相変わらずテオとアンは仲が良く、買い物で家を留守をするので2匹の様子を確認に行くと、ちゃっかり布団の上でくっついているのだ。
もっとも仲がいいといっても一生くっついて暮らすというわけではないだろう。どんな動物の子供にも、ひとりだちをする日がやって来るからだ。動物を扱ったドキュメンタリーでは、子別れのシーンというのは厳しい。母親は子供に噛み付いてでも、そばを離れるようにと突き放す。
いずれアンもテオから一定の距離をおくようになるだろう。ただ、テオは久しぶりの兄妹の登場にアンにベッタリだから、そんな日が来ればガッカリするかもしれない。
テオではなく、お気に入りのクッションに顎を乗せて眠るアン。いつか、これが当たり前の日が来るのだろう。
人間の場合は、「ひとりだち」というよりも、「自立」という言葉を使う。しかしながら、「自立」という言葉を、経済力としか捉えていない人も多い。「自立」とは、文字通り自分のことは自分でやることができるようになることだ。これを経済力とイコールと考えていると、老後苦労する。
「自立」の定義とは、経済力はもとより、自分のことは自分でやることができるということのほかに、社会性を身につけるということもある。
超高齢化により、誰もが将来ひとりになる可能性が高くなって来た。オッサンの多くは、自分は嫁さんより早死にすると思っているが、そんなにことはうまく運ばない。嫁さんが死んだ後、掃除、洗濯、買い物などの家事のほかに、近所付き合いも必要だ。会社人間で、仕事関係しか人脈を作らなかった人は、老後、頼りにできる知人や友人を持たないということになる。
また、結婚しない人も増えているから、ひとり暮らしの高齢者所帯は、確実に男所帯が増えるのはわかっている。「自立」とは子供から大人になる時だけ訪れるものではなく、老後、ひとりになっても困らないことでもあるのだ。
そう考えると、僕の場合は、「そう言われれば、困ったときに誰に頼ろうかな」と悩んでしまう。今は身の回りのことは問題なくできても、病気で倒れたり、生活が行き詰まった時に助けてくれそうな知人がいるかと言えば、かなり怪しい。
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