AcousticTao

趣味であるオーディオ・ロードバイク・車・ゴルフなどに関して経験したことや感じたことを思いつくままに書いたものです。

6513:Carmel

2023年12月31日 | ノンジャンル

 ゆうあんさんのリスニングルームで聴かせていただいたANAT REFERENCE Ⅲは、YG Acousticsというメーカーのものである。YG Acousticsはアメリカのスピーカー専業メーカーで、現代スピーカーに求められる解像度、周波数レンジ、SNなどの基本性能の高さが最大の強みである。

 YG Acousticsに関しては、今まであまり関心を持つことがなく、知識がほとんどなかったので、インターネットで調べてみた。

 「コロラド州デンバー郊外にある世界有数のハイエンドスピーカーメーカーであるYG Acousticsは、2002年、創業者であるYoav Gevaが24歳の時に設立された。その革新性と高性能な製品によって、YG Acousticsは世界のハイエンドスピーカー市場に確固たる地位を築いた。」

 「2017年に創業者であるYoav GevaはYG Acousticsを売却し、2020年には同社を退職したが、その後もYG Acousticsは世界中に市場を拡大し続け、現在ではMAGICOと並んで、ハイエンドスピーカーメーカーの両雄を形成している。」

 「2022年には、新たな設計者であるDr. Matthew Websterの設計により、同社のスピーカーが誇る正確さと音楽性を、より求め易い価格での提供を目指し開発された Peaks シリーズを発表した。」

 そういったことがすぐに分かった。

 現在のラインナップは、上からXV、Sonja、Hailey 、VANTAGE、Carmel、そして新しいシリーズであるPeaks シリーズから5つの製品が出ているようである。そのラインナップを見ていて、妄想した。

 「我が家の8畳程度の広さしかないリスニングルームの場合、Carmelがジャストサイズであろうな・・・そのサイズは、高さが103cm、 横幅が 23cm、そして奥行きが31cmである。現在使っているSonus Faber Guarneri Mementoとほどんと変わらない。」  



 「Carmelは、コンパクトな2ウェイスピーカーから可能な限り最高の精度と音楽性を提供します。XV、Sonja、Hailey のテクノロジーの多くを、どんな部屋にも適合するコンパクトなサイズの中に納めています。Carmelは、細部まで正確に再現できる巨大なサウンドステージを実現します。信じられないほどの繊細さは、壮大な力強さと音楽への説得力を兼ね備えています。」

 輸入代理店のHPにはそういった宣伝文句が謳われていた。気になるのはその価格である。「現在は円安の影響もあり、輸入オーディオ機器の価格の高騰が激しいから、300万円以上にはなっているだろうな・・・」と予想しながら、PRICE LISTを恐る恐る開いてみた。

 そのPRICE LISTに表示されている価格を確認すると、妄想は泡のように消え去った。

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6512:結晶

2023年12月30日 | ノンジャンル

 雪の結晶には、幾つかの形がある。雪の結晶というと大半の人が思い浮かべるのが六角形のものであろう。その代表的な形のものは「樹枝六花」と呼ばれる。中心の小さな核から、細長い「枝」が伸びているのでこの名前が付けられている。

 また、「角板」と呼ばれるシンプルなものもある。雪の結晶の中でももっともシンプルなタイプで、この形をベースに、六角形の角の部分に「枝」や「板」が成長することで複雑な形になっていくのであるが、成長がとてもゆっくりだと、結晶の原型とも言える「角板」のまま降ってくる。

 気温や湿度などの諸条件によって様々に変化し華麗な造形美を見せる雪の結晶であるが、個人的に最も好きなのが「角板付樹枝」と呼ばれる形である。いったん樹枝状にグッと成長したあと、枝の先に板が発達したタイプである。自然が形作る造形美のもっとも幸福な結実の一つとも言えるその姿は、見ていると心穏やかになる。

