九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

八十路ランナーの手記(418) 3月、91キロまで来た   文科系

2022年03月17日 09時38分06秒 | スポーツ

 16日現在、やっと91・3キロまで来た。あと半月で89キロ走れるだろうかと、不安が走っている。というのも、急な気温上昇のせいなのか、不調なのだ。
 13日はジムで75分かけて10キロ走るのがやっと。どこと言って疲れた部分や、息苦しさがあるわけではなく、アップ後の走行途中における全身倦怠感がある。これは走るのが一番嫌になるような厄介なだるさであって、二度目に水を飲んだらかなり楽になったから思ったより汗をかいていたということかもしれない。年寄りの身体が急な気温上昇に適応できていない循環機能の不全?
 14日にはこんな時の例に習って、家の18階段往復という補強運動を頑張って、150往復をゆっくりと59分かけたので、時間と心拍数のラン換算で8キロとした。普通は100往復程度であって、過去2度目の150往復を、特に1時間も掛けてゆっくりやったのは初めてのこと。季節への循環機能適応にも、筋肉ではフクラハギを使う離陸時の力加減に、大きな効果があると目論んでのことだ。
 そして16日。雲一つない快晴の春がすみの中、去年からよく通った外15キロほどの1周コースを変形させてそれ以上は走ろうと意気込んでスタートした。が、両脚に痛みが走る。押さえたアップから2キロを超えた坂道を終えて先ず左ふくらはぎ外側。これは大したことなかったのでだましだまし走り続けたが、4キロを超えて右もも内側の太い腱のような部分全体の痛み。後は無理をせず、円周の直径を辿るように自宅に向かって走ったり歩いたりで計6キロ、直径の残り半分近くはタクシーで帰ってきた。右腿内側には経皮消炎剤を貼って3時間経ったが、明後日には走れそうだ。原因はどうも、14日の階段往復の疲労残存のように思う。ちなみに、アップも含めた初めの4キロほどは、こんな数値になっている。キロ6分39秒で、ストライド85センチ、心拍数135bpm。極めて好調だったということだろう。好事魔多しで、アップも不足していたということかも知れない。

 さて、この季節は外走り専門でいこうかと思っている。室内の方が汗が消えていかないから疲れる感じなのだ。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TBS報道番組で「史学の初歩的誤り」 文科系

2022年03月16日 13時33分48秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 サッカーと気になる映画以外はテレビをめったに見ない僕が珍しくBS・TBSの20時から「報道1930」とかのウクライナ報道番組を見た。この番組のMCが、歴史学をちょっと囓っていれば絶対にやらないはずのとんでもない発言を鬼の首でも取ったように堂々と語っていて驚いた。

 戦争をめぐる両国停戦交渉団のロシア側代表トップは、メディンスキーという作家上がりの大統領補佐官。この人物の「いい加減さ」を示す証拠として、番組MCがこんなことを語っている。
「この人物の著作にこんな記述があった。『歴史は事実よりも解釈の方が重要なのだ』などと、とんでもないことを書いている」

 MCにこう語らせるというのは、この番組制作の上層部もこのシナリオを認めてきたということだろう。が、歴史学における事実と解釈というのは永遠の難問なのであって、この難問を考えたこともない人こそナイーブに「解釈偏重なんてとんでもない」と語れるもの。自分が歴史を語る時には常に事実だけを語っているつもりなのだ。まともな歴史家なら、そんな人はまずいないはずである。

 拙稿で恐縮だが、ここにこんな文章を書いたことがある。2020年7月12日のエントリー『書評「近現代日本史と歴史学」』からの抜粋である。

『 明治維新一つとっても、そのなかの例えば開国一つを採ってみても、これらを説明していくのに不可欠な重要な出来事一つずつを採ってみても、まず、当時の「無数の出来事の束」の中からこれらを重要として選び出した選択・解釈やその基準があるということだ。そういう解釈や基準は、日本史全体を動かしてきた要因などにも関わる過去の歴史学(者)らの諸学説などを踏まえれば踏まえるほど、精緻なもの、学問として水準の高いものになってくる。歴史を解釈する方法論が豊かになるほど、歴史の叙述が豊かで、精緻なものになるという事だ。 
 ところで、この解釈という事がまた、変わっていく。重大な新資料が出てくると換わるのは当然としても、解釈者自身らの時代も移り変わるところから歴史事実の束に臨む「問題意識」自身が変わるからである。近現代史における解釈変化の一例として、こんなことを著者はあげる。
 明治維新の基点である近代日本の始まりをどこに観るか自身が、変わったと。1950年代までの基点は1840年代の天保の改革の失政だったと観られていて、1960年にはペリー来航(1853年)がその基点に替わったというのである。歴史学会自身において、そのように通説が変わったと。』  

