はなバルーンblog

藤子不二雄や、好きな漫画・アニメの話がメイン(ネタバレもあるので要注意)

藤子不二雄A先生追悼で氷見へ

2022-05-05 20:50:21 | 藤子不二雄
 5月3日、急に思いたって藤子不二雄A先生の出身地である富山県氷見市に行ってきた。

 この日に、特に氷見で何かイベントがあったわけではない。しかし、何となくいてもたってもいられない気分だったのだ。
 藤子不二雄A先生が亡くなられて、今の氷見はどうなっているのか、それを自分の目で確かめたいという気持ちが強かった。そのため氷見に行くには、ゴールデンウィークで連休になるこの時期をおいて他にないと、そう思ったのだ。

 当日、8時40分大阪発の特急サンダーバードに乗って出発し、金沢で新幹線つるぎに乗り換えて、11時41分に新高岡に着いた。大阪からでだいたい3時間で着くことになる。
 ただし、まだ新高岡であって氷見ではない。新高岡から氷見に行くために、いくつかのルートが考えられたが、今回は氷見市内まで行くバスを選択した。このバスに揺られること約1時間で、ようやく「氷見中央」バス停までたどり着いたのだった。自宅を出たのが7時40分くらいなので、結局氷見に着くまでに5時間かかったことになる。近いようで遠い地だ。

 氷見に着いたら、時間が時間なのでまずは昼食をとろうと思ったが、氷見の中心部であっても意外とやっている店はあまり多くない。
 最初は、以前に行ったことのある海鮮丼の店に行こうと思ったのだが、いざ行ってみると満員で店外にも待ちの人が多数で受付を終了しており、待つことすらできなかった。まあ、行ったのが13時少し前なので、仕方がないところか。
 その後、氷見漁港の食堂に行くも、ここも、受付終了。そうなると、もう他に思いつかなかったので、ちょっと歩いたところにある道の駅に設置されている「ひみ番屋街」まで行って、フードコートで食事を取った。

 食事をして落ち着いた後は、氷見市内の藤子不二雄A先生ゆかりの地を巡った。
 昨年氷見を訪れたときの記事にも書いたが、氷見では「藤子不二雄Aまんがワールド」として藤子A先生のキャラにまつわるスポットが多数設置されている。それを今回も回ったし、光禅寺にも行った。
 特筆すべきは氷見潮風ギャラリーで、なんと入場希望者が多数訪れているため、入場規制をしていたのだ。ここには何度か来ているが、こんなことは初めてだ。やはり、潮風ギャラリーで藤子A先生を偲びたいという人が、私の他にも多くいたのだろう。実際、県外から来ている人がどれくらいいたのかはわからないが。
 なお、私が見た限りでは、潮風ギャラリーの展示に特段の変化はなく、昨年訪れたときとほぼ同じだった。夏には富山新聞に連載されていた「記者A」と連動して藤子A先生の記者時代に関する展示が予定されているとのことなので、それに合わせてA先生が亡くなられたことについても触れられるのではないだろうか。
 なお、潮風ギャラリーでは「記者A」のスクラップブックも用意されており、全88回の連載を読むことができるようになっていた。実際には、藤子A先生とほぼ関係ない回も多いので、88回分を全て読む必要はないような気もするが、とにかく「記者A」を読みたいのであれば、氷見潮風ギャラリーに行くといいだろう。

 そうして市内の藤子A先生関連スポットを回っていると、いつの間にか夕方になっていた。
 とりあえず、氷見駅まで行ってJR氷見線に乗り高岡まで戻ったが、すでに夕方であるので特に行くような場所もない。時間に余裕があれば藤子・F・不二雄ふるさとギャラリーにでもいくところだが、あいにく閉館間近の時間だった。
 とは言え、まだホテルに行くには時間が早い。結局、バスに乗って以前にも行ったことのある高岡市内のブックオフに行ってしまった。ここでは、数冊の本を購入。それはいいが、高岡駅前まで帰るバスがなくて、30分くらい歩く羽目になった。道がわかりやすかったのはよかったが。
 高岡駅まで歩く途中には、藤子両先生が本を買っていたことで有名だった文苑堂書店高岡駅前店があった。この店は3年前にすでに閉店してしまっているが、まだ店の看板も当時のまま残っている状況で、後に入る店もないという駅前商店街の厳しい状況を垣間見てしまった。