 ゆうあんさんのとても広いリスニングルームの大振りなソファに腰かけながら、YG ACOUSTICS のANAT REFERENCE Ⅲを中心とした、豪華なオーディオシステムを目にしていると、何故かしら「結晶」というキーワードが脳裏に浮かんだ。音を聴く前、モダンにデザインされたリスニングルームの雰囲気と相まって、「結晶」や「結実」といった単語が浮かんでは消えた。

 ゆうあんさんがお使いのYG ACOUSTICSのANAT REFERENCE Ⅲは、仮想同軸配置を採用したメインモジュールとアクティブ・サブウーファーの2つのキャビネットにより構成されている。メインモジュールはそれ自体で独立した2ウェイスピーカーである。

 ツイーターを挟んで上下にウーファーを設置し、仮想的に同軸を実現する「仮想同軸」タイプのスピーカーというと、個人的に真っ先に思い出すのが、Wilson AudioのCUBである。その初代モデルは、その精悍ないでたちに凛々しさを感じるものであった。

 またフランスのJM LabのMINI UTOPIAもとても好きな仮想同軸のスピーカーであった。上下のウーファーが、リスナーに焦点を結ぶようにそれぞれ角度がつけられていた。上のウーファーはやや下を向き、下のウーファーが少し上を向いているのである。フランス製らしくキャビネットもとてもお洒落であった。

 仮想同軸のスピーカーは三つのユニットが垂直に配置されるため、縦に長く、横幅はスリム、奥行きは横幅に対して大きくなる傾向がある。ANAT REFERENCE Ⅲのメインモジュールも、その独特のプロポーションである。

 仮想同軸配置のメインモジュールにアクティブ・サブウーファーが組み合わされたANAT REFERENCE Ⅲの姿は、実に美しく無駄がない。その存在自体が、禁欲的なまでの精巧さに溢れていて、空間のエネルギーをそのキャビネット内に取り込むかのように、威厳に満ちた姿で佇んでいた。

 アナログはGOLDMUNDの Reference Turntable(残念ながらGOLDMUNDの Reference Turntableはアームの不調により今日は出番がなかったが、また別の機会にぜひとも聴いてみたい「レジェンド」である)、デジタルはdCSのVivaldi、そしてConstellation Audio のプリとパワーという、とても豪華で夢に溢れる機器構成である。SOLID STEEL製のラックに収納されたそれらの機器はどれもが妥協を許さずに開発されたものばかりで、見ているとため息が自然と漏れ出てしまった。

 今日はA5さんも来られる予定であったが、仕事の関係で1時間ほど遅れるとのこと。最初の1時間はリスニングポイントのセンターに座らせていただいて、様々な楽曲を聴かせていただいた。ゆうあんさんのメインはクラシックのオーケストラであるが、それ以外にも幅広いジャンルの曲が、この広い部屋に流れた。

 その音の純度の高さ、音の背景のクリアな様、音色の滑らかさ、帯域バランス、ダイナミックバランス、空間表現・・・それらの諸要素が見事に綺麗な六角形を形作っていた。音を聴く前から、何故かしら浮かんだ「雪の結晶」のイメージは、「予告」であったのであろうか・・・

 人は小さな雪の結晶を目にした時、ふとその口の端からは微笑みが漏れるものであるが、ゆうあんさんのオーディオシステムから流れる音を耳にして、私は「角板付樹枝」の形をした雪の結晶を目にしたならばきっとするであろう表情を浮かべながら、ANAT REFERENCE Ⅲが広い空間に放つ音に耳を傾けていた。

 ややあってA5さんも加わり、3名でのOFF会は流れるように進んだ。A5さんは「前回来た時よりもさらに良くなっている。新たに導入した最新型のSOLID STEELのラックが効いてるんだね・・・音がさらにクリアになっている。エネルギー感も増している・・・まいったな・・・これは・・・」と感想を述べられていた。

