■Heavy Soul / Ike Quebec (Blue Note)
アイク・ケベックといえば、近年になってようやくその経歴や業績がきちんと紹介それるようになったテナーサックス奏者ですが、私がジャズを本格的に聴き始めた1970年代では、個人的に謎の人でした。
そのスタイルはスイング系の黒人スタイル、R&Bっぽい音楽性、しかし温故知新の魅力があって、なんでこんな人が名門ブルーノートにリーダーアルバムを、それも1960年代の録音セッションがあるんだろう……? という疑問が興味に進展したものです。
今となっては明らかになったように、アイク・ケベックはブルーノートの主催者だったアルフレッド・ライオンとフランシス・ウルフには有能な助っ人であり、優れた新人のスカウトやリハーサル&録音セッションの庶事万端、縁の下の力持ちだったというのです。
それは当時、人種差別が厳しかったアメリカにおいて、たとえモダンジャズのプロデューサーといえども、黒人地区でバリバリの最先端が演じられている現場へは容易に立ち入れなかった白人のアルフレッド・ライオンやフランシス・ウルフのアシスタントとしての仕事であり、多くの優れたセッションが可能になっていたのも、アイク・ケベックの存在があればこそなのでした。
う~ん、これを知った時には業界の現場の難しさとか、さもありなんの事情を痛感させられましたねぇ。
しかしアイク・ケベック本人は、1940年代からブルーノートと関わりがあって、SP用のレコーディングは残していたのですが、その後に悪いクスリで娑婆と塀の中を往復したり、健康を害して第一線から遠ざかったようです。そして前述の仕事を請け負ったようですが、アイク・ケベックは自身がモダンなスタイリストではなかったものの、当時の先進的な若手、例えばセロニアス・モンクやケニー・クラークあたりとは親密だったそうですし、おそらくは人望もあったのでしょう。それでなくては、白人の手先なんか信頼されるはずもありませんからねぇ。
さて、このアルバムはそんなアイク・ケベックがブルーノートで発売した本格的なLPレコードの最初の1枚です。録音は1961年11年26日、メンバーはアイク・ケベック(ts)、フレディ・ローチ(org)、ミルト・ヒントン(b)、アル・ヘアウッド(ds) という新旧混合のワンホーン体制――
A-1 Acquitted
リズム隊がほとんどマイルス・デイビスのモード曲「Milestones」というリフが痛快4ビート! しかしアイク・ケベックはサブトーンとグイノリで古臭いフレーズを積み重ねるというミスマッチがなんとも魅力です。
共演者ではベースのミルト・ヒントンが1930年代末からアイク・ケベックとは盟友だったベテランなのに、ここでは十分に新しいグルーヴを披露し、おそらくはブルーノートでは初セッションであろうフレディ・ローチがライト感覚のソウルオルガン♪ そしてアル・ヘアウッドの硬派なドラムスという実に上手いキャスティングが、アイク・ケベックの希望だったんでしょうかねぇ。流石の味わいだと思います。
A-2 Just One More Chance
アイク・ケベックが本領発揮の甘いバラード演奏で、サブトーンの鳴りからは黒いソウルとテナーサックス本来の魅力が溢れだしています。フレディ・ローチのオルガンも実に良い雰囲気で、全体のゆったりしたグルーヴの源でしょうか。
原曲はあまり知られていないスタンダードみたいですが、この演奏を聞いた私は、忽ち好きなメロディになっています。
A-3 Que's Dilemma
なんと1曲目とクリソツな演奏で、同じようなリズム隊のリフとグルーヴが、これで良いのか???
しかしアイク・ケベックはお構いなしに我が道を行く、ですよ♪ こういう開き直りを手抜きとするかは十人十色でしょうが、アドリブパートの熱気は相当なもんですから、納得するしかないでしょうねぇ……。
A-4 Brother Can You Spare A Dime
これまたキャバレーモードというか、フロアショウで美人ダンサーが登場してきそうな名曲・名演です。あぁ、このメロディの歌わせ方はアイク・ケベックの真の実力と音楽性の表れでしょうねぇ~~~♪
フレディ・ローチのオルガンも泣いていますし、ミルト・ヒントンのペースは味わいの小技がニクイところです。
う~ん、それにしても、こんな曲を見つけ出して演じてしまうなんて、アイク・ケベックも昭和歌謡曲のルーツと思ってしまうほどです♪
B-1 The Man I Love
ジャズ史ではテナーサックスの名演としてコールマン・ホーキンスのバージョンが決定版とされていますが、裏を返してここでのアイク・ケベックの演奏も実に味わい深いと思います。
ゆったりとしたテンポで原曲メロディをフェイクしていくテーマ部分、そしてアドリブパートではグイノリでスイングしていく「お約束」を守っているだけとはいえ、この悠々自適な雰囲気には和みがいっぱいです。
ただし、もう少し熱くなって欲しいという我儘も……。
もちろん適度に下世話なフィーリングとかツボは外していませんが……。
B-2 Heavy Soul
さて、これがアルバムタイトル曲にして、このアルバムの目玉演奏です♪
妖しいムードがいっぱいのテーマメロディ、それをマレットを使ったアル・ヘアウッドのドラムスが最高に彩り、やがて演奏はグッと重心の低い4ビート♪
アイク・ケベックのテナーサックスは男泣きの心情吐露ですし、フレディ・ローチのオルガン伴奏もジャストミートして、こういうムードは唯一無二、永遠に不滅のジャズの楽しみでしょうねぇ~♪
実は告白すると、私が最初にアイク・ケベックを聞いたのは、ラジオから流れていたこの曲でした。そして忽ち、虜です♪
セッションが行われた1961年としては、明らかに時代遅れの演奏だったかもしれませんが、アルフレッド・ライオンのプロデュースがそれを許したのは、今となっての結果オーライでは無く、ジャズの本質への愛情だったと思います。いや、そう思わざるをえない名演じゃないでしょうか。
B-3 I Want A Little Girl
続くこの演奏もまた、ゆったりしたテンポでアイク・ケベックがソウルフルなサブトーンを鳴らすという、テナーサックス王道の響きがとても魅力的です。
伴奏のオルガントリオも、普通はベースの代わりにギターというのが定番ですが、ここではあえてベースを起用したのが大正解で、がっちり芯の通ったグルーヴが出来上がっていますから、フレディ・ローチも思うままに魅惑のコードワークを聞かせて、最高のムードが楽しめるのでした。
B-4 Nature Boy
オーラスはアイク・ケベックとミルト・ヒントンのデュオで演じられる有名スタンダードという、最高の仕掛けが用意されています♪ なにしろ最初っからテナーサックスの魅力というサブトーン、そして硬質なメロディフェイクが全開なんですねぇ~~♪
静謐なムードをさらに上手くサポートするミルト・ヒントンのペースも、余計な手出しをしない潔さですから、アイク・ケベックの至芸にはすっかり酔わされてしまいます。
はっきり言えば地味な演奏かもしれませんし、短いトラックですから、なんか物足りない感じが最初はするかもしれません。しかしこれ以上長くなったら、やっぱりイヤミなんじゃないでしょうか。ここではシンプルにして、全てを言いきった感があると思います。
ちなみにこの曲はジョン・コルトレーンも、あの黄金のカルテットで重厚に演じていますが、それはそれとして、私はこちらの方が好きです。
ということで、これもジャズ喫茶よりは自宅で聴いて感涙のアルバムだと思います。特にB面を私は愛聴しているのですが、恥ずかしながら、実はそれも2曲目からというのが真相です。欲を言えばAラスの「Brother Can You Spare A Dime」がB面に入っていれば、最高だったんですが、その意味でCDを買おうか、何時も悩んでいる1枚でもあります。
ちなみにアイク・ケベックはこの時期、集中的にブルーノートで録音セッションを行い、シブイ輝きの放つリーダー盤の他にサイドメンとしても熱演を残していますが、1963年には40代半ばで天国へ召されたのが残念……。
またフレディ・ローチのオルガンが、オルガンといえばソウルフル! というイメージと同時に繊細な感覚を滲ませて実に秀逸です。この人があって、この名演が生まれたというのは、決して極言でも放言でも無いと思うのですが、それは皆様が鑑賞されてのご判断ということで、ご理解願います。
これからの時期、こういう「あったかいテナーサックス」は必需品じゃないでしょうか♪