goo blog サービス終了のお知らせ 

OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

リトル・ガールは孤高の名曲

2012-09-20 15:06:43 | Beach Boys

リトル・ガール / The Beach Boys (Capitol / 東芝)

ビートルズと同じく、ビーチボーイズにしても、残されたレコーディング曲から「ベスト10」を選ぶ事は困難を極めますが、例えば「ベスト30」であれば、本日ご紹介のシングル曲を選ぶ事に、サイケおやじは躊躇しません。

しかし不覚にも、サイケおやじが「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」を知ったのは、なんとっ!? 昭和50(1975)年の事で、それは同年初夏に発売された編集アルバム「スピリット・オブ・アメリカ」を聴いた時なんですから、いやはやなんとも……。

と言うのも、実は皆様もご存じのとおり、この「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」が世に出たのは1965年11月であり、歴史的には「California Girls」に続く新曲でありましたが、同時期には、あの和みのスタジオライヴLP「ビーチボーイズ・パーティ」が出たこともあり、結果的に長い間、アルバム未収録であったという言い訳も、まあ、出来ない事はないでしょう。

そして正直に言えば、ビーチボーイズは当時のサイケおやじの洋楽趣味から些か外れた存在であり、結果的に現在では超名盤アルバムと認定の「ペット・サウンズ」にしても、リアルタイムでは聴いていなかったわけですから、さもありなん……、とご理解願いたいところです。

また、冷静に思い返しても、「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」が我国で流行っていたという記憶も無いんですが……。

そういうわけですから、実質的にサイケおやじがリアルタイムでビーチボーイズにシビれたのは以前にも書いたとおり、「サンフラワー」以降であり、そこから後追いで聴いていく歌や演奏にしても、とりあえずはアルバム中心であれば、全体の流れは大まかに掴めても、こういう逼塞させられたシングル曲への邂逅は、眩いほどでしたねぇ~~♪

まず、なによりも凄いと思ったのは、1975年になっても全く斬新としか思えないメロディラインと複雑なコーラスワーク!

しかも基本的には4ビートであろう曲展開には、12弦(?)ギターや各種キーボードによる巧みなリフが作り込まれ、しぶとい裏メロ(?)を弾くベースや結果的にオーケストラっぽい響きを持つ演奏パートは、これが1965年のサウンドなんですから、まさにブライアン・ウィルソンという天才の仕業は恐るべき高みに達していたんですねぇ~♪

う~ん、前述「ペット・サウンズ」以前に、これほど激ヤバのレコードが作られていたという、その事実!?!

もちろん、決して難解ではない全体の印象は、マイク・ラブ十八番の低音ボーカルが使われている事によるんでしょうが、それでもリアルタイムのリスナーは、完全に別次元へ転移したかの如く変わってしまったビーチボーイズに得体のしれないものさえ感じたんじゃ~ないでしょうか?

まあ、このあたりはサイケデリックロックへの入り口という位置付けも可能ではありますが、確かにこれは、ビーチボーイズのオリジナルアルバムの何処にも入る事の出来ない、まさに孤高の名曲名唱だと思います。

ちなみにオリジナルのシングルバージョンは、例によってモノラルミックスなんですが、サイケおやじが最初に聴いた「スピリット・オブ・アメリカ」所収の同曲には妙なエコー感があり、それが気になってしまった結果として、掲載された日本盤シングルを中古でゲットしたという経緯を付記致します。

そして聴き比べて驚いた事のひとつとして、前述した演奏パートのエレキベースには、しっかりエコーが効かされているという、思わず唸るサウンドプロダクト!

いゃ~~、流石にビーチボーイズは、深~いですねぇ~♪

ということで、最後になりましたが、ジャケットに写るメンバーの衣装は秋の装いでしょうか、実はこのグループショットに限りなく近いカットが、後に「Sloop John B.」の日本盤シングルのピクチャースリーヴにも使い回しされるのですから、ますます「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」が日陰の身のような気がするほどです。

ということは、少なくとも当時の我国の発売元だった東芝レコードは、やっぱり「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」を粗略に扱っていた? という見方も成り立つんでしょうか???

しかし、例え何であろうとも、この「リトル・ガール / The Little Girl I Once Knew」の進歩性と普遍性は圧巻ですよっ!

この時期なればこそ、是非に、お楽しみ下さいませ。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シカゴ&ガルシア組の裏名作

2012-09-19 15:21:49 | Movie

Tell Me c/w Prelude / Chicago (Columbia / CBSソニー)

それなりに社会で成功を掴み、お金が入ってくると、それで映画を作ってしまう奇特な人は今も後を絶ちませんが、その映画の良し悪しに関しては、概してマイナスが多い現実も、また……。

そこには何か周囲の僻み、あるいは本人の勘違いがあるのかもしれません。

しかし名作が無いか? と問われれば、それは否!

例えばシカゴのプロデューサーとして、一躍業界の大立者になったジェームス・ウィリアム・ガルシオが自ら制作、監督、音楽を担当した1973年公開の「グライド・イン・ブルー / Electra Glide In Blue (United Artists)」は、田舎の白バイ警官を主役に、倦怠した日常の中に抑えきれない心の葛藤を描いた裏名作としての好評があり、個人的にも好きな1本です。

しかも皆様がご推察のとおり、シカゴ本隊からテリー・キャス、ピーター・セテラ、リー・ロクネイン、ウォルター・パラゼイダーが俳優として出演し、劇伴音楽にも関わっているのですから、楽しみは倍増!?

物語はロバート・ブレイクとビリー・ブッシュが演じる2人の白バイ警官が、それぞれ自分の生き方に疑問を持ちつつも、自己完結型の信念で職務を遂行する日々の中、ロバート・ブレークは熱血であり、ビリー・ブッシュは刹那的……。

そして案の定、ビリー・ブッシュは弱い者イジメはするし、警官を辞めて以降は、どうやら悪いクスリにも浸る、ぐうたら生活であり、一方のロバート・ブレイクは殺人課の刑事を目指し、麻薬売人の変死事件へ積極的に参加するという展開です。

ちなみに題名にある「エレクトラ・グライド」とは、アメリカの白バイに採用されているハーレーの大型バイクであり、これをゴキゲンに乗り回すビリー・ブッシュには思わず共感してしまうサイケおやじではありますが、このあたりは既にアメリカン・ニューシネマの大名作「イージー・ライダー」を意識したであろう事がラストシーン共々、些かの減点対象とされています。

しかし、これはあくまでも、裏名作!

一度でも鑑賞すれば、前述「イージー・ライダー」を取るか、こちらを偏愛するかは、十人十色の感性でしょう。

さて、そこで本日掲載のシングル盤は、そのサウンドトラック扱いとして1974年1月、我国での封切に合わせて発売されたものですが、実はアメリカでは既に出ていたサントラLPがユナイテッド・アーティストから、そしてこれと同じカップリングのシングル盤は米国コロムビアから、ジェームス・ウィリアム・ガルシオ名義だったものが、日本では、なんとっ!

シカゴのニューシングル!?!

