AcousticTao

趣味であるオーディオ・ロードバイク・車・ゴルフなどに関して経験したことや感じたことを思いつくままに書いたものです。

1569:同居人

2010年06月30日 | ノンジャンル
 1階のリスニングルームはピアノと同居している。今までは「ピアノさえなければ・・・」という気がしなかったといえば、嘘になる。しかし、「ピアノがあることも悪いことではない・・・」ということが証明されて、少しピアノに対する考え方が変わった。

 1階はピアノであるが、2階はベッドと同居である。「さすがに、ベッドは手ごわいであろう・・・」というのが正直な感想である。

 しかし、ベッドにとってみれば「こっちがいい迷惑である・・・」と思っているはず。当初は寝室であったところに何故かオーディオが入り込んできたからである。

 1階は実質「6畳間オーディオ」であるが、2階は広い。15畳程度あるはずである。しかし、ベッドや箪笥が先住民族としてしっかり定住しているため、オーディオ用に活用できる空間はそれほど広くない。

 QUAD ESLをセッティングできるエリアは、かなり限定されるのである。どう置こうと巨大なベッドがそばにあることに変りがない。

 ベッドにはマットレスがのっている。その上にはさらに布団や枕がのっている。当然のこととしてそういったものは吸音作用があるはずである。

 吸音が悪いわけではないが、どちらかというと拡散効果が相対的に高いほうが、どうやら好みに近い音が得られるようである。

 そこで、枕や布団は一旦隣の和室に撤去されてからアンプの電源は入れる。アンプの電源を切ったら、また布団と枕を定位置に戻すのである。そのほうが少しでも吸音作用が緩和されるからである。



 この部屋にオーディオがあることに対しては当然のことながら家族の風当たりは強い。「どうにか存続させたいが、家族との融和政策を採るならば、撤退あるのみか・・・」という気がするのであるが、QUAD ESLを手放す気にはどうしてもなれないのである。
コメント

1568:ごまだれ

2010年06月29日 | ノンジャンル
 対パラグアイ戦の前半は、一進一退の攻防の末スコアレス。観ているとまったく肩が凝る。ハーフタイムの10分でブログの記事でも更新して頭を冷やそう。

 今日は火曜日。火曜日は従来とても地味な存在であった。しかし、「寧々ちゃん」の紹介で昭和の森ゴルフ練習場のゴルフスクールに参加するようになって特別な曜日となった。「SWEET TUSEDAY」なのである。

 先日「寧々ちゃん」からメールをもらった。多摩エリアの美味しいお蕎麦屋さんについて「寧々ちゃん」のお薦めのお蕎麦屋さんを知らせてくれたのである。

 瑞穂町の「花蕎好」は、旧青梅街道と新青梅街道が交差するちょっと先にある。青梅街道に看板が出ているのであるが、青梅街道に面しているわけではなく、住宅街に入った分かりにくいところにある。

 「あのへんだな・・・」とだいたい予想はついているのであるが、ここはあえて見つけられなかったことにするのが得策のような気がした。

 今晩、ゴルフスクールで「寧々ちゃん」と挨拶を交わしたとき、「この前メールいただいた花蕎好ですが、結局よく分からなかったんです・・・今度、お昼時に一度案内してくれませんか?もちろん、私の奢りで・・・」

 「あっ、やっぱり分かりませんでした。あそこは看板のところを曲がっても真っ直ぐにいけないですよ。ぐるっと回らないといけないんで分かりづらいんです。Sさんにもご紹介したんですが、結局たどり着けなかったみたいですよ。」

 「今週の金曜日どうですか?丁度羽村市のお客さんのところに行く予定が入っていてお昼時にもう一度花蕎好にチャレンジしてみようと思っていたのです・・・」

 「金曜日というと2日ですか・・・大丈夫ですよ。」「あの店はお蕎麦も美味しいですが、うどんもいけるんですよ。夫婦でお店をされているんですが、奥さんが作って旦那さんが運ぶんです。ちょっと変わっているでしょう・・・」

 「なんだか、普通のお蕎麦屋さんと逆ですね。この梅雨時期のじめじめした季節にはやっぱりざるそばですかね・・・」

 「私はごまだれも好きなんです・・・独得の濃厚な味わいのたれがコシの強いすっきりとした蕎麦と絶妙なバランスなんです・・・」

 「ごまだれか・・・それも良さそうですね。それじゃ、お昼時に車で寄ります・・・」少し間をおいて、「もしよかったらSさんとYさんも・・・」と言葉を繋ごうとしたが、ぐっと押さえた。そして「寧々ちゃん」の表情を伺った。

 涼しげな笑顔である。ゴルフスクールにはまだSさんとYさんは着ていない。スクールが始まる10分前だったからである。当然鈴木コーチもまだ登場していない。7名のスクール生のうち3名しかいなかったのである。

 「今日はたっぷりと汗をかきそうですね・・・」すっと話題を差し替えた。湿度がとても高いうえ、時折強い雨がざっとふりそそぐ。1時間半のあいだ時折休憩を入れるがゴルフボールを打ち続ける。150球から200球は打つので、体力も消耗する。

 しかし、その疲れは心地良い。仕事での疲れとは根本的に違う。特に今晩はどっさりと汗をかいたのであるが、その汗は妙に心を浮揚させるのであった。
コメント

1567:響板

2010年06月28日 | ノンジャンル
 わが家の1階のリスニングルームはアップライトピアノとオーディオシステムが同居している。ピアノの専有部分は約2畳。オーディオの専有部分は約6畳。かなり狭く、当然のこととしてニアフィールドリスニングである。

 そして、この狭い部屋にピアノと同居しているということは、オーディオから発せられた音は、ピアノの影響を当然のことして受けているはずである。 ピアノは響きが豊かになるような構造となっている。そしてリスニングポイントのすぐ後ろにピアノは鎮座している。となるとスピーカーから発せられた音はピアノに当たって思いっきりリスナーの後頭部に向かってその響きをあびせかけているはずである。



 昨日のNaruさんのお宅でのOFF会の際にその話題となった。「ピアノには響きを抑えるペダルと響きを豊かにするペダルがあるから、響きを抑えるペダルを踏んだ状態にするとオーディオ的には良くなる可能性が高い・・・」

 「なるほど・・・」と感心し、今日妻にピアノのペダルのことを訊いてみた。そして実演してもらったのであるが、右のペダルを踏んだ状態で演奏すると響きが豊かでたなびくようである。逆に左のペダルを踏んだ状態で演奏すると響きがすっと消えて続かない。

 そこで、まずは左のペダルを重いものを乗せて押さえた状態にして、普段よく聴いているレコードをかける。「すっきりした感じになるな・・・音がよく見える・・・でも気分的には盛り上がらない・・・音楽の生気がすっと減退した感じになる」

 今度は逆に右のペダルに重いものを乗せて同じレコードを聴いてみる。すると、音の粒子が黴の胞子のように空間を漂い始めた。音楽の生気がリズミカルに波打つようである。音は交わり手を取り合う。決してばらばらに分離して「我が・・・我が・・・」と自己主張しない。ある意味混濁している・・・

 もちろん後者の方が素晴らしい。当初の思惑とは逆の結果であるが、レコードをかけるときには妻の目を盗んで右のメダルにダンベルを置こう・・・しかし、もし見つかったら「なに、これ!!」と怒られる可能性が高いのが玉に瑕な対策である。
コメント

1566:叡智

2010年06月27日 | ノンジャンル


 「四人囃子ってこんなに凄いバンドだったんだ・・・」中学生2年生の頃友人の影響でプログレッシブロックにはまった。YES、KING CRIMZON、GENESISなどのレコードを毎日のように聴いていた。しかし、日本のプログレッシブロックには目もくれなかった。今となっては悔やまれる。

