書く仕事

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「風が強く吹いている」三浦しをん

2009年01月25日 16時42分57秒 | 読書


『箱根駅伝』
ここ数年,冬休みの年中行事として,紅白歌合戦とともに,毎年テレビで観戦しています.
そこらのテレビドラマより,遥かに濃密でリアルな物語が区間ごとに展開されるので,目を離せない.
早稲田のエース竹澤,山の神今井や,山の神童柏原,といったスターアスリート達の存在も憶えました.

この小説は,もりちえさんのブログで知ったのですが,読む前は,「事実は小説より奇なり」と思っていました.
事実を超える小説はありえないと思っていました.

しかし,読んでみて,少し,気が変わりました.
箱根のドラマは,確かに走っている本人の走りと表情を見ていて,感じ取ることができる.
それだけで十分感動します.
しかし,この小説は,自分以外のアスリート達との友情とか憎しみ,あるいはもっと複雑な想いの中で,自分の理想と現実とどう向き合えばいいのか,といった心の葛藤を,彼らが繰り返していることを知ることができたのです.
走ることがアスリート達の人生全体の中で,どういう位置を占めているかまでは,箱根の中継ではわからないわけですね.

言ってみれば,箱根という本番だけ見て,リハーサルを含めた彼らの全人生を見たつもりになっていたわけです.

でも,一人当たり1時間強の本番の,何百倍,何千倍もの時間が,テレビに映る前に,費やされてきているわけですね.
その辺のことがこの本を読むことですごくわかりました.

主人公は一応,天才アスリート「走(かける)」と彼の天賦の才能に惚れ込んで一緒に箱根を目指そうと誘う「清瀬」であり,彼らが弱小チームの中で,仲間とともに成長し,最後は箱根で...というストーリーです.

でも走や清瀬だけでなく,仲間達というのが皆,個性的ですばらしい.
ただ,彼らは走ほどの才能には恵まれていないし,その事実は自身が一番よく知っている.
しかし,「走ることの喜びは,天才だけのものではない」,「栄光にたどり着けないのなら,全ては無駄になるということでは,決してない」という,強いメッセージを感じます.

メンバーの1人が語るセリフ「陸上はそれほど甘くない.だが,目指すべき場所は一つじゃないさ」(458頁王子のセリフ)が読者に向けられていることは明らかです.

この小説,テーマは駅伝ですが,私達が日常生活で見失いがちな「生きる意味」を,「走る」という行為のもつ純粋さを題材にしてあらためて教えてくれる気がします.