もちろんそれは当時のシカゴの破格な人気があればこそ、A面収録の「Tell Me」は映画のラストシーンで流れた哀切の名曲で、歌っているのがテリー・キャス♪♪~♪

しかも7分41秒の長尺でありながら、テリー・キャスのソウルフルな歌声とバックの女性コーラス、そしてドラマチックに盛り上がっていく展開は決して飽きることのない感動的な仕上がりなんですよっ!

ただし演奏はシカゴではなく、天才アレンジャーとして歴史に名を刻すジミー・ハスケルの編曲とスタジオセッションミュージシャンによる「お仕事」でありながら、これまた別次元の良さがあるんですから、曲を書いたジェームス・ウィリアム・ガルシオは充分に納得していたのではないでしょうか。

ですから、B面のインスト曲「Prelude」がジャズ寄りの演奏になっていても、これが後追いで聴けば、1970年代中頃のシカゴが傾倒していたソウルジャズ系の仕上がりなのは興味深いところだと思います。

う~ん、中盤からのトロンボーンのアドリブソロはジェームス・パンコウみたいに聞こえないこともありませんよ。

しかし、これがシカゴ名義だからと言っても、後々のベスト盤に収録されるなぁ~んてことはなく、前述したサントラアルバムのL中では、一番にシカゴっぽい仕上がりなんですから、罪な話です。

また、当然ながら、実際の映画フィルムに使われた音源とレコード化された歌と演奏は別物!?

そこでビデオ時代になって、輸入盤が日本で発売された時、映画本篇よりもシカゴファンは「音」ばっかりに集中する為に、ソフトを買っていたという真相もありましたですねぇ~~♪

ちなみに映画本篇ではシカゴの弟バンド扱いだったマデュラというロックジャズ系のグループも登場し、そのライプ会場の警備にあたるのが主役の白バイ警官という、些か強引な演出は賛否両論でしょうが、そこでは事件解決の糸口を掴む物語展開もあるんで、まあ、いいか……。

ちなみに前述のサントラアルバムにも、マデュラの演奏は入れられているものの、フェードアウトがちょいと勿体無いですねぇ。

で、肝心の映画「グライド・イン・ブルー」、これが5年ほど前になりましょうか、我国で「コレクターズエディション」としてDVD化され、件のサントラアルバムがCDとしてオマケ封入されたのですから、たまりません♪♪~♪

サイケおやじは迷う事なく、ゲ~~~~ット!!

つまり、この「Tell Me」も初CD化となりましたんで、要注意ですよ。

しかもリマスターが映像&音源の両方で、なかなか秀逸♪♪~♪ 特に映像の綺麗さは以前のビデオ版、あるいは海外版DVDよりも、かなり良いと思います。

ということで、これは警察官なんていう、一般社会の嫌われ者を主役にした風刺劇であり、また、ひとりの人間としての悩みや欲望に苛まれる姿の喜劇性を逆説的に用いながら、上手くアメリカ社会の混迷を描いた傑作だと思います。

そしてもろちん、それはアメリカばかりなく、権力者が存在する世界の全ての国、あるいは社会にも共通する事象でしょう。

ご存じのとおり、シカゴと言えば、公式デビュー当時からの積極的な政治的姿勢の開陳、特に合衆国大統領選挙におけるマクガヴァン候補への資金援助を目的としたコンサートライプ等々は有名ですが、結局はニクソンに敗れたあたりから、それも後退……。

むしろファンやリスナーの内面に政治意識を浸透させようと方向転換を図ったようなところが、この映画制作にも反映しているように感じるのですが、いかがなものでしょう。

当然ながら、「シカゴ≒ジェームス・ウィリアム・ガルシオ」という美しき関係が、当時は未だ破局していなかった証でもあり、ジェームス・ウィリアム・ガルシオの映像作家としての才能も、認められるべきと思います。

どうか皆様には、機会があれば、ご覧いただきたい映画であり、聴いていただきたい名曲であります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジミヘンはジミヘン、今日は合掌…

2012-09-18 14:36:09 | Jimi Hendrix

In The Beginning / Jimi Hendrix (Shout)

さて、ジミ・ヘンドリクスの命日……。

何故、死んだ……、と言うより先に、我々ファンは、神様がジミヘンをこの世へ使わせてくれた事に感謝するべきでしょう。

ですから、ジミヘンの没後、いろいろと作られてきた未発表音源集の諸々が悲喜こもごもであっても、それはあくまでも聴いて後の結果論であって、初めて接する時のワクワクドキドキ感は、かけがえのないもの!

例えば本日ご紹介のアルバムは、1972年頃にカナダ(?)のレコード会社が出した、権利も参加メンバーも曖昧な1枚なんですが、ジミヘンのギターに関しては、これぞっ! というフィーリングが唯一無二に楽しめます。

 A-1 Hey Leroy, Your Mama's Callin' You
 A-2 Free Spirit
 A-3 House of the Rising Sun / 朝日のあたる家
 B-1 Something You Got
 B-2 Let the Gods Sing
 B-3 She's a Fox

既に述べたとおり、収録セッションに参加したメンバーは不明ながら、それでもギターは2本が明確に聞こえますし、他にベースとドラムス、キーボードも適宜入っています。

しかも音質は決して悪くないのですから、最低でもリハーサルスタジオでのレコーディングでしょう。

また、ボーカルと掛け声を担当しているのはロニー・ヤングブラッドというR&Bのミュージシャンで、それだけが現在まで、まあ、なんとか判明している事実ではありますが、ご存じのとおり、ジミヘンが下積み時代に草鞋を脱いでいたのが件の親分のグループであり、初めてプロとしてのスタジオレコーディングを経験したのも、1963年冬に同バンドと一緒であったという説もあります。

しかし、ここで聴かれる演奏は明らかなフィードバック奏法、そしてニューロックとしか言いようのないフレーズ構成とポリリズムっぽいロックビート、さらにはバンド全体のグルーヴがファンキーロックしているのですから、これは巷の噂どおり、1966年の渡英直前のセッションだと思うほかはありません。

それはインスト中心であり、特にA面の「Free Spirit」は完全なニューロック、また続く「House of the Rising Sun / 朝日のあたる家」もアップテンポ仕立の強引なノリに熱くさせられますよ♪♪~♪

ところが、これは当時から言われていたことなんですが、実はここに収められている演奏はジミヘンではなく、巧みな贋作!?

それが今日までの、もうひとつの真相と疑われています。

う~ん、そう思えば、確かにエレキベースの音やグリグリのグルーヴが、1966年にしては進歩的過ぎる感じもしますし、ギターに使われているであろうエフェクターで作り出されたサウンドの響きが、英国で作られたエクスペリエンスよりも、はっきりした意図があるような……。

ちなみにジャケットに記載されたプロデュースは「Vidalia Productions」というあたりも、なにか思わせぶりな気がしますよねぇ~~。

でも、それでも良いんですよねぇ~、サイケおやじはっ!

なんていうか、気持良く騙されれば、それもファン冥利って事でしょうか。

例え贋作であったとしても、思わず熱くなって聴けるのが、このレコードなんですよっ!

本物であっても、極端に音が悪いブートよりは良心的!?