 とにもかくにも、高岡駅前まで戻り、あいの風とやま鉄道で富山市に向かった。
 実は、今回の旅行を思い立ったのが遅かったため、氷見や高岡のホテルが全く空いておらず、富山市のホテルにせざるを得なかったのだ。富山市までは鉄道で約20分なので、そんなに遠いというわけではないが、微妙に面倒なのは言うまでもない。
 昨年は6月末に氷見・高岡を訪れたので全く問題なく宿が取れたが、今回は連休中なのを甘く見ていたようだ。

 こうして氷見での一日は終わったが、翌日は高岡市立中央図書館で『ドラえもん』の初出データを調査した。
 この図書館にあるのは、あくまで「初出誌のコピー」ではあるが、カラー掲載の作品はカラーでコピーされており、ほぼ「初出誌に準ずるもの」として調べる価値はある。なお、『てれびくん』『小学二年生』の付録掲載作品については初出の付録が入手できなかったらしく、コロコロコミック再録からのコピーで間に合わせているのはちょっと残念。やはり、付録の入手は難しいのだなあ。

 今回、氷見に行ったことで、何となく気分が少しスッキリしたような気はする。
 もちろん、藤子A先生が亡くなられたことは今でも悲しいのだが、氷見の様子を自分で見たことで、少し気分が整理できたような、そんな感じだ。
 次に氷見・高岡に行くのがいつになるかはわからないが、次は楽しいイベント絡みだったらいいなあ。久しぶりに、藤子ファン仲間と一緒での氷見・高岡旅行もしてみたい。

藤子不二雄A先生、ありがとうございました

2022-04-10 17:37:38 | 藤子不二雄
 4月7日に、藤子不二雄A先生(「A」は正しくは丸の中にAだが、機種依存文字なのでここでは「A」と表記させていただく)が亡くなられた。

 ご高齢ではあるので、いつかはこう言う日が来るとは思っていた。しかし、最近A先生のご体調が悪いという話は聞いていなかったので、その日がこんなに早く訪れるとは、全くの青天の霹靂だ。
 つい先月、お誕生日を迎えられたばかりで、数日前には富山新聞の『記者A』の連載が完結して、今後もお元気でいてくださるものとばかり思っていた。

 第一報はスマホで見たのだが、それを見た瞬間は何が何だかわからなかった。悪い冗談じゃないかと思ってしまったくらいだ。しかし、それは事実だった。
 そして、どうしようもない喪失感が私の心を覆ってしまった。私が生まれてから、ずっとA先生はお元気で活躍されてきたのだ。A先生がおられない世界というのは、想像以上に寂しいものだとわかった。
 もちろん、A先生は漫画家なので、ご本人が亡くなっても作品は残る。そして、これからも読み継がれていくのなら、A先生は永遠に生き続けるといってもいいだろう。しかし、それでもやはりA先生がもうこの世におられないというのは、どうしようもなく残念なことだ。

 思い返せば、私がはじめて藤子不二雄A先生の作品に触れたのは、いつだっただろうか。
 コンビの「藤子不二雄」としての合作を含めるならば、4歳頃に読んだてんとう虫コミックスの『オバケのQ太郎』第1巻が最初だと思う。A先生単独作としては、おそらく1980年にシンエイ動画版テレビアニメがスタートした『怪物くん』だろう。
 前年にシンエイ動画版『ドラえもん』がスタートして、いわゆる「藤子不二雄ブーム」が巻き起ころうとしていたときに『ドラえもん』に続くアニメ化作品として選ばれたのがA先生の『怪物くん』であり、私も怪物くんと多彩なモンスターたちの巻き起こす物語には夢中になった。
 そして、次に1981年にテレビアニメ化された『忍者ハットリくん』に触れることになる。