 美味しいケーキとコーヒーのブレークタイムを挟んでの後半も怒涛の勢いで多くの楽曲を聴かせていただいた。A5さんが持参されたCDの1枚である「ROUND M MONREVERDI MEETS JAZZ」は、強烈に印象に残った。ラ・ヴェネクシアーナによるモンテヴェルディの音楽と、豪華ジャズ・プレーヤーたちのインプロヴィゼーションの共演・・・この独創的なアイディアにより表出される音楽は実に魅惑的であった。

 目を閉じて、この楽曲に触れる時、ゆうあんさんのリスニングルームの中には、結実した雪の結晶が静かに天井から降り注いでくるような感覚であった。感動と驚きに満たされたOFF会の後は、車で少し走ったところにある「うなぎ甲子屋(きのえねや)」で、とても美味しいうな重を食べた。

 ここのうなぎは、とても上品な味わいである。味付けは淡く、うなぎ本来の旨味をしっかりと活かしている。その身は柔らかくふわっとしている。たれの味わいが強すぎないので、ごはんの甘みもしっかりと感じられる。何度も頷きながら口にしたうな重・・・「ここにも結実した結晶があった・・・」と、とても嬉しく思えた。

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6511:檻

2023年12月29日 | ノンジャンル

  「その夢は、映画『PERFECT DAYS』のラストシーンのようだったんです・・・唯一違うのは、映画では役所広司演じるこの映画の主人公である平山の顔のアップだったのが、その夢では弟の顔だったんです・・・それも自閉症特有の無表情ではなく、映画のようにとても多面的で豊かな表情をしていたんです・・・」

 実家で彼女の両親と一緒に暮らしている弟は、自閉症である。両親はその弟の世話にかかりっきりになりがちで、彼女は子供時代寂しい思いをしたと過去に話したことがあった。

 彼女は独身であるが、「結婚して、子供が生まれた時に、その子が弟のように自閉症であったらと思うと、とても怖いです・・・両親の苦労を目の前で見ていますから・・・」とも話していた。

 「夢って不思議ですよね・・・現実ではあり得ないことなんですけど、弟のいつもと違うその表情に違和感はありませんでした。普段は決して他者と目線を合わせようとしない弟は、その夢の中ではまっすぐにこちらを見据えていました。」

 「そしてその眼にはうっすらと涙が溢れ、やがて優しい微笑みの光が宿ったりしました。あの映画のラストシーンのようにその目の表情は移ろっていくのでした・・・私はその目に惹きつけられたまま、弟に尋ねました『どうしたの・・・』と・・・」

 「すると、『お姉ちゃん・・・僕のことは心配しないで・・・自分で選んだんだよ・・・自分の意思で・・・自分のために、そしてみんなのために・・・』と、弟は話したんです・・・」

 「私は訳が分かりませんでした・・・何のことを言っているのか・・・『どういう意味・・・?』と、尋ねても、弟は静かに微笑んでいるんです・・・なぜか私は夢を見ながら涙を流していました・・・」

 「私は泣きながら目を覚ましました。不思議な夢でした・・・現実の弟は普通に話すことはできないのです・・・奇声を発したり、意味のない言葉を何十回となく繰り返したりはしますけど・・・弟は自閉症という頑丈で過酷な『檻』の中に閉じ込められているんです・・・」

 「目を覚まして、しばらくぼっとしていました。それから静かに夢の中で弟が言った言葉について考えました。弟は『自分で選んだんだよ・・・自分の意思で・・・』と話していましたが、その意味がすぐには分かりませんでした。」

 「もしかしたら、自閉症になることを自ら選んだということかなって思ったんです・・・もちろん普通に考えるとあり得ないですよね・・・でも、そういうことかなって思ったんです・・・」

 「自分の意思で、自閉症という頑丈で過酷な『檻』の中に入った・・・荒唐無稽ですよね・・・あり得ないことなんですけど・・・そういうメッセージだったようなんです・・・もちろん夢ですから・・・現実ではないんですけど・・・不思議と意味のないことには思えなくて・・・」

 彼女はその夢について話した。私は彼女の話を聞いていて、正直その意味合いがよく分からなかった。茫洋とした表情を見せていたであろう私に向かって彼女はさらに言葉を続けた。

