスプレス」でヒゲオヤジを富田さんが担当した流れで、1980年版『鉄腕アトム』では富田さんではなく熊倉一雄さんになったのは、ちょっとふしぎだ。

 他にも、富田さんの主演作と言えそうな作品に『平成天才バカボン』や『まんが 花の係長』などがある。
 前者は、キャラの知名度から言っても代表作の一つに挙げて差し支えないだろう。『平成天才バカボン』だけでなく、雨森雅司さん亡き後はバカボンのパパは富田さんの持ち役の一つになっていた。後者は、主役であることは間違いないが、作品自体がマイナーなので、代表作とするにはやや苦しいか。幸いなことに、全話がBD化されているので、視聴はきわめて容易ではあるが。
 富田さんは洋画吹き替えでも多くの役を担当されているが、この分野は詳しくないので、ここでは触れないことにする。多分、私が無理に触れなくても、詳しい人がどこかで振り返ってくれているのではないだろうか。

 富田さんの出演作で印象に残るものとしては『ゲゲゲの鬼太郎』もある。白黒の第1作と続く第2作では、ほぼ番組レギュラーとして様々な役を担当していたのだ。
 なかでも、「おぼろぐるま」では、なんと水木しげる先生の役を担当しており、これが非常にはまり役だった。他にも、第2作では「やまたのおろち」の呼子や、「妖怪反物」のチー妖怪と言ったところが印象深い。

 この調子で、印象的な役を挙げていくときりがないので、このあたりにしておこう。
 本当に長い間、様々な作品のいろいろなキャラクターで楽しませていただいた。ありがとうございました。心より、ご冥福をお祈りします。
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『映画ドラえもん のび太の 新恐竜』感想

 8月7日、「映画ドラえもん のび太の 新恐竜」が公開された。
 本来の予定ならば、3月に公開されているはずであったが、新型コロナウィルスの影響で延期となっていた。それが、ようやく公開されたのだ。例年であれば、名古屋で藤子ファン仲間が集まって映画鑑賞&感想会が開かれるのだが、さすがに今回は開催することができず、今年は一人での映画鑑賞となった。一人でドラえもん映画を鑑賞したのは、「ドラえもん のび太の ワンニャン時空伝」の時以来、16年ぶりのことだ。ちょっと寂しい映画公開日であった。

 そんなわけで、公開初日に映画を観てきたので、例年通りにここで感想を書いておく。
 いつものことだが、ここから先は映画の内容に思いっきり触れているので、未見の方はご注意いただきたい。



 さて、さっそく映画の感想だが、一言で言うと、もやもやの残るすっきりしない作品だった。
 導入+中盤までは「のび太の恐竜」、結末部分は「のび太と竜の騎士」を想起させられる過去の映画のツギハギ的展開の中に、のび太&キューの成長という話の芯があったわけだが、この「のび太&キューの成長」という部分に共感できなかったのだ。
 のび太がキューをなんとかして飛ばせようとする展開が、観ていて非常につらかった。「ミューや他のみんなは飛べるんだ、だからキューにも飛べるはず」と、飛ぶことを強要していたが、それを観ていて、もしかしたらキューが「飛べない変種」なんじゃないのか、そうだったらどれだけ残酷なことをさせているんだと言う思いが頭をよぎってしまった。
 もちろん、キューは最後に飛べるようになるし、その「飛べるようになること」が、話の肝である「ミッシングリンク」につながるという仕掛けになっているのだが、そこまでの話の持って行き方が、私には合わなかったのだ。
 そもそも、のび太は山登りするときに「平らな山ならいいんだけど」と言うようなやつだ。しなくてもいい努力はしたくない性格なのだ。それが、自分がまだ逆上がりができてもいないのに、それを棚に上げてキューに飛ぶことを強要する姿には、非常に違和感を覚えた。のび太の危機→キューが飛べるようになるという流れは全くおかしくないが、そこまでの過程がダメだ。

 また、本作におけるタイムパトロールの位置づけも、気になったところだ。
 単に最後にドラえもんたちを助けてくれるという、これまでの立ち位置ではなかったのは新鮮味はあった。しかし、恐竜の絶滅という超大イベントについて、タイムパトロールたちまでが「ミッシングリンク」と言う言葉を使って何も知らない状態なのは、はっきり言って不思議だ。あのタイムパトロールが何世紀の存在なのかはわからないが、タイムマシンを持っている時代なのは間違いないのだから、恐竜絶滅の真相などそれで見てくれば一発でわかるではないか。現代の恐竜博士(彼はいいキャラだった)とは、訳が違う。
 そして、飼育用ジオラマセットで作った「ノビサウルスランド」が、恐竜たちを絶滅から救う場所となったと言う展開についても、「これでいいのか」と思ってしまった。「のび太と竜の騎士」の「聖域はドラえもんが作ったのか」的な展開を狙ったものだろうが、地底世界にある聖域とは違い、地上に存在する場所に恐竜を集めて生かしてしまったら、それが永遠に全く知られないままでいるのはずいぶん無理があるのではないだろうか。