 『怪物くん』や『忍者ハットリくん』はテレビアニメ化に合わせて漫画の新作も連載されたが、どちらかというとテレビアニメ主体で動いていたように思う。
 私が本格的にA先生の作品に夢中になるのは、11歳頃の時に『まんが道』を読んでからだ。ちょうどNHKの「銀河テレビ小説」にて『まんが道』がドラマ化された頃だったと思うが、友人が秋田書店版の『まんが道』(あすなろ編)の単行本を持っており、それを見せてもらったのが私の『まんが道』との出逢いだった。
 同時期に、「藤子不二雄のコンビ解消」というファンにとっては重大な出来事があり、そこで大部分の作品は個別に描かれていたことが明かされた。私自身は、藤子作品に2種類の作風があることは何となく気がついていた程度で、コンビ解消となってようやく「この作品はA先生の担当だったのか」とはっきりわかったのだった。

 その後、中学生になって藤子不二雄ランドを集めるようになり、A作品・F作品を問わずに色々と読んでいくのだが、A作品では『まんが道』や『プロゴルファー猿』といった長編に特に引き込まれた。
 また、中学生の時はTBSの『ギミア・ぶれいく』内にてアニメ『藤子不二雄Aの笑ゥせぇるすまん』がスタートして一大ブームとなり、私もそれをきっかけに原作を読んだのだった。そして、A先生のブラックユーモア短編にも強く惹かれて、中央公論社から出た愛蔵版の『藤子不二雄Aブラックユーモア短篇集』(全3巻)は何度も何度も愛読することになった。
 他に、特に好きな作品を挙げるとするならば、『黒ベエ』『仮面太郎』『ビリ犬(『ぼくら』版)』などが思いつく。

 その後も、色々な藤子不二雄A作品に触れてきたが、あまり詳しく書いてもしつこいので、この辺にしておく。
 とにかく、A先生の作品の数々は、私の成長と共にあり、私は人生の大部分を藤子不二雄A作品と共に過ごしてきたのだ。

 私は人生の半分以上を名古屋で過ごしていたが、大人になってからはしばしば遠出で東京や高岡・氷見に遊びに行くようになり、そこで何度かA先生のお姿を拝見したり、お話しすることができたのは、非常に幸せな時間だった。
 直接お話しできたのは三度ほどで、そのうち2回はサイン会でサインをいただくときだが、あと一回は藤子ファン有志が高岡・氷見に旅行したときに、A先生と一緒に生家の光禅寺を訪れて、そこでお話しする機会があったのだ。
 この氷見旅行がいつのものだったか、当ブログの過去記事などを確認して調べたのだが、はっきりしなかった。21世紀になってからなのは、間違いないと思うのだが。一時期は毎年のように高岡や氷見で藤子ファンの集まりがあったものだった。
 なお、サイン会についてはこちらこちらで記事にしている。

 私は、物心ついたときはもう藤子ファンだったし、これからもずっとそうだろう。
 藤子不二雄A先生の作品は、一部の入手困難なものを除けば、電子書籍を含めて何らかの形で読めるようにはなっている。これからも、ずっと藤子A作品が読み継がれていって欲しい。
 もちろん、ファンとしてはいつかは完全な「藤子不二雄A全集」が刊行されることを望みたいが、まずは今あるものが読まれることが何よりだと思う。

 藤子不二雄A先生、これまで本当にありがとうございました。そして、これからも残された作品で楽しませていただきます。
 最後に、藤子不二雄A先生のご冥福を、心よりお祈りいたします。



(4/17 追記)

