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「セックスワーク論」と「従軍慰安婦」問題

2018-06-12 | 『増鏡』を読み直す。(2018)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 6月12日(火)11時21分22秒

『中世の<遊女>─生業と身分』から前回投稿で引用した部分の続きを見ると、

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②セックスワーク論
 セックスワーク論は、こうした通説的な買売春論に対する批判として、セックスワーカー自身によって提起されたものである。その要点は、売春がセックスワーカーによって自発的かつ合理的に選択された労働(ワーク)であるとみなす点にあり、売春を特殊視することなく、他の労働と同じく「非犯罪化」することで、セックスワーカーたちは自らの労働環境や労働条件に関して主体的な働きかけを行なうことができると主張する。通説的な買売春批判の言説に見られるように、セックスワーカーを「犠牲者」「被害者」としてのみ扱い、売春の禁止や合法化・厳罰化を行なうことは、そこからはみ出るセックスワーカーたちを非合法な地位に追いやり、彼らの主張する権利を奪い、暴力と搾取にますますさらされやすくするという。
【中略】
 思想的には、主体の複数性を尊重するポストモダンフェミニズムの立場から、売春婦を無視・犠牲者視してきた近代的フェミニズムのあり方を批判したものと位置づけられる。
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ということで(p38)、あまり長く引用するのも悪いですから、この後の議論は、例えばウィキペディアの英語版などを参考にしてもらえばと思います。

https://en.wikipedia.org/wiki/Sex_worker

さて、問題は歴史学にとってのセックスワーク論の意義ですね。
辻氏は次のように整理されます。(p40以下)

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 歴史学における買売春史研究では、例えば曽根ひろみが比較的早期にセックスワーク論の提起を受け止め、「自由意思に基づく売春」を含めて売春社会の構造的把握を目指した。また藤目ゆきは、「公娼廃止・自由廃業が売淫の廃止や娼婦の真の救いになったかどうか」という視点から、「醜業婦」観に代表される廃娼運動の抑圧的性格を指摘し、これに対する当事者からの抵抗として、戦間期に娼妓・芸妓・女給などが労働条件改善を要求して起こした争議や、売春防止法に反対する赤線従業員組合の運動なども取り上げている。最近では特に遊女や売春婦の主体的行動が問題とされることが多く、セックスワーク論の影響を受けたものも散見される。近世史・近代史においては近年、都市社会構造論の文脈で、遊女屋のネットワークや関連業種の従属などを問題とする「遊郭社会論」が盛んに論じられているが、横山百合子はそれらの研究では遊女が商品として客体化され事実上意志を持たぬ存在と位置付けられているとして、ジェンダー視点の欠如を指摘した。横山は明治五年の芸娼妓解放令に関して、よりよい生存と「解放」を求める遊女の「意志と行動」が地域や国家政策に影響を与えていく様子を描いた。平井和子は、占領軍「慰安所」やパンパンの実態を解明する中でセックスワーク論に触れ、女性団体と売春女性間の分断が売春婦差別を支え、また当事者の必要と乖離した婦人保護政策を生み出してきたことを指摘している。山家悠平は、大正末から昭和初期にかけて遊郭の中の女性たち自身が遊郭内での生活改善を求めて行った告発や集団逃走、ストライキなどを分析し、それらの行動が当時の労働運動とつながっていることを示した。当事者側の視点から買売春史を捉える姿勢が定着しつつあるといえよう。
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これらの具体例を眺めていると、やはりいわゆる「従軍慰安婦」はセックスワーク論の観点からはどのように分析されるのだろうか、ということが気になってきます。
例えば2015年5月25日に出された「「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」などを見ると、特に、

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 第二に、「慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。さらに、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配・差別構造との連関も指摘されている。たとえ性売買の契約があったとしても、その背後には不平等で不公正な構造が存在したのであり、かかる政治的・社会的背景を捨象することは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。

http://www.torekiken.org/trk/blog/oshirase/20150525.html

といった部分は旧来型フェミニズムの影響が強いような感じがします。
「従軍慰安婦」は国内において非常にセンシティブな政治問題であるだけでなく、深刻な国際的対立の火種になっているので、歴史研究者もうっかり口を挟んだらそれこそ研究者仲間から「村八分」にされかねませんから、セックスワーク論者もそれほど積極的に「従軍慰安婦」を論じてはいないのかもしれませんが、学問的には微妙な問題が多そうですね。
ま、「従軍慰安婦」を論じ始めたら様々な人が入り込んできて掲示板が荒れるのは目に見えているので、私も正直、あまり関わりたくないのですが、「「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」については、その内容そのものではなく、各種新聞記事から想像される賛同者の人数合わせについて、若干の疑問を呈したことがあります。

歴史学関係16団体の会員数(その1)~(その5)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/df012b722d5f4ee66ab90321bcee794b
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/2e9a4003ebaa6f458652d405ffd28990
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/43990331db93d705a1e8dfeb6e5435e9
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/d511168f1d6bfe4d96c5503d84047dec
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f1219c2c35c85e8f5ed46fc0e19a7220

「しんぶん赤旗」の2015年5月26日付記事によれば、

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 声明は、歴史学研究会、日本史研究会、歴史科学協議会、歴史教育者協議会などが呼びかけ、半年近い時間をかけて準備されてきました。現在16の団体から賛同が寄せられ、今後も賛同団体は増える予定です。
 歴史学研究会の久保亨委員長は「声明は立場をこえた多数の歴史家の標準的な考え方だ。政治家が『専門家の意見を聞く』というならば、この声明に耳を傾けるべきだ」と述べました。
 会見には、服藤早苗歴史科学協議会代表、丸浜昭歴史教育者協議会事務局長らが同席しました。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-05-26/2015052601_04_1.html

とのことで、服藤早苗氏も「歴史科学協議会代表」としてご活躍されていたんですね。

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