 今作は、新型コロナウィルスの影響で公開が5ヶ月遅れた。
 基本的に、オリジナルのドラえもん映画を観るときは、なるべく情報を事前に頭に入れないようにしているのだが、この5ヶ月間に色々と断片的な情報が入ってきていた。それを元に内容を想像して、どんな映画になっているかと楽しみにしていたのだが、正直言って期待外れだった。
 監督・今井一暁&脚本・川村元気のコンビによるドラえもん映画は、「のび太の 宝島」に続いて2作目となったが、どうやらこのコンビは私の好みには合わないようだというのが、今作であらためてよくわかった。『ドラえもん』という作品のとらえ方、考え方が、私とはかなり異なるようだ。
 あと、この際だから言っておくが、ピー助を出してしまったのは、作品の独立性を考えると失敗だったのではないか。「ピー助っぽい首長竜」ならまだいいとは思うが、エンディング・クレジットではっきりと「ピー助」と名前を出してしまっているので、言い逃れはできない。するつもりもないだろうが。
 以前に、ある人が「映画ドラえもんは、一作ごとにパラレルワールドだと思う」と言っていたのを聞いたことがあって、なるほどそれなら納得できることが多いなと思ったが、そのように今作が「のび太の恐竜」(2006含む)とは独立した一個の作品だとするなら、余計にピー助を出すべきではなかったと思う。

 と、言ったところで感想は終わり。なんだか、否定的なことばかり書いてしまって恐縮だが、いいと思ったことも書いておこうと思っても、これはと思いつかないのだ。何しろ、話の芯になる部分に共感できなかったのだから。ああ、ひみつ道具の「ともチョコ」はよかったんじゃないか。ネーミング含めて。
 おまけ映像の内容から推察して、来年の映画(公開時期は今のところ不明)は、「あれ」でおそらく間違いないだろう。来年には期待したい。
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小林亜星&筒井広志コンビのアニメBGM

 先日まで、『女王陛下のプティアンジェ』を観ていた。全26話、なかなか楽しい作品だったが、劇中音楽が話を大いに盛り上げていた。
 劇中音楽担当は筒井広志氏、そして主題歌の作曲は小林亜星氏だ。アニメソングとアニメ劇中音楽の分野で大きな功績を残した人の中でもこのお二人は、私がお気に入りのコンビなのだ。
 藤子アニメでは、『怪物くん [第2作]』『プロゴルファー猿』『新 プロゴルファー猿』『藤子・F・不二雄アニメスペシャル SFアドベンチャー T・Pぼん』の音楽と主題歌を担当したコンビであり、藤子ファンにもおなじみと言える。ちなみに、筒井氏は『パーマン [第1作]』の音楽も手がけているが、こちらの主題歌作曲は小林亜星氏ではない。

 私が初めて、このお二人の音楽に触れたのは、『怪物くん [第2作]』だ。
 主題歌は言うまでも無いが、劇中音楽として特に怖い場面を盛り上げる曲の数々が、印象に残る。その中でも、シリアスな曲がさらにスケールアップしたのが、『怪物くん [第2作]』とほぼ同一スタッフによるテレビスペシャル版『プロゴルファー猿』(劇伴は筒井氏だが主題歌は存在せず)であり、その流れの上にあるテレビシリーズ版『プロゴルファー猿』だ。
 また、『怪物くん [第2作]』の後番組、『フクちゃん』でもコンビは健在。こちらは愉快な感じの曲が多かった。
 このあたりの作品は、個人的に非常に思い入れがあるのだが、残念ながらサウンドトラックCDは発売されていない。特に、『怪物くん [第2作]』は、『プロゴルファー猿』ともどもぜひサントラを出して欲しいものだ。藤子アニメのサントラも徐々にではあるが出ているのとは言うものの、このコンビによる作品や、『ドラえもん』以外の菊池俊輔氏による作品などが一切サントラが出ていないのは残念としか言いようがない。


