ギリシャ神話あれこれ:空翔ける金羊(続)

 
 が、金羊がヨーロッパからアジアへと渡る海峡に差しかかったとき、ふと下を覗いたヘレは、はるか下方に渦巻く海にくらくらとして、思わず手を離してしまう。プリクソスがその手を捕まえる間もなく、ヘレはそのまま海へと墜落する。
 プリクソスは嘆き悲しんだが、このとき牡羊は人語を話して彼を励ましたという。

 牡羊はなお空を翔け、やがて黒海の果て、コルキスへとたどり着く。プリクソスはコルキスの王アイエテスに迎えられ、王女カルキオペを与えられる。が、その後、異邦人に殺されるだろう、と神託を受けた王に、敢えなく殺された(あるいは、彼は老死したともいう)。
 金毛の牡羊はゼウスの祭壇に捧げられ(恩知らず!)、その毛皮を手に入れたアイエテス王は、毛皮をアレスの森の樫の木の枝にかけて、竜に番をさせた。
 後にイアソン率いるアルゴー船が遠征したのは、この黄金の羊毛を目指してのこと。

 金毛の牡羊は、牡羊座となった。

 ところでイノはその後、姉セメレの子ディオニュソスの養育のため、姿を消す。アタマスはイノが死んだものと諦めて、テミストを後妻に迎え、二子を儲ける。が、イノはひょっこり帰ってくる。
 快く思わなかったテミストは、ある晩、イノの子には黒い寝衣を、自分の子には白い寝衣を着せ、黒い寝衣の子を刺客に襲わせる。が、イノはこの策謀を事前に知り、こっそりと寝衣を逆に着せておいた。テミストは自分の子が殺されて、自ら縊死したという。
 その後、ディオニュソスを養育したアタマスとイノも、ヘラ神の嫉妬によって狂い死んでしまった。
 
 ちなみに、この金毛の牡羊は、海神ポセイドンとマケドニアの王女テオパネの子。あるときポセイドンはテオパネを強奪して、とある島へと逃亡。で、木は森に隠せというわけで、彼女を羊に変え、島民もすべて羊に変えてから、さて自分も羊に変身して、テオパネと交わった。
 結果、産まれたのが、この黄金の羊というわけ。

 画像は、アルマ=タデマ「ギリシャの女」。
  ローレンス・アルマ=タデマ(Lawrence Alma-Tadema, 1836-1912, Dutch)

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ギリシャ神話あれこれ:空翔ける金羊

 
 私の勉強不足なのだろうが、この金羊を主題とした絵画に、私はまだ出会ったことがない。牡羊座の主題なので、学生の頃から探してるんだけど。
 歴史画家にとっては、他の主題と比べても遜色ないのに、どうしてかな? で、古い絵を観に行くときにはいつも、この主題をチェックしている。

 カドモスの娘イノは、テッサリアの王アタマスと結婚、レアルコスとメリケルテスという二人の男の子を儲ける。ところでアタマスには、先妻である雲のニンフ、ネフェレとのあいだに、プリクソスとヘレという兄妹の双子がいた。
 自分の子が産まれてみると、イノは次第に継子たちを邪魔に思うようになる。

 何事も極端に展開するのがギリシャ神話。イノはとうとう、継子たちを亡き者にしようと奸計をめぐらす。ある年、農民たちが蒔く小麦の種籾を、密かに従者に焙っておかせた。さて、当然その春には小麦は芽を出さない。
 困ったアタマスは、神託を貰いにデルフォイに使者をやったが、これまたイノが使者に言い含め、プリクソスとヘレの双子をゼウス神の生贄に捧げよ、と返答させる。
 で、王としての義務から、アタマスは泣く泣く双子をゼウスの祭壇へと連れていくよう命じる。

 さて、いよいよ双子の兄妹が殺される直前、祭壇をにわかに雲が包み込む。双子の母ネフェレが駆けつけて、双子を雲で隠したわけ。
 で、その間にネフェレは双子を、黄金の毛をした牡羊の背に乗せる。この牡羊は、ネフェレの願いを聞きつけたヘルメス神が彼女に与えたもので、空を飛び、人間の言葉を解するという。

 黄金の牡羊は双子を空高く連れ去って、悠々、テッサリアから逃げ出すのに成功する。

 To be continued...

 画像は、パリッシュ「恍惚」。
  マックスフィールド・パリッシュ(Maxfield Parrish, 1870-1966, American)

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ギリシャ神話あれこれ:イクシオンの邪淫

 
 子供の頃、タルタロスの罰で一番怖かったのが、このイクシオンの火炎の車だった。が、一番重いと思った罪は、タンタロスのものだった。
 で、どうもこのイクシオンという男には、見当外れの同情をしていた。

 テッサリアの王イクシオンは、オイカリアの王デイオネウスの娘ディアに求婚した際、花嫁への豪華な結納を約束して、デイオネウスの許可を得た。いよいよ結婚となったとき、イクシオンは結納をチャラにするため、デイオネウスを祝宴に招き、途中の道に落とし穴を掘って、底に赤い炭火を仕掛け、まんまと落として焼き殺した。
 神々はこの行為を大いに非難したが、ゼウス神だけはそれを許し、罪を浄めてやったばかりか、天上にまで招いてやった。
 ……珍しく寛容なゼウスだけれど、実はこれ、花嫁ディアを誘惑するためだったとか(だから、イクシオンとディアの子ペイリトオスは、実はゼウスの子だったともいう)。

 が、忘恩なイクシオンは天上で、なんとヘラに恋慕してしきりに言い寄り、自分はヘラから寵愛を受けたという噂まで吹聴した。

 ヘラというのは、夫ゼウスがいかに浮気をしまくろうと、どこまでも貞節な妻。で、これにはゼウスも腹を立て、策略を講ずることに。
 ゼウスは雲でヘラに似姿を作り、命を与える。ヘラの姿をした雲の精ネフェレを、ヘラ本人と勘違いしたイクシオン、酔った勢いも手伝って、この雲にむしゃぶりついてがむしゃらに交わった。
 イクシオンが、身持ちの固いヘラを陥落せしめた、と誇ったのも束の間、そこへゼウスが現われて、ヘルメスに散々イクシオンを鞭打たせた挙句、自ら雷霆で撃ってタルタロスへと叩き落した。

 で、自業自得のイクシオンは、燃えさかる火炎の車に縛められて、ぐるぐると回り続け、永劫の責め苦を受けている。

 さて、イクシオンに犯された雲は身籠って、子を産んだ。これがケンタウロスで、彼は多くの牝馬と交わって、半人半馬のケンタウロイ(=ケンタウロス一族)を産ませた。
 だからケンタウロス一族というのは、父イクシオンに似て、女好き、酒好き、喧嘩好きなのだという。

 画像は、ルーベンス「ユノに騙されるラピテス族の王イクシオン」。
  ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640, Flemish)

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ギリシャ神話あれこれ:カストルとポルックス(続)

 
 そんな彼らがあるとき、イダスとリュンケウスという双子の英雄と争った。
 イダスは怪力、リュンケウスは千里眼を持ち、この二人もまた、カリュドンの猪狩りやアルゴー遠征(視力の優れたリュンケウスは見張り役)に参加している。

 さて、カストルとポリュデウケスは、叔父レウキッポスの娘であるヒラエイラとポイベを見初めて、力ずくでスパルタまで連れ去り、妻とする。が、彼女らにはすでに婚約者たちがいた。それがイダスとリュンケウス。
 二人は激怒して、復讐を果たさんとカストル・ポリュデウケスをスパルタまで追いかける(イダスはアポロン神と争って、マルペッサを妻としたという伝もある)。

 別伝では、二組の双子が牛を強奪したが、その分配の際、イダスとリュンケウスが牛を独占しようと画策し(牛の早食いだか大食いだかで競い、イダスが圧勝したという)、カストルとポリュデウケスがこれに抵抗した。

 とにかく彼ら二組の双子は喧嘩になった。千里眼のリュンケウスが狙いを定め、怪力のイダスが石を投げる、という連携攻撃を受け、不死ではないカストルは、イダスの石に当たって死んでしまう。
 不死であるポリュデウケスは、傷だらけになりながらもリュンケウスを倒し、さらに、逃げるイダスを追跡。イダスの投げた石で気絶してしまうが、父ゼウスが雷を放ってイダスを倒し、助けてくれたという。

 ポリュデウケスはカストルの死を大いに嘆き悲しみ、自分の不死の命を半分分け与えたい、とゼウスに願う。で、彼らは隔日で、天上と地上で暮らすようになる。

 後に二人は双子座となった。

 彼らは航海の守護神でもあり、暗夜や嵐の際には聖エルモの火となって、船の舳先に立ち、船乗りたちを導くという。

 画像は、キリコ「ディオスクロイ」。
  ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978, Italian)

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ギリシャ神話あれこれ:カストルとポルックス

 
 ギリシャ神話には双子が数多く登場する。カストルとポルックスは、そのなかで一番有名。
 子供の頃は凛々しい双子の少年をイメージしていたけれど、やっぱり血の気の多い女好きだった。ガクッ。

 カストルとポリュデウケス(ポリュクス、ポルックス)は、スパルタの王妃レダが白鳥に化けたゼウス神と交わって産んだ卵から産まれた、双子の兄弟。ディオスクロイ(ゼウスの息子たち)とも呼ばれる。
 が、厳密には彼ら二人は双子ではない。カストルはクリュタイムネストラとの双子で、スパルタ王ティンダリオスの血を引き、ポリュデウケスはヘレネとの双子で、ゼウスの血を引いている。

 スパルタで敵なしの強さを誇り、カストルは馬術と格闘に優れる一方、ポリュデウケスは剣術と拳闘に優れる。特にポリュデウケスは、わざわざ手首を切り落として、鍛冶神ヘファイストスに特注した鉄の拳に付け替え、その鉄拳は軍隊にも匹敵したという。

 彼らはいつも仲好く連れ立ち、数々の冒険を手がけた。妹ヘレネがテセウスにさらわれた際には、軍を率いてアテナイに攻め入り、ヘレネを奪還。このときヘレネは12歳というから、同年齢の彼らには物凄い偉勲。
 カリュドンの猪狩りや、イアソン率いるアルゴー船の遠征にも参加。アルゴー遠征では、ポリュデウケスは、負け知らずのベブリュクス人の王を相手に、拳闘で打ち勝った武勲がある。さすが鉄拳。

 To be continued...

 画像は、ルーベンス「レウキッポスの娘たちの略奪」。
  ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577-1640, Flemish)

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