九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

金・菅さん、大丈夫か?   らくせき

2010年07月08日 14時44分15秒 | Weblog
北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の判断力に
問題が生じていることを疑わせる複数の兆候が報じられている。
先日は、何の問題もない劇場を取り壊して建て直すよう指示したという。

こうした報道は日本の新聞でも報じられているが、
朝鮮日報は、こんな見解も載せています。

だが一方では、別の見方もある。
西江大学のキム・ヨンス教授は、「北朝鮮は金総書記の健康に関する外信報道を
細かくチェックし、韓国と西側社会の情報力が
どれだけ自分たちに深く浸透しているかを判断している」
「そのため、認知症が疑われるという報道も慎重に取り扱わねばならない」
とコメントした。

情報戦争って、こういうものなんでしょうね。

   

「菅さんは大丈夫か?」

菅直人日本首相が参院選挙(11日)を控えて
消費税引き上げ問題を申し立てたのに対して初めて謝罪した。
菅首相は 6日テレビ討論に出演し「(消費税引き上げ問題が国民に)
唐突の提案と思えたとすれば、私の説明不足だった」と謝罪した。

これは支持率の急落をうけた発言でしょうが、
これじゃ、G20対策ですよ、官僚のいうがままに
突っ走った菅さんが、官僚の思うがままに選挙に敗北するという
ピエロを演じているとしか見えないけれど・・・


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とても良いお話   らくせき

2010年07月08日 14時33分18秒 | Weblog
和歌山県の大地町はオーストラリアのブルーム町と姉妹都市。
毎年のように子供たちの交流が行われていたが、
映画「ザ・コーブ」の影響で、ブルーム町に抗議が殺到、
町議会は姉妹提携の中止を議決。

ところが町民がこれに反対、議会は決定を撤回。
交流は例年通りに行われるという。

   (中日新聞の記事です。)





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釜山への旅② 壱岐   らくせき

2010年07月08日 14時31分22秒 | Weblog
唐津から壱岐の印通寺港まではフェリーで2時間弱。
すぐに旅館へ。夕食には、新鮮な魚介類が並ぶ。
鯛の刺身も身がぷりぷりして美味しい。

お酒の好きな人には、壱岐焼酎。
中国から伝わった製法を生かし、
麦2に対して米1の割合で配合した焼酎。
麦の香りとお米の甘みが特色とか。
残念ながら、飲めませんので、味は紹介できません。

私のお勧めは島うどん。
壱岐の塩と、五島列島に伝わった椿油を使った製法がミソ。
稲庭うどんのようにコシがあってウマイ。
お値段はずっとお値打ち。

ちょっと疲れた初日の夜は、早く寝ました。

翌日は、この春、完成したばかりの一支国博物館へ。
壱岐といえば、魏志倭人伝のなかに一支国として登場する島。
博物館は、一支国の都があった原の辻遺跡を見下ろす丘のうえ。
屋根は、ゆったりと丘のように波打ち、芝生が植えてあるなど、
景観にも配慮した黒川紀章の設計。
総工費38億円。小さな島には、地元負担の3億は大金。
議会でも賛否が分かれた、とガイドさんの話。

半島と壱岐の交易をテーマに、映像を使った紹介が終ると、
スクリーンがあがって、ホンモノの原の辻遺跡が
目の前に現れる工夫も良い。

原の辻遺跡には、さまざまな建物が復元されている。
興味深いのは、壱岐を訪れる使節団のための施設。
団長や従者のための建物から通訳のものまで揃っている。

環濠によって守られたこの集落には、王と呼ばれる人が住み、
朝鮮半島からの交易の使節団を迎えて、交易が行われた。
青銅器の製造も行われ、農業・漁業、工業と商業を
兼ね備えた古代都市だったという。

名古屋市の北にも、環濠集落の朝日遺跡があるが、
ここも壱岐と同じ様な都市的な拠点だったのだろうか?

