OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

予定変更

2011-06-29 15:27:53 | Weblog

お暑うございます。

既に梅雨の明けた地域もあるようですが、今日は殊更にムシムシしますねぇ~。

そんな中にも訪れてくださった皆様には心から感謝申し上げます。

さて、仕事の状況で出張が1日早くなりました。

3日ほどの休載、ご理解のほど、お願い申し上げます(__)

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霧のマウンテンに後追い登山

2011-06-28 16:12:36 | Rock

霧のマウンテン / Donovan (Epic / 日本コロムビア)

これはサイケおやじが初めて買ったドノバンのレコードで、当然ながら後追いの中古盤ゲットでした。

というのも、A面収録曲「霧のマウンテン / There Is A Mountain」がオールマンズによって「Mountain Jam」という強烈なライプバージョンに変奏され、それにシビレきっていたサイケおやじが、ど~してもオリジナルバージョンを聴きたくなったのは皆様がご推察のとおりです。

で、そのドノバンというミュージシャンは、1960年代中頃から英国フォークの貴公子とか、イギリスのボブ・ディランと呼ばれた人気のシンガーソングライターであり、またサイケデリックポップスの味わいが非常に強いヒット曲や濃密なアルバムが、特にアメリカでウケまくっていたのが、全盛期とも言える1970年代前半までの経歴になっています。

しかしサイケおやじの認識では、今やフォークロックやサイケデリックロックの古典になっている「Sunshine Superman」や「Mellow Yellow」等々の代表曲が、リアルタイムの我国でヒットしていたという記憶がどうにもありません。

ただし、ドノバンという名前は実に強い印象であり、それはビートルズのジョンとポールにギターのフィンガービッキング奏法を手ほどきしたとか、前述のヒット曲を含む全盛期のレコーディングセッションには、ジミー・ペイジやジョン・ポール・ジョーンズといった後のゼップ勢が参加しているとか、さらに来日公演ではアコースティックギターだけで武道館のソロライプを押し切ったというウルトラ級の伝説が、今も鮮烈!?!?

そして追い撃ちになったのが、既に述べたようにオールマンズのジャムバンド的カパーだったんですから、今更ながらと自覚しつつも……、というわけです。

そこで実際に聴いてみると、これがなかなか気持の良い浮遊感に満ちた名曲なんですねぇ~~♪ 例のオールマンズが拡大解釈していた基本の曲メロとフワフワしたドノバン本人の歌唱の不思議な化学変化は、所謂ミスマッチの面白さもあると思います。

そういえばドノバンのオリジナル演目は、例えばバニラ・ファッジやアル・クーパー等々にもジャムネタにされているほど、基本的にやってみたくなるモードで作られているんでしょうか? ついついハイな気分にさせられるものが多く、結局はベスト盤までゲットさせられたのが、ドノバンの魅力という事でしょう。

どうやら現在は復刻CDにしても、いまひとつ統一感のある再発にはなっていないようですから、ここらあたりで丁寧な作りのボックスセットでも出して欲しいと願っています。

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なんでこうなるの

2011-06-27 16:30:16 | Weblog

たったひとりの裏切り者(!?)の所為で、全てがオシャカになった本日……。

その後始末に奔走しております。

もう怒りを通り越して、笑ってしまいそうですよ。

とりあえず本日の1枚は休載致します。

明日は明日の風といきたいもんですよ。

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アーサー・ブラウンの狂気の世界はキワモノか!?

2011-06-26 16:27:58 | Rock

Fire / The Crazy World Of Arthur Brown (Track / 日本グラモフォン)

極言すればロックなんていう音楽は、世間を呆れさせるぐらいの方が売れるという真実が確かにあると思います。

つまり、なんだっ! これっ!??

