OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

回る、そして回るBS&T

2012-02-09 13:11:01 | Rock

Spinnig Wheel / Blood, Sweat & Tears (Columbia / CBSソニー)


大衆音楽が急速に多様化した1960年代末から、ひとつのジャンルとして確固たる人気を集めたのが「ブラスロック」で、それは文字通り、ホーンセクションを大きく取り入れたロックなんですが、特筆すべきはレギュラーとしてのバンド形態に堂々と管楽器奏者を加えた大所帯であったことでしょう。

また、それゆえの必然というか、あるいは逆かもしれませんが、様々に進化を辿るロックという雑食性の中にジャズっぽさを取り入れる最も象徴的な手段として、管楽器がイメージ的に有用だった事もあろうかと思います。

そして最初に大成功を果たしたのが、本日ご紹介のシングル曲「Spinnig Wheel」を永遠のスタンダードにしてしまったブラッド・スウェット&ティアーズ=BS&Tです。

まあ、この断定に対し、様々な異論がある事は、サイケおやじも重々承知しています。

それでもBS&Tが築き上げた路程がなければ、後のシカゴチェイス等々の王道ブラスロック路線が人気を集めたか否かは定かではないでしょう。

そしてBS&Tはそのグループとしての成り立ちからして、ニューロックやロックジャズ、ファンキーロックやフュージョンの発展に深く関与している点においても、なかなか興味深いグループで、最初のスタートはアル・クーパーの企画バンドという側面が強かったわけですが……。

それが成功した次の瞬間、肝心のアル・クーパー本人がBS&Tを辞めた、あるいは追い出されたという顛末から、いよいよ次の展開を求められたグループとマネージメントは新メンバーを加えての仕切り直しとして、この「Spinnig Wheel」を含むレコーディングセッションから作られた傑作アルバム「ブラッド・スウェット&ティアーズ」を発表!

見事に1969年のグラミー賞を獲得する大ヒットを成し遂げたのですが、驚くのはプロデュースを担当したのが、直後に同路線で忽ち「王者」と称されるシカゴの仕掛人であるジェームス・ウィリアム・ガルシオなんですねぇ~~~~!?!

このあたりの経緯については両バンドの契約レコード会社が同じという事もありますし、シカゴのデビュー盤を制作する条件として、BS&Tのプロデュースを担当させられたという真相もあるようですが、しかし、そうだったとしても、BS&Tが新規成功したのはプロデューサーの力量以前の真実として、バンド自体の実力と音楽性があればこそ!

ちなみに新生BS&Tはスティーヴ・カッツ(vo,g,hmc)、ジム・フェルダー(b)、ボビー・コロンビー(ds,per,vo)、ディック・ハリガン(tb,key,arr)、フレッド・リプシャス(as,fl,key,arr) という旧メンバーに加え、ディヴィッド・クレイトン・トーマス(vo)、ルー・ソロフ(tp)、チャック・ウィンフィールド(tp)、ジェリー・ハイマン(tb) が新たに入った9人組として、どのような音楽スタイルにも適応可能な布陣になりましたから、ジェームス・ウィリアム・ガルシオのプロデュースにも尚更に力が入ったと思われます。

と言うのも、以前にも書きましたが、ジェームス・ウィリアム・ガルシオは既に「ブラスロック」の可能性については絶対の確信があったはずで、それはバッキンガムズでの一応の成功から新バンドとして売り出す手筈のシカゴへの流れの中で、BS&Tは最高の試金石(?)と言っては贔屓の引き倒しでしょうか。

しかし、とにかくもBS&Tは以前にも増しての成功を収め、人気と実力の双方でトップに君臨するバンドになったのですから、後発のシカゴに結果的に抜かれてしまうのは厳しい現実というわけです。

さて、そこで「Spinnig Wheel」はおそらくBS&Tの持ちネタの中では一番に知られている名曲名演でしょうし、グループの特徴のひとつである広範な音楽性が如何無く発揮され、それはモロにモダンジャズなホーンセクション、ディープなR&B味が濃厚な曲構成とボーカルのパワー、そしてリズムアプローチのハードロック的なグルーヴが見事に混然一体化しています。

実は告白しておくと、サイケおやじが「Spinnig Wheel」を最初に聴いたのは昭和44(1969)年、テレビの某歌番組で和田アキ子が熱くシャウトしていた時であり、ですから誰がオリジナルを歌っているかは知る由も無いまま、これはてっきり黒人R&Bが本家と思い込んでいましたですねぇ。

まあ、それほどハードな黒っぽさが表出する名曲なんですが、これを書いたのはディヴィッド・クレイトン・トーマスですから、実は「パクリ」疑惑も濃厚でありながら、その才能は歌唱力と共に評価されるものと思います。

ということで、個人的にも大好きな「ブラスロック」、さらに「アル・クーパー関連」のキーワードがありますので、絶対に避けてとおれないのがBS&Tという存在で、現実的にもアル・クーパーは、この新生BS&Tの再出発アルバムセッションにも幾つか関係しているのです。

そしてリアルタイムの1970年代前半、BS&Tとシカゴには両派のファンが熱い気持と共に存在し、どっちがイイのか!? なぁ~んていう論争があった事も懐かしい思い出ながら、既に皆様もご存じのとおり、ビジネス面も含めた音楽的な業績に関してはシカゴに軍配が……。

しかしBS&Tの持ち味はシカゴとは似て非なる奥深さ(?)であり、本格的なジャズ者をも納得させる演奏力やアレンジの妙は、おそらく「ブラスロック」の分野に属するグループでは最高峰だと思います。

と同時にディヴィッド・クレイトン・トーマスの良い意味での粗野な歌唱力も、これがR&Bとロックとジャズを融合させるキメ手として、決して侮れません。

ですから、アル・クーパーが完全主導のデビュー作も含めた4枚目までのアルバムは未来永劫の輝きがあり、しかしディヴィッド・クレイトン・トーマスが去り、メンバーチェンジが常態化した以降の作品が急速に影の薄いものに成り下がっていったのは、なにか理不尽な……。

う~ん、何が、あったのか?

そう、思い続けているサイケおやじは、しぶとくBS&Tを、今も聴いているのでした。

コメント
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