 「歴史的事実よりも解釈が重要だなどと、とんでもないことを語った」と言って、ある人物を貶めることなど到底できないことなのである。どんな人も事実を語っているつもりで、じつはその自分流解釈を語っているのだから。ただし、その解釈は事実、現実から外れず、別のそれらによって容易には崩されぬという意味において精緻な解釈でなければならないということだろう。これは何も歴史学だけの問題ではなくって、人間の思考に関わる主観と客観という哲学の難問でもあり続けてきたということも付け加えておきたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウクライナ傭兵部隊がしめすもの  文科系

2022年03月15日 19時27分03秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 クーリエ・ジャポンというサイトに表記の記事が載っていた。55カ国、2万人が手を上げて来たとのこと。なかでも最大多数とあった「元米軍人」とは、アフガン、イラク、シリアで名を馳せたアメリカ傭兵部隊(会社員)が多いにちがいない。非正規軍に参入されれば、パスポートまで取り上げられるのだそうだ。「食い逃げ」されぬようにとの戦争株式会社ノウハウの一つなのでもあろうか。

 飛行機や戦車を打ち壊すミサイルやロケットはすでに西欧からふんだんに供給されているのだから、これに非正規軍外人軍隊が加わって、さながら「ウクライナを部隊とする世界戦争」の様相になってきたわけだ。この中でアメリカ国家が金を出した元米軍人には一例、映画などで有名なスナイパーもいるに違いない。ロシア側に多い高級将校死者は彼らの仕業だとか?
 ロシアが振りかざす「2014年のミンスク合意を一方的に破り続けやがって、堪忍袋の緒が切れた!」も、「ロシア帝国蹂躙へのウクライナ愛国の戦い」も今やどうでも良くなって、ウクライナ国民とこの戦争がもたらすはずの「新たな地球の地獄化」とに思いを馳せるのである。

 プーチンがもたらしたこの「地球の破綻」は、「権威主義者の怖さ」として「価値観外交」とやらの肥やしにされていくに違いないのである。つまり、中国との最終戦争のまえに、プーチンというこの鬼畜独裁者自身が、「価値観外交」への生け贄とされずにはおかなくなった。それが「アラブの春」ならぬ「ロシアの春」という形を取ることも含めて。さらには、アメリカが目指している「価値観のための戦争」に踏み出し始めたら、生け贄は他にいくらでもいる。イラン、べネズエラ、キューバ、ボリビアなどの親中国国相手に、どんな戦争も勝手なネット正義プロパガンダで正当化されていくことになる。ただでさえ「大量破壊兵器」という嘘で大々的に参戦国を募ることができた国なのだし、戦争請負(株)も林立している国とあったら、さらにその上に何がどのようにお手軽に戦争理由にできていくのやら?

 ロシアと天真爛漫なゼレンスキーが、そんな地球地獄への入り口を開いてしまった。どうやったらこれを小さくできるのだろう。途方に暮れている。

 今日の最後だが、世界的ベストセラー「サピエンス全史」を書いたユバル・ノア・ハラリが、イギリス高級紙「ガーディアン」にこんな事を書いている。

『開戦から1週間も経たないが、ウラジーミル・プーチンが歴史的敗北に向かって突き進んでいる可能性がますます高くなっているように見える。たとえプーチンがすべての戦闘で勝っても、この戦争は彼の負けになりうるのだ。プーチンが夢見るのはロシア帝国の再興だが、その夢ははじめからウソの上に成り立つものだった。並べられたウソ八百は、ウクライナは本当の意味では国ではなく、ウクライナ人も本当の意味では国民ではなく、キエフやハリコフやリヴィウの住民はロシアの統治を待ち望んでいる、というものだった。
 だが、実際にはウクライナは1000年を超える歴史がある国であり、モスクワがまだ村でもなかった頃からキエフはすでに大都市だった。ロシアの独裁者はウソを何度もついているうちに自分でもそれを信じるようになってしまったに違いない。』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゼレンスキーは欺され、捨てられる 文科系

2022年03月14日 17時13分28秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 ウクライナ戦争は、これを起こしたロシアが無条件でとにかく悪いにせよ、ゼレンスキー大統領が「NATOには加盟するが、ロシアの侵攻はない」と言い続けて来た上で起こったもの。2014年の「ミンスク合意」をウクライナが履行しなかったことがロシアの安全保障上の危機感をそれほどに強めたということだろうが、対するゼレンスキーは今になってあわてたように「ミンスク合意」通りの譲歩発言を始めた。その間に何万という人々が死に続けているのだが、アメリカ以外の大国としては近年珍しい戦争犯罪国に踏み切ってしまった今のロシアには、今はもう和平を急ぐ必要もなくなった。

 だからなのだろう。この10日に開戦以来初めて行われたウクライナ・ロシア外相会談でも停戦になど至るはずがない。「毒を食らわば皿まで」とばかりに、ウクライナが承知できない難問をロシアが提起し続けたにちがいない。「ドネツク・ルガンスクの独立国化を即時に認めよ!」とか。
 加えるに、米を含めたNATO加盟主要国はというと「兵器はいくらでも援助してきたしこれからもするが、兵は送らない」と、ここでもゼレンスキーは欺されたのだろう。

