11台のロードバイクは長いトレインを形成して西へ向かって走り始めた。11台のロードバイクの内訳は、ORBEAが3台、COLNAGO、Kuota、RIDLEYが2台ずつ、そしてBH、FUJIが1台ずつであった。
小平市の市街地を抜けて、玉川上水に沿って続く道を走った。今日は初夏を思わせる天気であった。最高気温は27度まで上がるようである。4月としては少し暑すぎる気候である。
トレインが長いと、巡航スピードは穏やかなものになる傾向があり、今日も比較的穏やかなスピードで予定のコースをこなしていった。
最初の休憩ポイントである拝島駅前のファミリーマートに到着した。拝島駅の白いフェンスにはずらっと様々な色合いのロードバイクが並んだ。
補給食にはサンドイッチを選択した。それをロードバイクの傍で食していると、見ず知らずのおじさんが近づいてきて、話しかけてきた。
「どこまで行くんだ・・・?」「檜原村の都民の森です・・・」「なら、日の出の大仏を見に行けばいい・・・」「大仏・・・?大きいんですか・・・?」「鎌倉の大仏よりも大きい・・・」「えっ・・・そんなに・・・」
そんな会話がしばし続いた。日の出町の大仏は最近できたようで、高さは12メートルもあり、確かに鎌倉の大仏よりも少し大きいようである。
話好きのおじさんと別れて、先へ進んだ。もちろんおじさんに勧められたからといって、コースを変更することはなかった。
国道16号の下を潜る連絡通路を通り過ぎて、睦橋通りに入った。ゴールデンウィークの前半で天気は最高、ローディーの姿をもっと見かけるかと予想していたが、思ったほどではなかった。
いつも通り赤信号で何度かストップ・アンド・ゴーを繰り返しながら、武蔵五日市駅まで走って駅前を左折した。
檜原街道は緩やかな上り基調である。市街地を抜けていくと周囲の風景は緑の比率が多くなっていく。
今日は木陰が嬉しかった。季節は一足飛びに進んでいってもう夏に手をかけていた。檜原街道の陰地が嬉しい季節になりつつあった。
檜原街道を順調に走っていくと、次の休憩ポイントである檜原村の特産物を販売している「山の店」の駐車場に着いた。
ここには公衆トイレがあり、トイレを済ませた。その駐車場には濃い青が色鮮やかなロータス ヨーロッパが停まっていた。
1966年に発売が開始されたロータス ヨーロッパは、その時代の空気を色濃く反映してノスタルジックな風情をしたスポーツカーである。
コンディションを保つのは、きっと大変で、お金もかかるはず。趣味は違うが、我が家のリスニングルームに設置されているオーディオ機器のことを思い浮かべた。1950年代に設計・製造された古い機器は確かに手がかかる。しかし、手がかかるほど愛着も沸くものである。
小平市の市街地を抜けて、玉川上水に沿って続く道を走った。今日は初夏を思わせる天気であった。最高気温は27度まで上がるようである。4月としては少し暑すぎる気候である。
トレインが長いと、巡航スピードは穏やかなものになる傾向があり、今日も比較的穏やかなスピードで予定のコースをこなしていった。
最初の休憩ポイントである拝島駅前のファミリーマートに到着した。拝島駅の白いフェンスにはずらっと様々な色合いのロードバイクが並んだ。
補給食にはサンドイッチを選択した。それをロードバイクの傍で食していると、見ず知らずのおじさんが近づいてきて、話しかけてきた。
「どこまで行くんだ・・・?」「檜原村の都民の森です・・・」「なら、日の出の大仏を見に行けばいい・・・」「大仏・・・?大きいんですか・・・?」「鎌倉の大仏よりも大きい・・・」「えっ・・・そんなに・・・」
そんな会話がしばし続いた。日の出町の大仏は最近できたようで、高さは12メートルもあり、確かに鎌倉の大仏よりも少し大きいようである。
話好きのおじさんと別れて、先へ進んだ。もちろんおじさんに勧められたからといって、コースを変更することはなかった。
国道16号の下を潜る連絡通路を通り過ぎて、睦橋通りに入った。ゴールデンウィークの前半で天気は最高、ローディーの姿をもっと見かけるかと予想していたが、思ったほどではなかった。
いつも通り赤信号で何度かストップ・アンド・ゴーを繰り返しながら、武蔵五日市駅まで走って駅前を左折した。
檜原街道は緩やかな上り基調である。市街地を抜けていくと周囲の風景は緑の比率が多くなっていく。
今日は木陰が嬉しかった。季節は一足飛びに進んでいってもう夏に手をかけていた。檜原街道の陰地が嬉しい季節になりつつあった。
檜原街道を順調に走っていくと、次の休憩ポイントである檜原村の特産物を販売している「山の店」の駐車場に着いた。
ここには公衆トイレがあり、トイレを済ませた。その駐車場には濃い青が色鮮やかなロータス ヨーロッパが停まっていた。
1966年に発売が開始されたロータス ヨーロッパは、その時代の空気を色濃く反映してノスタルジックな風情をしたスポーツカーである。
コンディションを保つのは、きっと大変で、お金もかかるはず。趣味は違うが、我が家のリスニングルームに設置されているオーディオ機器のことを思い浮かべた。1950年代に設計・製造された古い機器は確かに手がかかる。しかし、手がかかるほど愛着も沸くものである。