まだ茎穂が青いが、稲刈りより一週間くらい前に採取した方がよいとされている。
なるべく分けつした株を選び、長い穂から順に4~5本づつ採る。
彼岸花の株分け第2弾。
まだ茎穂が青いが、稲刈りより一週間くらい前に採取した方がよいとされている。
なるべく分けつした株を選び、長い穂から順に4~5本づつ採る。
彼岸花の株分け第2弾。
イネ子はまだ。
ほうれん草、水菜、春菊などの種まき。(遅いかな?)
キャベツの定植。
保温のためにもみ殻燻炭をまく。
彼岸花の移植。混んだところの里芋みたいな球根を掘り出して、今年咲いた彼岸花と彼岸花の間に詰めて埋める。来年の9月が楽しみ。
昨日今日と梅の木の剪定。地味な一日。
敷地の外へ出てみた。苦笑
月曜日、お疲れ休みも兼ねてお初のコストコ川崎へ。
今までは幕張まで行っていたのだが、ご近所の方から川崎の方が近いよとの情報を得て、行ってみることに。アクアラインを下りたら数キロという距離で、確かに近いのだが平日だったため工場へ出入りするトラック渋滞が。都会の道は緊張するし、次回はやっぱり幕張かな。
ぶどうや芽かぶ、サンマのかば焼き、チキンなど。
LEDの小型投光器(ワークランプ)があって、1100lmだったかな?26wだから白熱球にすると300w近くかな。実際直視できないほどのまぶしさで、もちろん壁に向けてあった。その時はおぉまぶしい、くらいにしか思わなかったのだが・・・
夜は満月。日頃昼行性の猿の声が山の中でしていた。こいけと懐中電灯を持って田んぼ周りを見回っていた時、あの投光器をつけたらイノシシ対策としては明るいだろうけど、でもこの寝静まった真っ暗な森や生き物達に対して乱暴な明るさだよなぁ・・・なんてその乱暴さに少し恐怖を覚えた。
いつもははらえるそういう気持ちが、家に入ってもはらえず一瞬8年ぶりにパニクって取り乱してしまった。すぐに収まってその後は普通に作業しているが、やはりちょっとショックだった。
大きな音(音圧)、水圧、この日は光圧とでも言うのか、人工的な圧力の永続みたいなものが怖いのだよ。テレビはリモコンですぐ音量を小さくできるように握っているし、蛍光灯の白い灯りは夜は好きじゃなく(電球色の方がいいのだが、全室そうはいかない)、テレビの部屋では野球帽かぶって視ている。
水道だって強く出すと結構な水圧。これを出し続けたらどれだけ勿体ないだろうなんてのが、とらわれだすと恐怖となるし、大きな温泉の湯船の上の換気扇が、今でもずっと回ってるんだろうかとか、新幹線が停車しない駅で、目の前を高速で走り過ぎて行ったその風圧とか迫力の記憶とか・・・他人にはなんでもないことが時に怖い。とらわれなければ別にいいのだけど、時々こういうことがある。昔から多少そういう傾向があったから、若干の脳の機能障害があるのかも知れないけどね。
4時間くらいしか眠れないので、いつも体も脳も疲れているな。
昨日はおだ掛けに備えて真竹の切り出し。何本か杭を作っておく。いざ足りないと困るからね。
稲刈りは11月へずれ込むだろうなぁ。
でも一粒のお米が7か月でこんな。過去最高の出来になりそう。これをすごいと思わない人たちの方が不思議だ。
カードのポイントが貯まったので、これを注文してやっと届いた。なかなか美味しい。ぶるじょわじーみたい。(→死語)
ただ1460w(1分ほどだけど)の電力が少々不安だ。炊飯中などは、気を付けないとブレーカー落ちるかも。
朝8時、電柵張り直し2号。この秋初めてヤッケを着る。朝晩はだいぶ冷えるようになってきた。
一時間ほどで終了。始めっから土地に沿って張ってくれればよかったのに、という話だが、この数か月の自分の想いがやっと遂げられて、そのことは満足している。どういう因果か、地元の名家A家の土地を引き継いだ者としての想いもあったしね。
午後からそばの脱穀。
この4日良く晴れて、ちょっと早いけど明後日当たり雨の予報も出てきたので。
板に叩きつけてあっという間に脱穀終了。
唐箕日之出号登場。
この、今だったらノーベル賞もののありがたい道具により、そばの実とそれ以外の細かい茎葉、土、ゴミなどを一瞬で選り分けた。
まあ年越しそばくらいにはなるだろう。
枝豆そろそろ最終。ここまで猿に一度も襲われず、奇跡的なことだ。
常に目を光らせているからだろう。ここに来る前20年くらい、狭い空間にほとんど引きこもって過ごしてきたが、今もそれは変わっていない。敷地がへとへとになるくらい広くなっただけで、敷地からはほとんど出ないからね。
こいけのサツマイモや小豆など。
イネ子はもう少し。
昨日、裏山の草刈り。そろそろ今年の草刈りも終盤。ふぅ。
今朝の裏山。あのあたり。
これからは稲刈り、などお米の仕事、蕎麦の脱穀調整、秋の植え付け、大豆仕事、山掃除などに移ってゆく。
イネが遅れているので、収穫したばかりの蕎麦畑を、もみ殻燻炭をすきこんで耕運、小麦(ユキチカラ)を蒔く。これで一日。
今朝は祭り関係の集金で気疲れしてしまって、午前中はさぼり。午後からレタスや白菜の移植。
柿採り。など。
今映画専門チャンネルで毎週、「北の国から」の全集をやっているので、頑張って見ている。
放送している頃は見ていなかったが、一度数年前にビデオですべて見た。
倉本氏は実際にはあまりお会いしたくない感じの方だが、考えていること、やってきたことは共感、驚嘆に値する。知の巨人の一人かと思う。
富良野塾HP起草文より転載させていただいた。
そばを、はしごで島立て風に立てた。そばは、種がぽろぽろと落ちやすい、雨に当たると風味が落ちるなどの制約があって、なかなか追熟や乾燥が手間なのだ。
ドラム缶窯の脇の柿の木が枯れてしまった。
ロープで窯に倒れこまないように引っ張って倒す。
種まき後70日目。午前中信州大そばの収穫。
午後は稲刈り。とは言っても二週間ぶりに夕べ上の棚田に入ったイノシシに倒されたイネ子。
まだ生きている株はあるけれど、実がなるものはもうほぼないと思われる。これで棚田はほぼ全滅。
らっきょうの花。
空豆、きぬさやの種まき。玉ねぎ用の畑作り。
夕方そばを収穫してみた。丈は小さいが8割方黒化してきた。種まきから69日目。
そろそろ収穫時か。
電柵のおかげでイノシシに今のところ入られることなく登熟中の本田。
9月の長雨が響いたのか、登熟は少し遅れているが、あと10日ほどで刈れるかどうか。また誕生日の稲刈りになるかも。
昨年はへとへとになるくらいにイノシシに毎朝晩荒されて、早刈りしてしまったが、今年はじっくりと熟させたいものだ。
棚田のトヨサトも一時入られて、もう1/4くらいしか残っていないが、木酢爆弾液がやっと効いたのかその後は無事。
一昨日牛あべ君が刈り草をロールにした。
軽トラ一回で運べる量ではなく、しかし雨の予報があり、夜までかかって運びきれないロールをうちの倉庫に運び込んでいた。
これ、牧草でなくて雑草。
果たして実際は、その後結構な雨降りが今日まで続いたのだった。無駄にならなくて良かった良かった。
明日は電柵張替作業。望んで張ってもらったわけでもないのに、なんで自分も手伝いに?という気持ちは抑えて頑張ってこよう。まぁでも自分のチェックも必要だろう。きちんと張ってもらえばこちらのものだから。苦笑
Sunshine on My Shoulders(1974)-John Denver(1943年12月31日-1997年10月12日)