 さて、ゼレンスキー大統領は今、途方に暮れているだろう。政治経験が全くなかった芸人がいきなり大統領になって、本業である人気コメディアンよろしく見事に芝居がかってロシアを戦争に引きずり出しただけではなく、他国の兵器をさらにどんどんつぎ込まれるという新たな国、世界新時代を切り開いたわけだ。そして、この事件はいまやさらに、社会ダーウィニズム信奉者である世界中の右翼ポピュリストらに鬼の首でも取ったような言動を今後長く吐かせていくことにもなった。

「やはり国防には核兵器がいる」

「日本でも核共有論を」

「中国の台湾侵攻がもっと早まった(「6年期限」が1年過ぎたから5年よりももっと早く?)」

「敵基地先制攻撃的『防衛力』がますます必要な時代になった」

 これらすべて、21世紀唯一の戦争常習大国を誇示してきたアメリカを理論上免罪してやるような、とんでもないロシアの蛮行の一つの帰結という他はないのか。ウクライナを語る人は、必ずアフガニスタン、イラクも語らねばならぬ。三つを対等に語り、そこから学ばねば、この地球の地獄度が増して行くに違いないという今なのではないか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウクライナ戦争は止められる  文科系

2022年03月13日 00時44分51秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 元外務省国際情報局長・孫崎享氏の「つぶやき」サイトにこんな記事が載った。3日前と2日前の記事を紹介しよう。
『ウクライナ問題。何故「糾弾」「制裁」の姿勢に疑問か。ロシア軍がUに侵略し力で現状変更を計る。金融制裁等も金融という力で変更計る。双方屈服を求める行為だ。何故「合意」を求めないか。NATO東方拡大をしない、東部住民に自決権付与とすれば事態収拾へ、』

『キッシンジャーが2014年ウクライナ問題について行った助言。ウクライナは国内、対外政策で妥協・和解を目指すべきだ。さもなければ混乱に進む。だがウクライナ人には妥協を図る叡知、更には敵視的視野を学んできていない。露も軍事行使すれば孤立する』

 ゼレンスキー大統領も「EUには加盟するが、ロシアは攻めては来ない」と確信的に語っていた。これが見通しの誤りだったとなった以上、2014年の文書合意に戻って、国民の命を第一と考え直すべきだ。これも過去の合意にあった「ドンパスの独立性尊重」を無視したからこういう事態になったという過去もある。

 このままでは、ウクライナが過去のアフガニスタン、もっと近くのイラクや「『アラブの春』後の北アフリカ諸国」のようになる。ゲリラ内戦の泥沼が続く国、時代に。アフガンもイラクも、アラブの春も、すべて欧米工作の影がある歴史的事件だったと、今では判明している。

 また日本も、この事件から多く学ばねばならぬ。平気で内乱工作をするような国の口車に乗らぬことである。今や、兵器が売れるほど延命できるという大国が存在することを忘れてはならない。ウクライナもそうだったが、右翼ポピュリストが跋扈する国がそうなりやすいようだ。最近のウクライナはどれだけの兵器を輸入していたことか。そして、体よく利用された政権も、その国自身も終わるのである。「アラブの春」を見よ。ウクライナ革命とやらも、あのような結末になろうとしているのではないか。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八十路ランナーの手記(417) 月180目標で67キロ   文科系

2022年03月11日 18時29分01秒 | Weblog

 昨10日の外走りで9キロジャストによって、3月は67.3キロまで来た。この日のデータは、アップダウン込み9キロのキロ平均6分50秒、ストライド83センチで、平均心拍数は134。この速度でこの心拍数というのは僕としてはとても低く、2月中旬の怪我休み以来ここまで心肺機能は順調に回復している証左。10日までで70キロと、僕として走り込んできた成果なのか、暖かかったせいなのか。

 この年になって長期間掛けてフォームを直したからいろいろ細かいことが気になるが、昨日気づいたことはこれだけ。
①暖かかった割にアップの時間が長く要った。3キロ近くまでは苦しかったのではないか。後半は見違えるように楽だった。
②左脚の使い方が悪かったのは、注意散漫が原因。しばらく走って改めて自己観察してみたら、左足を右に比べて前に出しすぎて離陸も早すぎ、それが原因で5キロほどまでタイムが上がっていない。ここから左右のリズムが悪く、最後4キロほどに修正したらキロ6分半を割っていたはずだ。
③後半の②修正には、左膝も曲がりすぎることも同時に直した。左右もストライド・リズム、両足の離着陸も微妙に揃わないとそうなるのだ。