と言っては問題かもしれませんが、妙に憎めないのは確かです。

あぁ、尊敬すべき故人の命日であるにもかかわらず、本日は不遜な文章で申し訳ございません。

どうか、それもサイケおやじのジミヘン愛とご理解願いとうございます。

そして合掌。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジミハデなマリノ

2012-09-17 15:21:59 | Rock

Frank Marion & Mahogany Rush Live (Columbia)

こういうものを「好きだっ!」と言うと、当時も今も失笑されたりするんですが、好きなものは好きなんですから、しょ~がねぇ~だろうっ!

なぁ~んて、本日もサイケおやじが十八番の居直りでご紹介するのが、フランク・マリノ率いるマホガニー・ラッシュのライプ盤です。

で、これが失笑されるのは、ご存じとは思いますが、フランク・マリノというギタリストが「ジミヘンの再来」と過剰な評判を呼び、しかも本人がすっかり「その気」になっていた売り方をされた所為でしょう。

そりゃ~確かに、「その気味」はあるでしょう。

なにしろ1972年に地元カナダで発売されたデビューアルバムには、「故ジミ・ヘンドリクスに捧ぐ」と明記してあったそうですし、それ以前のアマチュア時代から様々なエフェクターを駆使して、ジミヘンをやっていた!?

実はそうした逸話について、サイケおやじは今日でも未確認なので、まあ、はっきりと断定的に書くわけにはいかないんですが、それをお断りしても、フランク・マリノのギタープレイ、そしてバンドとしてのマホガニー・ラッシュの演奏からは、確かにジミヘンがビンビンに伝わってくるのは事実です。

しかし、聴いているうちに思うのは、フランク・マリノがそれほどジミヘンばかりを意識していないのではないか!?

という疑問であり、何よりも、もっと真っ当なハードロッカーとしてのフランク・マリノを素直に楽しんでも良いじゃ~なかろうか?

そんな漠然とした気分になっていた頃、サイケおやじの前に現れたのが、掲載したライプ盤でした。

 A-1 Introduction
 A-2 The Answer
 A-3 Dragonfly
 A-4 I'm King Bee
 A-5 (Excerpt From "Back Door Man")
 A-6 A New Rock & Roll
 B-1 Johnny B. Good
 B-2 Talkin' 'Bout A Feelin'
 B-3 (Excerpt From "Who Do Ya Love")
 B-4 Electric Reflections Of War
 B-5 The World Anthem
 B-6 Purple Haze / 紫のけむり

録音されたのは1977年、どうやらアメリカ南部を巡業していたステージから抜粋編集されたらしいのですが、結論から言えば、これほど情熱的なギターアルバムは珍しいと思うばかり!

メンバーはフランク・マリノ(g,key,vo)、ポール・ハーウッド(b)、ジミー・エイヨブ(ds) のトリオ編成という事もあり、また、やっている「音」も含めて、それは嫌でもジミヘンのエクスペリエンスを想起させられるわけですし、実際、「Johnny B. Good」や「Purple Haze / 紫のけむり」はジミヘンの強烈なレコーディングが残っているのですから、聴いていてそれを思わなかったら嘘になります。

ところが、もうひとつ、フランク・マリノが絶対的に持っているであろう、所謂ロック魂!

それが無かったら、ここまで狂熱的な演奏は出来ないでしょう!

特に「Johnny B. Good」の素晴らしさは、それがチャック・ベリーというR&Rの王様のオリジナルという真実を提示し、フランク・マリノの早弾きも、些か一本調子のバックのリズム隊も、行き着く先は王道ロックの桃源郷♪♪~♪

ですから、続く「Talkin' 'Bout A Feelin'」からのハードロックなブルース大会が、やればやるほどジミヘンに聞こえても、そこには好きなものを聴かせてやるぜっ!

そんなフランク・マリノ&マホガニー・ラッシュの本音とボランティア精神(?)には、素直に歓喜悶絶しても恥ずかしがる必要なんて無いわけですが……。

ところが、ど~もそうしたところが評論家の先生やリアルなロックマニアにはウケが悪いらしく、フランク・マリノの名前を出したが最後、相手にされなくなる恐れもあったのが、1980年代の我国洋楽ファン裏事情だったんですよっ!?!

しかし、無念にも行けなかった同じ頃の来日公演は相当に盛況だったようですし、テレビ出演でも堂々の生演奏をやらかした劇的存在感は、今や伝説でしょう。

と言うのも、実はフランク・マリノは悪いクスリにどっぷり……、というのが当時は暗黙の了解であり、関係者の間には来日を危ぶむ声もあったほどですからねぇ。

とにかく健康状態がギリギリであった事は、以降の落目でも証明されていますが、逆に言えば、そういう切迫感があったからこそ、このライプに収められた歌と演奏が文字通り、鬼気迫る!

あぁ、本日は、もう、何も言いますまい。

拙稿を読んでいただき、何かしらの興味を抱かれた皆様は、ネットでもレコードでも、とにかく一度、聴いてみて下さいませ。

今日でも、およそ名盤扱いなんかされないアルバムでしょうし、フランク・マリノその人がすっかり忘れられた存在である以上、こんなにロックファンを熱くさせたレコードを出していた現実が逆に幻と思えるかもしれませんよ。

ということで、本日は逆説的な文章の積み重ねになってしまいましたが、最後に書いておきたいのが、フランク・マリノのギターに関して、使用楽器が「ギブソンのSG」という、ちょいと違和感のある現実です。

だって、ここまでジミヘンをやるんなら、「フェンダーのストラトキャスター」が正当じゃ~ないんですかねぇ~~??!?

もちろん写真や映像で見るフランク・マリノのギターは、物凄い改造が施してあるのが明瞭で、しかも見当もつかないエフェクターの多重接続とか、凝りまくっているのが面白いと言えば、それまでです。

また、「ギブソンのSG」が似合うギタリストの筆頭格として、フランク・マリノの存在が認められているという説もあるほどですが……。

なんにせよ、サイケおやじは死ぬまでに一度は、フランク・マリノの実演ライプに接したいと願っています。

それは既に述べたとおり、悪いクスリでリタイアとカムバックを繰り返しつつ、風の噂では、現在でも弟のヴィンス・マリノ(g) を入れたバンドでドサ回りをやっているというのですから、捨てる神あれば、なんとやら!

強く念じ続ければ、案外とひょっこり来日があるような気もしています。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

これも憧れの人生

2012-09-16 14:56:50 | Pops

愛ある限り / Captain & Tennille (A&M / キングレコード)

高倉健、6年ぶりの銀幕登場という話題の映画「あなたへ」を鑑賞してきました。

正直、各方面の紹介報道等々から、サイケおやじには些か苦手なテーマの作品という先入観念もあったんですが、実は片山由美子様のプログを拝読して後は、絶対に観ようっ!

そういう気持が強くなっていました。

ですから、ちょいと自意識過剰でスクリーンと対峙したところは否めませんが、結論としては、面映ゆいばかりに素敵な映画だと思いましたねぇ~。

物語は高倉健が、死別した妻の遺骨を遺言に従って海に散骨する旅の途中で出会う様々な人と人生模様……。

まず、そこに登場する共演者、田中裕子、ピートたけし、佐藤浩一、大滝秀治、原田美枝子、余貴美子、浅野忠信……等々の演技が素晴らしかったです。

もろちん降旗康男監督の演出も、懐が深くて繊細だと思います。

しかし、やっぱり、高倉健!