 本文中で、氷見でA先生と光禅寺へ行ったのがいつだったかはっきりしないと書いたが、その後ある方よりご指摘があり、2002年に「藤子不二雄Aまんが原画展」が開催されたときのことだと判明した。
 現在は公開していない過去のウェブ日記で、ちゃんとその時の興奮を書いていたのだ。せっかくなので、その部分をここに引用しておく。


(前略)
 同じく13時前にはA先生もご到着して、開会式。続いて「ひみキトキトまんが道大賞コンテスト」の表彰式を挟んで、A先生が「用心棒」を描くにあたって取材されたという黒澤雄太氏の剣技の実演があった。そして、その後は知人達と共にA先生の生家「光禅寺」にお邪魔させていただいた。光禅寺には、以前に藤子MLの高岡オフ会でも一度訪れているが、その時と大きく異なるのは、今回はA先生がいらっしゃるという点である。前回は中に上がらせていただいただけで感激だったが、今回はそれに加えてA先生と直接お話しをすることが出来たのだ。もう言葉に出来ないほどの大感激である。A先生のお話は、一つ一つがとても面白く、思わず聞き入ってしまった。ここで内容を書くわけには行かないのが残念だが、誰も知らなかったような興味深いお話をたくさんお聞きすることが出来て、気が付いたら1時間以上も経っていた。時間を忘れるとは、まさにこういう事だろう。
(後略)

『映画ドラえもん のび太の 宇宙小戦争 2021』感想

2022-03-05 10:16:22 | アニメドラ感想
 昨日、『映画ドラえもん のび太の 宇宙小戦争 2021』が公開された。
 タイトルに「2021」と付いていることからもわかるように、本来ならば昨年のこの時期に公開されているはずだった。一年の延期となったのは、ファンの立場からすると厳しい措置ではあったが、ようやく無事に公開日を迎えることができて、まずはめでたい。もし、オミクロンのせいで再延期となったらどうしようと思っていた。

 例年通りであれば、名古屋でファンが集まっての映画鑑賞会となるところだったが、まだまだコロナの流行が収まっていないため、今回も一人での鑑賞となった。ここに、感想を書いておく。
 いつも通りに、ここから先は映画の内容に触れてネタを割っている箇所があるため、未見の方はご注意いただきたい。



 さて、今回の映画がよかったか悪かったかと聞かれれば、「かなりよかった」と答えたい。
 公開前に漏れ聞こえてくる情報からは、かなりストーリーをアレンジしているであろう事が推測できて、事実その通りだったのだが、アレンジはしていても芯は外しておらず、一本の映画として納得できる作りになっていた。
 今回の映画のアレンジについて考えると、「未来の国からはるばると」でセワシが「たとえば、きみが大阪へ行くとする。いろんなのり物や道すじがある。だけど、どれを選んでも、方角さえ正しければ大阪へつけるんだ。」と言っていたのを連想する。
 まさに「いろんな道すじ」のうち、今回はオリジナルとは少し異なる物が選ばれたと言っていいだろう。

 導入からして原作とは異なっていて、最初から出木杉が映画制作に加わっており、さらにドラえもんまで手を貸すという展開になる。
 この「映画をみんなで作る」描写は、ラストシーンの出木杉の「どうやって撮ったの?」にもつながってくるわけだが、バギーにみんなが乗っての撮影シーンを入れるなど、小さくなった事によるワクワク感・楽しさをより表現していた。こんなに楽しいなら、自分も小さくなってみたいと観客に思わせることには成功していたと思う。

 本筋に入ってからも、原作とは異なる展開が目白押しだ。
 中でも、いちばん大きな相違点は「しずかを助ける時にパピが連れて行かれない」ところだろう。これによって、ドラえもんたちがピリカ星に行く目的として、スモールライトの奪還がクローズアップされることになった。
 結果として、この改変により、パピというキャラクターをより掘り下げて描くことができたのではないか。原作と旧映画では、後半は捕まっていてあまりセリフもなかったパピだが、ドラえもんたちと同行するようにしたために、のび太やスネ夫とのやりとりをはじめとして、より人間的な面が描かれていた。

