AcousticTao

趣味であるオーディオ・ロードバイク・車・ゴルフなどに関して経験したことや感じたことを思いつくままに書いたものです。

3241:1973年

2015年02月01日 | ノンジャンル
 Mimizukuに着いたのは午後の6時を回った頃であった。あたりはすっかりと薄暗くなっていた。扉の上部に付いた鈴の音をからからと鈍く響かせながら店内に入った。

 カウンター席には誰も居なかった。4人掛けのテーブル席にも客の姿はなかった。奥まったところにある二人掛けのテーブル席には中年の男性が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。

 私と「ゆみちゃん」はそこが指定席のようになっているカウンター席に座った。私が一番奥の席に、一つ空けて彼女が座った。

 「いらっしゃい・・・いい買い物ができた?」

 女主人はコップに注いだ水とおしぼりを出しながら訊いた。

 「ええ、買ってきました。ラジカセ・・・古いやつ。でも、ちゃんと整備されていて、問題なく動くようです。」

 彼女はそう答えながら紙袋からラジカセを出してエアパッキンに付いている透明なテープを外し始めた。

 お腹が空いてきたので、私はナポリタンとホットコーヒーを頼んだ。それを横で聞いていた彼女は「私もナポリンタンお願いします。」と小さな声で女主人に伝えた。

 エアパッキンから解放されたSONY CF-1610が姿を現した。彼女は大事そうにその機械をカウンターの上に置いた。

 最初は自分の方に向けていた正面をくるっと裏返し、女主人に見せるようにして「これです・・・1973年に作られたものなんです・・・」と言った。

 「まあ、なんだか懐かしい感じね・・・1973年って何年前・・・40年ぐらい前かしら・・・その頃に戻ってみたわね・・・ゆみちゃんは姿形もまだない頃ね・・・」

 女主人はかすかに微笑みながらそう言って、料理の支度に取りかかった。その動作は普段の緩慢な感じの動きとは違い、合理的で効率的な動きに見えた。

 彼女はまたCF-16110の向きをこちら向きに替えて、スイッチの幾つかを触って操作していた。電源コードを取り出してラジカセ側に差し込み、右手でコンセント側に指すプラグを持っていた。

 「コンセントあります・・・?」

 女主人に確認してカウンターの向こう側の電源コンセントにそのプラグを差し込んだ。イジェクトボタンを押すとすっと蓋がこちら側に開いた。

 小型のトートバッグの中からカセットテープを取りだした彼女は、「『ねこ』のテープ・・・最初はこれを聴こうと思って・・・」そう言って、カセットテープを入れた。
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