いや、ここは敬意と親しみをこめて、健さん、と呼ばせていただきますが、健さんは、どこまでいっても、健さんなんですねぇ~~。

もう、周囲の演技演出、環境に流されないと言えば失礼極まりないわけですが、生真面目で朴訥、しかし揺るぎない男の信念を、これほど憧れを持たせて演じられるのは、流石、健さんだと思いました。

ちなみに物語は、ある種のミステリであり、驚くなかれ、健さんが刑務官を演じているというネタ(?)もありますが、そんなの関係ねぇ~~!

ここからは些か確信犯的な書き方になるかもしれませんが、この世に、男と女の問題ほど鬱陶しくて、必要不可欠なものは無いでしょう。

それゆえに古来から、この両性には愛情と確執が二律背反していたわけですが、その中では素直になれるか、否か?

どのように自然体で生きられるか?

そのあたりのポイントで人生の幸せの度合いが違ってくるのかもしれません。

ですから、この「あなたへ」で描かれる夫婦の機微、人生や世の中のそこはかとない情感や情景は、決して派手ではないだけにジワジワと心に広がる「何か」があるんじゃ~ないでしょうか。

まあ、このあたりは何時ものサイケおやじとは異なる、なにか別次元の感情のような気さえするほどです。

さて、そこで本日のご紹介は、1975年の大ヒット洋楽としては今も不滅の「愛ある限り / Love Will Keep Us Toghther」というのは、既にして意図がミエミエでしょうか。

まあ、例えそうであったとしても、と居直りつつ、それでも良い曲、良い歌ってのは何時の時代も変わりません。

演じているキャプテン&テニールは現実の夫婦であって、まさにハリウッドポップスの正統をあらためて世に知らしめた功績は、この「愛ある限り / Love Will Keep Us Toghther」以降、幾つものヒット曲によって忘れられるものではないと思います。

しかも、ご存じのとおり、この2人はビーチボーイズのサポートメンバーとしての履歴も有名で、キャプテン=ダリル・ドラゴンは1968年頃からの巡業用バンドでキーボードを担当していたのですが、それは高校時代から交流のあったブルース・ジョンストンとの繋がりと言われていますし、「キャプテン」というニックネームは常に船長のような帽子を愛用していた事から、マイク・ラブの命名は歴史(?)だと思います。

一方、テニール=トニ・テニールはナイトクラブやミュージカルショウのコーラスガールをやっていた時、伴奏に来ていたダリル・ドラゴンとのコネから、やはりビーチボーイズの巡業用バンドに加入し、1972年頃からのステージに出ていたようですが、ファンの間ではビーチボーイズに初めて女性歌手が加わったのか!? と話題が集中していた時期もあったとか!?

ただし、そこからキャプテン&テニールとして独立はしたものの、大手プロダクションに所属出来なかった事もあり、最初は自主制作のインディーズ暮らし……。

もちろん確固とした音楽性は纏まっていても、そういう下積みはアメリカの芸能界では普通でありましたから、地道なデモテープ作り、そして独自プレスしたシングル盤「The Way I Want To Touch You」をアメリカ西海岸地域の放送局に配り、見事なローカルヒットにしてしまったのは、まさに実力の証明!

という逸話をサイケおやじが知ったのは、後に世に出たベスト盤のライナーを読んだ時でありますが、しかし、この「愛ある限り / Love Will Keep Us Toghther」は聴いて一発! イントロからケツまでシビれまくったですよ♪♪~♪

特にイントロのピアノをメインに作り出されるリズムパータンは、サイケおやじが最も好むところで、実はネタばらしを書いてしまえば、「愛ある限り / Love Will Keep Us Toghther」はニール・セダカのオリジナルであり、既に1973年に本人が発表していたものですから、件のピアノイントロのリズミックな展開は典型的な「節」であることが、ニール・セダカのファンであれば、言わずもがなの常識でしょう。

しかしキャプテン&テニールのバージョンはダリル・ドラゴンのアレンジにより、絶妙のソウルっぽいビート感を混入させる事に成功しています。

さらに言えば、そのパターンが後にドゥービー・ブラザースというよりも、マイケル・マクドナルドの十八番に転用され、「What A Fool Believes」の大ヒットを誕生させてしまた!?

不遜でしょうが、サイケおやじは真剣にそれを思っているほどなんですよっ!

ちなみに、その「What A Fool Believes」のイントロピアノパターンで、スパイダースの「あの時君は若かった」を歌ってみて下さいませ。ジャストミートしますよ♪♪~♪ 恥ずかしながら、サイケおやじが入れてもらっているバンドでは、率先してやってしまってます、はい。

閑話休題。

で、そのリズムパターンや曲メロは最高に素敵なわけですが、ニール・セダカの盟友であるハワード・グリーンフィールドの書いた歌詞が、キャプテン&テニールという実際の夫婦に演じられる事で、さらに味わいが深まっていると思います。

 愛が私達をひとつにさせているわ
 あなたは、何時も私を思っていてね
 甘い声で話しかけてくる女の子には
 関わらないで
 
 だって 本当にあなたを愛しているから
 私はあなたの事を考えているんだから

う~ん、つまりは女が好きな男の心を離さないように執着し、幸せになるアドバイス(?)という事かもしれませんが、相手が幾ら好きな女であっても、こんな事を堂々と言われたら、嬉しさよりも、鬱陶しさが先に……。

しかし、そんな印象も、キャプテン&テニールが歌うと、これがなかなか爽やかモードのアツアツなラブソング♪♪~♪

ポップスの世界では、例えばソニーとシェールとか、ある意味での「生臭さ」をウリにしていた夫婦デュオが珍しくありませんが、キャプテン&テニールは所謂友達夫婦っぽいノリを前面に出したプロダクトだったのかもしれません。

もちろん、それは現実の世界では難しく、だからこそキャプテン&テニールの存在は、ひとつの憧れとして、人気が長続きしているのでしょう。実際、サイケおやじは数年前ですが、今でもライプショウに出ているキャプテン&テニールのブート映像に接していますよ。おそらくはネットでも流れていると思いますから、機会があれば、ご確認下さい。

ということで、夫婦なんていう鬱陶しい関係も、キャプテン&テニールのように過ごせれば、それはそれで幸せですよねぇ~♪ もちろん内情は知る由もありませんが、その意味で健さん主演の「あなたへ」は、微妙な距離感を維持して人生を過ごした男と女の在り方を描いた、これまたひとつの憧れの世界♪♪~♪

全く映画そのもの、王道の物語に魅せられましたです♪♪~♪

たまには、そういう気分も良いもんです。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今年の夏は去りゆくか……?

2012-09-15 15:02:39 | 歌謡曲

渚のうわさ / 弘田三枝子 (日本コロムビア)

本来ならば、ゆく夏を惜しんで……、という決まり文句での掲載が宜しいんでしょうが、今年は何時までも暑いですねぇ。

おまけに東日本は雨も少なく、取水制限が実施されそうなところも!?