 以下に、このお二人の手がけたテレビアニメ作品を、以下に一通りまとめてみた。「★」マークが付いているのは、サウンドトラックCDが発売されている作品だ。
 なお、テレビアニメ以外でもドラマ等でこのコンビが参加した作品はあるが、ジャンル的に私が詳しくないので、あえて今回はテレビアニメのみのリストとさせていただいた。



『ハゼドン』(1972年)
『ドロロン えん魔くん』(1973年)★
『超電磁ロボ コン・バトラーV』(1976年)★
『ブロッカー軍団IV マシーンブラスター』(1976年)★
『超電磁マシーン ボルテスV』(1977年)★
『女王陛下の プティアンジェ』(1977年)★
『宇宙魔神 ダイケンゴー』(1978年)
『未来ロボ ダルタニアス』(1979年)
『科学忍者隊 ガッチャマンF』(1979年)★
『花の子ルンルン』(1980年)
『怪物 くん [第2作]』(1980年)
『宇宙大帝 ゴッドシグマ』(1980年)
『あさりちゃん』(1982年)
『フクちゃん』(1982年)
『ベムベムハンター こてんぐテン丸』(1983年)
『プロゴルファー猿』(1985年)
『Bugってハニー』(1986年)★
『新 プロゴルファー猿』(1988年)
『藤子・F・不二雄アニメスペシャル SFアドベンチャー T・Pぼん』(1989年)



 以上になる。

 ともかく、このお二人は1970年代から80年代にかけてのアニメ音楽を語る上では、欠かせない。小林亜星氏独特のスケール感の大きなメロディーで作られた主題歌を、よりダイナミックにアレンジする筒井広志氏。すばらしい組み合わせだと思う。
 残念なのは、筒井氏が既に故人であり、今後このコンビによる新作は望めないという点だ。もっとも、仮に筒井氏がご健在であったとしても、現在はかなり高齢になるので、いずれにしても新曲というのは望みにくい気はするが。
 そして、1980年代の作品の劇伴が『Bugってハニー』を除いてCD化されていないのも残念だ。先ほども触れたが、藤子ファンとしてはぜひ『怪物くん』や『プロゴルファー猿』をCD化して欲しいし、『あさりちゃん』や『フクちゃん』も、子供の頃に観ていたなじみぶかい作品なのでCD化されればうれしいのだが、こういったファミリー向けのギャグ作品はなかなかフォローされない傾向にある気がする。『フクちゃん』なんて、DVD化すらされていないわけだし。
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映画ドラえもん18作を観終えて(後編)

 前回の続き。

・のび太の日本誕生

 はじめて藤本先生が「制作総指揮」としてクレジットされた10周年記念作品。「日本の誕生」というスケールの大きさと、7万年前の雄大な自然描写が心地よい。原作にない映画オリジナルの演出で、やけに「ラーメンのおつゆ」への拘りが見られるが、これは芝山監督の拘りなんだろうか。
 なお、原作の最終ページでは、ククルがウンバホとなったことが語られるが、これは単行本化時の描き足しであり、連載時にはない。だから、映画では触れられておらず、別れのシーンで終わることになる。描き足しによって、この作品が『チンプイ』とつながったわけだ。
 ギガゾンビは原作だけだと、そんなに印象の強い敵ではないのだが、映画では永井一郎氏の好演によって、原作よりアクの強い敵役になったと思う。山田博士本人もノリノリで「ギガゾンビ」というキャラを演じている感が伝わってくる。
 そう言えば、タイムマシンがしゃべるようになったのは、前作「パラレル西遊記」からだった。映画オリジナルで生まれた設定を、逆輸入したと言うことか。そのあたり、藤本先生は妙に律儀だ。


・のび太とアニマル惑星

 ママが自然環境保護に目覚める話。今までになく、メッセージ性の強い作品となっている。原作と比べると、映画は最後の戦闘での絶望感が弱い感じがする。もっと、徹底的にニムゲに攻めさせても良かったのではないか。
 原作にないアニメオリジナルの描写に、裏山のゴルフ場開発が中止になったと最後に触れている点がある。原作では、最後にママは登場していないが、ここははっきりさせておきたかったんだろう。
 なお、「アニマル惑星」よりも後に描かれた短編エピソード「ドラえもんがいなくてもだいじょうぶ!?」にて、10年後の世界が登場しており、自然環境がいい方向に向かったことが描かれている。藤本先生も、自然保護のテーマについては気になっていたのかな。
 本作には、前年の「のび太の日本誕生」でククルを演じた松岡洋子さんがまた出演しているが、その役が「豚の少年」という端役なのが、何とも言えない。映画ドラえもんで、メインのゲストキャラの翌年に端役を演じた例は、他にはないのでは。


