録画ファイルの視聴環境をアップデート

 今年の5月に、ブルーレイ(BD)プレイヤー(Panasonic DMP-BDT180-K)を購入した。
 すでにBDレコーダーは所持してはいたのだが、LAN接続によるスカパー!プレミアムの録画中にはBDを再生できないという仕様が、いい加減うっとうしくなってきたのだ。なにしろ、BDの再生途中であっても録画が始まると止められてしまうのだから質が悪い。楽しんで観ている途中だと、かなりストレスがたまる。
 そんなわけで、あくまでスカパー!プレミアムの録画と関係なくBDを再生できるようにと思ってBDプレイヤーを買ったのだが、思わぬおまけがあった。BD-Rに焼いたmp4ファイルもこのDMP-BDT180-Kで再生できることがわかったのだ。
 どうして、このことに気がついたのかは、よく覚えていない。なにしろ、DMP-BDT180-Kのスペック表を見ても、対応する再生ファイル一覧の中にmp4は記載されていないのだ。多分、試しにディスクを入れてみたら再生できてしまったとか、そういったことだったのだと思う。ちなみに、mp4だけでなくtsファイルも当然のように再生できる。
 せっかくこういった機能があるのに、Panasonicがそれを全く売りにしていないのは少々不思議ではあるが、要するにこういう使い方をする人がきわめて少ないのだろう。
 さらに、このプレイヤーはBD-Rからだけではなく、USB接続したHDD内のmp4ファイルも読むことができる。これを確認できたので、それまではメディアプレイヤーにHDDをUSB接続して録画ファイルを見ていたのだが、これをBDプレイヤーで同様の使い方をするように、切り替えたのだった。

 これによって、録画ファイルの視聴がUSBとBD-Rで一本化できてかなり快適にはなったのだが、まだ一つ問題があった。
 先述したように、録画ファイルの視聴時はUSB接続したHDDからファイルを再生していたのだが、このHDDはUSBのセレクターで録画用PCと切り替えて使用していたのだ。
 しかし、いちいちセレクターで切り替えるのも面倒くさくなってきた。そこで、視野に入れたのがNASの導入だ。
 視聴再生用のHDDをNASに組み込んでしまえば、いちいちセレクターでUSB接続を切り替える必要はなくなる。問題は、DMP-BDT180-Kが対応しているかと言うことだったのだが、ネット上をいくら探しても、はっきりした答えが見つからない。
 仕方がないので、私が人柱になることにした。NASのケースを購入して、試しにつないでみることにしたのだ。

 結論を言うと、これは上手くいかなかった。
 NASの導入自体は問題なくいけたし、DMP-BDT180-Kは「お部屋ジャンプリンク」に対応しているので問題なく再生できるかと思ったのだが、特定のフォルダしか開くことができず、運用上実用的ではないのだ。
 そこで、DMP-BDT180-K購入前に使っていたメディアプレイヤーを、再び引っ張り出してきた。これは、ネットワーク対応であったはずなので、こちらで使えればそれでもいい。
 と、言うわけで、こちらは問題なくNAS上のフォルダをすべて開くことができた。やはり、このあたりはメディアプレイヤーに特化した製品の方が、しっかりしている。

 このように、この3ヶ月ほどいろいろと視聴環境の再構築をしてきたのだが、結局メディアプレイヤー+NASの組み合わせに落ち着くことになった。
 人によって、録画の視聴環境は様々だろう。家電のBDレコーダーやプレイヤーのみを使っているという人もいれば、PCやスマホがメインという人もいると思う。
 私の場合は、普通にテレビでストレスなく観られる環境がほしかったので、こういう状態になった。けっこう手間はかかったが、それだけの価値はあった。mp4やtsファイルをメインにテレビで視聴する人には、おすすめしたい。
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『ダスト18』ついに刊行

 先日、手塚治虫『ダスト18』が、立東舎から刊行された。





 と言っても、「『ダスト18』って?」と言う人も多いのではないだろうか。数多くある手塚作品の中でもマイナーな部類に入ると思う。
 しかも、これまで『ダスト18』というタイトルで単行本が出たことはない。今までに出た単行本では全て『ダスト8』となっており、タイトルだけではなく内容にも大きな違いがある。