しかし、それでも昭和歌謡曲の夏の歌の良さは不滅であって、例えば昭和42(1967)年夏~秋に大ヒットした「渚のうわさ」は、何時聴いても胸キュンソングの決定版でしょう♪♪~♪

それは既にイントロのストリングパートから隠し味のエレピ(?)が絶妙に「せつなさモード」を演出し、橋本淳の綴る詩の世界は「失われた、ひと夏の恋……」という、まさに定番ではありますが、作編曲を担当した筒美京平の珠玉メロディが絶対的にジャストミート!

もう、それだけで、うるっときてしまうんですが、歌っている弘田三枝子が持前の弾んだポップスフィーリングを程好く抑え、サビでは十八番のミコチャン節による絶妙の「力み」を披露するんですから、これがヒットしなかったら、今日に連なる歌謡ポップスの美しき流れは無かったと思います。

と言うのも、実は皆様もご存じのとおり、この歌には岡崎友紀の素晴らしいカバーバージョンが後年に残されていて、そちらは徹頭徹尾、爽やか系の歌い回しが最高!

つまりオリジナルバージョンのサビで弘田三枝子が歌っていた、キメの「力み」が無く、むしろすんなりした節回しの分だけ味わいが異なるセンチメンタルな情感が!?

しかし、これは名曲は誰が歌っても名曲、と言う証では決してありません。

やはり弘田三枝子には弘田三枝子が、岡崎友紀には岡崎友紀が、そこに歌を残した現実こそ、認められるべきと思います。

特に弘田三枝子はデビュー当時から和製ポップス&オールディズ、あるいはジャズっぽいスタンダードをメインに歌っていた頃、この「渚のうわさ」を出した事によって、新しい方向性が提示されたという意味でも、これは忘れられないはずです。

ということで、所謂「夏の歌」でも「去りゆく」という括りの中では、サイケおやじが大好きな1曲として、この「渚のうわさ」は必須♪♪~♪

残暑厳しき日々ではありますが、皆様にも今の時期、お楽しみいただきたい名曲名唱です。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日活創立100周年記念の手型モニュメントには、梶芽衣子が…

2012-09-14 15:46:06 | 歌謡曲

袋小路三番町 / 梶芽衣子 (ポリドール)

既に各方面で報じられ、拙サイト「サイケおやじ館」の掲示板でも自ら書きこんでいますが、とにかく日活創立100周年記念の手型モニュメントには興味津々です!

なにしろ日活所縁の監督&俳優、60名の手型が残されたというのですからねぇ~~♪

 石原裕次郎、石橋蓮司、内田裕也、榎木兵衛、大杉漣、岡崎二朗
 小沢昭一、小高雄二、風間杜夫、桂小金治、蟹江敬三、川口恒
 川地民夫、小林旭、西郷輝彦、沢本忠雄、宍戸錠、杉良太郎
 高橋英樹、地井武男、津川雅彦、中尾彬、浜田光夫、深江章喜
 藤竜也、舟木一夫、三國連太郎、安井昌二、柳瀬志郎、渡哲也

 秋吉久美子、浅丘ルリ子、芦川いづみ、伊佐山ひろ子、和泉雅子
 伊藤るり子、稲垣美穂子、丘みつ子、風祭ゆき、香月美奈子
 片桐夕子、北原三枝、笹森礼子、清水まゆみ、白川和子、白木万理
 田代みどり、谷ナオミ、月丘夢路、筑波久子、十朱幸代、中原早苗
 夏純子、西尾三枝子、野川由美子、松原智恵子、美保純、宮下順子
 山本陽子、吉永小百合

 鈴木清順、野村孝、古川卓巳、舛田利雄

どうです、思わず震えがくる上記の顔ぶれ♪♪~♪

まさに過去から現在へ至る映画演劇に留まらず、世相や歴史を彩った面々の手型に接することが出来る幸せ、それが残されるのですから、本当に嬉しいですよねぇ~♪

特に個人的には、谷ナオミ♪♪~♪

説明不要とは思いますが、成人映画の大スタアにして、日活ではロマンポルノのSM路線を成立させ、その出演作全てを大ヒットさせた功績は決して忘れられるものではありません。

その谷ナオミと自分の手を間接的ではありますが、重ね合わせられる喜びは無上!

もちろんそれは、ここにモニュメントを残されたスタア&監督全てにも言えることですから、やっばりこれは凄い記念碑だと思うばかりです。

ところが、なにか物足りないなぁ……、と思っていたら、なんとっ!

梶芽衣子の手型が、無い!!!?!???

う~ん、これはど~したことでせう……??

そりゃ~、梶芽衣子は日活では「野良猫ロックシリーズ」の遅れてきた(?)ヒットぐらいしかないかもしれませんし、上層部から扱いにくいとされてきた過去があったとしても、個人的には納得出来ないものがあります。

だって、その「野良猫ロックシリーズ」がなければ、東映に移籍しての「さそりシリーズ」の超メガヒット、そして失礼ながら、後の「曽根崎心中」での映画賞総ナメだって、あったかどうか、わからないでしょう。

等々、思わず熱くなってしまいましたが、そこで本日の1枚は、歌も素晴らしかった梶芽衣子が昭和52(1977)年に出した歌謡ロックの大名作♪♪~♪

それは作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童というだけで、もはや全てを語る必要は無いほどなんですが、なによりも良いのは梶芽衣子本人の不貞腐れながら凛とした歌いっぷりでしょう。

世の中の冷酷さ、薄れてもしぶとく残る人情の機微……。

同時に主人公の逃れられない宿業……。

そうした風情と情緒と心の闇を如何にも昭和歌謡曲らしく、さらには楽曲に隠し様もないロックぽさを大切にした歌唱表現は、意図的に置かれた台詞語りのパートも含めて、この時期の梶芽衣子ならではと思います。

ちなみに、このシングルバージョンはギターがギンギン、ピートはビシバシのハードロックアレンジになっていますが、昨年5月に出た、梶芽衣子&宇崎竜童の再会コラポレーションCDには、グッと情念が潜むジャズ演歌系のアレンジで新レコーディングされていますから、聴きくらべも楽しいと思います。

ただし、個人的には時代への思い入れもありますから、ど~してもオリジナルのシングルバージョンに拘ってしまうんですよ。

特にジャケ写の絶妙に目線を外した梶芽衣子に見つめられてはねぇ~~~♪

こうなってみると、前述したモニュメントに参加しなかった彼女の気持も、それはあくまでもサイケおやじの推察にすぎませんが、納得するしかないんでしょうねぇ……。

う~ん、いかにも「らしいなぁ~~」と言っては、失礼でしょうか。

さて、そこで冒頭の話に戻りまして、件のモニュメントは「日活100周年」でありながら、手型が「60」というのは中途半端ですよねぇ。そこには何かの意図があるのかもしれませんが、ど~せなら「100」にして欲しかったですよ。

尤も既に故人も多く、また芸能界とは縁を断ち切っている人もいるわけですから、なかなか難しい事は理解出来ます。

個人的には小川節子田中真理中川梨絵山科ゆり東てる美志麻いづみ高倉美貴……等々のロマンポルノのスタア女優、監督では神代辰巳の手型を拝みたかったですねぇ。

それと些か顰蹙でしょうが、お叱りは覚悟しての希望では、女優さん達の「乳型」や「マン拓」があればなぁ~~~~♪

最近では例の「石膏型」が話題になっていますから、居直ってそれをやったら、それこそ「ロマンポルノ猥褻裁判」以来の歴史的な大事件(?)でしょうか。

そんなこんなの話題も尽きないのが、映画や音楽の楽しみでもあり、酒席のネタとしても最適と、サイケおやじは本日も妄言を積み重ねてしまった次第です。

失礼致しました。

ということで、件の素敵な手型モニュメントは調布の日活撮影所と最寄りの飛田給駅前に設置予定だそうです。

サイケおやじは必ずや訪れますが、皆様もぜひ、ご訪問下さいませ。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プレイ! ファンキーブルースロック!