というインパクトをひとつのウリにしているタレントが、これまで夥しく登場してきた歴史を楽しむのも、また鑑賞のコツかもしれませんねぇ。

例えば本日ご紹介のアーサー・ブラウンという御仁は、掲載したジャケ写からも一目瞭然、常に仮面やドギツイ化粧で素顔を隠しつつ、ハードロックやサイケデリックをゴッタ煮とした音楽性で、時にはプログレの領域にまで踏み込んだレコードを出していました。

しかし結果的にヒットしたのは、本日ご紹介の「Fire」だけでしたから、キワモノと断定されても反論は出来ないでしょう。

実はサイケおやじがアーサー・ブラウンを知ったのは昭和43(1968)年末、今や伝説の若者向けワイドショウとして朝っぱらからGSやキュートな女の子を大勢出演させていた「ヤング720(TBS)」で、その奇怪なメイクとアクションで歌いまくるフィルムに接してからなんですが、もちろん演じていたのは、この「Fire」でしたから、大袈裟な炎や煙が使われていたことは今も鮮烈な記憶になっています。

ただし楽曲はオルガンをメインにドカドカ煩いドラムスを使っていながら、なかなかポップで親しみ易いメロディが印象に残りますから、世界中でヒットするのも当然が必然♪♪~♪ 我国でも相当に流行っていましたよ。

何しろ翌年早々には、今聴いても荒っぽくて、些かショボイ中身のアルバムが出たという事件(?)も、笑って許せる状況でしたからねぇ~~。

ちなみに追々に知ったところでは、アーサー・ブラウンは大学で法律や哲学を学んでいたインテリらしいのですが、同時にやっていたバンドではR&B専門だったとか!? そして幸運にもザ・フーのマネージャーだったキッド・ランパートと知り合ってからは、芝居っ気たっぶりのライプパフォーマンスをさらに推し進め、ロンドンのアングラ業界(?)では大評判になったようです。

そして1967年に公式レコードデビューとなるのですが、現代と異なり、視覚的な興味を惹く映像がそれほど簡単に見られなかった時代にワールドワイドなヒットを出せたのは、やはり楽曲が優れていたからでしょう。

ちなみにアーサー・ブラウンは決して単独のミュージシャンではなく、バックバンドを含めて「クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン」名乗るのが常で、メンバーはアーサー・ブラウン(vo)、ヴィンセント・クレイン(org)、ニコラス・グリーンウッド(b)、ドレイチェン・シーカー(ds) が、この「Fire」を出した時の4人組ながら、音楽的な枠組みの大部分はアーサー・ブラウンの作詞とヴィンセント・クレインの作編曲がポイントだったと言われています。

ですから、ヒット曲が途絶えた後も延々と続けているバンド活動には、アイズレー・ダンバー、カール・パーマー、ジョン・ハイズマン等々の有名ドラマーの他に多くのミュージシャンがグループに去来したのですが、その基本は所謂オルガンロック!

う~ん、後にEL&Pを結成するカール・パーマーが助っ人参加していたのは、なかなか興味深いですねぇ~♪

また過激なメイクや意味不明のアクションは、例えばアリス・クーパーやコックニー・レベル等々のグラム&グリッターロック勢に大きな影響を与えたという説も有力です。

ということで、例えキワモノ扱いの一発屋だったとしても、後々まで強いインパクトを残し続けるというエネルギーは、そう簡単には出せるもんじゃないでしょう。

まあ、このあたりは1960年代後半という、「時代の魔法」の奇蹟かもしれませんが、一度は聴いて、楽しむのも悪く無い名曲名演だと思うばかりです。

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油断禁物

2011-06-25 15:51:07 | Weblog

先日からのPC不調、どうにか光明が見えたと油断したら……。

基本ソフトの入れ替え中に動かなくなりました!?