 ランって、単純に見える動作だけど、その分奥が深いとつくづく思う。例えば、今定説になっている長距離の走り方なんて、初期の頃の日本マラソンランナーは誰もしていなかったはずだというように。それも当然で、人の二本脚歩行・走行って、哺乳類では人間だけの奇形動物のようなやり方なのだから。というよりも、二本脚で歩いて、走って、普通の猿とは全く違う今の奇形的身体(二本足が脳・頭の形や手の機能・形に与えた影響も含めて)を作りあげてきて、それがなお発展途上にある動物という難しさなのだろう。これはたとえば、頭が重すぎるから、上半身をちゃんと構え、上手く使って走らなければ腰背中などがすぐに痛くなるなど。

 例えば、短長距離では「地面をつついてその反発力で走る」という走り方の原理は同じでも、前脚の捌き方が全く違う。チーターのような短距離型猫族の走りと犬族のような長距離走との違いと言えば、これは走法二種の比喩というよりも走り方の構造の違いと言える。さらに、犬猫と違って人間は二本脚で走るのだから、二本脚で犬のようにちょこちょこと走る長距離と、チーターのように二本脚を大きき広げて走る短距離との違いということになろうか。この人間の長短距離速さの違いは犬猫と違って大したことない程度のものだし、人間の短距離は遅過ぎるから、人間は長距離動物なんだろう。例えばつまり、チーターと違って犬族のような長距離用循環機能を持っているということだろう。近ごろ、born to run と良く語られるが、その伝で言えば人間は長距離を歩き、走るように生まれてきたのだ。これを逆にいえば、活動していれば走り、活動がなくなって歩けなくなったら死ぬ時。長く活動しつつ長生きしたかったら走れ! というわけで僕は走って来たのだと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

欺されたウクライナ大統領  文科系

2022年03月10日 15時43分04秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 3月1日のエントリー「歴史的戦争犯罪と一つの謎」にも標記のことを書いたのだが、この内容は今一層確かなものとなった。ウクライナ大統領は今になってロシアの交渉条件を呑むと言いだしたのだから。NATO加盟を延ばし、ドンパス地方の一定の独立性を認めようというように。今これだけの譲歩をするというのなら、ロシア侵攻以前にどうしてこんな言葉、方針を表明し続けていたのか。1日エントリーに書いた問題部分を改めて抜粋する。

『 さらには、ゼレンスキー大統領は、どうして最後までこのふたつのことを述べていたのか。
「NATOには加盟する」
「ロシアの侵攻はない。あるという人はその証拠を見せて欲しい」
 今となっては、元俳優であった政治素人のゼレンスキーが、誰かにこう信じ込まされていたとしか思えないのである。僕もまた、このゼレンスキーの見方に賛成だったことになるのだが。「ウクライナがNATO加盟を図っても、ロシアは攻めてこない」 
 戦争を起こしたロシアが歴史的な戦争犯罪を犯した。が、それは前提として、ウクライナはどうして、従来の国際的約束通りにNATO加盟棚上げを継続すると改めて表明し直さなかったのか。今となっては、これだけが明確に戦争を避ける道だったのだけれど。』

  これと同類の歴史的事件って、日本も起こしたと記憶している。太平洋戦争前夜に日本が中国南下から仏領インドシナ進出に打って出た時、アメリカの出方を見誤ったという事件があった。これが、アメリカの対日石油禁輸措置を呼び、そこから「じり貧を避けた乾坤一擲・真珠湾へとまっしぐら」になっていったという事件である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

 書評 『それでも、日本人は「戦争」選んだ』(加藤陽子)  文科系

2022年03月09日 15時28分06秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 東京大学大学院で日本近現代史を専攻とする加藤陽子教授のこの本を、ざっと走り読みした。元は2009年に朝日出版社から出たものだが、僕が読んだのは2017年の新潮文庫本である。
 この本のでき方がとても興味深くて、神奈川県の私立栄光学園歴史研究部の中一から高二までの学生さん20名ほどへの集中講義録を製本化したものなのだ。2007年の年末から正月にかけて5日間の講義、質疑応答などの報告書だが、参考文献、解説など総て含めると498ページという大作である。目次はこうなっている。序章 日本近現代史を考える 1章 日清戦争、2章 日露戦争、3章 第一次世界大戦、4章 満州事変と日中戦争、5章 太平洋戦争、と。

 いろんな紹介の仕方があるが、第4章のある一点に絞って抜粋という形を中心としてみたい。以下に紹介する中国人論客のような人物が戦前日本国家の要職にあったら、あのような戦争はなかったのではないかという思いを込めて。この思いは、加藤陽子氏が学生らに伝えたかった歴史学の最大問題、「歴史は科学か」「歴史とは現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」(英国の歴史家、E・H・カーのことば)という思考と不可分のものであると確信している。

 以下の舞台は、満州事変の後、日中戦争直前の1935年。社会思想専門の北京大学教授・胡適が唱えた「日本切腹 中国介錯論」を加藤陽子教授はこう紹介する。なお、胡適氏はこの後38年には、蒋介石によって駐米国大使に任じられている。