 そして、今作のオリジナルキャラクターであるピイナの存在についても触れておきたい。
 パピの姉で大統領補佐官という役回りのキャラクターだったが、パピがピリカ星に戻る動機付けだった。普段は大統領として大人びた言動をするパピが、素に戻ることができる相手であり、やはりパピの人間性を掘り下げて描くために作られたキャラと言っていいだろう。
 これまで、リメイクのわさドラ映画では何人かの映画オリジナルキャラクターが登場していたが、今回のピイナは好感を持てた。ピイナの存在のみによって話が変わってしまうのなら気になっただろうが、そもそも原作からかなり改変されているので、それほど気にならないと言うこともあったのだろう。

 終盤では、スモールライトを奪還するための潜入に石ころ帽子を使う展開があったが、これでのび太のみが捕縛から逃れて単独行動を取ることになった。やはり、タイトルに「のび太の」と付いているからには、のび太の見せ場もあった方がいいという判断だったのかもしれない。
 石ころ帽子は原作にない、付け足された道具であったが、逆にチータローションは原作に登場するにもかかわらず、今回の映画では存在をカットされてしまった。チータローションのファンは大ショックだろう。カットしたことで、自由同盟のアジトへの道のりはテンポがよくなった感はあるが。
 最後にギルモア将軍を市民たちが追い詰めるという展開は、原作とも旧映画とも共通する点であり、大統領だけでなく民衆がたちあがっての平和の獲得という物語の着地点はしっかりしていた。違う道すじでもちゃんとゴールにたどり着けたというわけだ。
 パピの演説が法廷でのものから、ギルモアの戴冠式に変えられていたが、全星にテレビ中継されたことで民衆が立ち上がるきっかけとなっていたのは、なかなか上手い改変だった。

 今回の映画、もちろん原作や旧映画へのリスペクトはあるのだと思うが、特に旧映画に対しては過剰には意識しておらず、あくまで今作は今作として割り切って作られている感じだったのも、好感を持てたところだ。
 たとえば、旧作では自由同盟のアジトで挿入歌として「少年期」が流れるシーンが非常に印象的であったが、今作でも挿入歌が流れるシーンはあったものの別の場面であり、それにふさわしい演出がなされていたと思う。これはこれで、なかなか印象的なシーンとなった。
 その一方で、原作や旧映画で特に人気の高いと思われる、しずかの牛乳風呂についてはカットせずちゃんと描いているあたり、スタッフのこだわりを感じた。
 全体として、原作の精神を生かしつつ、それを再構築してあらたな「宇宙小戦争」が作られていたと思う。

 今回のゲスト声優についても触れておこう。
 パピ、ドラコルルやゲンブさん、ロコロコあたりは全く問題なく、なかなかのはまり役だった。普段から声優をメインに活動している人たちだから、当然と言えば当然か。
 ギルモア将軍役の香川照之やピイナ役の松岡茉優の演技も、なかなかよかった。ミルクボーイの二人については、さすがにちょっと苦しいところもあったように思う。ただ、聴くに堪えないほどではなかったのは救いか。

 エンディング主題歌の「Universe」は、テレビアニメ版のエンディングとしてもう一年以上も使われているのですっかりおなじみの曲だが、ようやく本来の姿で聴くことができたなという感じだ。映像面で言えばエンディング映像のほとんどは本編の抜粋なのだが、曲の最後に映画のタイトルがドンドンドンと出るところはなかなかいい感じだった。
 挿入歌の「ココロありがとう」も、なかなかいい曲。すでにCDは出ていたが、あえて聴かずに映画本編で初めて聴くようにした。どうでもいいが、心を「ココロ」とカタカナにすると、なんだか喪黒福造チックではある。