とりあえず本日の1枚は休載ご容赦願います。

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もうひとつのサマータイム・ブルース

2011-06-24 15:49:23 | Rock

Summertime Blues / Blue Cheer (Philips / ビクター)

本日も地獄の様な鬱陶しさ、蒸し暑さが全国に蔓延していますが、信越から東北には大豪雨も襲来していますから、ひたすらに災害が広がらないように祈るだけです。

う~ん、全く人間は自然の前では無力なもんですねぇ……。

そこで本日も豪快にスカッとする傑作名演ということで、季節物ではありますが、ブルー・チアーの一発ヒットを出してみました。

ご存じ、元祖ハードロッカーのエディ・コクランが1958年に自作自演の大ヒットにしたのがオリジナルではありますが、おそらくサイケおやじの世代ではザ・フーのライプ名演が強い印象になっていると思います。

しかし、その間にあって、もうひとつの決定的なハードロックバージョンが、1968年に出されたブルー・チアーの傑作シングルでした。

と言うよりも、このブルー・チアーがあればこそ、ザ・フーの演奏が一際凄くなっている側面も無視出来ません。

それは剛直なリズムとビートの刻みがハードロックの王道であり、歪むギターとドカドカ煩いドラムス、地を這うが如きベースの蠢きが濁ったボーカルを煽るという展開であり、まさにザ・フーが披露して全世界のロック好きを歓喜悶絶させた味わいの前段が、ここにあるというわけです。

ちなみに演じているブルー・チアーはサンフランシスコ周辺で結成され、1967年頃の公式デビュー時にはランディ・ホールデン(g)、ディッキー・ピーターソン(b,vo)、ポール・ホエイリー(ds) の3人組で、実に気合いの入ったハードロックを演じていたそうです。

もちろん、それは英国のクリームに影響されたものでしょうし、実際のライプでは轟音といって過言ではないボリュームの演奏をやっていたと言われています。

そして所謂一発屋の大ヒット「Summertime Blues」にしても、前述したエディ・コクランのオリジナルバージョンを実に上手くサイケデリックとハードロックで味付けした手際が秀逸ですから、あながちマグレ当たりとは言い切れない実力派だったように思います。

ところが何故かバンドとしての纏まりが非常に悪かったのが、このブルー・チアーの個性として認められるあたりに、ちょいと哀しいものを……。

なにしろデビュー期に大ヒットを出していながら、メンバーチェンジが頻繁過ぎるほどで、数枚出したアルバム毎に参加する顔ぶれが違っているという混乱は、決して安定した人気に繋がらなかった現実と無縁ではないでしょう。

当然ながら、演じている音楽性そのものが、コロコロ変わっている節操の無さも問題で、それはそれで優れた楽曲や演奏も残されてはいますが、多分サイケおやじも含む多くのファンは、この「Summertime Blues」の路線を望み続けたのでは……?

そこで問題になるのは、ザ・フーの面々が、このブルー・チアーのバージョンを意識していたか?

その答えは如何様にも出せると思いますが、全ての面においてザ・フーの演奏が完成されていると感じるのは、贔屓目ではないでしょう。

しかしエキサイト性感度の高さという点においては、ブルー・チアーにだって充分に対抗出来る力量が、無きにしも非ず!?!?

実は告白しておくと、サイケおやじはザ・フーのライプバージョンに完全KOされていた昭和45(1970)年、同時に心の中では以前にラジオで聴き、気に入っていたのに小遣いが足りなくてレコードを買えなかったブルー・チアーの演奏が気になるという、浮気状態♪♪~♪

そして中古でゲットしてきたのが、本日掲載のシングル盤でした。

ただしサイケおやじの記憶では、これが発売された昭和43(1968)年頃、ラジオからは相当に流れていたはずが、特に売れるほどヒットしたという感じがしません。

これはちょいと脇道にそれますが、当時のラジオの洋楽番組はレコード会社がスポンサーというのが実に多く、つまりは自社のミュージシャンばかりをイチオシに流していた事と無関係ではないでしょう。

ですから、そういうプログラムが成立していた上に、放送局各社が作るチャート番組があったのですから、今となっては様々な思惑が交錯していた世界だったんでしょうねぇ~。まあ、リアルタイムの洋楽ファンとしては、新しい情報や好きな歌と演奏が聴け、一喜一憂することが大目的だったわけですから、それで良かったんですが……。

今となってはブルー・チアーの「Summertime Blues」が後年のパンクやヘビメタに絶大な影響を与えた云々という定説に、ちょうと面映ゆい感じがしますねぇ。

そんな鬱陶しさも含めてブッ飛ばしてくれるのが、こうした演奏じゃないか?

