「学校ビオトープと里山」
2000年頃から、千葉県内でも多数の学校ビオトープが作られた。しかし、それを継続していくことは難しく、2年かけて作ったものが、3年目に壊されることもある。
しかし、その2年間に参加者が気づいたもの、得たものは、消えはしない。 必ず何かの形でその人の心に残るはずだ。 それだけでも価値のある活動だとは思えないだろうか。
また、身近に自然がない都市部においては、学校ビオトープは貴重な自然体験の場となる。 うまく活用すれば、親子の自然体験の場のみならず、多世代交流の場、地域の子どもたちの健全育成の場となる。継続することで「地域の宝もの」となる。 子どもの成長に必要な自然体験が必要な自然体験となるのだ。
日本には「里山」という世界に誇れるビオトープがある。 なぜ、誇れるかというと、人が自然とかかわることにより培われ、守られてきたからだ。このような例は、世界的にも非常にまれだ。
日本人の自然とのかかわりは、実に深い。様々な日本独特の感性があってのことだろう。 自然崇拝や自然への畏敬の念と共に、自然を深く理解し、再生可能な貴重な資源として、採取や伐採も自ら制限し、自然を守って来たのだ。
その「里山」が、高度経済成長期からどんどん破壊され、団地やゴルフ場、道路など人間のための施設が建設されて行った。 同時に「里山」と人間とのかかわりもどんどん薄れて行った。 農業、林業も、そうだ。
我々は自然に生かされていると感じている人は、今何パーセントいるだろうか。
自然がなくては、人間は生きてはいけない。そんな当たり前のことさえ、我々は忘れてしまったのだろうか。
我々ができるのは、残されている、いや、たまたま残った自然、「里山」を守ること。 そして、失われた自然環境を復元していくことだ。
そこには、ビオトープ的な考え方が必要だ。
団地の中にある公園や学校をビオトープにすることは、それと残されたビオトープをつなぐことの一歩となる。 そして、生きものが移動できるビオコリドーを整備することだ。 それには、自然環境に対する確かな知識も必要である。
まず地域の自然環境の調査をし、ビオトープを指標として地域の自然環境を再評価し、ビオトープマップを作る。 その上で、必要があれば、新たに作るビオトープを計画する。 そのモデルとなるのは、日本の里山、里海だ。
学校ビオトープは、「里山」や「里海」をモデルとして作るのがよいだろう。 学校ビオトープと残された自然をつなげることで、地域全体の自然環境を復元していくことができる。 そして、学校ビオトープと里山を人が行き来することにより、自然環境への理解が深まり、その大切さや有難さに気づくことになる。 その両方をつなげる活動は、都市部の環境教育のモデルとなる大切な活動だ。と同時に、地域の自然環境の復元につながる活動だ。
学校ビオトープと里山をつなげることで、都市部の人が、自然体験を目的として里山に行く。 そして、時には地元の経験者の指導を仰ぎながら、里山整備を行う。それが、「里山」を守り、育むことになる。 我々現代人の大切なテーマの一つだ。
2012年4月後半から始めた大野台の里山整備。 高さ4mものシノダケを刈り、道をつけたり、広場を作ったり、まるで苦行のような作業。 里山の整備など全くやったことのない親子も一緒に汗を流している。
たいへんな作業だが、自然は我々に、ご褒美をくれた。 整備された道や広場には、キンランやシュンラン、チゴユリなどが花を咲かせてくれた。整備され、林床に光が届いたからだろう。 来年の春には、斜面にキンランが群生しているかもしれない。
「里山」という自然の潜在能力の高さに、驚きと感動の日々が続く。 これは、2012.05.18にブログにUP したものだ。
今年2017年4月には整備を始めて5年年になる。
2020年まで、未整備部分の作業を進め、そのあとは、整備のできた範囲を維持していくことを中心に進めて行きたいと考えている。
これからも、整備を進め、安全に里山体験ができる場の提供をしていきたい。
2000年頃から、千葉県内でも多数の学校ビオトープが作られた。しかし、それを継続していくことは難しく、2年かけて作ったものが、3年目に壊されることもある。
しかし、その2年間に参加者が気づいたもの、得たものは、消えはしない。 必ず何かの形でその人の心に残るはずだ。 それだけでも価値のある活動だとは思えないだろうか。
また、身近に自然がない都市部においては、学校ビオトープは貴重な自然体験の場となる。 うまく活用すれば、親子の自然体験の場のみならず、多世代交流の場、地域の子どもたちの健全育成の場となる。継続することで「地域の宝もの」となる。 子どもの成長に必要な自然体験が必要な自然体験となるのだ。
日本には「里山」という世界に誇れるビオトープがある。 なぜ、誇れるかというと、人が自然とかかわることにより培われ、守られてきたからだ。このような例は、世界的にも非常にまれだ。
日本人の自然とのかかわりは、実に深い。様々な日本独特の感性があってのことだろう。 自然崇拝や自然への畏敬の念と共に、自然を深く理解し、再生可能な貴重な資源として、採取や伐採も自ら制限し、自然を守って来たのだ。
その「里山」が、高度経済成長期からどんどん破壊され、団地やゴルフ場、道路など人間のための施設が建設されて行った。 同時に「里山」と人間とのかかわりもどんどん薄れて行った。 農業、林業も、そうだ。
我々は自然に生かされていると感じている人は、今何パーセントいるだろうか。
自然がなくては、人間は生きてはいけない。そんな当たり前のことさえ、我々は忘れてしまったのだろうか。
我々ができるのは、残されている、いや、たまたま残った自然、「里山」を守ること。 そして、失われた自然環境を復元していくことだ。
そこには、ビオトープ的な考え方が必要だ。
団地の中にある公園や学校をビオトープにすることは、それと残されたビオトープをつなぐことの一歩となる。 そして、生きものが移動できるビオコリドーを整備することだ。 それには、自然環境に対する確かな知識も必要である。
まず地域の自然環境の調査をし、ビオトープを指標として地域の自然環境を再評価し、ビオトープマップを作る。 その上で、必要があれば、新たに作るビオトープを計画する。 そのモデルとなるのは、日本の里山、里海だ。
学校ビオトープは、「里山」や「里海」をモデルとして作るのがよいだろう。 学校ビオトープと残された自然をつなげることで、地域全体の自然環境を復元していくことができる。 そして、学校ビオトープと里山を人が行き来することにより、自然環境への理解が深まり、その大切さや有難さに気づくことになる。 その両方をつなげる活動は、都市部の環境教育のモデルとなる大切な活動だ。と同時に、地域の自然環境の復元につながる活動だ。
学校ビオトープと里山をつなげることで、都市部の人が、自然体験を目的として里山に行く。 そして、時には地元の経験者の指導を仰ぎながら、里山整備を行う。それが、「里山」を守り、育むことになる。 我々現代人の大切なテーマの一つだ。
2012年4月後半から始めた大野台の里山整備。 高さ4mものシノダケを刈り、道をつけたり、広場を作ったり、まるで苦行のような作業。 里山の整備など全くやったことのない親子も一緒に汗を流している。
たいへんな作業だが、自然は我々に、ご褒美をくれた。 整備された道や広場には、キンランやシュンラン、チゴユリなどが花を咲かせてくれた。整備され、林床に光が届いたからだろう。 来年の春には、斜面にキンランが群生しているかもしれない。
「里山」という自然の潜在能力の高さに、驚きと感動の日々が続く。 これは、2012.05.18にブログにUP したものだ。
今年2017年4月には整備を始めて5年年になる。
2020年まで、未整備部分の作業を進め、そのあとは、整備のできた範囲を維持していくことを中心に進めて行きたいと考えている。
これからも、整備を進め、安全に里山体験ができる場の提供をしていきたい。