3253:井の頭線

　ポルシェ浜田山を出て、駅まで歩いた。しばらく商店街通りを抜けていく。この通りには様々な店が並んでいる。歩きながら話した。

　「どうだった・・・？マカン・・・」

　彼女はマカンのハンドルを握らなかった。後部座席に座ってその30分ほどの試乗時間を過ごした。

　「ドライバーにとっては気持よさそうな車だけど、助手席や後ろの席に座っている人には、それほど快適な車じゃないかも・・・」

　「そう、結構硬かった・・・？」

　「がしっとしている感じかな・・・硬いって言うほどでもないかもしれないけど・・・」

　「ポルシェはスポーツカーメーカーだからね・・・SUVを作っても、やっぱりスポーツカー的な味付けの車になるんだろうね・・・」

　「奥さんや子供たちからは少し不評を買うかもしれないよ・・・」

　「そうか・・・前の車の方が乗り心地が良かったって言われるかもね・・・」

　数分で駅に着いた。浜田山駅から吉祥寺行の井の頭線に乗った。各駅停車の電車のなかは空いていて、どことなくのんびりとした空気が流れていた。

　「もうすぐ、ご主人が戻ってくるね・・・3月中・・・？」

　「4月に入ってからみたい。引き継ぎがあるから・・・4月10日に荷物をまとめて送るって言ってきた・・・」

　「そう・・・」

　彼女の夫は3年間盛岡に単身赴任していた。4月からは羽村にある工場に戻るようである。井の頭線の車内で二人はしばし黙っていた。

　二人は口には出さなかったが、ある共通の思いに捉われているような気がした。「長く続いた二人の関係もそろそろ終着点を見出す頃合いにきている・・・彼女の夫が戻ってくるこのタイミングはそれを見出すいい機会なのかもしれない・・・」私は頭のなかで、そんな風に思った。そして、彼女の表情からも同じ思いを抱いていると感じられた。