 来年の映画は…なんなんだろう。飛行船が出ているから「のび太の創世日記」ではないかという指摘も目にしたが、さすがにあれだけでは決めつけられないように思う。二年続けてリメイク物とも考えにくいし、何か全くのオリジナル企画であるような気がしてならない。
 ともかく、今作は一年間余計に待っただけの甲斐はあった。もしかしたら、原作に忠実なリメイクを望んでいた人には不評かもしれないが。私にとっては面白い、いい作品だった。

国際児童文学館で『ドラえもん』調査

2022-02-26 14:51:50 | 藤子不二雄
 昨年12月に「「ドラちゃんのおへや」今後の方針」で宣言したように、昨年末から『ドラえもん』の初出誌調査を開始している。
 とりあえず、大阪府の国際児童文学館で、調査できる範囲のものは調査してしまい、そこで調べられなかったものは他の図書館を当たるという計画を立てている。そこで、今回は国際児童文学館での調査について書いてみる。

 まず、国際児童文学館は東大阪市の大阪府立中央図書館内にある。以前は、万博記念公園内に独立して存在していたのだが、大阪府の方針の変更により中央図書館に統合された形だ。
 この図書館の最寄り駅は近鉄の荒本駅だが、梅田方面から地下鉄に乗ると一駅だけ近鉄に乗ることになって料金が割高(一気に200円上がる)なので、私のようにせこい人は一駅前の長田駅で降りて、少し歩くのがお勧めだ。長田駅からでも、15分くらい歩けば図書館に到着できる。

 国際児童文学館を利用するにあたって、漫画雑誌を閲覧したい場合は一つ注意点がある。それは、前日までに閲覧予約を申し込んでおかなければいけないと言うことだ。これを忘れて、当日に行って頼んでも出してもらえない。幸い、ウェブから簡単に閲覧予約ができるので、目当ての雑誌をきちんと申し込んでおけばいい。
 ただし、小学館の学年別学習雑誌(いわゆる「学年誌」)は分類上は「漫画雑誌」ではないので、これにはあてはまらない。学年誌はいくらでも当日に頼んで出してもらえるので、『ドラえもん』を調べるにあたってはあまり関係がない。これは、『ドラえもん』以外の藤子・F・不二雄作品にもあてはまるのは言うまでもない。
 学年誌以外の、たとえば藤子不二雄A先生の『狂人軍』をぜひ読みたいというような場合は、前もって少年チャンピオンを予約しておかなければならないわけだ。

 実際に閲覧する場合、貸出は1回に15冊までという制限がある。この冊数であれば「『小学一年生』1983年10月号から1986年8月号まで」などと大ざっぱに頼んでも、一気に出してきて順番に15冊ずつ見せてくれる。あくまで、一度に手元に置けるのが15冊なのだ。
 閲覧した雑誌は、著作権法上で認められる範囲でコピーもできる。これは一度に何冊までできるのかわからないが、一枚の複写申込用紙には6冊分しか記入欄がないので、このくらいにしておくべきだろう。どうせ、大量に頼んでもできあがるまでに時間がかかるので、その間は動きが取れなくなる。
 複写は国際児童文学館内ではなく中央図書館の2階にある複写カウンターで、できあがったものを受け取る形だ。そこで、料金も支払う。カラーは1枚80円でモノクロは1枚25円だ。
 1980年代の『小学一年生』に掲載された『ドラえもん』は、1話あたり7ページでカラー掲載が基本となっている。7ページなら見開きで4枚となるので、カラーコピーの場合は1話あたり320円となる。『ドラえもん』の初出誌は全てコピーできればいちばんいいのだが、1話320円はけっこう金銭的にきつい。だから、『ドラえもんカラー作品集』にカラーで収録されている話はとりあえず置いておいて、てんとう虫コミックスにモノクロでしか収録されていない話を優先的にコピーするようにしている。
 よって、『ドラえもんカラー作品集』収録作品については、ひたすら初出データ(サブタイトル、ページ数、色数など)をチェックしてメモしている。作品自体は加筆もない(すべて藤本先生が亡くなられたあとの収録)ので、単行本で読むのとサイズ以外は変わらないから、データをリスト化できればいいのだ。