2012-09-13 15:28:18 | Rock

Keep On Moving / The Butterfield Blues Band (Elektra)

ブルースロックと言えば、本日ご紹介のアルバムも、サイケおやじが衝撃を受けた1枚です。

結論から言えば、今となってはバジー・フェイトン(g) とデイヴィッド・サンボーン(as) という、後のフュージョンスタアが駆け出し時代の音源という興味が優先される証拠物件ではありますが、しかし中味の真価は制作発売された1969年当時最先端のファンキーロック!

全くその発祥と発展が見事に記録され、もちろん聴けば歓喜悶絶の名盤だと思います。

 A-1 Love March
 A-2 No Amount Of Loving
 A-3 Morning Sunries
 A-4 Losing Hand
 A-5 Walking By Myself
 A-6 Except You
 B-1 Love Disease
 B-2 Where Did My Baby Go
 B-3 All In A Day
 B-4 So Far So Good
 B-5 Buddy's Advice
 B-6 Keep On Moving

ところで、バターフィールド・ブルース・バンドと言えば、やはりマイク・ブルームフィールドやエルビン・ビショップという、偉大なギタリストが在籍していた時代が最高!

と、相場は決まっていますし、実際、サイケおやじも、それについては異存などありはしません。

しかしバターフィールド・ブルース・バンドはリーダーのポール・バターフィールドが率いてこその存在意義が確かにあって、それは「黒人音楽のブルース」と「白人音楽のロック」を結びつけただけではなく、そこから生まれた新しい音楽様式の「ブルースロック」をさらに発展させようと奮戦した、その現場がバターフィールド・ブルース・バンドだったように思うわけです。

それは前述の二大ギタリストを擁して作り上げたブルースロック極みの名盤「イースト・ウェスト」から、相次いで彼等人気者が去って行く過程においての諸作でホーンセクションを導入し、ジャズ風味を強めながら、これはひとつのブラスロックの方向性をも見据えた展開でありました。

で、この「キープ・オン・ムーヴィン」はバンドとしては通算5作目のアルバムにして、今や歴史的イベントになってしまった「ウッドストック」の映画サントラ盤扱いだった3枚組アルバムにライプ音源として収められていた「Love March」のオリジナルスタジオバージョンが聴ける事でも気を惹かれるわけですが、これがなんとも、サイケおやじにとっては面白くありません。

それは、やはり先入観念としてのバターフィールド・ブルース・バンドにしては完全に肩すかしというか、前述した3枚組LP「ウッドストック」で聴けた、そのマーチングバンドみたいな演奏とソウルっぽい歌のミスマッチには、ど~しても馴染めないのです。

なんでギンギンのブル~スギターが出ないんだぁ~~~~~!?

ほとんど憤りに近いものさえ覚えていたのが、当時のサイケおやじの本音でありました。

ところが、このアルバムでの「Love March」は既にして立ち位置が異なるようで、全体に重くて歯切れの良いピートが蠢くエレキベースを核として最後まで貫かれますから、ホーン隊がキメまくるリフもビシッとファンキー♪♪~♪

まあ、今となってはドC調の歌詞とボーカル&コーラスの兼ね合いが失笑を誘いかねませんが、リアルタイムではマジだった事が時の流れを痛感させますねぇ。

ちなみに既に述べたとおり、このアルバム制作時のバンドメンバーはポール・バターフィールド(vo,hmc,etc)以下、バジー・フェイトン(vo,g,key,etc)、ロッド・ヒックス(b)、フィリップ・ウィルソン(ds,vo)、スティーヴ・マダイオ(tp)、キース・ジョンソン(tp)、デイヴィッド・サンボーン(as)、トレバー・ローレンス(ts)、ジーン・ディンウィディ(ts,fl,vo)、フレッド・ベックマイヤー(b)、テッド・ハリス(p) 等々のクレジットを確認出来ますが、無記名の助っ人が参加している可能性も、聴けば納得されると思います。

で、全体の音作りはブルースロックから一歩進んだファンキー感覚のブルーアイドソウルを狙ったのでしょう。リズム隊が挑むノーザンビートやラテンリズムを含む、まさにポリリズムなロックビートが結果的にフィリーソウルやニューソウルのような、これがアブナイほどにイカスんですよ♪♪~♪

もろちんそれは白人っぽい、ちょいダサ感覚である事は言うまでもないんですが、レコードを聴き進んでいくうちに中毒させられるような「何か」があるんじゃ~ないかっ!?

錯覚であったとしても、このアルバムの魅力は、まさにそれだっ! と、サイケおやじは思っています。

例えばファンキー&ブラスロックの「No Amount Of Loving」ではギターのリズムカッティングがサザンソウルしていながら、アドリブソロはニューロック! また、アップテンポでリズムアレンジやベースがカッコE~「So Far So Good」は、ホーンセクションの使い方を含めて、明らかにジェームス・ブラウンに敬意を表したファンク路線!

う~ん、死ぬほどギターが、カッコE~~~~~♪

さらにゴスペル味濃厚な「Where Did My Baby Go」はバジー・フェイトンのギターも狂おしく、ポール・バターフィールドが本領発揮の粘っこいボーカルがたまらない「Morning Sunries」は、これまたファンキーなブラスロックという趣向ですから、聴いているうちに、思わずグッと力が漲ってきますよ。

一方、従来路線の正統派ブルースロックとしては、「Walking By Myself」におけるハーモニカとギターのアドリブのしなやかさ♪♪~♪

実は告白すると、サイケおやじがこのアルバムを初めて聴いたのは1973年晩秋でしたから、ここまで書いてきた当時のバターフィールド・ブルース・バンドの音楽性と共通点が聴かれるニューロックやブラスロックの名作やヒット曲にはそれなりに馴染んでいた所為で、例えばリアルタイムのシカゴがやっていたファンキーロック&ソウルフルなスタイルの根源を発見した事は、実に衝撃でした。

なにしろ、これが世に出ていたのは、1969年!

つまりシカゴBS&T等々に代表されるブラスロックがブレイクしていた時期と一緒であり、しかもファンキー&ソウルな味わいは、こっちが格段に上なんですから、たまりません♪♪~♪

しかもバジー・フェイトンという、初めて意識したギタリストのスタイルはロックでもあり、ジャズでもあり、ど真ん中のソウルフィーリングさえ弾いてしまう汎用性が、全く当時は意味不明の凄さと感じられましたですねぇ~~♪

おまけにそれが果たして本人の意図するところか、否か?