      

壱岐と対馬、玄海灘に浮かぶ島。
ともに、漁業と農業、そして観光によって成り立っているが、
島の姿は対照的。
壱岐が丸くて平坦、対馬は長方形で山が深い。

壱岐は農地に恵まれ、自給自足の出来る島。
好条件が逆に悪条件になってしまうこともあった。

元と高麗の連合軍が日本を襲った元寇の役。
山深い対馬では、全滅を免れたが、壱岐では文字通り
全員が殺されてしまったという。
いまでも千人塚と呼ばれる遺跡があちこちに。

  夏蝶の飛ばぬ空おく壱岐の島

壱岐には、朝鮮の影はあまり感じられない。
というのは、現在は両島とも長崎県に属しているが、
江戸時代には、対馬は、宗氏が統治する対馬藩であり、
壱岐は九州・平戸藩に属していた。
そして、朝鮮との交流は対馬藩の独占であり、
壱岐は風待ちの港としての通過地点としての
意味合いが強かった。

2年ほど前に対馬の行ったことがある。
その時に対馬のガイドさんが、2つの島の人情について
「対馬は純朴、壱岐は商売上手」と評した。
壱岐のガイドさんに聞いたら笑って
「壱岐では逆だと思っていますよ」とのこと。
対抗意識の強い壱岐と対馬。

博物館を見学した後、印通寺港からフェリーで対馬へ。
江戸時代には府中と呼ばれ、対馬藩の城下町であった
厳原(いずはら)まで、およそ2時間の距離である。





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旅先で観たスペイン・ドイツ戦  文科系

2010年07月08日 14時23分14秒 | スポーツ

男3人のクラシック・ギター持参1泊旅行の旅先で、表記のゲームを見るべく深夜起きをした。
 まず、ギターの方はこうだった。僕の大聖堂は、全3楽章それぞれを、夕食前、後などと時間をおいて弾いた。1、2楽章はなんとかできたが、最後の3楽章は酔いが回った身でなくてさえ速すぎ、難しすぎ。それを承知で強引に弾いて、恥ずかしかったこと!
 それより何より、Aさんとの月光の合奏が良かった! 夜には酔っていてやはり上手くいかず、朝に再挑戦してやり遂げられた。当ブログの「随筆、新しい友の話」(08年12月19日拙稿)でお伝えしたあの3人組のAさんとの合奏であって、我々にとってはこの成功は格別な意味がある。2人のこの合奏を密かに準備するように手配してくれたNさん含めて3人3様それぞれの大きな喜びを、しみじみとかみしめていたものだ。

 さて、スペイン・ドイツ戦である。僕はドイツの楽勝と予想していた。大きな体格差や、いつも組織堅固なドイツが今大会で見せてきた新たな攻撃力を考えると、スペインの相対的ひ弱さが嫌でも目に付かざるをえなかったからだ。
 ところがどっこいこの小兵スペイン、こんな風に初めからエンジン全開である。「全員守備、全員攻撃」。そういう高く組織的な位置取りと、高速かつ長短のパスワークとの、上手いこと上手いこと。我が岡田武史監督が当初から「世界4位」と思い描いて土壇場になって諦めざるをえなかったまさにそんな戦い方そのものなのに、日本代表のようにはちっともカウンターを食わないではないか。ドイツに跳ね返されてそのうちにへばってくると観ていたが、30分ぐらいしてふっと僕の思いは変わってきて、Nさんにこう述べたものだ。
『こりゃ、スペインは位置取りとパスワークがよいから、人間は意外に走っていなくって、ボールが走っているだけだ。守っているドイツの方がはるかに走らされている。ドイツがへばってきそうだから、スペインの勝ちだぞ!』
 オシム言うところの「人もボールも走るサッカー」ならぬ、人以上にボールが走るサッカー! やはりオシムの言『ボールは疲れない』そのもの!
 後半戦に入って、事態は更にはっきりとしてくる。スペインの速いパスワークにドイツ防御陣が少しずつ遅れだしたのだ。必然、スペインのシュートが増えていくし、ドイツ・ボールはカットされがちになっていく。と見る間に、スペインセンターバック、プジョールのヘッド得点である。178センチの彼のヘッドの何と高かったことか。

 ドイツ監督の敗戦の弁はこう。『スペインはどんな試合でも、誰にでも勝てる』。
 このゲーム、歴史的意味、価値があると観た。ブラジルと並ぶ常勝ドイツは、今年特に最強チームと誰にも見えたはずだ。いつもの組織的堅固さに加えて、こんなに攻撃的なドイツが珍しかったからである。それがこれほどにあっさりと完敗、白旗とは、まさにスペイン恐るべしだった。小兵・牛若丸が弁慶をきりきり舞いさせた構図。日本人なら誰でもそう連想しただろう。それほどの「ボールは疲れない」を見せてくれた。そのスペインはレアルマドリッド監督に、世界有数のジョゼ・モウリーニョが就任した。バルサとレアルが競り合って更に当分「スペイン時代」が続くのではないか。日本もスペインを見習っていくことになるだろう。としたら何が何でも先ず、脚の速い選手ばかりを集めることだな。 
コメント (2)
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