 ともかく、このようにして年末と三日前の2回、とりあえず調査を行った。両日共に昼過ぎに図書館に到着して半日滞在したが、ようやく『小学一年生』の調査を終えて『小学二年生』に入ったところだ。この調子だと、全ての学年誌掲載の『ドラえもん』を調査し終えるまで、あと何回通う必要があるのかまだ見当もつかないが、気長に行くしかないだろう。
 私の国際児童文学館での『ドラえもん』調査は、こんな感じだ。

映画「グッバイ、ドン・グリーズ!」感想

2022-02-20 16:08:28 | マンガ・アニメ
 昨日、映画「グッバイ、ドン・グリーズ!」を観てきた。
 ここで、その感想を書きたい。例年のドラえもん映画感想と同じく、思いっきりネタを割って書くので未見の方はご注意いただきたい


 さて、「グッバイ、ドン・グリーズ!」は、テレビアニメ『宇宙よりも遠い場所』(よりもい)のスタッフが再び結集して作られた劇場アニメだ。ただし、よりもいスタッフのうちシリーズ構成・脚本を担当した花田十輝先生だけは抜けている。今回の脚本は、花田先生ではなくいしづかあつこ監督が自分で手がけているのだ。
 なぜこのような座組になったのかはわからないが、脚本を監督自らが手がけたことで、監督が伝えたいことがよりストレートに表現された作品になったのではないかと思う。

 本作の予告編を見た段階では、どんな作品になるのかあまり予想が付かなかった。おそらく、少年たちの一夏の冒険といった話になるのではないかとは思っていたが、その程度だった。
 この予想は、半分は当たっていた。実際に「少年たちの一夏の冒険」は描かれていたからだ。しかし、それだけでは話は終わらなかった。映画の後半には少年たちは日本を飛び出して、アイスランドへと行くことになる。そこで繰り広げられたもう一つの冒険は、作品前半で描かれたドローン回収の旅と比べると、非常にスケールの大きなものであった。
 二人が確かめに行った「黄金の滝」と、その傍にあるという電話ボックスで起きた出来事については、色々な解釈ができるところだ。
 本当に、ドロップがいた時に間違い電話があの電話ボックスにかかったのか。それが起きたのだとしたら、「盲亀の浮木」に匹敵するほどの信じられないほどのものすごい偶然だ。しかし、だからこそあの場面では非常に胸にくるものがあった。
 ドローンさがしの冒険だけでも話としては成り立っているのだが、それだけで終わらせなかったことで話のスケールが地球規模に広がった。その分だけ、受ける感動も大きくなったと思う。

 ここで、前半のドローンさがしの旅についても触れておこう。
 この旅は、ドローンが放火の無実の証拠を撮影しているのではないかと言うところからはじまったもので、正直言ってちょっと情けない動機ではあるなとは思った。
 しかし、この旅を通じて三人が心を通わせる様子は非常に丁寧に描かれており、特にドロップについてはほぼ全てが後半への伏線となっていたのだから、物語の組み立てが非常に周到ではあった。
 「よりもい」にも言えたことだが、本作でも挿入歌が効果的に使われており、印象に残る。特に、ドン・グリーズの三人で歌う「Twinkle Twinkle Little Star」がよかった。

 最後まで観て、この作品からは「よりもい」にも勝るとも劣らない感銘を受けた。
 とりわけ、アイスランドの雄大な自然風景と、そこで描かれた「物語の結末」は印象的だ。そこに至るまでで、あえて描かれなかったこともある。ドロップがどうやって亡くなったのか、具体的なことは何一つ描かれていないが、この作品ではそれでいいと思う。そこまで描かなくても、十分に「何が起こったか」は伝わってくるからだ。
 それにしても、最後に電話ボックスにかかってきた電話は、いったい誰からだったのか。謎を一つ残していることになるが、そこからまた想像をふくらませることもできる。いい終わり方だった。