特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

騙し騙され

2017-08-21 08:55:28 | 腐乱死体
本年6月12日10:00
“Amazonカスタマーセンター”というところから、
「会員登録の未納料金が発生しております。本日ご連絡なき場合、法的手続きに移行いたします。」
というショートメールが届いた。
一瞬「?」と思ったが、まったく心当たりがない。
念のため、併記されたカスタマーセンターの電話番号を検索してみると、案の定、Amazonを騙った架空請求詐欺。
当然、そんなところに電話するわけはなく、そのまま無視。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

また、これは、もう何年も前の話だけど、ある日、覚えのない番号で私の携帯が鳴った。
相手は中年の男性。
ややスゴ味をきかせたような口調で、
「有料サイトの利用料が滞納されている」
「払わなければ法に訴える!」
とのこと。
身に覚えのない私は、すぐに詐欺だと直感。
しかし、相手の言い分は、もっともらしい内容。
もちろん、褒められたことではないけど、“屁理屈の達人か?”と感心してしまうくらい 口上もよく練られ その話術も巧み。
また、圧しも強く 交渉も粘り強い。
私は、のらりくらりと要求をかわしながら、野次馬根性半分・悪ふざけ半分で相手の主張を聞き続けた。
そして、最後に、
「そういうことなら払いに行くんで、そっちの所在地を教えて下さい」
と、鼻で笑いながら言った。
すると、“真に受けないヤツは相手にするな”というマニュアルでもあるのだろう、一方的に電話を切られ、それで話は終わった。
もちろん、その後、何の問題も起こっていない。

しかし、詐欺を働くほうも“下手な鉄砲 数打ちゃ当たる”と思って片っ端から当たりをつけているのだろう。
大多数の人は、この手には引っかからないことは承知の上で、引っかかってしまう一部の人をターゲットにしているのだろう。
多分、手間暇かけて作戦を練り込み、頭を使って準備万端整えているに違いない。
しかし、それはそれで、結構な労働のはず。
その負のエネルギーを正の方向に向ければ もっと清々しく生きていけるはずなのに、一度きりの人生で、まったく もったいないことをするものである。



「大家」を名乗る女性から特掃の依頼が入った。
現場は、田舎の古い一軒借家。
亡くなったのは一人暮らしをしていた高齢の女性。
浴室で倒れ、誰にも気づかれず何日も放置されてしまったのだった。

現地調査の日、現地には、大家と私と、故人とは離れて暮らしていた中年の息子(以後、男性)が集合。
母親(故人)の死後、男性が現地を訪れるのは初めて。
借主の許可なく立ち入ることはできないため、大家も室内には入っておらず。
遺体発見の際も、玄関の鍵を開けただけで、中には入っていなかった。

したがって、浴室がどうなっているのか二人とも知らず。
また、玄関から漂ってくる異臭が気持ちを萎えさせ、二人とも中には入りたがらず。
で、とりあえず、私が、一人で浴室を見てくることに。
私は、「失礼しま~す」と誰に言うでもなく挨拶をしながら、玄関を上がった。

目的の浴室は、玄関を上がって少し進んだ右側の洗面所の隣。
建物自体が相当古く、浴室もユニットバスとかではなく、床や壁はタイル貼。
浴槽もステンレス製で給湯設備も旧式のバランス釜。
湯に浸かった後に倒れたのか、湯に浸かる前に倒れたのか、汚染痕は、洗い場に残留していた。

湯に浸かったまま何日も放置されると、かなり悲惨なことになる。
ゲスを承知でわかりやすく表現すると、軽度でも豚汁、重度だとカレーやビーフシチューのように。
同時に、その特掃作業も至極悲惨なことになる。
したがって、私は、浴槽内で亡くなっていなかったことに、故人に失礼なくらいホッとした。

床は赤茶色の粘液が厚みなく覆い、皮膚や頭髪もいくらか付着。
更に、浴室特有の腐乱臭が充満。
それでも、汚染度はライト級に近いミドル級。
私にとっては軽いものだった。

浴室を数分みて後、私は、見積書を作成。
そして、作業内容と かかる費用を大家と男性に説明。
大家は、近所の手前もあるし精神的にも落ち着かないので、すぐにでも作業にとりかかってほしそうに。
しかし、数万円の費用が重いのか、一方の男性は、口を閉じたまま表情を曇らせた。

「恥ずかしい話ですけど・・・今、お金がないもので・・・」
少しして、男性は、私から視線を逸らせ、暗い顔のまま呟いた。
「そうなんですか・・・」
その後の気マズい沈黙は予想できたけど、私は、他人事として冷たい返事しかできなかった。

正式な請負契約を結ばなければ、現地調査に出向く際に使った移動交通費も時間も無駄になってしまう。
だから、できるだけ仕事は請け負うよう努力する。
しかし、お金がもらえなければどうしようもない。
また、二の足を踏む相手の足元をみて押し売るわけにもいかず、私は、仕事を超えた別の手を考えた。

「どちらかというと汚れは軽いほうなので、やろうと思えば自分でできると思いますよ」
「少し大変かもしれませんけど、そうすれば費用はかかりませんから」
私は、考え込む男性に、“お金がないことをバカにしている”と思われないよう、言葉に温かみを持たせながら第三案を示した。
そして、そのやり方や、代用できる市販の洗剤や薬剤等を教えた。

そんなやりとりを傍らで聞いていた大家は、
「そんなこと言ったって、フツーの人には無理でしょ!」
と、私をフツーの人間じゃないみたいな言い方をして、不満を露わに。
そして、“グズグズ言ってないで早くやってよ”と言いたげな顔で、我々を睨みつけた。

前回も書いたように、通常、作業代金は後日の銀行振込で回収する。
しかし、住居や仕事がハッキリしない人、資力がなさそうな人など、相手に怪しげなものを感じたときは、作業後に現場で現金決済をする。
私は、いい歳なのに数万円が払えない男性の場合も、そういった類の不審を感じた。
だから、男性と契約を結ぶことには積極的になれなかった。

「支払いは、ボーナスがもらえるまで待ってもらえると助かるんですけど・・・」
しばらくして、男性は、視線を泳がせながら言った。
すると、とにかく 一刻も早く掃除してほしい大家が、そんな男性に援護射撃。
「場合によったら、私が代金を立て替えますから!」
と、契約成立を後押しした。

そこまで言われたら、その条件を呑まざるを得ない。
結局、代金精算は、男性が勤務する会社のボーナス支給日まで待つことにし、私は特掃を受注。
そして、そそくさと準備をして、一人、誰も入りたがらない浴室に籠った。
そうして、しばし後、難ある浴室の特掃は難なく終わった。

作業を終えると、若干の異臭が残っただけで、遺体汚染はきれいになくなった。
その成果に大家も男性も満足。
私は、ボーナスが支給されたら直ちに代金を支払うよう伝え、契約書類にその期日と誓約文を男性の手で書いてもらった。
併せて、住所・氏名・電話番号だけでなく勤務先も教えてもらい、身分証明書も確認させてもらった。


それから、何か月か経過し、約束の期日がやってきた。
しかし、その日を過ぎても男性からの入金はなし。
日数がかなり経っていたため、支払うのを忘れている可能性もあったが、私は、一抹の不安を覚えた。
だから、すぐに男性に電話。
しかし、受話器からは、“お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません”と乾いたアナウンスが流れるのみ。
「やられたッ!!」
私は、そう思いながら、急いで勤務先に電話。
すると、
「ボーナスが支給されたすぐ後に辞めた」
「社宅に住んでいたのだが、そこも出ていった」
「転居先は知らないし、連絡もとれない」
とのこと。
よくよく聞くと、男性の勤続年数は短かく、更に、ボーナス支給日は、私が聞いていた日より随分前。
ということは、“最初から払うつもりがなかった”ということになるわけで、
「最初からハメられてたわけか・・・」
と、憤りを通り越した寂しさを覚え、私は、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