『 胡適は「アメリカとソビエトをこの問題に巻き込むには、中国が日本との戦争をまずは正面から引き受けて、二、三年間、負け続けることだ」といいます。このような考え方を蒋介石や汪兆銘の前で断言できる人はスゴイと思いませんか。・・・具体的にはこういいます。
 中国は絶大な犠牲を決心しなければならない。この絶大な犠牲の限界を考えるにあたり次の三つを覚悟しなければならない。第一に、中国沿岸の港湾や長江の下流地域がすべて占領される。そのためには、敵国は海軍を大動員しなければならない。第二に、河北、山東、チャハル、綏遠、山西、河南といった諸省は陥落し、占領される。そのためには、敵国は陸軍を大動員しなければならない。第三に、長江が封鎖され、財政が崩壊し、天津、上海も占領される。そのためには、日本は欧米と直接に衝突しなければいけない。我々はこのような困難な状況下におかれても、一切顧みないで苦戦を堅持していれば、二、三年以内に次の結果は期待できるだろう。[中略] 満州に駐在した日本軍が西方や南方に移動しなければならなくなり、ソ連はつけ込む機会が来たと判断する。世界中の人が中国に同情する。英米および香港、フィリピンが切迫した脅威を感じ、極東における居留民と利益を守ろうと、英米は軍艦を派遣せざるをえなくなる。太平洋の海戦がそれによって迫ってくる。・・・・・』

『 胡適の場合、三年はやられる、しかし、そうでもしなければアメリカとソビエトは極東に介入してこない、との暗い覚悟を明らかにしている。1935年の時点での予測ですよ。なのに45年までの実際の歴史の流れを正確に言い当てている文章だと思います。それでは、胡適の論の最後の部分を読んでおきましょう。
 以上のような状況に至ってからはじめて太平洋での世界戦争の実現を促進できる。したがって我々は、三、四年の間は他国参戦なしの単独の苦戦を覚悟しなければならない。日本の武士は切腹を自殺の方法とするが、その実行には介錯人が必要である。今日、日本は全民族切腹の道を歩いている。上記の戦略は「日本切腹、中国介錯」というこの八文字にまとめられよう。』

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

八十路ランナーの手記(416) 月180キロ目指し再出発   文科系

2022年03月06日 05時52分31秒 | スポーツ

 先月17日に自転車ツーリング中に滑って転んで左手甲をカギ状に深く裂いて何針も縫った傷ゆえのドクターストップ。一週間ぶりに25日に走ったが、医者からは「1か月自転車禁止」などと言われていることとて、2月中はランも自重した。何でも、手を握る動作がこの傷口を広げることがあるとのことで、自転車のブレーキが要注意らしい。結果、2月は目標170キロには遠く及ばずやっと120キロ。

 明けて3月、25日の走りで衰えていないと分かったので、安心して頑張りだした。なんせ、去年9月120キロから月10キロずつ上げてきた月間目標が、3月は180キロになるのだ。1、3日がジムでいずれも90分、12・5キロと12・7キロ。5日には、5年生女子の孫とサイクリングで名古屋港往復26キロをやって、その夜にも4キロばかり外を走ってきたので、バイクの僕流ラン換算も含んで13キロ。合計38・2キロになっている。

 1月25日に同じジム90分で13・7キロとか、2月3日にはジム120分以上で17・3キロとかを走っているのに比べればすべて緩い完全LSDだが、5日夜の外走りの感じなどからみて、順調に走れている。「前脚が腰の下にうまく伸びて、嵌まって、その離陸が気持ち良くできるように」がここのところの僕に必要な留意点として定着してきた。ただ年寄りは前の数字などをすぐに忘れてしまうから、メモを見ながらしかものを考えられないと痛感する昨今、「ラン現状維持にさえ手帳メモがいる」と、これもとても貴重な学習成果である。
「過去実績のメモを見ながら考えていかないと、まともなランにはなっていかない」
「ラン能力維持のためでもある禁酒日でさえ、正確な記録がないと計画も立たず、ましてや守れなくなる」

 5日の孫とのサイクリングは先月11日以来で、名古屋港先端までを往復してきたのだが、とにかく楽しかった。なぜこれほど楽しいのかと後で考えても我ながら不思議なほどに。
「子どもが、身体を揺らして疾駆している姿自身が、好きなんだろう。まー僕が、子ども(との活動)をそれほど好きなのかも知れない」
「それに、ハーちゃんは子供用6段切り替えで平均時速20キロほど、元気に思いっ切り走っていくし」?
「この成長期の自転車による身心作り効能が我が身の過去を振り返って特に骨身にしみて感じられ、分かっているから、そういう情操教育的な喜びも。彼女がこのままこれを続けられるようなら、近く良いバイクを買ってやろう。好きな程度を見つつ、グレイドを決める」?
 などなど思いつくことを上げてみても、ぜんぜん汲み尽くされていないような、そんな楽しさの感じ・・・。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