本当にそう思うばかりです。

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スカッと熱血なミッチー・ライダー

2011-06-23 15:36:47 | Rock

悪魔とモーリー / Mitch Ryder & The Detroit Wheels (New Voice / 東芝)

全てが鬱陶しい今日この頃、音楽ぐらいはスカッとする1曲を求めて取り出したのが、本日ご紹介のシングル盤です。

主役のミッチー・ライダーは白人ながら、実に黒っぽい声質と熱血のロック魂を自然体で表現出来た天才で、結果的に全盛期は短かったんですが、それゆえにリアルタイムで残した音源は何時聴いてもR&R好きにはたまらないものばかりですよ。

いや、全ての大衆音楽ファンは聴かずに死ねるか!

そう断言して後悔しないものが、確かにあります。

で、この「悪魔とモーリー / Devil With A Blue Dress On & Good Golly Miss Molly」は原題からもネタバレしているように、前半はショーティ・ロングの「Devil With A Blue Dress On」、そして後半はリトル・リチャードの「Good Golly Miss Molly」という黒人R&Bをメドレー形式で演じたものなんですが、その味付けは徹底的なハードロック!

まさにゴリゴリの突進ロックが存分に楽しめますから、アメリカでは1966年晩秋に大ヒットし、我国でも翌年に発売された時には、かなりラジオから流れていましたですねぇ~♪ もちろんサイケおやじも瞬時に虜になりましたが、例によってレコードは買えず、4~5年後になって中古屋で見つけた時は本当に嬉しかった1枚です。

ちなみにミッチ・ライダーはデトロイト育ちということで、自然と黒人R&Bに親しんでいたところからバンドを結成し、当地を訪れる有名スタアの前座を務めていたそうです。

そして1965年、正式レコードデビューする時にミッチー・ライダー&デトロイトホイールズと名乗り、メンバーはミッチー・ライダー(vo)、ジム・マッカーティ(g)、ジョセフ・クバー(g)、ジェイムス・マカリスター(b)、ジョン・バタンジェッ(ds) という5人組となって、幾つかの印象的なハードロックヒットを飛ばすのですが……。

それは本当に初期だけだったようで、巡業ライプを含む実際の活動ではホーンセクションを含むオーケストラ的なバンドと一緒だったようです。

というのも、ミッチ・ライターの歌い方やアクションは明らかにジェームス・ブラウンからの影響が大きく、それゆえにステージマナーも模倣していたと思われますが、近年になってネット等で接する映像にも、それは顕著でしたねぇ。

まあ、個人的にはエリック・バートンのライバル的存在としても評価していただきたいボーカリストだと思っています。

ただし残念ながら、1968年頃には喉がダメになったらしく、セミリタイア状態となって、幾度かのカムバックから現在も地道な活動はやっているらしいのですが、15年ほど前にそれに接した友人の話では案の定、声が苦しくなっていたそうです……。

それとご存じのとおり、この「悪魔とモーリー」はブルース・スプリングティーンが例の原発反対コンサートのライプ盤「ノーニュークス」でも演じていたように、やって良し、ノッて良しの極みつきですから、ついついアマチュアバンドもその気になってしまうのですが、現実的にはボーカルの力量が相当に求められることは言わずもがな!

実はミッチー・ライダーが十八番の演目には、こうしたR&Bや有名曲を焼き直したメドレー形式が多く、必然的に体力と気力、さらにはロック&ソウル魂が絶対条件になっているのです。

そして今日では、そのあたりの同系ヒット曲を収めたベスト盤CDも手軽に楽しめますから、これはぜひっ!

心底、スカッとしますよ♪♪~♪

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神秘な世界は……

2011-06-22 16:07:30 | Rock

神秘な世界 / The Moody Blues (Threshold / キング)

全く本日もぐっちゃぐちゃの永田町に呆れない国民は皆無でしょう。

まさに亡国の輩が烏合の衆と化し、我欲に固執する姿は情けないかぎりです。

これはもはや一般常識では推し量れない、それこそ神秘な世界と言っては、同名の傑作曲を演じたムーディー・ブルースに失礼とは重々知りつつも、ご紹介せずにはいられません。

ご存じのとおり、ムーディー・ブルースはプログレの先駆的なバンドとして、驚異の大ヒット「サテンの夜」を含む1967年の名盤「デイズ・オブ・フューチャー・パスト」以降、常にアルバムをメインにする活動をやっていたわけですが、現実的には件の「サテンの夜」の他にも素敵なシングル曲を多数出しており、それは何時も曲間が繋がったアルバムの作りの中から、本当にお好みの歌と演奏を愛するファンには嬉しいものでした。

例えば、この「神秘な世界 / Isn't Life Strange」は1973年に発表された大名盤LP「セブンス・ソジャーン~神秘な世界」からのカットなんですが、名曲揃いのアルバムの中にあっても、一際強い印象を残すドラマチックな歌と演奏は、こうやってシングルとして聴いても格別の良さがあるんですねぇ~♪

それは例によってメロトロンをメインした厳かなイントロから清らかなメロディを歌うボーカル&コーラスの清涼感♪♪~♪ そしてジワジワと力強さを増していく演奏の完璧な構築性は最高の極み!

もちろん演奏パート各々の充実は圧巻で、特にギターの使い方はキャッチーなキメが持続するという素晴らしさです。

実は以前にも書いたと思いますが、このあたりのムーディ・ブルースはリアルタイムの我国では決してウケていたわけではなく、当然ながらアルバムはそれなりに売れていたんですが、曲単位で語られるような事は無かったと思います。

しかし、それを良い事にして、日本の歌謡フォークやニューミュージックは、なかなかムーディ・ブルースからのパクリが多いんですよ!?

例えば最近では岡本真夜の「Tomorrow」という曲が、この「神秘の世界」のギターソロをしっかり頂戴したメロディなんですからねぇ~~!?

涙の数だけ 強くなれるよぉ~~♪

と思わず歌ってしまう人が、この「神秘の世界」を聴いた時、どれほど夥しくなるかは想像もつかないほどです。

ということで、ムーディ・ブルースはプログレでありながら、実に親しみ易いバンドであり、素敵な歌と演奏がどっさりあるというのが本日の結論でした。

で、お叱りを覚悟で書かせていただければ、クイーンなんていうバンドも実はムーディ・ブルースの影響を隠しとおせないはずで、それはギターの使い方が要所で酷似している現実を直視すればご理解願えると思うのですが……。

まあ、それはそれとして、永田町のバカ野郎どもには勿体無い名曲として、心ある音楽ファンは「神秘の世界」を聴きましょうね。

必ず、癒されます♪♪~♪

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ブレッドのナチュラルに素敵なメロディ

2011-06-21 15:54:11 | Pops

二人の架け橋 / Bread (Elektra / ビクター)

1970年代に大ブレイクしたシンガーソングライターのブームでは、意外と立場が微妙な人達も大勢デビューしています。

と言うよりも、裏方で活躍しながらコツコツと自分自身のレコードを出していた下積みから脚光を浴びるという、ポッと出の成りあがり者とは違う、つまりは玄人の雰囲気を持ったミュージシャンが実力を認められたというわけです。