後で知り得たところによれば、このセッション当時のバジー・フェイトンは弱冠二十歳前後だったそうですから、狙っていたのなら、完全に天才だと思いますが、本人の語るところによれば、何かバンド全体の雰囲気に引っ張られたという部分は否めないとの事で、それをちょいと安心と書けば不遜でしょう。

ただ、その真相云々は別にして、とにかくこのアルバムの魅力の大部分はバジー・フェイトンの当時としては新鮮なギターワークであり、またリズム隊の自由奔放にして緻密なグルーヴである事はまちがいありません。

そしてもうひとつ、随所にモロ出しとなるジャズっほさも侮れません!

中でもスロ~ブル~スにしてゴスペルロックな「Losing Hand」におけるテナーサックスのアドリブやホーンリフの使い方は、ポール・バターフィールド十八番のハーモニカやバジー・フェイトンのギターワークさえも、ジャズへと導いていきますし、これまたじっくりとジャズ歌謡調の「Except You」が、一転して中間部で力強い盛り上がりを聞かせるあたりの仕掛の妙、さらには死ぬほどカッコ良すぎるファンキーブラスロック「Love Disease」が中盤で4ビートに突入してしまう構成の熱さ!!

もう、このあたりの展開は、全くサイケおやじの好むところがテンコ盛りなんですねぇ~~♪

そこで気になるデイヴィッド・サンボーンの活躍は、ほとんどがホーンセクションの構成員という存在ではありますが、それでもアップテンポのゴスペルロック「Buddy's Advice」では既に後年お馴染みとなる、例の「泣きのアルト」の片鱗を聞かせるアドリブソロの熱演が嬉しいところ♪♪~♪

ちなみに曲調はサム&デイヴデラニー&ポニー風という、これがバジー・フェイトンの自作自演でリードボーカルもやらかしてしまった憎らしいトラックでありながら、個人的には大好きですし、もうひとつ、バジー・フェイトンが書いて歌った「All In A Day」がファンキーロックになっているのも興味深いと思います。

もちろん本人のリズムギターや蠢くベースにビシバシのドラムス、些か暑苦しいコーラスがゴスペル狙いなのは言わずもがな、このあたりが当時のバジー・フェイトンの趣味(?)であったとしたら、それはそれで興味深いところでしょう。

ということで、これは冒頭で「名盤」と書いてしまいましたが、その扱いも実質的には局地的なものでしょう。もちろんやっている歌と演奏も、従来型「ブルースロック」ではありませんから、そこに期待しては納得出来ないのも確かです。

しかし基礎的因子としての黒人音楽、あるいは黒人音楽から誕生したロックという白人音楽が好きであれば、何時かは必ずファンクやファンキーロック、ソウルジャズやブラコンなぁ~んていうシンコペイトしたリズムとピートの魔法に夢中になれるはずで、何か断定的な言い方かもしれませんが、その時にこそ、このアルバムがさらに愛おしくなるんじゃ~ないでしょうか?

アヴェレイジ・ホワイト・バンドあたりがお好きな皆様にも、オススメですよ。

それとやっぱりバジー・フェイトン!

ご存じのとおり、この才人ギタリストが本格的に注目されたのはステーヴィー・ワンダーの傑作アルバム「心の詩」や「トーキング・ブック」のレコーディングセッションに参加し、引き続いて巡業用バンドのメンバーに抜擢された1970年代初頭だと言われていますが、告白すればサイケおやじは、そうと知っての後追いでの感動が強く、殊更意識することはありませんでした。

それが既に述べたとおり、結局は1973年晩秋、このアルバムに出会って以降は、バジー・フェイトン熱に浮かされていた時期が確かにありましたですねぇ~♪

そしてキャリアを辿ってみると、そこにはサイケおやじの大好きなラスカルズとの関わり、さらにはグレッグ・オールマンのソロ名義アルバムへの参加から、盟友とも言えるニール・ラーセンとのコラポレーション、また途中には因縁深い様々なメンバーとのバンド活動等々が連綿と続いている事実には驚かされるばかりです。

ただし本人は1970年代中頃から悪いクスリ(?)でリタイアしていた時期もあった事から、決して意欲的に前へ出るタイプじゃ~ないようですし、今日まで残されているレコード諸作はマニアックな領域にある事も確かでしょう。

そこでぜひとも、キャリアの出発点とも言える、このアルバムから聴いていただきたいのです。

本気で好きになったら、ずぅ~~~っと飽きないで聴ける1枚だと思います。

最後になりましたが、ここまでやってしまったリーダーのポール・バターフィールドは直後、何故か自らのグループを活動休止状態にし、伝統的な黒人ブルースへの回帰やメンバーを入れ替えた新バンドの結成と解散を繰り返し、ついには……。

その意味でも、このアルバムは大切に聴かれるべきと思うのでした。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

例えば、命預けるほどの愛……

2012-09-12 15:42:51 | 歌謡曲

命預けます / 藤圭子 (RCA)

サイケおやじの本サイト「サイケおやじ館」の掲示板で最近、ちょいと盛りあがっているのが所謂人形偏愛♪♪~♪

それは美女系人形に無償の愛を捧ぐ♪♪~♪

と、言えば体裁は良いんですが、物言わぬ人形に様々な自分の趣味嗜好を押し付けるという意味でも、これは一徹な思いの発露でもあります。

実は事の発端はオリエント工業が製造販売しているラブドール、つまりダッチワイフなんですが、それがCSの番組で紹介され、そのあまりのリアルな可愛さに夢中! というあたりから、前述会社のHPを訪れてみると、これがまた感動の嵐ですよ♪♪~♪

そして話は例によって妄想モードに発展し、他サイトの紹介から乱歩&手塚作品にまで及ぶ探求の道筋は、まあ、如何にも拙サイト好みとご理解願いたいところです。

しかし人形偏愛は少女趣味でもあり、また自己完結型という点においては、男であっても、それは共感出来るわけですが、まあ、都合の良い奴隷!? という意味においても、昔っから多種多様な描かれ方をしてきた趣味でしょう。

例えば往年のエロ時代劇では「生き人形の献上」が定番でありました♪♪~♪

また、ロマンポルノでは松川ナミ主演の「奴隷契約書」あたりが、それに該当するかもしれず、なんとっ! 箱詰めにされた奴隷が宅配便で届けられるという展開は秀逸でしたねぇ~♪

ちなみに現実世界の問題としては、件のラブドールを注文したとしても、その配達はど~なるのか? 幾分の不安も感じないではいられません。なにしろブツは人間に極めて近いサイズであれば、なにか誘拐事件と間違われるという恐れも笑い事ではありませんからっ!