改めて「戦争論」をすべき時  文科系

2022年03月05日 10時53分12秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 ロシアがおこした「青天の霹靂」ウクライナ戦争への国連非難決議にさえ、賛成141カ国に対して、反対、棄権、無投票が52カ国もあった。賛成141カ国の中には、英日仏など嘘の理由で開戦されたイラク戦争「正義の勇往邁進」「戦争史上最大の大軍事連合」(当時のラムズフェルト国防長官の声明)に突入した参戦有志国も多い。これらの国のウクライナ戦争非難も正しいものだが、どの口でウクライナ非難を叫んでいるのかとは言えるだろう。こんな今こそ改めて戦争というものを考えてみるべき時だろう。去年の10月30日エントリー『右流「戦争論」「国防論」はこう誤っている』に、こんなまとめを書いた。

『戦争論、国防論を巡る、右翼論調の誤り、盲点について述べてきたことを改めてもう一度まとめておきたい。
① 人間に、戦争を起こす生来の気質、闘争本能のようなものはない。ましてや、この類の議論で国家の戦争を説明するどんなやり方も学問的誤りとして退けられている。ちなみに、右流戦争論は、無意識のこれも含めてこんな「闘争本能戦争論」を前提としていることが多いものだ。そういう「戦争思考における無意識の前提」をなくすことが、戦争論の第1の関門だと思う。

② この①によって、戦争を考えるべき対象のすべては「 戦争をめぐる人類史だけ」となる。戦争論とはこうして、人類の戦争史からはみ出す論議になってはならないということだ。そこでは、一例「サピエンス全史」(ユバル・ノア・ハラリ著)が明らかにしたように、民族国家や大統一国家の警察権や監獄が現れて来るにつれて、内乱や戦争は少なくなくなってきた。そして20世紀には、二度の国家総力戦の惨劇を反省して、人類史上初めて反戦国際組織も生まれている。これは、18世紀以来の「人の命は平等に大切である」という感じ方考え方の発展とともに生まれてきたものだ。近代統一諸国家の国家警察権が国家内乱防止に繋がったように、国連警察軍に戦争廃止が期待できる人類史時代がやっと始まったと言える。

③ なお、「戦争はしないけど、戦争抑止力として軍隊は必要だ」との議論にも触れてみよう。この手の論者にはある共通性がある。②をほとんど語らず、無意識のこれも含めて①の「闘争本能戦争論」を抱いている人が結構多いものだ。これは人類のありうる未来に向かった議論としては、国家警察を語らず、各県警察だけを語っているようなもの。徳川幕府の国家統一、警察権の統一が、日本300年の平和とその平和による世界先進とも言える繁栄をもたらしたことを日本人はよく知っているはずなのだが。

ちなみに、冷戦終結以降の歴史的現在において国連を無視することが急に多くなったアメリカが、世界平和に関わっては国連警察軍一本で行くと決めたら、世界はすぐにそうなるだろう。そうならないのは、この世界で今のアメリカこそがもっとも戦争放棄を避けたいからではないのか。これは、アフガン、イラクへの開戦、ベネズエラやイランへの戦争脅迫などが示してきた通りである。平和憲法を持つ日本は、そんなアメリカとともに国防を図るのではなく、国連(警察軍強化)とともに図る道を求めていくべきではないか。』

 
 さて、この上の諸点について中国はどうなのか。明らかに、こう語っている。「戦争はなくせる」「そのためには、常駐の国連警察部隊を、特に今は、アフリカに常備部隊を創るべきではないかと提案したい」などと。これについて2015年9月30日の当ブログ、拙エントリーで習近平が国連演説・提案をしたというニュースをこう報告した。

【 習近平・中国国家主席が国連で世界政治に関わって以下の提案をした。「中国は永遠に覇権を求めない」という説明を付けての提案だった。
①10年間で10億ドル(約1200億円)規模の「(国連)平和発展基金」を創設
②『中国が国連の新しい平和維持活動(PKO)即応体制に加わり、常駐の警察部隊と8000人規模の待機部隊の立ち上げを主導する』
③今後5年間でアフリカ連合に総額1億ドルの無償軍事支援を行い、アフリカの常備軍と危機対処部隊の設立を支持する
(後略) 】

 
 さて、この状況なら上記拙稿④のとおりに、アメリカさえ国連警察軍に合流すると決めれば、日独も賛成しようからすぐに国連警察が各国を結集した大部隊にできる。こうして、人類悲願の「戦争絶滅」、「各国軍隊放棄」は意外とすぐ目の前にあると僕は思うのだが、なんで今、「日本軍をGDPの2%まで大きくする」などとというニュースが、流れ出てくるのか。しかも、この相手、つまり「GDP2%」目指した日本軍の仮想敵として、こういう提案をしている中国がどんどんクローズアップされている。中国のこの提案は日本ではほとんど報道されていない。対して、聞こえてくるのは、明らかに中国を念頭に置いた「敵基地・先制・攻撃論」だけ。僕には、アメリカサイドのニュースだけに日本マスコミが工作され続けてきたとしか思えない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウクライナ戦争非難が恥ずかしい国々  文科系