不愉快な気分を吐き出したかった私は、とりあえず、大家に電話し状況を説明。
すると、既に大家は、男性が消えたことを知っていた。
故人が住んでいた借家(現場)の家財(遺品)は、特掃の後、できるだけ早急に男性が片づける約束になっていた。
が、何だかんだと理由をつけては、一向に片づけに着手せず。
また、その間の家賃も払わず。
結局、男性は、何度か足を運んできたものの 金目のモノだけ漁って持ち出し、以降、音信不通になってしまったのだった。

しかし、もともと、最初に特掃を依頼してきたのは大家。
しかも、現場の家は大家所有。
大家の依頼で大家の家を掃除したのだから、費用の一部を大家に請求しても理不尽なことではない。
私は、“痛み分け”ということで作業代金の半分を大家に負担してもらえないか持ちかけた。
すると、大家は
「こっちだって被害者なんですから!」
と、私の要望を一蹴。
そして、まるで、私と男性を混同したかのように、不満を一気にまくし立てた。

大家は、滞納された家賃は回収できず、放置された家財も片づけなければならない。
孤独死腐乱現場の曰く(いわく)がつけば、次に貸しにくくもなるわけで、確かに、被害者ではある。
しかし、私を呼んだ責任と、作業させた責任の一端はある。
その態度のイラッ!ときた私は、
「その態度、おかしくないですか!?」
「最初のとき“場合によったら立て替える”って言われたじゃないですか!」
「でも、大家さんの立場もわかるから、全額じゃなく半額をお願いしてるんじゃないですか!」
と、息を荒くして反論。
すると、弱点を突かれた大家は、ドギマギしながらトーンダウン。
「主人と相談してから連絡します・・・」
と、まったく気が進まなそうな返事をよこして電話を切った。

しかし、それから大家から連絡がくることはなかった。
それだけでなく、私の方から電話しても着信を拒否。
知らない番号が鳴ってもでないことにしたのだろう、他の番号でかけても電話にはでず。
しかし、私は大家の自宅を知らされておらず、他に接触する術はなし。
結局、この件は、そのまま自然消滅。
私は、再び、憤りを通り越した寂しさを覚え、自分を含めた人間の何かにウンザリした。

手間とお金をかければ、男性を追いつめたり、大家の自宅を突き止めることができたかもしれない。
しかし、回収すべき作業代金はそこまでする価値があるほどの金額ではない。
結局、諦めることを選び、泣き寝入り、騙されただけで事を終わらせたのだった。


男性は、故人の借家賃貸借契約の連帯保証人になっており、相続放棄の手続きをとっても、後始末の責を免れることはできなかった。
ただ、仕事を辞め、住居を変えてまで消えるなんて、相当の事情と逃れられない悪意を抱えていたのだろう。
私には、そんな男性の、人と自分を騙し続けてきた人生、そして、その都度 落ちていく人生が想像され、そこから何かを学び取らなければならないような緊張感を覚えた。
そしてまた、男性が残りの人生を、一度きりの人生を、良心の呵責に苛まれながら、何かに怯えながら、隠れるように窮々と生きていかなければならないことを思うと、“赦す”とか“赦さない”とかとは次元を異にした恐ろしさを感じた。


騙され、開き直られ、踏み倒される。
頑張って仕事をしても代金を回収できなかったことは、これまで何度もある。
だけど、ジクジクと思い出して悔やんでも仕方がない。
イライラと思い出して腹を立てても仕方がない。
そんなことをしても、自分が不幸なだけ。
負のエネルギーは、正の方向に向けたほうが自分のため。
教訓のみを残し、“事故に遭った”と思って忘れたほうがいい。

いいことばかりじゃないこの人生、時には、自分を騙すことも大切。
もちろん、いい意味で、いい方に。
「泣いた分 笑える!」
「汗した分 楽しめる!」
「悩んだ分 喜べる!」
「苦しんだ分 強くなれる!」
「悪いことがあった分 いいことがある!」
等と、私は、ほとんど本気で自分を騙しながら、騙し騙し生きている。

騙されていると思われるかもしれないけど、そうすると、こんな生き様でも、案外、大きな幸せを感じられるのである。



ゴミ部屋の片づけについてのお問い合わせは
0120-74-4949

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 夢のカケラ | トップ | 飲めぬ話 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

腐乱死体」カテゴリの最新記事