うちの母がテレビで北朝鮮による拉致の番組を見ていた時です。こんなことを言い出しました。
「朝鮮人は怖いわ、やっぱり」
幸い私しか近くにいなかったので
「かあちゃん(我が家では母をこう呼びます)、北朝鮮の体制は怖いかも知れないけど、朝鮮の人が怖いわけじゃないからね、子供の前でそんなこと絶対言わないでくれよ」
母は当然戦争を知る世代ですが、母自体は空爆も遠い彼方の田舎住まいだったため、さほどの影響は受けませんでした。(父は志願し特効の寸前で助かったようですけど)ただあの時代ですから当然貧しい生活は余儀なくされたようです。
そんな母の住んでいた田舎にも、朝鮮から強制的に日本へつれてこられた方はいらしたようで、戦後リヤカーを引きながら歩いていたのを母は良く目にしたそうです。
「その朝鮮人が、なんかわめきながら大げんかすんだよ、それが怖くて怖くて」
その印象が、母の朝鮮の人たちに対する印象の全てになっていたようで、廻りの大人達も「怖いから近づくな!」と言っていたそうです。
「かあちゃんね、あの人達は日本の勝手で連れてこられたんだよ、朝鮮語がキツク聞こえるのもわからなくはないけど、全く見知らぬ土地で言葉も通じず国にも帰れない、そうさせたのは日本なんだから、かあちゃんがそう思っちゃっているのは変えようが無くても、少なくとも子供達にそんな偏見は植え付けないでよ」
母はショボンとしておりました。
以前に、記事の中でふれたこともあったかと思いますが、日本人は差別が存在しないと思いこんでいる、いや思おうとしているだけで、現実は根深い偏見が今も存在しているのだと思います。
ふと、思いだした歌を
♪私の好きな みつるさんが おじいさんから お店をもらい
二人でいっしょに 暮らすんだと 嬉しそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの お店をゆずらないと 言われたの
私は彼の 幸せのため 身を引こうと 思っています
二人はいっしょに なれないのなら 死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても くやんではいない 別れても
だけどお父さん お母さん 私は二度と 恋はしない
に生まれた そのことの どこが悪いの どこがちがうの
暗い手紙に なりました
だけど私は 書きたかった だけど私は 書きたかった♪
岡林信康の「手紙」という歌です。
同和問題や差別問題を熱く語るつもりはありません。
ただ、ふつうの考えを持った、差別など考えもしない私たちでも、ふとなにげに差別をしてしまっている、そんな時があるかも知れません。母のなにげない一言に、そんなことを感じてしまいました。
さて、本日の1枚は、話の流れからいってもこの人を取り上げるしかないでしょうか、黒人解放運動にも深く関わりをもったチャールス・ミンガスの問題作です。
彼の音楽には常に怒りがあります。黒人蔑視の恨み、不条理な社会への反抗、ベースがそれを主張しています。メンバーも徹底したディスカッションからミンガスの意図を理解して、一丸となったプレーをくりひろげる、ミンガス・ワークショップを世に知らしめた一枚です。
PITHECANTHROPUS ERECTUS
1956年1月30日録音
CHARLIE MINGUS(b) JACKIE McLEAN(as) J.R.MONTEROSE(ts) MAL WALDRON(p) WILLIE JONES(ds)
1.PITHECANTHROPUS ERECTUS
2.A FOGGY DAY
3.PROFILE OF JACKIE
4.LOVE CHANT
♪私の好きな みつるさんが・・・
思わぬところで、
「手紙」を見つけました。
学生時代
社会学の先生が
よくこの歌をうたっていたのを思い出しました。
追伸・今は認知症になっている母親も僕の小さい頃、差別的なことをよく言ってましたね。差別はしなかったですが。そのような心情がありました。青年期になり、差別意識がオカシイと母親に言えなかった僕も母親と同じだったのだと思います。時代は変化していきます。
「手紙」も「チューリップのアップリケ」も、昔よく歌いました。2曲とも放送禁止歌でしたが岡林の歌の中でも、私はこの2曲がとても好き(?)でした。
メッセージ性のあるフォークソングは、いまも心に残るものが多いのではないでしょうか。
つまらないブログですが、よろしければまた遊びにいらして下さい。
酒を飲みながら真剣な討論を交わす、青春時代というのは、かくも熱いものだったのですね。差別についてもずいぶん討論したりもしました。その時出た話で、「差別は人間の心に必ず宿るもので、常に自己批判を繰り返さないかぎり無差別を維持できない」なんていう結論を出したこともありました。
ともあれ、若い人たちが差別を感じない時代を築いて行かなければいけないと思います。