2022年03月04日 00時02分32秒 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 ロシアのウクライナ戦争は、どれだけ非難してもよい。なんせ、20世紀後半からは「戦争は悪」が次第に世界慣習になってきたようで、アメリカ以外の大国の他国侵攻はほぼなくなっていた時の「青天の霹靂」なのだから。そう言う立場からウクライナ戦争を巡って今後のためにも是非大声で言いたいのが、これ。
「アメリカがロシア非難など、片腹痛い」
「日本も片腹痛い国に入るはずだ」

 ウクライナ戦争を前にして「地上から戦争を無くしたい」と叫んでいる人すべてに、今、イラク戦争を思い起こして欲しい。関連死含めて死者50万という国際調査もあり、アフガン戦争とイラク戦争とから難民問題が世界を大混乱、困窮させたのだった。しかも、「イラクに大量破壊兵器」と全米マスコミが熱狂的に触れ回ってアメリカ中を巻き込んだその開戦理由が、実は嘘だった。加えて、「嘘の理由戦争」ということから、アメリカの呼びかけに応えた参戦国の政権があとでほとんど潰れている。この戦争のアメリカは、わざわざ地球の裏側まで出かけて行った戦争だからこそ嘘の理由が必要だったのであって、ウクライナはロシアの隣国で、そこのロシア民族居住地域の帰属を巡る複雑な闘争史がある今回の方が、まだちっとはましな「理由」あると言えまいか。そんなロシアを今アメリカが「鬼畜」と語っているのは、アメリカ噴飯物の悲喜劇に見えるのである。

 さて、こんなアメリカがどの口でロシアを非難できるのか? そして、法律を変えてまで参戦の形を取った日本も含めて、イラク戦争への有志参戦国が、どの口でウクライナ戦争を非難できるのか。イギリス、スペイン、フランス、イタリア、日本・・・、全部嘘の理由に巻き込まれて参戦有志になったのではなかったのか。

 重ねて言う。ウクライナ戦争批判は誰が、どれだけ、やっても良い。が、「嘘の理由開戦」のイラク戦争をやったアメリカと参戦有志国とは、もう少し恥ずかしそうな顔でロシアを非難すべきだろう。ロシアに唾を吐きかけるほどに、同じ非難理由でその唾が自分の顔にも引っかかってくるはずだから。

 以上総ての僕の主張理由は、地球から戦争を無くせる、なくそうということである。だからこそ、日頃「戦争はなくならない」とかの社会ダーウイニズム風思想を語っている人が今この時ロシア批判をすると、僕はなんとなく笑える。批判は正しいのだけど笑えるということと、「『自分の』戦争だけは正しい」と言いがちな人が笑えるということ、なのだが。だから、ウクライナ戦争でロシアに怒っている人は、これからはアメリカの戦争にも今の気持で対することをお願いしたい。ちなみに、アメリカの戦争を止める時には、国連を舞台にしてやるのが正しいと思う。地上から戦争を無くすには国連を強くするしか道はないのだし、だからこそ今のアメリカはこの国連を無視し、無力化を図っているとしか思えないのだから。イラク戦争のアメリカは、国連の制止を振り切って戦争に突入していった。このことを、人類はよくよく覚えておく必要がある。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まともな政治への蟻の一穴、安倍排斥  文科系

2022年03月02日 01時34分18秒 | 国内政治・経済・社会問題

 2月22日エントリー「安倍晋三氏は、政治教養がない」の最後を、こうまとめて終えた。少々補足修正をも加えるが。

『  嘘八百答弁を重ねてきた国会無視。裁判への起訴権を一手に握る検事総長人事への介入を画策した三権掌握・独裁政権志向。「私が国家」と、モリカケ桜に示された「私の国家」など、国家の私物化。特定の主権者らを一人の公僕が『反日』などと呼ぶ全体主義国家観。氏は要するに、国民主権に無知なお方なのだ。国民主権からこそ「私の国家」つまり独裁を排する国家体制、三権分立も生まれたのであるから、これら総てが国民主権を知らない証拠になろう。知っていて国家無視連発ならもっと重罪になると言っておく。いずれにせよ、政治家としては恥ずかしすぎることだから辞めなさい。』

 ちなみに、この27日に山口二郎教授がわざわざ彼の名を上げてこんな事を語ったのも、僕と同じ思いからと確信している。
『今回のプーチンの侵略と日本の核武装との間に何の関係があるのか。核兵器は安倍のような愚かな政治家に持たせるにはあまりに危険な玩具である』

 

 さて、こんな政治家が政権党最大派閥のボスに座り直したのである。この派閥の議員たちは、一体何を考えているのか。これだけ三権分立や民主主義を無視してきたとはっきりしている政治家をボスに頂いているなんぞは。そして、こんな政治家を今なお、日本の重鎮のように扱い続ける日本各界は一体どういう政治思想に基づいてそうなのか。

