在りし日のララの遺影
あとちょっとで5月5日を迎えようとしていた。
その時、愛犬の「ララ」がふらりと立ち上がって、ヨロヨロしながら廊下に出て行った。
『ララ、どこへ行くの』
と娘が声をかけた。
『きっと、洗面所だよ、暗い所に行きたいんじゃない。』
と妻。
我が家で初めて飼うことになった犬は、ころころと太って、とても愛くるしい柴犬の子犬であった。
昭和55年10月のことで、「ララ」と名付けられた。
息子が8歳、娘が6歳の時であった。
そして、爾来13年8ヶ月、もう少しで14歳になろうとしていた。
しかし、この所、急激に老衰が進み、目も耳も足も不自由になり、排泄に行く以外は居間でじっと横たわって寝ていることが多くなっていた。
そして、日付が変わった午前零時半過ぎ、小生が歯磨きをしようと洗面所に行くと、そこにララが横たわっていた。
『虫の知らせ』と言うのだろうか、その姿に異常を感じて、「ララ」と声をかけるが反応を示さない。
「ララの様子がおかしいよ」と言いながら、ララを両手に抱えあげて居間に運ぶ。明るい所で見るとララは、ほとんど呼吸をしていなくて、すでに「虫の息」の状態であった。
腕の中で生命の灯火が次第次第に消えていくのが、はっきりとわかった。瞬間、『あっ!ララが死ぬ」と思った。
家族みんなが、周りを取り囲んで、口々に
『ララ、死んじゃ、ダメ!!』
『死なないで!!』
と大声で叫び、懸命にララの体をさすった。
妻がやおら小生の手からララを抱き取って、ギュッと抱きしめた。
『ララ・・・・・・・・・・・・・・。』
やがて四股がかすかに痙攣したかと思うと、ララはそのまま妻の腕の中で動かなくなった。それは、少しも苦痛を感じさせない、穏やかな死であった。
平成6年5月5日午前零時50分であった。
皆が同じように声を上げて泣き、皆が同じ哀切の涙を流した。
そして、しばし悲しみの時間だけが流れた。
『ララったら、自分が死ぬ姿を皆に見られたくなかったから、それでさっき出て行ったのかしら。よく言うじゃない、犬は自分の死ぬ姿を見られたくないって。』
ポツンと妻が呟いた。
『でも、家族みんなで看取って上げられて良かったんじゃない。』
と息子。
『余り苦しまずに、眠るように逝ってくれたのが、せめてもの救いじゃない。』
と小生。
『この子ったら、死ぬ時まで家族に迷惑をかけないようにと気を使って・・・・・・・・。』
後は言葉にならない妻。
この一文を認めながらも、あの時の光景を思い浮かべると、涙が滲んでくる。
今日、5月5日は、愛犬『ララ」の命日である。
そして、今年は13回忌である。
ララ、今日もあの日と同じように家族全員が揃っているよ。
そして、ララ、おかあさんは今年『還暦』なんだよ。それでね、今日は皆でお祝いをすることにしてるんだ。
おにいちゃんも、おねえちゃんも結婚して、それぞれ新しい家族がいるんだ。
ララ、おとうさん、おかあさん3人の孫に恵まれて今じゃ『じいじ・ばあば』だよ。
と言うわけで、みんな元気で幸せでいるから安心してね。
ララ、お前は我が家に『癒し』と『潤い』と『優しさ』をもたらしてくれた、とても大切な存在だったね。一緒に過ごした13年8ヶ月は、今、楽しい、懐かしい記憶として家族みんなの心の中にしっかりと刻まれているよ。
ララ、たくさんの思い出をありがとう。
合掌