 「カルメン・マキって、こんなに凄いアーチストだったんだ・・・」「時には母のないこのように」のイメージが強力で、あまり突っ込んで聴くことがなかったが、カルメンマキ & OZのライブアルバムを聴いて度肝を抜かれた。激しくしかも情念に溢れたその歌声と演奏に胸が熱くなったのである。

 今日はNaruさんのお宅にお邪魔した。OFF会の大きな楽しみの一つは今まであまり注目していなかった、あるいはまったく知らなかったアーティストの魅力を発見できることである。

 早速「四人囃子」と「カルメン・マキ & OZ」は中古レコードを漁る際の購入候補リストの上位にランクインした。

 使用機器は前回お邪魔した時とまったく変わっていない。しかし、室内の状況は変化している。CDを入れていたラックが室外に出され、レコードラックの配置が左右対称になるように調整されていた。その他音響調整パネルなども微妙な調整が繰り返されたようである。

 室内の音響状況の変化が音に与える影響は、想像以上に大きい。オーディオは半分は部屋の響きを聴いているようなものである。しかし、室内の状況がどのように音に影響を与えるかは複雑怪奇、Naruさんように数十年の経験の積み重ねがないとなかなか思い通りの調整は難しい。

 その根気の要る調整は確かに大きな影響をもたらしているようであった。最初にかけていただいたビル・エバンス・トリオの「アリス・イン・ワンダーランド」を聴いて「変わった・・・」と思った。

 音のエネルギー感や厚みはそのままに、立体的な展開がより広がった。音の表面の手触りがより自然で滑らかになった。良質な天然素材がもつ手触りのように心地良く手に馴染むのである。

 なんだかゆとりを感じさせる鳴りっぷりである・・・第4コーナーを回って直線に入っても、鞭を入れなくてもぐいぐい脚が伸びる・・・そんな鳴りである。

 無理をしていない・・・5.0Lのエンジンが低回転から十分なトルクを発するような乗り味である。もちろんアクセルを踏めば、背中がシートバックにぐいっと押し付けられるような俊足を見せ付けてくれる。

 その音からは長い年月にわたる真摯な調整の膨大な繰り返しの末にたどり着いた「叡智」が感じられるのである。 
コメント

1565:RAMEAU

2010年06月26日 | ノンジャンル
 最近、クラシック音楽のなかでも相当古い時代のものを聴く機会が増えた。従前はどちらかというと、バロックやそれ以前の時代の音楽はいささか退屈に感じて、稀にしか聴かなかった。

 しかし、最近は気づくと購入する中古レコードの大半がバロック及びそれよりも古い時代のものになっているのである。相当様変わりした。

 そして、古い時代の音楽に耳が慣れてくると、ロマン派以降の音楽がどうも体質に合わないような気がしてくるから不思議である。

 ロマン派の音楽が重く、べとつく感じがするのである。あっさりした和食ばかりを食していたら、フレンチが胃にもたれるようになった感じであろうか・・・

 最近最も頻繁にLP-12のターンテーブルに載るレコードは、JEAN-PHILIPPE RAMEAUのDARDANUS。演奏はJOHN ELIOT GARDINER指揮ENGLISH BAROQUE SOLOISTS。



 1年以上前なら、このレコードを繰り返し聴くなんてまったく考えられなかったはず。まったく不思議である。人間というものはやはり年齢とともに変化するものなのであろう。

 女性の好みも、聴く音楽の好みが変化してきたのに同調するかのように変化してきた。好みの年齢層が上がってきたのである。

 スウィートスポットが20代後半から30台前半あるいは後半、はたまた40代前半までずずっと上がってきたのである。これは好みの音楽の時代がさかのぼることと関連性があるのであろうか?私はあるような気がするのである・・・
コメント