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『中務内侍日記』の「二位入道」は四条隆顕か?(その2)

2018-06-03 | 『増鏡』を読み直す。(2018)

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 6月 3日(日)11時18分42秒

『中務内侍日記』には浅原事件の記事があったりするので部分的には見ていたのですが、今回、通読してみたら、けっこう面白い女房日記ですね。
従来、池田亀鑑と玉井幸助の評価がそれほど高いものではなかったので研究者もそれほど注目していなかったようですが、岩佐美代子氏の努力で国文学界の評価も変化しているようです。
さて、問題の「二位入道」は『中務内侍日記』全体を通してもただ一箇所、弘安七年(1284)七月の北山殿御幸行啓の場面にちらっと登場するだけです。
後深草院と春宮(伏見天皇)は七月五日から二十一日まで、西園寺家の北山殿に滞在しているのですが、

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 十九日は妙音堂の御講なり。面白くめでたし。廿日夜はことに引きつくろひたる御船楽あり。春宮御琵琶、花山院大納言笛、箏は簾中也。徳大寺の大納言朗詠。大夫殿は、二位入道が御膳宿〔おものやどり〕の刀自〔とじ〕といふ者と乗りたる舟にて、入江の松の下に隠ろへて、琵琶を調べておとづれ給ふ。「いずくならむ」出だしたれば、御舟さし寄せて参り給ふ。「傾城の舟に乗りたがり侍りつる程に」など申し給ふ、いとをかし。廿日月は少し心許なく待たるゝ程、御堂の御灯の光、かすかに水にうつろひたる程、面白く見ゆ。月さし出でぬれば、まばゆき程なるに、漕ぎ廻す舟の楫〔かぢ〕の音に立ち騒ぐ水鳥の気色、中島の松の梢、物ごとに面白き事限りなきにも、又かゝる事いかなる世にかと、名残悲しうぞ思ゆる。
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ということで(『校訂 中務内侍日記全注釈』、p48以下)、春宮大夫の西園寺実兼と非常に親しい間柄で「二位入道」、即ち出家時点での官位が二位だった人物は限定されますから、建治三年(1277)に権大納言正二位で出家した四条隆顕が有力候補であることは間違いありません。

鷹司兼平と亀山院、そして中御門経任(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4d3b04b4367043c2ac1ba6f905d18f3c

しかし、とにかく登場するのがここ一箇所だけなので断定も躊躇われます。
念のため、上記部分の岩佐訳も紹介しておくと、

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 十九日は妙音堂の御講である。管弦供養の御催しは面白くすばらしかった。二十日の夜は、特に念入りに準備した御船楽があった。春宮様が御琵琶、花山院大納言が笛、箏は簾中の女房が奏でた。徳大寺中納言公孝が朗詠。大夫殿は、二位入道が御膳宿の刀自という女官と乗った舟に同乗して、入江の松の下に隠れていて、琵琶の調子をととのえて合奏なさる。「いずくならむ」という朗詠をうたい出したのに合せて、御舟を漕ぎ寄せて参上なさる。「いや、この美人が舟に乗りたがって仕様がなかったものですから」などおっしゃるのも大変面白い。二十日月なので少し出るのが遅く待ち遠しい夕闇の時刻、御本堂の御灯の光が、かすかに池水に映って見えるのも、趣深く見える。やがて月が昇って来ると、まぶしいぐらいの光なのに加えて、漕ぎめぐる舟の楫の音に驚いて立ち騒ぐ水鳥の様子、中島の松の梢など、見る物ごとに面白い事は限りもない程なのにつけても、こんなすばらしい御遊は又いつ見る機会があるだろうかと、時の過ぎて行く名残が悲しくさえ思われる。
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ということで(p51以下)、いつもながらの名訳ですね。
「御膳宿」は「御膳を調える係の取締まりの女官」(p51)で、「傾城の舟に乗りたがり侍りつる程に」は「古参女房である刀自を遊女に見立てた諧謔」(同)です。
また、「「いずくならむ」は朗詠の詩句であろう。「出だす」はうたい出すの意。琵琶の音の方角をたずね、出てくるように朗詠によって催促したもの」(同)とのことで、親しい仲間達の間での音楽による洒落たやり取りです。
『とはずがたり』では四条隆顕は軽妙洒脱な人物として描かれているので、冗談を言ったのが「二位入道」であれば隆顕の可能性はますます強まるのですが、これ自体は西園寺実兼の発言ですね。
念のため玉井幸助『中務内侍日記新注』(増訂版1966、大修館書店)も後で見ようと思います。
なお、前回投稿で紹介したように、服藤早苗氏は、

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 もっとも、弘安七年(一二八四)七月二十日、西園寺家の山荘北山殿で御船楽があった。四十二歳の「二位入道」四条隆顕は、「御膳宿〔おものやど〕の刀自〔とじ〕という物」を舟に乗せ、「傾城の舟に乗りたがり侍りつる程に」などおかしく申した(『中務内侍日記』上)。

https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/c5850662f4868da45f2944b72d381680

と「傾城の舟に乗りたがり侍りつる程に」を「二位入道」の発言としていますが、誤読ですね。

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