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科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

上野公園見聞6 不忍池から高層ビルを眺めて

2006年02月26日 10時51分46秒 | Journal
 カメラを右方向に振ると、奇妙な高層マンション2棟が池の向こうに聳(そび)え立っている。
 多分、RC造の物件だろうが、細くていかにも危なっかしい感じもある。あるHPによれば、「平安朝の頃まで、今の公園は東京湾に突き出た岬であって、忍ばずの池はその海の名残りであり、最高地点の摺り鉢山は前方後円墳であるなど旧石器時代以来の遺跡があります」とあるから、少なくとも地盤的にこの上野一帯は地震には強そうだ。さて、あの高層マンションの辺りは、海が周囲に広がっていた平安朝の昔、どうだったのか?

COMMENT:地震と寛永寺五重塔。以前、NHKの人気番組「プロジェクトX 挑戦者たち 霞が関ビル 超高層への果てなき闘い~地震列島 日本の革命技術~」(2006/1/11) で、こんな紹介があった。
 ――地上36階、高さ147メートル。昭和43年に完成した「霞が関ビル」は、日本初の超高層ビルである。それまでは、関東大震災に作られた建築基準法により、ビルの高さは31メートルに制限されていた。地震と台風の国・日本では、高いビルの建設は不可能とされていた。建設のリーダーは、鹿島建設の二階盛。二階は、「自分は定年間近。若い世代に技術を継承させたい。」メンバーは35歳以下に絞った。地震に強い柔構造ビルのヒントは、関東大震災でもビクともしなかった寛永寺の五重塔にあった。一本の柱で支えられている五重塔は揺れに強い。147メートルに達する柱をいかにまっすぐに立てるか。これが霞が関ビル建設の鍵だった。しかし、肝心の鉄骨は、建設中に、すぐに微妙に曲がってしまった。計り直して修正しても、翌日にはまた曲がった。一体なぜなのか?その原因が全く分からず、担当の角田勝馬は、焦りを募らす。早く解決しなければ、台風シーズンを迎え、工期に間に合わない。二階と若手技術者は、この危機をどう乗り越え、完成に導いていったのか…。――NHKの番組ディレクターは、地震との相関が強い上野の地盤に触れるほどの見識を持っていたかな?
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