例えば本日ご紹介のブレッドはデヴィッド・ゲイツ、ロブ・ロイヤー、ジェームス・グリフィンの3人組として1969年にデビューしていますが、それ以前の各人はボーカル&コーラス、あるいは楽器のマルチプレイヤーとしてスタジオでの仕事をやったり、また同時に楽曲の提供等々で広く業界では知る人ぞ知るという存在だったようです。

その彼等がどのような経緯でブレッドと名乗るグループを結成したのかは知る由もありませんが、とにかく作られたレコードで楽しめる素敵なメロディとハートウォームな雰囲気の良さは絶品♪♪~♪

それは所謂ソフトロックというジャンルでしょうが、ブレッドの音楽性は実に幅広く、クラシックもジャズ系スタンダードも、さらにはR&Bや当時の新しい流行になっていたニューソウルまでも、白人ロックやハリウッドポップスのフィルターを通して再構築する腕前は超一流だと思います。

中でも掲載したシングル盤A面収録の「二人の架け橋 / Make It With You」は、全米チャートトップに輝く1970年のメガヒットにして、アレサ・フランクリンもカパーするほど黒っぽいフィーリングがお洒落に昇華された大名曲!

もちろん我国でもラジオの洋楽番組や深夜放送で、まさに一服の清涼剤的なヒットになっていましたですねぇ~~♪

なにしろメロディが抜群ですし、アコースティックギターの爽やかな使い方とエレキベースのソウルっぽさ、意外に刺激的なストリングのアレンジもイヤミがありませんから、ゆったりと流れていく曲展開の中でシンミリとソフトにリスナーの心へ染みてくるボーカル&コーラスは素晴らしすぎる心地良さ♪♪~♪

普通であれば、このタイプのヒット曲は我国の歌謡曲&歌謡フォークにパクられて当然なんですが、ブレッドの「二人の架け橋」の場合は、あまりにも完成度が高くて、流石にそれが出来かねる世界に到達しているように思います。

ちなみにジャケ写には前述の3人が写っていますが、実際のレコーディングにはセッションミュージシャンのドラマーが参加していますし、これが大ヒットしたおかげのライプ巡業の都合でしょうか、この頃からマイク・ポッツが正式にドラマーとしてグループに加わったようです。

そして以降、多くのヒット&隠れ名曲を出したのは言わずもがな、5人目のメンバーとして、これまたスタジオセッションの世界では有名だったラリー・ネクテルも正式参加し、なかなか充実の活動を展開したのですが……。

何故か1974年頃には解散したようです。

しかしブレッドの残した歌と演奏は今日でもCMに使われたり、何かの機会にラジオや有線から流れてきた瞬間、思わず耳を奪われるほど素敵なものばかりという真実は不滅!

国難の中でバカ丸出しの永田町、そして脱力している国民生活の中に、今こそブレッドが歌ってくれるような心に染みるナチュラルメロデイが必要なんじゃないかなぁ……。

そんな想いが胸を過る日々が続いています。

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偽り無しのダブルダイナマイト!

2011-06-20 16:36:05 | Soul

Hold On, I'm Comin' c/w Soul Man / Sam & Dave (Atlnatic / 日本グラモフォン)


洋楽史的には1960年代の黒人音楽、つまりR&Bも立派に流行っていたと思われがちですが、実はアメリカにおいては未だ人種差別の壁があった所為で、所謂ヒットチャートに入るほど売れた歌手やグループは数えるほどなのが実態でしょう。

まあ、このあたりは様々な事象に対する一般的な通念が、白人と黒人では根本から異なっていたのですから、ある程度は納得出来るんですが、何故か我国でも昭和40年代初め頃までは、それほどイノセントな黒人音楽が流行っていたという印象がサイケおやじにはありません。

それがモダンジャズでは黒人物がウケまくっていた現実とは、何故か遊離しているのも不思議……。

しかし昭和43(1968)年頃になると、それが一変!