 なによりも、不思議で仕方ないのがこのこと。これだけ普通の政治教養・道徳に反して来た悪徳政治家・安倍晋三氏をマスコミはどうして批判しないのか。政治家である資格をとっくに失っているはずなのに、いまだに何か実力者のように周囲が扱って、あちこちに顔を出させ、国権の最高機関国会に於いて嘘八百を並べてきたその口にものを語らせている。彼の実力、権力って上に書いたようにすべて「政治家としては反則技」によってもたらされたものばかりとも思われて、反則しても勝てば良いという典型的な悪役レスラーじゃないか。「選挙には5回勝ったぞ!」と国会における批判に混ぜっ返したのも有名な事件になっている。スポーツにはもちろん、エンタメにもルールがあるだろうに、政治の基礎的原則やルールをマスコミはどう考えているのか。

 こういう人物を持てはやす連中は、こういう政治家よりも率先して全体主義国家を作っていく原動力になるものだ。それで、東條英機をここの別エントリーに例として示した。東條は、自分と国民が作る政治時流との関係について戦前はこう語り、戦後こう反省していたのである。
「国民が一旦ある方向に動き始めたら、どんな政治家にも止められない」
 この彼、こういう時流形成主体としての己の役割を戦前はこう語っていたのだ。
「政治家が国民を引っ張らねば、何年経っても国は良くならない。大部分の国民は灰色なのだから」

 そう、国民が灰色だからこそ、政治家が特定方向に国民を引っ張るなどは悪いことにしかならないのである。そもそも、憲法を変えるために首相が率先して国民を引っ張っていくという姿勢そのものが、全体主義の典型例ではないか。東條が教えてくれたのはそういうことだったはずである。

 野党にももの申したい。安倍晋三氏は、与党の中でも特に日本の民主主義を破壊しようとしてきた最大の癌である。日本の民主主義にとって最大の国家の癌を実質手術できなくって、どんな実効ある「国家の対案」を実現できるというのか。日本政治の何をおいてでも、この悪役レスラーを退陣させるべきである。なにしろ、河井克行が身を挺して示してきたように自民党自身がここからこそどんどん腐ってきたと言えるのだから。現実政治というのは喋ることではなく、「一点突破」。そういう「実効」を上げることだろう。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歴史的戦争犯罪と一つの謎  文科系

2022年03月01日 09時36分36秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)

 ウクライナ問題見通しでは、僕がここに書いてきたことは完全に誤りとなった。ロシアがウクライナに侵攻することはないとずっと述べてきたからだ。ロシアは、今後長きに渡って取り返しがつかぬと思い知らされることになる重大な国際戦争犯罪を犯した。そもそも、このロシアの戦争は、その原因であるとロシアが述べてきたはずのウクライナのNATO加盟を正しいものであったと事後に証明したことにしかならないではないか。それほどに、ロシアという国が国際的無法戦争国家だという証明を、この戦争がしたことになる。また、今時こんな無法戦争ができるほどに、ロシアがプーチン独裁国家だとも証明したことになる。

 ただ、この戦争勃発にはサッカー選手本田圭佑もネット論議を呼んでいたように、どうしても不思議な一点がある。彼は、事前にこう述べていた。
『 プーチン大統領の記者会見を見たけど、もうウクライナがNATOへの参加拒否するしかないなという感想。僕が知ってるロシアのリーダーってのはここからの交渉は一切通用しない。「解決のために窓口は開いてる」というのはウクライナがNATOへ参加しないという1択しか受け付けない窓口やと思ってる』

 この同じ事を、元外務省国際情報局長・孫崎享もそのネット記事でこのような歴史的解説をしていたのである。
『ウクライナ問題の根幹は①ウクライナのNATO加盟問題と②「ドネツク」と「ルガンスク」の独立問題。西側が真に沈静化を望むなら、かつて米独が約束した通りにNATOを東方に一段と拡大しない、ウクライナへの加盟は露の理解得られるまで棚上げと約束することだ。』

 さて、今回ウクライナは、本田の言うように、どうして対ロ約束を破って加盟しようとしたのか。さらには、ゼレンスキー大統領は、どうして最後までこのふたつのことを述べていたのか。
「NATOには加盟する」
「ロシアの侵攻はない。あるという人はその証拠を見せて欲しい」

 今となっては、元俳優であった政治素人のゼレンスキーが、誰かにこう信じ込まされていたとしか思えないのである。僕もまた、このゼレンスキーの見方に賛成だったことになるのだが。
「ウクライナがNATO加盟を図っても、ロシアは攻めてこない」
 
 戦争を起こしたロシアが歴史的な戦争犯罪を犯した。が、それは前提として、ウクライナはどうして、国際的約束通りにNATO加盟棚上げを継続すると改めて表明し直さなかったのか。今となっては、これだけが明確に戦争を避ける道だったのだけれど。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする