A Challenge To Fate

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【地下音楽への招待】不可知の記憶との共生~高橋幾郎『あの世のできごと』『しりえないものとずっと』

2020年04月24日 02時44分00秒 | 素晴らしき変態音楽


80年代前半に明大前モダーンミュージックで青いインデックスに『青蝕器』と書かれた1本のカセットテープを買った。普段カセットは買わない自分がなぜこのカセットを購入したのかというと、『Fool's Mate』か『Marquee Moon』の情報欄に簡単な記事が載っていて、「セイショクキ」=生殖器だと思って頭にこびり付いていたからである。聴いてみたらピアニカを多用したホームレコーディングで、正直言ってあまりピンと来なかったが、なぜか捨てずにとっておいた。

90年代にアルケミーやPSFの地下音楽に興味を持ち、定期的に購読していた『G-Modern』の記事かインタビューで高橋幾郎の名前を知った。不失者、光束夜、ハイライズ、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ、LSD March、渚にてなど数多くの日本地下音楽の重要バンドのメンバーとして活動してきたドラマーとしてだった。おそらく記事の中で高橋が生まれ故郷の北海道で青蝕器のメンバーとして活動していたことを知ったはずだ。しかしピアニカのチープな音と不失者やハイライズの重い音が同じ人間によるものと信じることはできなかった。しかし、そんなしりえなかった事実を実感したのは、2004年にアメリカでリリースされたホワイトヴァイナルLPだった。

●Ikuro Takahashi ‎『Anoyonodekigoto』 
Siwa ‎– SIWA #10 (2004)


2002年にレコーディングされた、高橋と舞踏家の室野井洋子によるユニット「あの世のできごと」の音源。虫や鳥が鳴くような電子ノイズが延々と続くミニマル/アンビエント音響に、青蝕器のチープながらも実験精神に満ちた音楽の名残を感じた。しかしながら、A面2曲,B面1曲、曲中のサウンドの変化はほとんど皆無で、当時電子音楽やノイズにハマってした筆者にとっても、このアルバムはあまりに禁欲的で単調過ぎて、一度ターンテーブルに乗せたきりだったが、やはり捨てずにとっておいた。

●Ikuro Takahashi 『しりえないものとずっと』
An'archives ‎– [An'16] (2019)


昨年フランスのレーベルAn'archivesからリリースされたLPレコード。これもまた室野井洋子とのコラボ音源を集めたアルバムだが、前作との大きな違いは、室野井が2017年7月に肺がんで急逝したことである。私生活でもパートナーだった室野井を失った高橋の失意は大きかったに違いない。An'archivesのオーナーのCedricによると、高橋に室野井の「回顧作品」のリリースを提案したところ、高橋の手元に室野井との記録音源が残っていなかったため、Cedricが持っている高橋のCDR15枚の中から選曲したのが本作だという。つまりこのアルバムは、高橋本人にもレーベル側にも、単に優れた音楽作品という以上の意味があるわけである。

小杉武久の演奏を思わせる自作のオシレーター(発振器)や、シンバル、金属板、オルゴール、メトロノームを使った物音ミニマル音響は、バラエティがあるせいで、全く単調さを感じさせない。さらにドラム・ソロの音源は、数多くのバンドやミュージシャンとコラボしてきた”ドラマー”高橋幾郎の集大成プレイと言えるだろう。ドスの効いた深みのあるドラムの音の奥に漲る地下音楽の豊潤な恵みを感じてほしい。An'archivesの特徴である手工芸品さながらの美麗ジャケットと封入物(ポストカード、ライナーノーツ、クレジットシート)に作り手の愛情があふれている。

高橋幾郎 - Handmade Oscillators


もう高橋と室野井の「あの世のできごと」を体験することはできない。しかしこのレコード作品を手にして時折ターンテーブルに乗せることで、ふたりの心と体の繋がりのスピリットを世界に解き放つことが出来る。レコード盤は単なる音の記録ではなく、"しりえない(unknowable=不可知)”記憶と共生していくための指南書でもあるのだから。

音楽は
記憶の奥を
照らし出す


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