団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

女性都議塩村文夏さんへの進言

2014年06月26日 | Weblog

  6月18日開催中の都議会において質問中の“みんなの党”所属女性議員塩村文夏さんへのヤジがセクハラだと塩村さんのツイッターが発端となって問題が広まった。5日後の23日突然ヤジの発言者が名乗り出た。自民党所属議員の大田区選出の鈴木章浩さん(51歳)であった。鈴木さんがセクハラ・ヤジを発したのは、言語道断である。下品でさえある。私も家でテレビを観ている時は実に品のない罵詈雑言を画面の嫌いな出演者や自分と違う意見を主張する者に浴びせる。私にも機会を与えられれば、鈴木さんと同じことを仕出かす要素は十分ある。そうしたら私は人間失格だと自分をいさめている。自己管理こそ人間の教養の果実である。妻にも私と同じ危険がある。男も女も関係ない。口はいかようにも利ける。家の外では決して言えないことを口にするのは、自分の家の中で他の人に聴かれないなら、ストレス解消になる。家の中、夫婦の間でのみ許されることだ。議場という政治の場での塩村さんへの礼を欠くセクハラ・ヤジは許せない。私生活と公の区別がつけられない議員に政治は任せられない。

  なぜ塩村さんは、ヤジを受けた時、ずっと原稿を読むために下を向いていたのに、一瞬ヤジが来た方向に目をやりジャパニーズスマイルを顔に浮かべ、再び原稿に目を落としたのか。彼女は議場の演壇に立っていた。オーケストラの指揮者のように議員席を見渡せる位置である。ヤジが誰から発せられたものか見分け聞き分けられる場所に彼女はいた。それにもかかわらず、彼女は一瞬そのヤジの方向を一瞥しただけだった。

  あのヤジが耳に入った時、「自分は自分に票を投じてくれた人々、とりわけ結婚に踏み切れない、出産を躊躇せざるを得ない女性の代表として演壇に立ち質問をしているのだ」という意識が、塩村議員を支配していたなら、ジャパニーズスマイルも、目を伏せはにかみの表情も出番はなかった。議員としての適性と意気込みと選挙で選ばれた代議員としての義務感が何より優先していれば、彼女はあそこで、しかとヤジを発した男を睨み付け特定することができたはずだ。今ではあまり見られなくなった日本女性のたしなみを議会の演壇で披露できたが、彼女の奥ゆかしさは弱さとなってしまった。ヤジを発した者を特定する初動がまったくなされなかった。

  嫌な事は、起こった時に即、対処することが解決の鍵であると私は自分の人生で学んだ。あの時点でヤジの発言者が特定されていたら、このセクハラ・ヤジ問題はまた別の進展をみせたであろう。その後この手の犯人探しが大好きなマスコミの加勢を得て世論が動き出した。外国人記者クラブは塩村さんを招いて記者会見を開いた。日本がいまだに男尊女卑の遅れた国である証拠だと言わんばかりのニュースが世界に伝わった。悪いことではない。私たちには反省して直していかなければならないことがたくさんある。ここで塩村さんが英語で質疑応答できていたらと私は残念に思った。議員たちは下品なヤジを飛ばしている時間があったら学ぶべきことはいくらでもある。語学、スピーチ、礼儀マナー、などなど。

  私は塩村都議に進言したい。もっと演壇でのスピーチを学むべきだ。発声、立ち振る舞い、表情、姿勢、視線、リズム、内容。NHK教育テレビの水曜日午後10時から放送される『スーパープレゼン』は良い教材になる。議員は良き熱血弁士でなければならない。顔を上げて話す時間を多くすれば、議場の他の議員の動向を把握しやすくなる。視力、聴力をよくする。必要ならメガネや補聴器を使う。まだまだオヤジたちの偏見に満ちた口撃は続く。目力、耳力を鍛え、肝っ玉を据えて政治の場に巣くう輩をモグラ叩きのごとくに懲らしめて欲しい。そして何より女性が結婚をしても良い、共に生活して幸せになりたい,女性自身の自由を犠牲にしたとしてもそれ以上の価値があると思える男性が増え、安心して出産して子育てができる環境を早急に築く活動を推し進めていただきたい。

 


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