・のび太のドラビアンナイト

 本作の導入となる、絵本入りこみぐつで入ったアラビアンナイトの世界が現実とつながっていると言う設定は少し苦しい気もするが、そんなこともあるかもと思った方が、夢があっていいのかもしれない。
 敵役として登場するアブジルとカシムは、これまでの映画ドラえもんの敵と比べると小者だが、シンドバットが自力で倒せる相手と言うことで設定されたのだろう。強大な敵が出てきそうな世界観でもない気もするが。
 シンドバットについては『T・Pぼん』でも描かれているし、藤本先生がいかにも好きそうなテーマだ。そう言えば、のび太役の小原乃梨子さんは以前にテレビアニメ『アラビアンナイト シンドバットの冒険』で主役のシンドバットをやっていた。いろいろとアラビアンナイトに縁があるのだなあ。


・のび太と雲の王国

 「のび太とアニマル惑星」に続いて自然保護をテーマにしており、過去の短編エピソードのキャラも登場するなど、『ドラえもん』におけるこのテーマの集大成的作品となっている。作中では天上人や密猟者たちと対立はするが、明確な敵という感じではない。
 本作では、「さらばキー坊」に登場したキー坊や、「ドンジャラ村のホイ」に登場したホイ達小人族が再登場している。ホイの声は、テレビ版と同じ松尾佳子さんだが、キー坊は成長して大人になっているため、テレビ版と声優は異なる(テレビ版では島本須美さん)。
 フィルムコミックのあとがきによると、「正義は天上人にあり、悪いのは地上人」なので、描きにくかったと藤本先生は語っている。それはそうなのだが、個人的には天上人はジャイアンやスネ夫が感じたように「お高くとまっていていやな感じ」という印象だ。正しければ何をしてもいいというわけじゃないんだよな。
 そんな天上人に対抗するためにドラえもんは「雲もどしガス」を用意して、それを密猟者たちに悪用されたため、エネルギー州は消滅した。じゃあ密猟者が悪役なのかというと、そんな感じもしない。悪役としては小者過ぎるのと、あくまで地上人の論理(悪人ではあるが)で動いているのに過ぎないせいだろう。
 原作の最終ページで、天上人達は植物星へと旅立ち、天上世界は「からっぽ」になってしまう。大長編ドラえもんでいちばん寂寥感の漂うエンディングだ。この最終ページがあったからこそ、原作としての独自性が出たように思う。石頭のドラ特攻は、映画版からの逆輸入なので。
 原作も映画も、ガスタンクの破壊はドラの石頭特攻だが、「ぼくには石頭という、最後の武器があった!!」というドラのセリフは原作のみ。芝山監督は、「何であれに気付かなかったのだろう」と、このセリフを映画の時点で入れられなかったことを悔やんでいた(「ネオ・ユートピア」会誌19号より)。


・のび太とブリキの迷宮

 高度に発達した文明社会で人間がロボットに取って代わられるという展開は、藤子先生のデビュー単行本「UTOPIA 最後の世界大戦」を思わせる。ある意味、そのリメイクと言える。メルヘンチックな世界観であるが、内容は重いものがある。
 本作では、ナポギストラーの渋すぎる声が印象に残る。さすがは森山周一郎氏だ。あの声での「イートーマキマキ」は実に笑える。声と言えば、ミニドラはエンディングクレジットになかったが、おそらく佐久間レイさんが二役をやっていたんだろう。
 フィルムコミックのあとがきは、ひたすらアイディアを生み出す苦しみについて書かれていて、この時の藤本先生の心境を想像すると、実に興味深い。映画ドラえもんも14作目になって、本気で次はどうしようと悩んでいたんだろうな、きっと。


・のび太と夢幻三剣士

 短編ドラえもんでさんざん描かれた「夢」ものの集大成。「かくしボタン」によって夢と現実の逆転が起こり、今までの異世界とは一風変わったムードのある冒険が描かれている。どこまでが夢カセットによるもので、どこからがのび太たちの意思によるものなのか、はっきりしないのが怖い。
 フィルムコミックあとがきによると、当初の構想では「夢の暴走」を描く予定だったとの事で、トリホーが現実世界に出てくるあたりは確かにそれを想定して描かれていたのだろう。結局、夢は夢と言うことで話がまとまったが、それでも映画版ラストでのみ描かれているお城のような学校は、「現実世界への夢の影響」を表したものと言える。
 本作は声優が豪華だ。妖霊大帝オドロームに家弓家正さん、龍に石丸博也さん、スパイドル将軍に屋良有作さん、等々。個人的には、神山卓三さん声の熊が「そうでがんす」と言ってくれるだけで、もう感涙だ。