ラジオからも本格的な黒人の歌がピンピンに流れて来ましたし、何よりも当時最高潮のGSブームで登場した様々なバンドが、そういうコピー&カパーを演じていたことも大きかったと思います。

ちなみにサイケおやじにしても、黒人R&Bやブルースに関しては、ビートルズやストーンズ等々の英国ビートグループやアメリカのガレージ系バンドを経由して、それなりに親しんでいたつもりだったんですが、やはり本物を聴いてしまえば、あとはそっちに夢中!

例えば本日ご紹介のサム&デイヴは、通称ダブルダイナマイトと呼ばれた黒人男性デュオの最高峰で、その豪気なソウル魂と心に染みる真っ黒な泣き節は魅力絶大でした。

そして特に人気があったのが、このシングル盤A面収録の「Hold On, I'm Comin'」でしょう。

本国アメリカでは1966年春から秋にかけてチャートのトップに輝く大ヒットを記録した名曲名唱である事は、ダイナミックで完璧なサウンドプロデュースを得た2人の熱いシャウト合戦に顕著で、実は日本ばかりではなく、世界中のバンドや歌手も盛んにコピーしていましたが、そのほとんどは失礼ながらイモ丸出し!?

それほどサム&デイヴの凄さは絶品の仕上がりで、イントロからズッシリ重いリズムとビートにキャッチーなホーンリフを従えたサム&デイヴの粘っこい歌い回しは、時にエキセントリックな絶叫や掛け声も交えながら、実に熱血なソウルの世界を現出させるのですから、サイケおやじはラジオで初めて聴いた昭和43(1968)年の春休み前に絶対レコードを買う決心をさせられたほどです。

そして実際に入手し、B面を聴いて、これまた絶句!

ご存じのとおり、カップリングされた「Soul Man」もサム&デイヴの代表曲にして、アメリカでは1967年秋からの大ヒットになっていたんですから、本来はこっちがA面扱いでも全く問題無いはずなんですよねぇ~~♪

個人的にはイントロの軽いギターが重いビートを牽引していくノリが大好きで、もちろんサム&デイヴの歌も抜群のリズム感とソウルフィーリングに満ちていますから、むしろB面ばっかり聴いていた時期もあったほどです。

う~ん、それにしても凄い贅沢な抱き合わせのシングル盤ですよねぇ~~♪

文字通り、ダブルダイナマイトとは、この事ですよっ!

で、書き遅れていましたが、サム&デイヴはサム・ムーアとデイヴ・プレイターの2人組として、マイアミ周辺で活動していたのが下積み時代だったようです。当然ながら、弱小レーベルへの吹き込みもしていたわけですが、前述した「Hold On, I'm Comin'」で大ブレイクした時にはアトランティックと契約中でありながら、制作主体は南部のスタックスレコードという業界の不思議な目論見が微妙なところでしょうか?

ただしデュオチームの定型として、サムが高音パートを歌い、一方のデイヴが中低域を担当するという固定観念が、スタックスで作られた諸作では曲によってリードを歌う部分が柔軟に解釈されているように思います。

つまり、売れなかった時代の音源よりは、ずっと自由度が増したソウル性感度が素晴らしく、それは当時のスタッフだったアイザック・ヘイズとデイヴ・ポーターの曲作りやプロデュースがあればこそっ! 同時にブッカーT&MGs の面々の中心とする伴奏バンドの力量も聴き逃せないところでしょう。

ということで、今にして思えば、このシングル盤収録の2曲がヒットした事で、ようやく我国にも本格的なR&Bが聴ける状況が出来たように感じています。

そして夏前にはオーティス・レディングの「The Dog Of The Bay」がメガヒットする布石になったんじゃないでしょうか。

ただし個人的には誤解を招く発言になるかもしれませんが、こうした黒人R&Bをロックと同じ感覚で聴いていたのも、また事実だったんですよ。

そのあたりが如何にも昭和40年代の雰囲気ということで、ご理解願えれば幸いでございます。

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