 この作品は、元々『ダスト18』のタイトルで週刊少年サンデーに連載された。内容としては、「生命の石」を手に入れた18人の生と死のドラマを描く…はずであった。本来は。
 しかし、不人気だったのか、連載は「ダストNo.6」、つまり6人目までが描かれたところで終了してしまう。それを、「手塚治虫漫画全集」に収録するにあたって、「8人の生と死のドラマ」に改めたのが『ダスト8』というわけなのだ。
 18人の話を8人にするにあたって、当然のごとく多くの改変がなされているし、そもそも連載では6人までしか描かれていないため、「手塚治虫漫画全集」版では「ダストNo.7」が描き下ろされたほか、連載の「ダストNo.4」を二つの話に分割することによって、「ダストNo.1」~「ダストNo.8」の8つのエピソードとしている。
 そこまでしてなぜ「8」にこだわったのかは、よくわからない。連載版に近い内容で単行本化して『ダスト6』というタイトルにしてしまうという手もあっただろう。そうせずにあえて『ダスト8』にしたのは、手塚先生なりの何らかのこだわりがあったからなのだろう。

 私は、全集で『ダスト8』を読んで、元の『ダスト18』にも興味を持って、図書館で初出誌を読んだことがある。
 だから、『ダスト18』を今回初めて読むというわけではないのだが、それでも「コラージュ方式」で最大限、原稿を活かした編集方針により、綺麗な状態でこの作品を読めるのは、実にありがたい。

 『ダスト8』と『ダスト18』を読み比べると、狂言回しである二匹のキキモラの行動、特にオスの「ムー」(『ダスト8』版では名前なし)については、『ダスト18』の方が一貫性がある気がする。『ダスト8』版では、メスと「夫婦だから」という理由で何となく付いてきて何となくつかず離れずの行動をしているように見えるのだ。
 やはり、『ダスト18』→『ダスト8』に組み立て直す上で、無理が生じたのではなかろうか。
 結末に関しても、『ダスト18』版は確かに12人も石を残していて尻切れトンボなのだが、「時間を戻して何もかもなかったことにする」と言う『ダスト8』のオチも、あんまりな気もする。8人目まで石を取ったところで、他に結末の付けようはなかったのだろうか。

 とは言え、これはあくまで私の感想だ。今や、誰もが『ダスト8』と『ダスト18』を読み比べられるようになった。
 「手塚治虫の編集癖」を、非常にわかりやすい形で知ることが出来る作品なので、ぜひ多くの人に『ダスト18』を読んでいただきたい。
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『水木しげる漫画大全集』全113巻完結!!

 先月、『水木しげる漫画大全集』本巻としては最後の2冊が刊行されていたのだが、今月に入って第3期の全巻購入特典である別巻5「補遺/草案・備忘録抄」が届いた。
 これにて、本巻全103巻+補巻全5巻+別巻(非売品)全5巻の合わせて全113巻が揃ったことになる。

 思い返せば、この全集の刊行が開始されたのが2013年6月。その時のことはこのブログで書いているが、足かけ5年でようやく完結したことになる。
 「全ての水木しげる漫画作品を収録する」と言うのは、単純なことではあるが、非常に困難だったに違いない。しかも、この全集は単に全作品を収録するだけではなく、基本的に初出時の形に戻して(例外はあり)収録しているので、すべて初出の状態を確認した上で、原稿に修正が加えられたり原稿が失われている場合は部分的に復元をする必要もあり、余計に大変だったであろうことは想像に難くない。
 この「初出の状態で収録する」という方針は、藤子・F・不二雄大全集の「加筆した物を最終形として収録する」という方針とは好対照ではあるが、長編連載の比較的多い水木作品では、扉絵をその都度無理なく収録できるという点でも妥当な方針だったのではないかと思う。
 いつか、『藤子不二雄A大全集』が刊行されるとしたら、やはり水木全集と同様の方針にしていただきたいと思っている。藤子A先生も長編の連載が何作かあるので、この方針がはまるのではないだろうか。

 水木全集の方針として、もう一つカラーは全て再現するというものもあった。
 これについては、初出時のカラーだけではなく、後年に何らかの理由で着色されたものについてもカラーで収録されていたので、ちょっとひっかかる部分はあった。水木作品には、この「後から着色された」というのが意外と多いというのが分かったのは、面白いことだったが。
 さらに、『ゲゲゲの鬼太郎』の「死人列車」など、初出と単行本で大きな変化がある作品については、2バージョン両方が収録されているという場合もあり、単に初出状態で収録するだけではないこだわりを感じさせられた。

 また、この全集が完結したと言うことは、いわば『ゲゲゲの鬼太郎』のほぼ完全な単行本が初めて完結したと言うことでもある。
 「週刊少年マガジン」掲載の『墓場の鬼太郎』時代から、最終18巻巻末に収録された「ねずみ猫の巻」まで、鬼太郎作品が全て収録された様子は、壮観だ。なお、以前にこのエントリで、最後に水木先生が描かれた鬼太郎作品は、全集の別巻1「未発表作品/未完成作品・未定稿集」に収録された「墓場の鬼太郎 妖怪小学校」であると書いたが、どうやら発表時期的には「ねずみ猫の巻」の方が少し遅いようだ。恥ずかしながら、この作品の存在は全集収録まで知らなかった。ここに、訂正します。

 他に、この全集の特徴として、豪華な非売品の「別巻」についても触れておきたい。
 各期の全巻購入および1・2期と2・3期の連動購入特典として配布された物であるが、全集本巻と同じ体裁で一緒に並べられるようになっている。内容的にも別巻1が「未発表作品/未完成作品」、2が「初期妖怪画報集」、3が「挿画集成」、4が「デビュー前作品大成」、そして最後の5が「補遺/草案・備忘録抄」と、全集本巻を補完するような内容であり、この全集に欠かすことの出来ないものとなっている。
 この中でも、別巻4「デビュー前作品大成」が別巻の中では最も分厚いというのも面白い。それだけ、デビュー前の絵などが大量に残っていると言うことなのだから、ある意味では奇跡的なことでもあるだろう。これを、まとめて読むことが出来るのは非常にありがたいことだ。

 と、だらだらと書いてきたが、この『水木しげる漫画大全集』がすばらしい全集であるのは、今さらくどくどと述べるまでもないだろう。今後出るであろういろいろな漫画全集のお手本にして欲しいくらいだ。
 とは言え、これだけの全集を作るには、しっかりした知識と情熱を持ったスタッフの存在と、最後まできちんと刊行できる覚悟を持った出版社がなくては無理かと思う。この全集は、それらの条件が奇跡的に合致して生まれた物なのかもしれない。
 この全集に関しては、版元の講談社の覚悟も相当なものだっただろう。なにしろ、鬼太郎の父親(目玉になる前)のかかった病気の名前など、いまでは「差別的」だとしてこれまではことごとく変更されてきたセリフが、ほぼ初出時の内容に戻っているのだ。これは、出版社にも覚悟がなければ無理であっただろう。

 最後に、全巻揃えて記念写真を…と思ったが、全巻を並べるのは大変なので、特典の別巻全5巻で記念撮影。これが、全巻購入の証にもなるものだ。




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五種類の「幽霊電車」

 先週の『ゲゲゲの鬼太郎』は、「幽霊電車」のエピソードが放送された。

 「幽霊電車」と言えば、『鬼太郎』がアニメ化されるたびに放映されている超定番のエピソード。今回の鬼太郎は第6作なので、すでに「幽霊電車」は5回もアニメ化されていることになる(第2作は第1作の続編なので、「幽霊電車」は制作されず)。
 そこで、今回は全シリーズの「幽霊電車」を観返して、感想を書いてみることにした。これによって、各シリーズの特徴などが分かるかもしれない。



・第1作 第7話「ゆうれい電車」(脚本/鈴樹三千夫、演出/村山鎭雄、作画監督/羽根章悦)

 記念すべき初アニメ化。はじめてなので、特にアレンジはなく原作通り…かと思いきや、いきなりAパート丸々をアニメオリジナルの「妖怪ショー」の描写にあてるという大胆な構成。その妖怪ショーで妖怪がバカにされた後に、Bパートのゆうれい電車で仕返しをするという流れだ。
 第4作の後期エンディング「イヤンなっちゃう節」の歌詞に「遊園地でバイトする妖怪に愛をちょうだい」という下りがあるが、まさにそのような内容が第1作で既に描かれているのだから、ある意味ではすごい先見性だと言えるだろう。
 そんなわけで、原作パートはBパートのみであるため、肝心のゆうれい電車についてはテンポ良く話が進む。特筆すべきは、「骨壺」の駅員で、原作では正体不明の不気味な老婆(?)だが、ここでは砂かけ婆がその役を務めているのだ。ただし、砂かけ婆のキャラデザインは、おなじみの物とは大きく異なるが。
 オチは、原作通りに鬼太郎と同じコブを作って終わり。この回は、最後まで目玉親父が登場しないのも特徴の一つと言えよう。



・第3作 第6話「地獄行! 幽霊電車!!」(脚本/星山博之、演出/石田昌久、作画監督/柳瀬譲二)

 鬼太郎に懲らしめられた「先輩」の回想からスタートする点が特徴的だが、この構成が「回想から始めると、結局助かるのが分かってしまう」と水木しげる先生にダメ出しされたのは、一部では有名。
 今度はAパートから幽霊電車が走り始めており、じっくりとその怖さが描かれている。オチも基本的には原作と同じコブを作って終わりだが、二人が目的地の奥多摩霊園駅にいつの間にかたどり着いている点が、原作と異なる。
 この回も、目玉親父はラストに少し登場するのみ。話の構成的に、途中ではなかなか登場させにくいのだろう。



・第4作 第53話「霊園行・幽霊電車!」(脚本/大橋志吉、演出/宇田鋼之介、作画監督/直井正博)

 かなり原作に忠実に作られた「幽霊電車」の三作目。スタンダードな原作通りの「幽霊電車」としては、今のところ最終作となっている。
 演出は、同じく「人間懲らしめ」系のエピソードである第35話「鬼太郎の地獄流し」も担当した宇田鋼之介氏。暗い画面作りで、じっくりと妖怪の「怖さ」を描くことに成功している。第64話からデジタル制作に移行した本作だが、本話はその移行直前に作られたため、当時のデジタル制作作品に特有の、独特な発色がなかったのは良かった。もしそうなっていたら、雰囲気がぶちこわしになっていたかもしれない。
 個人的には、一番出来のいい「幽霊電車」だと思う。



・第5作 第9話「ゆうれい電車 あの世行き」(脚本/長谷川圭一、演出/角銅博之、作画監督/薮本陽輔)

 はじめて、オチに変えてきたエピソード。しかも、原作には登場しているねずみ男の出番がないなど、かなりひねりを加えている。
 妖怪をバカにする二人組のうち、初めてその一人が生きた人間ではなくなっているというショッキングな結末であったため、よく知っている「幽霊電車」とは異なるオチに初回放送時には観ていてかなり驚いた。
 この回より、「妖怪をバカにする人間をこらしめる」と言う原作のテーマが、本筋から離れてきたように思う。幽霊電車による恐怖は添え物になってきた感があるとは、言い過ぎだろうか。
 なお、この回のみ「骨壺」の読みが「ほねつぼ」ではなく「こつつぼ」になっていた。その意図は不明。



・第6作 第7話「第七話 幽霊電車」(脚本/吉野弘幸、演出/地岡公俊、作画監督/浅沼昭弘)

 そして現行シリーズだが、今回は第5作の展開にさらにひねりを加えたと言える。何と、幽霊電車に乗る二人が二人とも、生きた人間ではないのだ。
 ここまで来ると、本来の原作のテーマよりは、いかに原作読者や過去作の視聴者を引っかけるかが主眼に置かれているように感じてしまう。それでも、「因果応報」をテーマとしていることで、ギリギリ「幽霊電車」らしさは残しているか。
 「自分が幽霊だと気がつかない幽霊」とは意外な結末であるが、この「社長」が何人もの社員を死に追いやっているあたり、今までで一番罪深い幽霊電車の乗客であったと言えるだろう。ここまでやってしまうと、もし次のシリーズがあった場合、はたしてどんな「幽霊電車」になるのか、実に気になる。



 以上、全5作の感想を簡単に書いてみた。
 なお、「幽霊電車」関連のエピソードとしては、ここで取り上げた以外に、第4作の時期に公開された3D映画「鬼太郎の幽霊電車」(ストーリーはオリジナル)や、『墓場鬼太郎』の第7話「人狼と幽霊列車」などがある。これらも、「幽霊電車」を追っていく上では押さえておきたいエピソードだ。

 今回は、「幽霊電車」を取り上げたが、『ゲゲゲの鬼太郎』で「定番」のエピソードは「幽霊電車」だけではない。
 他にも、たとえば「妖怪大裁判」や「牛鬼」など、アニメ化の度に登場しているエピソードは数多い。それらが、はたして第6作ではどのような形で描かれるのか、今後の『ゲゲゲの鬼太郎』にも、大いに注目していきたい。
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『ゲゲゲの鬼太郎』第6作スタート!!

 本日より、フジテレビほか(地域によっては放送時間が異なる)で、『ゲゲゲの鬼太郎』の第6作が放映開始された。
 第5作の放映終了が2009年3月なので、実に9年ぶりのアニメ鬼太郎新シリーズだ。

 私は関西テレビで観たが、この局においては第3作終了以来、約30年ぶりの同時ネット放送となる鬼太郎である点は、特筆すべきだろう。関西テレビでは、第4作も第5作も遅れ放送だったのだ。と言っても、私自身が関西に引っ越したのは2年前なので、直接的には関係はないのだが。
 フジテレビ系の日曜9時台はそもそもローカルセールス枠であり、それ故に同時ネットする局は少なかったのだが、この10年間で同時ネット局がかなり増えた印象だ。

 とりあえず、第1話を観ていろいろと取り上げたいところはあるが、放送フォーマットがテレビアニメでは一般的な形式であるOP→Aパート→Bパート→ED→予告という形式に戻った点には触れておくべきだろう。第5作では、アバンタイトル→OP→本編→予告(前半)→ED→予告(後半)という特殊な形式だったが、やはりこれは慣れていなかったので、妙に据わりが悪い印象だった。
 また、OPが2コーラスとなったのも第4作までと同様であり、元の形式に戻ったといえるだろう。フルコーラスで言うところの1番と3番を流すのも、これまで通りだ。やはり、鬼太郎というとこの形式が一番しっくりくる感じだ。
 OPアニメについても、鬼太郎の誕生が描かれていたり、いきなり妖怪チンポが結構大きく登場したり(チンポは見えません)と、見所満載。また、過去作をどこか意識した画面になっている点も、以前からのファンとしては嬉しいところだ。

 そして、アニメ本編だが、人々が吸血木にされている様子をスマホで撮影する人たちがいるのは、現代ならではといえるだろう。そんな現代を描いていても、幾多郎への連絡手段が妖怪ポストなのは変わらず、不思議な安心感がある。
 記念すべき第1話の敵妖怪は、のびあがり。鬼太郎が吸血木にされて、その実より復活する流れもこれまでどおり。ここは、もうちょっと間の時間を長くして絶望感を出しても良かった気もする。

 今回、いわゆる「鬼太郎ファミリー」の妖怪たちは登場せず、出てきたのは鬼太郎と目玉親父のみ。予告を観ると、第2話には勢揃いするようだ。
 野沢雅子さん演じる目玉親父の声が一体どんな感じになるのか、大変気になっていたが、実際に聞いてみるとどう聞いても野沢さんの声でありながら、ちゃんと目玉親父として聞こえるようになっている。さすがは、野沢さんと言うほかはない。
 鬼太郎の声についてはシリーズによって変わるのが恒例なので、今回はこうなんだなという印象だ。前シリーズの鬼太郎は「やあ、人間の皆さん」と語りかけてくるフレンドリーな感じだったが、今回はどこか突き放したような雰囲気があり、その違いを見るのも面白い。

 今シリーズではアニメオリジナルの人間キャラ・犬山まなが登場したが、この子はなかなか可愛くていい。キャラのタッチが水木調ではないが、実際の水木しげる漫画作品でも、アシスタントが描いたと思しき女性キャラはいるので、まあ許容範囲内だろう。
 この子が、鬼太郎を呼び捨てにするのは、人間のレギュラーキャラとしては初めてのことで、なかなか新鮮だ。もっとも、これは第1話だからであり、次回以降もしかしたら「鬼太郎さん」呼びになるのかもしれないが。個人的には、このまま呼び捨てで行って欲しい。

 最後は、鬼太郎が矢らしき物で撃たれて終了。毎回、こういう風に次回への引きがある形式なんだろうか。鬼太郎としては珍しい試みだ。
 EDはタイアップ曲だと思うが、雰囲気とアニメーションは悪くない。前番組と同じなら1クールごとにEDは変わるだろうから、あまり愛着を持てないのは残念なところだ。

 といった感じでダラダラと書いてきたが、盛りだくさんの一話で、今後に期待が持てる出来だったと思う。
 今後、どのような敵妖怪が出るのか、定番の話(地獄流し、ゆうれい電車、牛鬼、妖怪大裁判など)はやるのか、原作にない妖怪は出るのか(水木妖怪図鑑等からの出演)など、気になるところはいろいろとある。最低でも1年はやるだろうから、また当分アニメ版『ゲゲゲの鬼太郎』を毎週楽しめるのは嬉しいところだ。
 このブログもおそらく毎週感想を書いたりはしないだろうが、節目節目で取り上げていきたいと思っている。と、言うわけで今後ともよろしくお願いします。

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