昨日はこいけ家の迎え火に行ってきた。
本当に亡くなった人がお盆にお墓に戻ってくると信じている人は少ないだろう。まぁ季節の風物詩みたいなものかな。毎朝形だけでもお線香をあげてるので、別にお盆だからと言って行かなくちゃならないとは思わないが。
肉体は衣服のようなもの。死とはそれを脱ぎ捨てるだけ。
僕はできれば散骨してもらいたいな。
坊さんにあげる金は一円もない。
13年前、対人恐怖を治そうとしていた自分は、一向に出口が見えない(カウンセリングや薬物療法、自律訓練法など)先端医学に魅力を感じなくなって、当時ブームとなっていた霊能者や、シャーリー・マクレーンに代表される欧米のニューエイジムーブメントに救いを見いだそうとしていた。
南房総に一人の霊能者がいることがきっかけで家を出て、一軒の小さな貸家を借りて一人暮らしを始めたのだった。会社は休職したまま。
その後こいけと出会い、さまざまなことがあってその霊能者からは離れて、今はそのようなテレビ番組を見ても本気にはしない。
その霊能者は結局、対人恐怖を治す突出したスピリチュアルな能力もなかったし、その原因が成仏できない先祖の霊だなんてこともなかったと今は思える。
けれどその人がいて、南房総へ来て、こいけと出会い今がある。何事も無駄な出来事、出会いなどないのだと思う所以である。
お盆と言えばもう一つ、心臓に金属の弁を入れたのもこの日だった。今日でもう17年だ。時々死ぬまで聞こえ続けるこのカチカチという音が気になることもある。この弁が果たして未来永劫もつのかわからんが、いつか僕にも衣服を脱ぎ捨てる日がくるだろう。そのとき燃え残ったこのチタン合金を拾うのはいったい誰なのだろうか・・・・