いゃ~~、なにか本日は願望剥き出しの言い訳を綴っていますよねぇ……。

しかし昔っから、「人形のような……」という褒め言葉は確かにあって、例えば本日掲載したシングル盤ジャケットに写る藤圭子は、その「人形のような」ルックスとはケタ違いのミスマッチを激しく喚起させるドスの効いた声で歌う「怨歌」が日本中を熱くさせましたですねぇ~~♪

それが1970年代の我国をどれだけ盛り上げたかは、リアルタイムを体験された皆様には説明不要でしょうし、後追いの皆様にしても、現在では宇多田ヒカルの母親としての存在は有名過ぎますから、何かと往年の彼女のキャリアはご存じかと思います。

中でも旅回りの浪曲師の娘としての出自から、某お祭りイベントで歌う彼女がスカウトされ、そこからスタア歌手へと成長する物語は当時、本人出演の伝記映画が制作され、またアニメや小説等々のモデルにもなった事からドロドロに誇張された部分も含めて、根源的な暗さが昭和40年代後半の日本にはジャストミートする存在であった事実は無視出来るものではありません。

思えば現代は極度な不信が、あらゆる分野に蔓延していますが、その根底にあるのが自己保身であろうことは、それがひとつの要因でしかないとしても、否定は難しいでしょう。

例えば今、人気先行の地方政治組織にして、新党に発展せんとする某会に仲間を裏切ってまで入れてもらおうと画策する奴等には、この藤圭子の歌を聴いて欲しいもんですよ。

 命預けます
 嘘もつきます生きるため
 
 やっと開いた花一つ

 雨の降る夜は雨になき
 風の吹く日風に泣き

 いつか涙も枯れはてた

 こんな女で良かったら

 命預けます

いゃ~、流石は藤圭子の師匠・石坂まさを作詞作曲は永遠に不滅ですねぇ~。

それをジワジワとハスキーに歌う藤圭子のリアルな情感!

少なくとも永田町の先生方が、こうした気持の欠片でも抱けるのならば、国民はもうちょいと救われるんじゃ~ないですかねぇ……。

この歌は昭和45(1970)年のちょうど今頃からの大ヒットでしたが、それから既に40年以上経っているとしても、人の心と世の中は、そんなに変わるものではありませんからっ!

ということで、本日は妙な文章展開になってしまいましたが、そこは藤圭子の美しきジャケ写のポートレートに免じて、「人形のような」美貌を眺めつつ、ご容赦願いたいところです。

そして願わくば前述した伝記映画「わが歌のある限り(松竹)」がソフト化されますようにっ!

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャケ買いテイスト

2012-09-11 15:23:29 | Rock

死神のブルース / The Taste (Polydor / 日本グラモフォン)

日本盤シングルの最も素晴らしいところは、常にピクチャースリーヴが付いているところだと思います。

これは当たり前の様でいて、実は海外ではその仕様の方が珍しく、かなりの有名歌手&グループであっても、通常のシングル盤であれば、素っ気無い穴あきの紙袋にレコードだけが入れられて売られるのですから、その穴の部分から見えるレーベルのデザインと記載文字だけで選ばれる楽曲というのも、何か味気無いものを感じてしまいます。

さて、そういうところを鑑みて我国の場合は、殊更洋楽であれば印象的な邦題との兼ね合いでジャケットデザインが決められる事もあるんでしょうか、なかなか素敵なブツが山の様に残されている事は言うまでもありません。

本日ご紹介のシングル盤も、まさにその中のひとつ!

と、サイケおやじは思い込んでいるのですが、それと言うのも所謂二コパチではないグループショットが如何にもニューロックのバンドらしく、また紫系の印刷、さらにはオリジナルタイトルの「Born On The Wrong Side Of Time」を「死神のブルース」とやってしまった(?)邦題の潔さ!

しかも日本グラモフォンの吉例「Art Rock」のお墨付きが輝かしいでしょう♪♪~♪

ですから、レコード屋の壁にこれがディスプレイしてあれば、絶対に気になる事は必定であって、発売された昭和44(1969)年以来、サイケおやじは絶対に欲しいブツの筆頭格でありました。

しかし、これは言い過ぎの非礼は覚悟の上なんですが、肝心の中身は全く精彩の無い歌と演奏……。

実は主役のテイストは「第二のクリーム」としてイギリスでは華々しく売り出されたブルース系のハードロックバンドで、メンバーはロリー・ギャラガー(vo,g)、リチャード・マックラケン(b)、ジョン・ウィルソン(ds) という3人組ですから、その音楽性は既に述べたとおり、クリームの路線を狙っています。

しかし残念ながら、その出来は決して良いとは言えず、結果的にブレイクしないまま、解散しています。

それでもロリー・ギャラガーだけは独立して後、大輪の花を咲かせている事からもご推察のとおり、テイストが残した4枚の公式LPを聴けば、ロリー・ギャラガーと他のメンバーの力量の差が如何ともし難い現実が……。

さらにこの「死神のブルース / Born On The Wrong Side Of Time」は、テイストが本格的にポリドールと契約を結び、メジャーデビューする以前、インディーズで別のメンバーと共にロリー・ギャラガーが吹き込んだものという真相があり、なんとっ! 前述のメンバー構成は大手レコード会社との契約の条件だったという説もあります。

つまり制作側は、もっと実力のあるリズム隊を用意した上で、ロリー・ギャラガーの才能を売り出そうとしていたと思われます。

しかし、それでもテイストのアンバランスは解消されなかったのですから、逆に言えば、それだけロリー・ギャラガーの力量が突出していたのです。

閑話休題。

で、この「死神のブルース / Born On The Wrong Side Of Time」は、そういう経緯があったとしても、堂々とテイストのデビューアルバムに収められている事からして、マネージメントもレコード会社も、その曲を書いて、主役を演じているロリー・ギャラガーを売りたかったのが本音!?

ファンやリスナーにとって、そういう推察は易いでしょう。

楽曲そのものに強く滲む、所謂アイリッシュモードが絶妙の哀愁に感じ取れるあたりは、魅力と言えない事もありません。

ただ、それでもキメのリフが些か弱く、また、中間部の思わせぶりも新鮮味が薄く、それゆえにエレキ&アコースティックで作られたギターサウンドは相当のカッコ良さがあるのに、イマイチの印象しか残らないのではヒットに結びつくはずもありません。

少なくとも日本で、このシングル盤が売れたという事実は無いと思われますから、欲しいのに買えなかったサイケおやじの気持は如何ばかりか!?

そのあたりを御察し願えれば幸いでございますが、そうして時が流れ、1980年代も終りの頃、偶然にも地方出張した時に立ち寄った某中古レコード店の壁に、これを発見!

一瞬、夢じゃ~~なかろうか!?

そう、思ってしまうほどの奇蹟に遭遇してしまえば、それなりの値段が提示されていたとしても、躊躇出来るほどサイケおやじは人間が出来ていません。

もちろん既に当時は、その中身のショボさも熟知していたんですが、それでもゲットさせられてしまうのは、偏にジャケットの雰囲気の良さです。

ちなみに発売元の日本グラモフォンの洋楽シングルは、そのジャケットデザイン&企画にバラツキがあり、こういう秀作もあれば、トホホの実例が多々ある事は以前にも書きました。

そのあたりの謎も何時かは解き明かされる日が来るんでしょうかねぇ~。

全くレコード世界の楽しみは尽きません。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする