団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

真犯人

2009年06月15日 | Weblog
 最初に今回無期懲役の刑から釈放された足利事件の菅家利和さんに対して、過去において私が、思い、口に出した数々の侮辱や無礼に許しを請いたい。かつてテレビで菅家さんが逮捕され連行されるのを観て、私は「あんな幼い子供に性的な辱めを与え殺すとは、お前はケダモノだ。死ね。苦しんで地獄に落ちろ」と罵った。新聞も週刊誌もテレビもマスコミは、私に彼に対する憎悪を増幅させるような煽る記事ばかりだった。今でもおどおどとアパートから連行される彼の姿が焼きついている。それほど私は、彼に怒りを持っていた。無期懲役の刑が確定した時も私は、死刑でなかったことに激怒した。今思えば震えるほど自分の愚かさに恥じ入る。もしもあの時、菅家さんが死刑の判決を受け、死刑が実行されていたら、私は安っぽい勧善懲悪にとらわれた落語に出てくる八っあん、熊公的に「お天道様は何でもお見通しさ、悪いことはできねえもんだ」と啖呵を切って溜飲を下げていたことだろう。

 人が人を裁くことの難しさを思う。ましてや裁判員制度が発足したばかりである。DNA鑑定の本人特定精度は、今では4兆7千億人に1人まで進化しているという。ところが足利事件当時のDNA鑑定の精度は、千人に1人か2人だったという。平成4年朝日新聞は、“すご腕DNA鑑定”読売新聞は“難事件を解決したDNA鑑定”と記事の見出しをつけた。それほど画期的な事件解決の切り札として評価を受けたに違いない。だからこそこんな長い年月菅家さんを冤罪で苦しめた。

 今回の件で腑に落ちないことがある。新聞、テレビの対応だ。特にテレビは、まるで当時の報道を忘れたように、あたかもずっと菅家さんの無罪を支持していたかのようにふるまっていることである。どのような報道を新たにするにしても、当時の報道を総括し、菅家さんにまず謝るべきことは謝罪するべきだ。菅家さんは、警察検察への謝罪を要求しているが、マスコミに対しての謝罪を求めていない。そんな中で唯一毎日新聞が当時の報道に反省を掲載した。テレビ局には必ず当時の足利事件の報道の録画が保存されているはずである。テレビだからこそ、その映像を謙虚に再放送し、反省の意を表し、謝罪すべきではないだろうか。

 それにしても菅家さんを真犯人と信じて、それ相当の親としての憎しみを持ち、無期懲役の判決にある程度の妥協をしたであろう、犠牲者真美さん(当時4歳)の両親の気持はいかばかりかと思う。真犯人がわかることしか、両親への慰めはないだろう。時効は成立してしまっているのだから。菅家さんが釈放されても、真美さんの家族にとって、新たな苦しみが襲い掛かってしまった。遣る瀬無い。
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