 「夢の中で弟は、『自分のために、そしてみんなのために・・・』とも言っていました。その『みんな』って、両親や私のことなのかなって思いました・・・『みんなのために・・・』ってどういうことなんでしょう・・・」

 「その夢の中で見せてくれた弟の表情は忘れることができません。現実の中では一度も見せることのなかった、そしてこれからも決して見せることのないであろう弟のあの表情が、忘れられなくて・・・弟は微笑んでいました・・・うっすらと涙を目に湛えながら・・・」

 カウンターに置かれた彼女のパソコンの画面からは青白い光が発せられていた。その光にうっすらと左半分が照らされた彼女の表情は、どこかしら神秘的であった。そして、彼女が話す夢の話も、それと同様に神秘的であった。

 SONY CF-1980からはLou Reedの歌声が相変わらず流れていたが、私の耳にはそれがとても遠くから聴こえてくるように感じられた。

 彼女は滲むように涙を湛えた目をこちらに向けて、微笑んだ。そして「そのラジカセ、そこに置いてあるラジカセ・・・映画の中で平山の部屋に置かれていたものと同じですよ・・・」と、私に告げた。

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6510:木漏れ日

2023年12月28日 | ノンジャンル

  「ゆみちゃん」は、この曲が終わると、私の不思議そうな視線に気づいて、静かに言葉を発した。

 「この曲、少し前に観た映画に使われていました・・・役所広司がカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞した映画で、ドイツのヴィム・ヴェンダースが監督です・・・主人公の平山は公衆トイレの清掃員として働いていて、孤独ではあるが、日々を大切に繊細で柔らかい心持で生きています。その主人公の日常の様を淡々と描いたものでした・・・」

 「絶賛された3分近いラストショットで、主人公の表情は様々な感情を多面的に表します。60年以上のこれまでの人生の日々を振り返っているのか、喜び、悲しみ、そして虚無をすら表すその演技は、とても素晴らしく、印象的でした・・・」

 「そうそう、主人公の平山が使っている車のカーステレオはカセットなんです・・・ミュージックテープをたくさん持っていて、車の中で聴くんです・・・カセットテープから車の中に流れる音楽がどれも印象的で、アニマルズ、ヴェルヴェッド・アンダーグランド、オーティス・レディング、それから金森幸子・・・もちろんこの曲『PERFECT DAYS』も使われています。これが映画のタイトルでもありますしね・・・」

 「とても印象的なラストシーンではニーナ・シモンの『Feeling Good』が使われていました。朝日に輝く首都高を走りながら、その朝日を浴びる主人公の表情がまるでオーロラのように変化するのです・・・この映画で使われた曲の全てを、ミュージックテープで集めたいと思いました・・・本当に・・・」

 彼女は最近観たという映画について話した。とても印象的な映画だったようで、彼女は饒舌であった。

 私はその映画について全く知らなかった。彼女の話によると、特にこれといったストーリー展開があるわけではなく、主人公の静かな日々が淡々と描かれ、その日々の生活の中で主人公と交わる人々の人生の断片も所々で添えられる。彼女はカセットテープにより映画の中で流れる音楽が印象的だったと話した。

 「平山の古い木造アパートの部屋には古いラジカセが置いてありましたよ・・・それにミュージックテープのコレクションもずらっとあって・・・綺麗に棚に収納されていて・・・その古い木造アパートは東京スカイツリーが見えるエリアにあって、その対照的な対比がまた面白いんです・・・」

 「平山が毎日清掃する公衆トイレは、どれもモダンで独創的なデザインのもので、『どこにあるのかな?』って思いました。都心の公園のトイレってこんなにお洒落なんだって思いました。一つ一つトイレ巡りしてみようかとも思いました・・・」

 「主人公は毎日のようにとある公園の大きな木の前のベンチでお昼を食べるんです・・・そして、この木が形成する木漏れ日の様子を写真に撮るんです・・・カメラはフィルム式の白黒で・・・」

