団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

電車内「パッチーン」何の音?

2015年10月21日 | Weblog

  電車に乗った。10月初旬は雨がよく降った。やっと晴天が続くようになった。10月といえば行楽シーズンである。上り電車は空いていた。誰も座っていない4人掛けのボックス席を見つけた。進行方向の窓側に腰をおろした。海がキレイだった。青い空、碧い海。私はこの組み合わせが好きだ。できるならば窓を開けて空気を車内に入れたいと思うほど外の天気は清々しかった。

  「パッチーンパッチーン」 車内で何かがはじけるような乾燥した音。私は座高がある。尻をずらして頭を下げた。ピストルか?最近は日本も物騒になった。ナイフだピストルだと恐ろしい事件が続いている。走行中の新幹線の車内で焼身自殺して見ず知らずの他の乗客を巻き込む事件さえ起こった。何が起こるかわからない。それに携帯電話の着信音にもおかしなのが多い。まさかピストルの発射音を携帯電話の待ち受けに使っているのでは。(帰宅して家で調べてみると確かに大砲をはじめとした銃火器音も無料でダウンロードできる。)

  再び「パッチーン」 恐る恐る首をもたげて前方に視線を向けた。2つ前のボックス席山側に男性の後頭部が見えた。不自然に頭が上がったり下がったりする。「パッチーン」の音と同時に小さな物体が通路に飛び出たのを私の目は確認した。窓から差し込む陽光に反射して小さな物体が輝いた。私は咄嗟に「爪を切っている」と内心で叫んだ。男性は足の爪を切っていた。車内で爪を切っている。私は初めて遭遇した。お化粧する女性はよく見かける。爪の手入れをしたりマニュキュアを塗る女性さえいる。足の爪を車内で切るとは。

  それにしても健康状態のよい人らしい。私が爪を切ってもあのような澄み渡った音はでない。私の爪は乾燥していないのか、グニャと音もなく切るというより割く感じがする。爪に問題があるのか爪切りに問題があるのかわからない。

  先日ジャガイモの皮をピーラーで剥いていて、左手中指の爪を3ミリほど傷つけた。血が出た。もう26年間糖尿病の合併症である心筋梗塞や脳梗塞を防ぐ血の凝固を防ぐ薬を飲み続けている。切り傷などで出血すると止血しにくい。妻に教えてもらった通りの処置をして妻の帰りを待った。帰宅した妻の有り難いお説教を聞き流しながら治療を受けた。「10日もすれば元通り」と言われた。

  爪は妻が言った通り10日ほどで元通りになった。髪の毛は伸びるけれど抜ける数のほうが優る。歳を追うごとに薄くなる一方である。ヒゲは相変わらず活発に生えてくる。爪も子供の頃と変わりない速度で伸びる気がする。自分の体の一部なのにまったく自分の意志は通じない。「髪の毛はこれ以上抜けるな」「ヒゲはいらない」「爪は伸びなくてもこのままでいい」 そう自分の頭で考えて、たとえ命令を発しても髪の毛もヒゲも爪も言うことを聞かない。

  自分の体は不思議に満ち溢れている。妻は「医学は、まだわからないことばかり」だと言う。医者にさえわからない。私にわからなくて当たり前だ。私にできることは、切り傷のあとにできたカサブタがいつの間にか取れていてそこに薄いピンクの新しい皮膚を見て感動することぐらいである。それも永遠ではない。

  爪が伸びた。切る。英国紳士は一日に1時間は爪の手入れをすると聞いた。爪の手入れをしながらちょっぴり紳士気取りも悪くない。私は電車内ではできないけれど、家ならこうして誰にも見られずにのんびり時間をかけて爪にかまけられる。あっ、深爪。そしてまた日が暮れる。


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