・のび太の創世日記

 この作品では、のび太達は「神様」として、一歩引いた立場で新世界の歴史を眺めてゆく。時代ごとのエピソードが描かれていくので、大長編と言うよりは短編のオムニバス形式に近く、映画ドラえもんとしては他にない味わいを持った作品だ。各時代ごとのエピソードがつながっていく作品なので、長編作品としての盛り上がりにはやや欠ける感がある。のび太の作った地球なので、変な方向に進化してしまったというのは、ドラえもんらしくて好きな展開ではあるのだが。
 本作にも、色々なドラえもんの道具が登場するが、個人的に好きなのが「伝書バット」だ。バットに羽を付けただけの安直なデザインとネーミングセンスがすばらしい。こういうバカバカしい(褒め言葉です)道具は、大好きだ。


・のび太と銀河超特急

 藤本先生が「制作総指揮」として完成させた最後の作品。ドリーマーズランドのアトラクションに多く時間が割かれており、特に最初のダーク・ブラック・シャドウ団(この安直なネーミングもいい味だ)の襲撃にまつわるエピソードは、「映画になるとかっこいい」のび太の存在など、映画ドラえもん自体のパロディみたいになっていて面白い。
 本作では、西部劇の星での活躍や最後のヤドリ天帝との対決など、のび太の格好良さがクローズアップされている。前作ではほぼ神様として歴史を見守るだけだったのび太を、その反動のように思いっきり活躍させたと言うことだろうか。特に、最後の対決はのび太らしからぬ落ち着き様で、やけに頼もしさがある。
 原作は、最後「巻き」で終わらせたような印象がある。映画ではちゃんと描かれたアストン達との和解のシーンがないのは、残念なところだ。そこは当然、単行本で加筆されるものと思っていたが、実際にはその部分の加筆はなかった。それだけ、藤本先生の体調が悪かったのだろう。てんとう虫コミックスのカバーイラストも藤子プロの作画になってしまったし、加筆も少なかった(ヤドリ天帝との対決シーンが少し変わっただけ)。藤本先生が亡くなる直前に出た単行本だけに、仕方がないところか。


・のび太のねじ巻き都市冒険記

 藤本先生の遺作となった作品。本作に登場する「ホクロ」の存在は、どんな悪人にも良心はあると言うことを表していたのだろう。結果的に大長編ドラえもんの最終作となったが、造物主とも言える「種まく者」の登場により、最終作らしい作品になった。
 原作は、連載第3回までが藤本先生の下絵より描かれて、第4回以降は遺されたアイディアノートなどより藤子プロによって描かれた。はたして、どこまで藤本先生の意図していた展開となったかはわからないが、作品をまとめ上げた方々には敬意を表したい。
 連載が始まった時は、第1回を読んで「なんだ、これは」と思ったものだった。明らかにそれまでの藤本先生の絵とは違うタッチで、何事が起きたのかと思った。実際には、カラーページのペン入れはされており、よく見ればそれは確かに藤本先生の絵であったのだが。当時は、藤子プロによる作画になったことまでには頭が回らず、何か漠然といやな予感がしていたのだが、残念なことにそれは現実となった。連載第3回の下絵を遺して、藤本先生が亡くなられたのだ。当時の衝撃は、本当に大きなものだった。
 遺されたアイディアノートは色々なところで紹介されているが、それを見る限りは雑多なアイディアの断片を書き留めた感じで、良く話がまとまったと思わずにはいられない。芝山監督が展開について話を聞いていたそうなので、そちらも合わせてまとめられたのだろうが。



 以上、「のび太のねじ巻き都市冒険記」までの18作の感想をまとめた。
 今回、約一ヶ月間という短い期間の中で18作を立て続けに観たことで、どのように映画ドラえもんが作られていき、そしてどのように変わっていったかがよくわかったように思う。貴重な体験だった。
 願わくば、WOWOWには次は同時上映作品のHDリマスター版をやって欲しい。もちろん、A先生の作品も含めてだ。高画質でよみがえる「怪物ランドへの招待」なんて、考えただけでわくわくしてくる。
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