 しばしの時間、彼女は話していた。SONY CF-1980から流れているLou Reedの「TRANSUFOMER」は曲が進んで、「Walk on the Wild Side」が流れ始めていた。

 ふと話している彼女の表情が変わったように感じられた。

 「昨日の晩、ちょっと変わった夢を見ました・・・弟が出てくるんです・・・その夢の中で・・・」彼女は、視線を彷徨せるようにしながら、静かに話し始めた。

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6509:CF-1980

2023年12月27日 | ノンジャンル

 朝のうちは気温は低かったが、時間の経過とともに上がっていって、午後にはこの時期としては暖かさを感じるようになった。

 午後の3時過ぎに、中野坂上にある喫茶店「Mimizuku」に立ち寄った。白い外壁の古いビルの1階にその店はある。店内にはカウンター席が4つと、4人掛けのテーブルが2つ、そして2人掛けのテーブルが1つある。

 木製のドアを開けると、その扉の上につけられている鈴が乾いた音をたてた。

 「いらっしゃい・・・」と、この店を一人で切り盛りしている女主人のくぐもった声が低く響いた。

 カウンター席の一番奥に座った。カウンター席には先客がいた。「ゆみちゃん」であった。彼女は現在37歳。新宿区のIT企業に勤めている。ほぼ毎日テレワークで、WEB会議のない時間帯などには、この店に来て、カウンター席でパソコン相手に仕事をしたりしているようである。

 出身は和歌山市で、実家には両親と自閉症の弟がいるようである。

 「今日は少し暖かいですね・・・」と、彼女に挨拶をした。

 「ええ、そうですね・・・少し前は肩がこるくらいに寒かったですけど・・・」と彼女はパソコンから顔を上げてこちらに視線を移した。

 私はブレンドコーヒーを頼んだ。私の席の目の前にはソニー製の古いラジカセが置かれていた。

 それは亡くなったこの店のご主人の遺品である。いずれもソニー製の古いラジカセが3台あるようで、時折入れ替わる。

 今日カウンターに置かれていたのは、CF-1980であった。そのラジカセの隣にはミュージックテープが10数本入った箱が置かれている。そのミュージックテープも亡くなったご主人の遺品で相当な数のコレクションがあり、そのうち10数本のみが箱に入れられている。その中身も時折入れ替わる。

 店内にはBGMは流れていない。そのラジカセから時折流れる音楽のみが「Mimizuku」の店内に流れるBGMとなる。

 そのCF-1980を正面から眺めた。やや大振りな躯体をしている。スピーカーは2ウェイであることを主張しているのであろう、ウーファーとツイーターがそれぞれ独立した円で配置されている。破綻することろのない安定感のあるデザインである。

 ミュージックテープの入った箱を手元に引き寄せて、中身を覗いた。中にはミュージックテープがきちんと並んでいる。その中の1本に目が留まった。

 それは、Lou Reedの「TARNSFORMER」であった。それを手に取って取り出した。

 カセットをケースの中から取り出して、CF-1980のカセットホルダーに納めた。「PLAY」ボタンを下に押し込んだ。カチッとした乾いた音がした後、カセットテープはするすると回転し始めた。

 1曲目の「Vicious」が、流れ始めた。

 このアルバムはLou Reedの2作目のソロアルバムである。プロデュースしたのは、「ジギースターダストをリリースしたばかりのデヴィッド・ボウイと、当時ボウイのバンドにいたミック・ロンソンである。それ故か、「ジギースターダスト」の音世界との共通点が感じられる。

 出されたコーヒーをゆっくりと飲みながら、耳を傾けていた。曲は3曲目の「PERFECT DAYS」に移った。

 一つ空けたカンター席に座っていた「ゆみちゃん」が、顔を上げて視線をこちらに向けていた。その視線の雰囲気がちょっと違っていたので、彼女の表情をそっと窺った。

 彼女の視線はラジカセの方向に向けられていた。「PERFECT DAYS」が流れている数分間。彼女は身じろぎもしなかった。

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