おっさんひとり犬いっぴき

家族がふえてノンキな暮らし

協調性って

2024-09-08 11:18:19 | 日記
 小学校の時の通知表の通信欄という先生のコメント欄に、「協調性がない」と書かれたことがある。他人と何かやるというのが苦手というのではなく、何をするのでも他人よりも速いというのがあり、周りが終わるのを何もせずに待っているというのができなかったのだ。

 社会人になり、デッサン教室に2回だけ通ったことがある。石膏像を相手に2時間ほどデッサンする日曜学校なのだが、僕としては毎回デッサンを完成させ、なるべくたくさん描こうと考えていた。そこでせっせと集中してデッサンし、翌週新しい石膏像を相手に描いていたら、指導する美術学校の先生が、「ここではみんな1ヶ月かけてひとつのデッサンを仕上げるんです」と言う。僕が「週に一度のことなので、なるべくたくさん描きたいんですが」と説明すると、「美大を目指す人はもっとじっくり描くんですよ」と説明する。こちらはすでに社会人で美大に入学する気もないのに、こんな指導しかできないのかと、2回目の後顔を出すことをやめた。

 子供の頃から、自分のできることは自分でやればいいと考えているので、誰かをあてにするとか、みんなと同じようにするという習慣がまったくない。この前散歩していたら、知人の女性がせっせとスポーツバッグを洗っていたので声をかけると、孫が部活で使っているカバンで、汗の匂いがすごいので洗っているのだという。孫のカバンを洗うことくらい孫にさせろと思い「本人に洗わせればいいんじゃないですか」と言うと、「母親は仕事で暇がないんです」と答える。僕が言う「本人」は孫のことで、あなたの娘のことじゃないんだけどなと思ったけど、なんとなくなるほどなとも思った。とにかく子供が少なくなり、お婆ちゃんは孫の機嫌を取らなくてはならないのかもしれない。

 今日は朝から地区の一斉清掃で、世話役である僕はあちこち顔を出さなければならなかったが、その中で気になる制度が、参加できない人は「不参加金」を徴収するということである。正当な理由で不参加なら取らないが、そうでなければ罰金を取るというのだから、一体誰がそれを判断するんだと不思議だ。

 そもそもこの制度が始まったのは、きっと誰かがサボったことを別の人間が良く思わず、罰金でも取れということで始まったに違いない。が、一斉清掃自体僕は馬鹿な制度だと考えている。雑草が伸びて気になるなら、気になる人が刈ればいいのだ。みんなで時間を合わせてやること自体、ナンセンスなのである。

 できる人がさっさと終わらせればそれでいい。できない人の分までカバーできるなら、それでおしまい。できない人にペナルティーを課したり、誰かがサボらないように縛りを設けるなんてのは、人間としてつまらないことだと思う。

 小学校の時の通知表の通信欄を思い出しながら、そういう考え方は「協調性がない」ってことなんだろうなと思うアベさんなのである。
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