もう9月が終わってしまう……。
それにしても今月は地獄のような忙しさでした。サイトの更新も儘ならず、これから先のスケジュールもビッシリですからねぇ。
いったい何のために働いているのか、物欲のためもありますが、そこに仕事があるから働いていると、ひとり納得するほかはない現状です。
ということで、本日は――
■Tony Fruscella (Atrantic)
ジャズ喫茶の楽しみのひとつが、知らないアルバムに出会う事です。それはまた、知らないミュージシャンとの出会いでもあるわけですが、そうして狭い入口を潜りぬけ、底なし沼に足を取られて彷徨うのが、ジャズ者の本懐なのでしょう。
で、その頃のジャズ喫茶に集う諸先輩が、挙って「良い」と教えてくれたのが、このアルバムでした。
う~ん、ジャケットもシブイですが、トニー・フラッセラというトランペッターは、当時のジャズマスコミには全く登場しない人でしたから、なんだかそれだけで、奥の細道に踏み込んだ気がしたものです。ズバリ、幻の名盤扱い!
ところが聴いてみても、当時の私には全然ピンっとこないんですねぇ……。
録音は1955年3月と4月、メンバーはトニー・フラッセラ(tp)、アレン・イーガー(ts)、ビル・トリグリア(p)、ビル・アンソニー(b)、ジュニア・ブラッドレイ(ds) に加えて、3月のセッションにはダニー・バンク(bs) とチェルシー・ウェルシュ(tb) が入っています。またアレンジャーとしてフィル・サンケルがクレジットされているのも興味深いところでしょう――
A-1 I'll Be Seeing You (1955年4月1日録音)
A-2 Muy (1955年3月29日録音)
A-3 Metropolitan Blues (1955年4月1日録音)
A-4 Raintree County (1955年4月1日録音)
B-1 Salt (1955年3月29日録音)
B-2 His Master's Voice (1955年4月1日録音)
B-3 Old Hat (1955年4月1日録音)
B-4 Blue Serenade (1955年4月1日録音)
B-5 Let's Play The Blues (1955年4月1日録音)
――という演目の中では、A面ド頭の「I'll Be Seeing You」が畢生の名演として、今日では広く認知されているところです。いゃ~あ、実に素晴らしい演奏なんですが、これが最初、私には全く分かりませんでした。
というのも、結論から言うと、ここでのトニー・フラッセラは、いきなりアドリブから始めて、テーマメロディを端折っていたんですねぇ~。ちなみに曲はビリー・ホリディの名唱が決定的なスタンダードなんですが、その時の私はオリジナルのメロディを知りませんでしたから、せっかくトニー・フラッセラが演じてくれた妙技を心底楽しむことが出来なかったというわけです。
しかし、そこに目覚めてみると、これほどの名演は滅多にあるもんじゃない! と感銘するほどです。一抹の哀愁を含んだピアノのイントロも秀逸ならば、トニー・フラッセラのちょっとハスキーなトランペットの音色そのものが、グッと心に滲みてきます。
シンプルなグルーヴを大切にしたノリも素晴らしく、もちろん歌心が絶妙ですから、もう何度聴いても飽きません♪ 悲しみを胸に秘めたようなビル・トリグリアのピアノも味わいふかいところです。
そして同系の演奏としては「Blue Serenade」が、これまた素晴らしくて泣けてきます。嫌味の無い思わせぶりが、たまらんのですよ。
しかしアップテンポにおけるスイングしまくった演奏も捨てがたく、「Muy」や「Raintree County」での中間派っぽいノリは、歌心も満点で和みます。
共演者ではレスター・ヤングの影響下にあるアレン・イーガーが、やはり実力どおりの快演!
というこのアルバムは、1970年代中頃までは所謂「幻の名盤」とされていましたから、我国で再発された時には、ちょっとしたベストセラー盤になったと言われています。
もちろん私もその時に買ったわけですが、邦題が「トランペットの詩人」とは言いえて妙です。全く、そのとおりなんですねぇ~♪
ちなみにトニー・フラッセラは白人ですが、その生い立ちは決して恵まれたものではなく、トランペッターとして名を上げた後は麻薬に溺れ、1969年に40代で亡くなっています。つまり破滅型の人間だったのかもしれませんが、そういう資質が滲み出た演奏こそ、リスナーの琴線にふれるというのがジャズの魔力なんでしょうか……?
もちろん残されたレコーディングは少なく、そのほとんどが、このアルバムには及ばない出来というのが私の正直な感想ですので、機会があれば、「I'll Be Seeing You」だけでも聴いてみて下さいませ。
虜になると、ジャズを聴く楽しみが確実に増えると思います。