「チャージマン研!」#25-28 感想

 ここ数日、引き続きAkinatorで何度も遊んでいた。
 意地になって何度もプレイして、『チャージマン研!』の登場人物情報を送った甲斐があって(?)、ボルガ博士は画像付きで出るようになったし、「謎の美少年」の星くんも登録された。

 こうなったら、もっとたくさんのキャラを登録したい。
 まずはバリカンを入れたいが、この場合スペルはBariquandでいいのだろうか。ジュラル星人も外せないが、これこそスペルがわからない。いっその事、ローマ字読みで入れてしまうか。



・第25話「雄一少年を救え!」

 わざわざ放火魔の少年をそそのかして家を焼くジュラル星人と、あらかじめ家に防火処理をした上で雄一少年になりすます研、どっちもどっちの回りくどさだ。
 ジュラル星人には「自分で焼けよ」と言いたくなるし、研がわざわざ放火のフリまでするのもよくわからない。ジュラル星人の油断を誘うつもりだったのかも知れないが、あんな事をしなくても十分ジュラルを虐殺できたと思う。

 最後、研は勝手に雄一少年を無罪放免していたが、少なくと家三軒を確実に焼いているのに、それでいいのか。これが、主人公特権の超法規的措置か。



・第26話「記憶を無くした少女」

 またしても、ジュラル星人の化けた少女が登場。これで、何度目だ。
 今回のジュラルは、わざわざ当たり屋行為までして泉家に潜入するのだから、大した物だ。ジュラル星人は脆いから下手をしたら車にはねられて本当に死んだかも知れないのに。

 少女は泉家で手当を受けたようだが、パパの医者設定が全然活かされていないのが笑える。ここでパパに白衣を着せておけば、医者らしく見えたのに。
 しかし、今回ある意味パパは一番目立っていた。何と言っても最後の「ジュラル星人だったのか。そうとわかっていればあの時…」が素晴らしすぎる。「轢き殺しておくのだった」と続けるつもりだったのだろうか。

 そう言えば、第1話以来、久々に「宇宙ステーション」が登場したが、やはりただの遊園地にしか見えない。
 あのジュラル、研を観覧車から突き落として殺すつもりだったようだが、研は落下途中で重力に逆らって、いつものポーズで変装できるのだから、これは無駄な作戦だった。



・第27話「燃える毒きのこの家」

 サブタイトルだけで笑ってしまう一編。
 きのこ中毒になった研の同級生たちは目がうつろで、かなり危ない表現だ。麻薬中毒ネタをきのこに置き換えたのだろうが、子供たちが地面に生えるきのこをむさぼり食う場面は実にシュールで、本作スタッフ独特のセンスにあふれている。

 ところで、サブタイトルの「毒きのこの家」は、研のアルファガン一発で溶けてしまい、全然「燃える」様子はなかったが、いつもの事だから気にするまでもないか。



・第28話「宇宙ロケットZ9号」

 中盤まで研が登場しない構成が、ちょっと新鮮だった。
 普通の30分アニメなら最初の3分で主人公が出てこないなんてよくある事だが、何しろ本作は本編の尺が5分20秒しかないから、2分を過ぎても研が出てこないと不安にさせられる。

 今回、研の登場が非常に唐突だったが、それまでは一体どこで何をしていたのだろう。
 博士が100億円を奪った事は知っていたから、どこかで現場を見ていたのだろうか。と、なると、博士の罪を暴く為に殺人現場を見過ごした事になる。
 結果的には設計図を狙っていたのがジュラル星人とわかったからよかったが、単なる産業スパイの可能性もあったと思うのだが。やはり、研の行動には、常人には理解しがたい部分がある。
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「チャージマン研!」#21-24 感想

 最近話題のAkinatorが、なかなか面白い。
 日本のアニメキャラもかなり入っているが、研やキャロンまでしっかりいるのだから、大したものだ。







 意図的に目当てのキャラを出そうとする場合、その難易度は様々だが、研を出すのにはかなり苦労した。10回ほどやり直したり、延長したりとさんざんやって、ようやく出てきた。
 キャロンは案外簡単で、3回ほどのplayであっさりと出た。20の質問があるとは言え、キャラを特定できそうに無い物も多い。そんな中、「金髪」「少女」「兄弟がいる」などの条件でちゃんとキャロンが出てくるのだから、大したものだ。
 この勢いでボルガ博士が出てきたら凄いのだが、さすがに登録した人はいないかな。自分でやってみるか。



・第21話「キャロンへの贈り物」

 21話目にして、研のパパの職業がようやく判明した。

 しかし、いきなり「おいおい、私は医者だよ」と言われても、これまでそれが分かる描写は全くなく、あまりに唐突だ。きっと、他にも作中で特に触れられなかった裏設定が色々とあるのだろう。
 特に、キャロンの設定がどうなっているのかは気になる。フルネームが「泉 キャロン」で、一家で一人だけ金髪。養子なのではないかと想像してしまうが、作中ではキャロンの生い立ちには全く触れられていない。


 それにしても、今回もまた回りくどい作戦だ。わざわざあの人形で全員をおびき出してから焼き殺さなくても、家に放火した方が早いだろうに。
 第2話の感想でも書いたが、誰もが正体を知っていて、敵に自宅まで知られている変身ヒーロー(本作の場合は「変装ヒーロー」か?)は珍しいが、敵側がその利点を全く活かせていないのもすごい。

 今回、キャロンの横に心霊写真のような不気味な影が映っているシーンがあり、人形と絡めた伏線かと思っていたら、全くフォロー無し。アニメーターが何かに取り憑かれて描いたのだろうか。



・第22話「時限爆弾電送テレビ」

 ジュラル製ロボット第3弾登場。当然、いつもの大仏声。どうやら、モンスター役はこの人の専任だったようだ。例によって迫力が全然無いが、今回はロボットのデザインも微妙なので、このヘッポコ声でちょうど合っている。

 本話は何度観ても電送の仕組みがよく分からない。サブタイトルによるとテレビが電送装置になっているようだが、本編中で研はロボットを分解して「ロボットに電送装置をカセットして」と言っている(「セット」ではなく「カセット」…?)。
 映像を見ると、テレビをいじりつつロボットの中の装置も操作しているので、両方が連動しているのかも知れないが、ジュラル基地のテレビならともかく、送り出された側のテレビも電送装置に関係していると言うのはどんな仕組みなのかよくわからない。
 結局、「考え出したら負け」なのだろう。度々出てくるいい加減な未来世界の設定を見ても、きちっとSF設定考証を行って作ったアニメとは思えないし。

 とりあえず、本話では、ジュラル基地の爆破をテレビで見物している研たちの姿が笑える。基地に乗り込む前は決死の覚悟だったのに、実にあっさり生還しているところが、この作品らしい。
 あと、研のアップで顔がもろにタツノコチックになった場面が一カ所あって、注目してしまった。原作・キャラデザの田中英二氏自身が原画を担当していたのだろうか。そうでないにしても、タツノコ下請けの長いタマプロダクションが作画を担当しているだけに、タツノコっぽい顔があっても不思議はない。



・第23話「恐怖!精神病院」

 いわゆる「差別的表現」の観点からは、間違いなく一番の問題エピソード。
 さすがのAT-Xも、これを放送するのは難しいのではないかと心配していたのだが、特に「おことわり」等もなく、またセリフ・場面カットも全くない完全な状態で放送された。これがANIMAXやファミリー劇場だったら、話ごと飛ばされてもおかしくなかっただろう。さすがはワンランク上のアニメチャンネルだ。

 本話を観ると、1970年代に、いわゆる「精神病患者」がどのような偏見を持って見られていたのかよくわかり、その点で時代を証言する貴重なエピソードだろう。なにしろ、医者であるはずの研のパパですら、精神病院を「こんなところ」などと言っているのだから。
 そう言えば、テレビアニメ版『デビルマン』第26話「白銀の妖獣ララ」でも、最後にララが精神病院に入れられるオチが付いていたが、1998年頃に東海テレビで行われた再放送では、この部分が丸々カットされていた。この時点で地上波では「精神病院」ネタはアウトだったのだろう。

 しかし、精神病院の院長がヨーロッパの半分を吹き飛ばすミサイルを秘かに作っているなんて、あまりに話がぶっ飛びすぎていて、呆気にとられてしまう。これでは、ジュラル星人よりも物騒だ。
 実は精神病院の院長自身が狂っていたとは、オチのつもりだとしても酷すぎる。計画が研に知られただけで自殺してしまうあたり、たしかに精神的に不安定なところは見受けられるが。



・第24話「ロボットクラブへの 招待状」

 バリカンの元へと現れた、美少女ロボット。もうあからさまに怪しすぎて、突っ込む気にもならない。
 しかし、やはり少しは突っ込んでおこう。とりあえず、研たちは深追いせずに「ロボットクラブ」が墓場にあるとわかった時点で怪しむべきだ。

 そして、地下の墓から唐突に現れる老人(?)の群。墓場だから死者のつもりなのかも知れないが、単なる身なりの貧しい老人にしか見えない。
 中でも、特に垂れパイの婆さんは恐ろしい。実際にあんな人に乳むき出しで抱きつかれたら、精神的にはかなりの打撃だろう。抱きつくだけなので、物理攻撃としては意味がないが。

 今回、ジュラル星人も研も、そしてスタッフも忘れていたであろう「光がないと変装できない」設定が出てきたのはちょっと驚いた。別にあの場面が無くても話は成立したと思うが。脚本家がふと思い出してこの設定を入れたのだろうか。
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第7回藤子ファン関西懇親会に参加

 正月と夏の年2回恒例行事となった藤子ファン関西懇親会が、1月10日に開催された。

 既に、それから一週間も経ってしまっている。本当はもっと早くブログに書きたかったのだが、名古屋に帰ってきてから風邪を引いてしまい、特に週の後半は仕事に出るのもままならず、家で寝ていた。
 ここまで本格的に体調を崩したのは久しぶりで、かなりつらかった。この冬の寒さを甘く見ていたのがよくなかったようだ。先週まで、暖房器具はコタツしか使っていなかったくらいだからなあ。今週になって、ヒーターを押し入れから引っ張り出した。
 それはともかく、今日には体調がいくぶんましになってきたので、ようやくこのエントリを書く事が出来た。



 関西懇親会も通算で7回目となったが、これまで私は夏の方にしか参加しておらず、新年開催の方は今回が初参加だった。
 と言っても、やっている事は基本的に夏と変わらない。まんだらけうめだ店に集合→向かいの喫茶店へ移動→夕方からメインの飲み屋と言う流れは、いつもと全く同じだ。だから、新年だからと言って特別な事もなく、いつも通りに楽しむ事が出来た。


 参加メンバーも7割方はほぼ固定されているが、毎回初参加の方も何人か来られている。
 それは今回も同様で、初参加の方が二人いらっしゃった。そのうちの一人はPさんと言う女性だったが、この方がA先生の描かれた『プリンス・デモキン』を持ってこられて、皆で読ませていただいた。なかなか読む事のできない作品だけに、大いに盛り上がった。

 『プリンス・デモキン』は学研の「トップラーン」に付録として別冊小冊子の形で連載された作品で、全96話・8年間もの長きに渡って描かれていたが、単行本は2巻で中断しており、また発表形式が雑誌付録だったせいもあって図書館にも未所蔵で、今となっては単行本未収録エピソードを読むのは難しい。
 私自身は、未収録分どころか単行本も持っていないので、『プリンス・デモキン』自体ほとんど読んだ事がなかった。今回は、主に連載後期のエピソードを中心に読んだが、他の藤子A作品の主人公をモチーフとしたゲストキャラが各回に登場してデモキンと対決しており、ある意味で藤子A作品の集大成とも言える豪華さがあって、その点には非常に心惹かれた。
 そのゲストキャラの一部を紹介すると、たとえば「モグロくん」と言うキャラが登場して、デモキンと念力対決を繰り広げている。名前だけでもう説明の必要は無いかも知れないが、『笑ゥせぇるすまん』でお馴染み、喪黒福造が子供になったキャラクターだ。まん丸ほっぺになっているので、弟の喪黒福次郎も混ざっているのかもしれない。

 「モグロくん」は名前からしてそのまんまだが、他にも薔薇模様の服を着た魔太郎もどきや、猿もどきのゴルファーなど、A作品のファンなら思わずニヤリとするようなキャラクターが目白押しで、「今度の話はどんなキャラが出るのだろう」と、その場にあった全ての『デモキン』を読みふけってしまった。
 単行本になっている初期のエピソードでは、まだこのようなゲストキャラは出ておらず、連載が長期化してからお遊びを入れるようになったらしい。NUの作品紹介などを読んで、『デモキン』はありきたりな藤子A児童漫画だと思っていたが、こんな作品なら「トップラーン」を購読して読んでおくのだった。

 今回『デモキン』を持ってこられたPさんには、感謝感激だ。それに、『デモキン』をこれだけまとめて持っている人がいるというだけでも驚かされた。このような思わぬ出会いがあるのだから、人生は面白い。



 『デモキン』の話が長くなってしまったが、それ以外にも藤子の話題を中心として、色々な話で盛り上がる事が出来た。

 たとえば、会の主催者・Nさんは、あの『パンダラブー』の作者・松本正彦氏が描いたもう一つのひばり書房ギャグ漫画『かあちゃんキック』を持って来られた。
 『かあちゃんキック』は、中身を見れば一目瞭然なほどに露骨な『ダメおやじ』のパクリ漫画なのだが、『パンダラブー』にも通じる投げやりすぎる独特な絵と話の展開には何とも言えない味があり、ネタ漫画としては大いに楽しませていただいた。
 ただ、強烈な個性の主人公を生み出した『パンダラブー』と比べると、『かあちゃんキック』は『ダメおやじ』の劣化コピー(+松本流味付け)に留まっており、インパクトでは『パンダラブー』には及ばない感じだ。

 それでも、『パンダラブー』が局地的に人気を得た影響なのか、『かあちゃんキック』も古書価は上がっており、今回の懇親会の集合場所だったまんだらけうめだ店では、税込み4,200円で売っていた。1,000円くらいならともかく、さすがにこの値段では買う気にならない。どこかで安く売っていれば欲しいものだ。『パンダラブー』同様に青林工藝社が復刻してくれないものだろうか。


 また、何人かの方は藤子作品の掲載された雑誌の切り抜きやコピーなど貴重な品を持って来られて、それらをきっかけにしても色々と話がはずんだ。特に、雑誌には漫画本編のみならず予告や煽り、広告記事など見どころが多く、眺めているだけで楽しい。
 私自身は、完全に参加させていただいただけなので、皆さんが色々と用意しているのを見て、申し訳ない気分になってしまった。非常に「濃い」メンバーが集まる会なだけに、何か持って行くにしてもネタの選定が難しいが、次の機会には何か話のタネになるようなものを用意しなければ、と変な方向(?)でやる気が出てきた。



 次にこのメンバーが集まるのは、3月の映画『新 のび太の宇宙開拓史』鑑賞&感想(反省?)会@名古屋になる見通しだ。
 今回と違って、愛知県在住組が関西メンバーを迎える立場になるわけで、私も出来るだけの協力はしたい。昨年秋以来となる名古屋での集まりがどうなるか、楽しみだ。
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「チャージマン研!」#17-20 感想

 本年最初の『チャージマン研!』感想。と言っても、AT-Xで放送されたのは昨年だが。

 そう言えば、年末年始を過ごしていてふと気が付いたが、この作品にはお正月やクリスマスと言った定番の季節ネタは使われていない。帯番組で放映期間が4月~6月の1クールのみだったためなのだろう。
 それに、舞台が未来世界という設定なので、あえて現代社会の年中行事や季節ネタは避けたのかも知れないが、ベタなネタが本作のスタッフでどう料理されるのか、観たかった気もする。

 まあ、クリスマスネタをやってもサンタがジュラル星人でプレゼントに爆弾が仕込んであるとか、正月の獅子舞がジュラル星人で大仏と同じ声をあげて研を襲ってくるとか、容易に想像は出来るのだが。



・第17話「研の秘密を探れ!」

 ジュラル製ロボット第2弾が登場。
 ロボットの声が「闇夜に消えた大仏」の大仏と同じ人で、全然迫力がない。少ない人数でやりくりしていたのだろうが、もうちょっとマシな人はいなかったのだろうか。
 また、吉坂博士が拷問で苦しんでいる時の声も、大仏&ロボットと同じに聞こえる。二役だったのだろうか。

 それにしても、今回はやけに戦闘のテンポが悪い。
 一つの動作が描かれるたびに、研やロボットの静止画像が挿入されるので、全く緊張感がない。特に、研がアルファガンを落とした場面はかなりのピンチのはずなのに、ロボットがもたもたして攻撃する気すら見せないので、全く盛り上がらず実に情けなく見えてしまう。
 いつものスピーディーすぎる戦闘を見慣れたせいかもしれないが、せっかくスタッフが無理して(?)長い戦闘シーンを描いたのにグダグダなのはもったいない。とは言え、ロボットがあのデザインと声では、まともに戦っても強敵には見えなかっただろうが。



・第18話「囚人島大脱走」

 研の住む未来世界の設定が、また一つ明らかになった。
 この世界では、学校だけでなく刑務所まで集中化されているとは。学校と違って物騒極まりないが、囚人を一箇所に集めている割には、脱走したのがたった百人とは少ない。ジュラル星人の話に乗らなかった囚人の方が多かったのか。

 そして、町へ出て「暴虐の限り」を尽くす囚人たち。
 一般人が謎の光線銃で次々と消されていく様は、なかなか衝撃的で、本作としてはかなりの残酷シーンだ。なにしろ、普通の人間が普段のジュラル星人なみに殺されているのだから。
 そこへ研がやってくるわけだが、この時点で残り1分。尺がないのにどうするつもりかと思っていたら、研とジュラルが決闘を開始。展開の唐突さには慣れたつもりだったが、これにはさすがにあっけにとられた。
 そして、ジュラルがニヤリと笑った後に倒れて、決闘は研の勝利に終わった。このシーンを観て、藤子・F・不二雄先生が『のび太の宇宙開拓史』を作り上げた…のだったらイヤだなあ。さすがにそれは無いか。

 囚人をほったらかしにしたまま、ジュラルを倒しただけで去っていく研の無責任さもすごい。尺がないからと言って、これだけの大事件に何のフォローもないとは。



・第19話「銀行ギャング キャロンが危い!」

 「いくら悪い奴でも、人間相手にアルファガンは撃てないよ」と、研の倫理観が伺える話。
 どうやら、アルファガンは人間にとっても有害らしい。『新造人間キャシャーン』のMF銃のようにジュラル星人だけに効くのかと思っていたが、違うようだ。
 しかし、人命は尊重してもジュラル相手には全く容赦がない。今まで、無抵抗のやつも結構いた気がするのだが、研の思考回路はよく分からない。

 そして、本話はジュラル星人の瞬殺っぷりも素晴らしい。
 正体を現した次の瞬間にアルファガンの餌食になるとは、最初からジュラルの姿で襲ってきた奴を除けば、最短のやられ時間ではないだろうか。
 研、銀行ギャング、ジュラルと三つの勢力を出して、いつになく捻った話だったが、おそらく後半になって尺が無くなったのだろう。ジュラル星人は序盤で様子を見たりと慎重だっただけに、あまりの素早いやられっぷりを見ると可哀想になってしまう。そもそも、流れだけ見たらジュラル星人がキャロンを助けたようなものなのだし、今回の研はジュラルに感謝すべきだったと思う。



・第20話「ガールフレンドが 出来た」

 これで、本作も20話目。ここまで来ると、多くの人は話のパターンがつかめてきた事だろう。
 今回の場合は、その「パターン」(「お約束」と言ってもいいか)が「ガールフレンド=ジュラル星人」であるのは言うまでもない。

 しかし、ジュラル星人がバリカンの音楽で正体を現すと言う展開は読めなかった。
 このジュラル星人、正体を現したら男声になったが、はたして雄なのか雌なのかが気になる。以前に登場したX-6号は最後まで女声のままだったが。
 そもそも、ジュラル星人に雌雄の区別があるかどうかも怪しい。ジュラルの魔王が他の全てのジュラル星人を生み出したのかもしれない。まるでピッコロ大魔王だが。

 本話では、ガールフレンドが出来て喜ぶ研が実に無邪気で、こんな子供らしい一面もあるのだなと和ませられるが、その反面、女の子がジュラル星人の正体を現したとたんに瞬殺しており、その後もショックを受けた様子もなく、このドライさはやはりただ者ではない。
 もしかしたら、人間に化けて研を狙うジュラル星人があまりにも多いせいで、研は人間関係に関する感覚が麻痺しているのかもしれない。そうだとしたら、かわいそうな事だ。
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年末年始のアニメ

 今日で正月休みも終わり。明日からは、とうとう仕事か。
 今年は、土・日曜日の間に年末年始がスッポリと入ったため普段より休みが長かったので、余計に仕事をする気が起きない。困ったものだ。


 さて、年末にも書いたが、年末年始は特番の関係でアニメの放送休止が多かった。もちろん、アニメに限らず多くのテレビ番組が休みになっていたのだが、個人的に一番影響があったのはアニメ番組だ。
 今日も、HDDレコーダーの毎週予約をそのままにしておいたので、いつも通りレコーダーが『ゲゲゲの鬼太郎』の録画を行ってしまったが、キー局のフジテレビが8時~9時55分の枠で「地上最大のテレビ動物園」の再放送を流していたので、当然東海テレビでも『鬼太郎』はお休み。代わりに、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の再放送が録画されていた。フジテレビ系列の本日8・9時台は丸々ローカル編成だったようだ。

 三が日ならともかく、4日なら『鬼太郎』の放送があってもおかしくないが、わざわざ特番の再放送を入れてまで休みにしたのは、2年目を予定通り100話で終わらせる為なのだろう。そうなると、3月までにもう1回休みがないといけないが、どうなる事か。
 どうでもいいが、『こち亀』再放送を観たら、もう最後のOPになっていた。レギュラー再放送枠「特選アニメ劇場」での放送も残りわずかだろう。次は何が来るのだろうか。昔に遡って『キテレツ大百科』だったりして。


 また、今年は地上波では正月特番としてのアニメ番組は、NHKを除くとほとんどなかった。
 東海地区では、せいぜいテレビ愛知で「冬のおたのしみ劇場」があったのと、三重テレビで1月2日に『未来少年コナン 特別編 巨大機ギガントの復活!』が放映されたくらいだ。




三重テレビお手製フリップと本編タイトル



 『未来少年コナン』の劇場版は2作あるが、いずれもテレビ版の再編集に過ぎない。特に、1作目は2時間の尺にテレビ版全26話をむりやり詰め込んだせいで単なるダイジェスト版になっており、非常に無理のある作品だった。
 なにしろ、コナン役の小原乃梨子さんですら、著書『テレビ・アニメ最前線』で「(前略)さすがに複雑な気持になってしまった。二時間という上映時間の制約の中では、仕方がないのかも知れないが、ハイハーバーがない、インダストリアが沈まない、ラオ博士も死なない、オーロもテラもいない……。」と残念がっていたくらいだから、未見の方でも酷さがある程度想像できるのではないだろうか。

 今回、三重テレビで放映された『巨大機ギガントの復活』は、2作目にあたる。
 テレビ版最後の3話を50分にまとめた内容なので、1作目ほどの無理はないが、それでも今回久しぶりに観たら物足りなさを感じた。ラオ博士の死でいきなり「終」となり、話が一番重い部分で終わってしまうので後味がよくない。ダイス&モンスリーの結婚式も、残され島への帰還もないのだから寂しすぎる。

 それでも、劇場版2作はDVD化されていないので、それなりに貴重な放送ではあった。あらためて観てみると、DVD化されなくても仕方がない内容だと思わされるが。
 『未来少年コナン』は全26話できれいに完成された作品なので、未見の方にはテレビシリーズをお勧めしたい。



 話を年末年始の編成に戻すと、今日はテレビ愛知の『しゅごキャラ!! どきっ』も休みだったが、三重テレビは1月1日も休まなかったので、東海地区では第64話以降、テレビ愛知より三重テレビの方が先行する事になる。
 CSも含めると、三重テレビ(木曜、テレ東から5日遅れ)→AT-X(金曜、同6日遅れ)→テレビ愛知(日曜、同8日遅れ)の順番になるので、今後は三重テレビをメイン録画にするべきだろうか。三重テレビはスポンサーが少なく、番組関連CMの一部が捕獲できない問題があるので、ちょっと悩んでしまう。
 テレビ愛知が今日休まず、テレ東からの遅れを一日に縮めてくれれば一番よかったのだが、昨年もあえて年末に一回休んでいるし、何かの都合で8日遅れにせざるを得ないらしい。

 逆に、『絶対可憐チルドレン』は年末年始も休み無く、今日も総集編ながらきちんと放映された。
 しかし、こちらはタイミング悪く、番組後半に津波情報がデカデカと入ってしまい、放送があった事が裏目に出た感じだ。




さすがにこれはひどい



 二~三行程度のテロップならともかく、ここまで大きく画面を覆っていると、さすがに邪魔だ。
 これは、AT-Xで録り直すしかない。今日の放送からBパート・ED・予告をAT-X版に差し替えて、本放送っぽい形に編集した上で残しておくとしよう。こういう事があるから、バックアップ用としてAT-Xは必要だ。


 他に、正月三が日中には『マリア様がみてる』第3期OVA全5話を観た。
 今月から始まる第4期シリーズの予習及び、これまでの復習のつもりだったが、各話50分ほどの尺があるので、一クールのテレビアニメを丸々観たのに近いボリュームだった。
 そのせいもあって、第4期の第1話は「第1話」という気がしない。ストーリー上でも、第3期で学園祭の話まで描かれなかったので、第4期はそのまま第3期からの続きだと感じてしまう。

 それにしても、このシリーズは第1期・第3期・第4期のタイトルが『マリア様がみてる』で、第2期のみ『マリア様がみてる 春』なので、ちょっと紛らわしい。第3期以降もタイトルで区別できるようにするか、逆に第2期もタイトルを変えない方がよかったのではないか。



 今日は、ここまで。まだ正月休み中であり、あまりキッチリとした文を書く気にならないので、思いつくままにグダグダと書いてみた。あんまり、いつもと変わらない気もするが。
 東海地区では明日から深夜アニメの放送が通常通りに戻り、『みなみけ おかえり』を皮切りとして新番組も始まっていく。だから、『マリみて』OVAを一気に観たような時間の余裕はなくなるだろう。その点で、正月休みはありがたかった。

 次回更新から、当ブログも通常モードに戻します。最初は『チャージマン研!』の感想かな。
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新年に『ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』二度目の鑑賞

 新年、あけましておめでとうございます。
 今年も当ブログ&「はなバルーン倶楽部」を、よろしくお願いします。



 さて、昨日から関西の実家に帰省中。
 都合よく近所のシネコンで『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』を上映していたので、関西エリアバージョンを観てきた。
 話の筋は全て分かった上での二度目の鑑賞なので、一度目とはまた違った見方で楽しめた。前回の感想で書き漏らした点も含めて、感想を思いつくままに書いてみる。



・「ゲゲゲまつりだ!! 五代鬼太郎」を改めて観てみると、各期鬼太郎の描き分けが面白い。特に、三期鬼太郎はやたらと元気で動きが目立っている。
 逆に、一期・二期鬼太郎はちょっとおとなし過ぎる感じがした。もうちょっと少年らしいやんちゃさがあってもよかったのでは。四期鬼太郎はやはり「君の後ろに黒い影」のセリフがあるのがおいしい。
 結局、実現できた事自体が奇跡のような映像なので、二度目もやはり興奮して観てしまいました。『ドラえもん』で同じように初代・富田耕生から現在の水田わさびまで勢揃いしたらすごいだろうけど、無理か。もし実現したらこちらにも野沢さんが出られるのだけどなあ。


・先生の正体を知った上で序盤のねずみ男との追いかけっこを観たら、「急いで化けたり、場所を動いたりと、大蛇女も忙しかったんだなあ」と、ちょっと同情してしまった。
 真面目な話、大蛇女は本作で一番可哀想なキャラだったのではないか。ヤトノカミによって生み出され、太古の昔から人間社会に紛れ込んで、結局最後はヤトノカミ復活の捨て石にされてしまった。完全にヤトノカミだけのために動いた一生だったわけで、安らぎもなく報われていない。
 彼女が妖怪横町で華に「ずっとここで暮らしていたい」と言ったのは、単に作戦だけでなく本心も混じっていたのではないだろうか。


・鬼太郎が触ってしまったらしい、華の「変なところ」がどこなのか気になったので今回は画面を注意して観たのだが、鬼太郎の手の位置は結構低い。もし、華が立っていたとしたら鬼太郎が触ったのは下半身だろう。下半身で「変なところ」となるとかなり絞られるが…まあ、これくらいにしておくか。
 もし、華が座っていたとしたら、姿勢によって違ってくるから、どこを触ったのかの特定は難しそうだ。


・妖怪たちがヤトノカミの妖力で酔っぱらっての百鬼夜行は、第4作の初代EDアニメを彷彿とさせるイメージ。また、人間界と妖怪世界の境界が曖昧になり始める場面は、ブリガドーンのエピソード(『ゲゲゲの鬼太郎』の「朧車」や『墓場鬼太郎』の「ボクは新入生」)を想起させられる。
 冒頭の鬼太郎登場シーンでの銀行強盗が出てくるのは、ちょっと「地獄流し」っぽいし、過去作品を意識的に取り入れたのだろうか。


・妖怪たちの百鬼夜行では毛目玉とバリバリが喧嘩(?)していたが、中の人(田中真弓)つながり?


・初見時の感想では、「横町レギュラー以外の四十七士では、夜道怪しかセリフがない」などと書いてしまったが、これは間違いでした。アカマタもしっかり喋っていた。
 また、改めて観てみると、今回は呼子の見せ場が結構多い。ビルのガラスを全部割ったり、鬼太郎に四十七士パワーを送ったりと、大活躍だ。テレビでも主役回があったし、間違いなく今期はアニメ鬼太郎史上もっとも呼子にスポットが当たっているシリーズだろう。
 第2作は敵妖怪で富田耕生声のおっさんだったし、第3作はEDの絵がやけに怖い割には本編での活躍は少なく、第4作に至っては妖怪アパートのその他大勢でしかなかったからなあ。本当に出世したものだ。


・関西地区バージョンのねこ娘は、京都太秦映画村で忍者コスプレを披露。中部地区版のチア姿もよかったが、こちらもなかなかいい。まあ、中部地区版はドアラに目がいってしまったせいで、ねこ娘はあまりちゃんと見られなかったのだけど。



 と、思いつくままに列挙してみた。
 展開を知った上で観ると、特に京夜と先生の役者っぷりは別の意味で楽しめる。それに、ねずみ男もなかなかの役者だ。鬼太郎側・ヤトノカミ側および、両陣営を行ったり来たりするねずみ男、それぞれによる「騙し」合戦が、この作品の醍醐味の一つだろう。

 さて、中部・関西エリアは観たが、他の地区はどうしよう。
 比較的手軽に行ける地区は、関東くらいしか残っていない。昨年末の上京時に観ておく手もあったのだが、結局時間がなかった。あと一地区くらいは観ておきたいものだが、時間・予算と相談してみるか。
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