雪の結晶には、幾つかの形がある。雪の結晶というと大半の人が思い浮かべるのが六角形のものであろう。その代表的な形のものは「樹枝六花」と呼ばれる。中心の小さな核から、細長い「枝」が伸びているのでこの名前が付けられている。
また、「角板」と呼ばれるシンプルなものもある。雪の結晶の中でももっともシンプルなタイプで、この形をベースに、六角形の角の部分に「枝」や「板」が成長することで複雑な形になっていくのであるが、成長がとてもゆっくりだと、結晶の原型とも言える「角板」のまま降ってくる。
気温や湿度などの諸条件によって様々に変化し華麗な造形美を見せる雪の結晶であるが、個人的に最も好きなのが「角板付樹枝」と呼ばれる形である。いったん樹枝状にグッと成長したあと、枝の先に板が発達したタイプである。自然が形作る造形美のもっとも幸福な結実の一つとも言えるその姿は、見ていると心穏やかになる。
ゆうあんさんのとても広いリスニングルームの大振りなソファに腰かけながら、YG ACOUSTICS のANAT REFERENCE Ⅲを中心とした、豪華なオーディオシステムを目にしていると、何故かしら「結晶」というキーワードが脳裏に浮かんだ。音を聴く前、モダンにデザインされたリスニングルームの雰囲気と相まって、「結晶」や「結実」といった単語が浮かんでは消えた。
ゆうあんさんがお使いのYG ACOUSTICSのANAT REFERENCE Ⅲは、仮想同軸配置を採用したメインモジュールとアクティブ・サブウーファーの2つのキャビネットにより構成されている。メインモジュールはそれ自体で独立した2ウェイスピーカーである。
ツイーターを挟んで上下にウーファーを設置し、仮想的に同軸を実現する「仮想同軸」タイプのスピーカーというと、個人的に真っ先に思い出すのが、Wilson AudioのCUBである。その初代モデルは、その精悍ないでたちに凛々しさを感じるものであった。
またフランスのJM LabのMINI UTOPIAもとても好きな仮想同軸のスピーカーであった。上下のウーファーが、リスナーに焦点を結ぶようにそれぞれ角度がつけられていた。上のウーファーはやや下を向き、下のウーファーが少し上を向いているのである。フランス製らしくキャビネットもとてもお洒落であった。
仮想同軸のスピーカーは三つのユニットが垂直に配置されるため、縦に長く、横幅はスリム、奥行きは横幅に対して大きくなる傾向がある。ANAT REFERENCE Ⅲのメインモジュールも、その独特のプロポーションである。
仮想同軸配置のメインモジュールにアクティブ・サブウーファーが組み合わされたANAT REFERENCE Ⅲの姿は、実に美しく無駄がない。その存在自体が、禁欲的なまでの精巧さに溢れていて、空間のエネルギーをそのキャビネット内に取り込むかのように、威厳に満ちた姿で佇んでいた。
アナログはGOLDMUNDの Reference Turntable(残念ながらGOLDMUNDの Reference Turntableはアームの不調により今日は出番がなかったが、また別の機会にぜひとも聴いてみたい「レジェンド」である)、デジタルはdCSのVivaldi、そしてConstellation Audio のプリとパワーという、とても豪華で夢に溢れる機器構成である。SOLID STEEL製のラックに収納されたそれらの機器はどれもが妥協を許さずに開発されたものばかりで、見ているとため息が自然と漏れ出てしまった。
今日はA5さんも来られる予定であったが、仕事の関係で1時間ほど遅れるとのこと。最初の1時間はリスニングポイントのセンターに座らせていただいて、様々な楽曲を聴かせていただいた。ゆうあんさんのメインはクラシックのオーケストラであるが、それ以外にも幅広いジャンルの曲が、この広い部屋に流れた。
その音の純度の高さ、音の背景のクリアな様、音色の滑らかさ、帯域バランス、ダイナミックバランス、空間表現・・・それらの諸要素が見事に綺麗な六角形を形作っていた。音を聴く前から、何故かしら浮かんだ「雪の結晶」のイメージは、「予告」であったのであろうか・・・
人は小さな雪の結晶を目にした時、ふとその口の端からは微笑みが漏れるものであるが、ゆうあんさんのオーディオシステムから流れる音を耳にして、私は「角板付樹枝」の形をした雪の結晶を目にしたならばきっとするであろう表情を浮かべながら、ANAT REFERENCE Ⅲが広い空間に放つ音に耳を傾けていた。
ややあってA5さんも加わり、3名でのOFF会は流れるように進んだ。A5さんは「前回来た時よりもさらに良くなっている。新たに導入した最新型のSOLID STEELのラックが効いてるんだね・・・音がさらにクリアになっている。エネルギー感も増している・・・まいったな・・・これは・・・」と感想を述べられていた。
美味しいケーキとコーヒーのブレークタイムを挟んでの後半も怒涛の勢いで多くの楽曲を聴かせていただいた。A5さんが持参されたCDの1枚である「ROUND M MONREVERDI MEETS JAZZ」は、強烈に印象に残った。ラ・ヴェネクシアーナによるモンテヴェルディの音楽と、豪華ジャズ・プレーヤーたちのインプロヴィゼーションの共演・・・この独創的なアイディアにより表出される音楽は実に魅惑的であった。
目を閉じて、この楽曲に触れる時、ゆうあんさんのリスニングルームの中には、結実した雪の結晶が静かに天井から降り注いでくるような感覚であった。感動と驚きに満たされたOFF会の後は、車で少し走ったところにある「うなぎ甲子屋(きのえねや)」で、とても美味しいうな重を食べた。
ここのうなぎは、とても上品な味わいである。味付けは淡く、うなぎ本来の旨味をしっかりと活かしている。その身は柔らかくふわっとしている。たれの味わいが強すぎないので、ごはんの甘みもしっかりと感じられる。何度も頷きながら口にしたうな重・・・「ここにも結実した結晶があった・・・」と、とても嬉しく思えた。