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OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

カルメン・マキの虚空遍歴

2012-09-10 15:50:58 | 歌謡曲

東京はみなし児 / カルメン・マキ (CBSソニー)

カルメン・マキは偉大なるニッポンのロックシンガーではありますが、個人的には、それ以前の歌謡曲時代も大好きです。

なにしろ二十歳前でありながら、そのクールビューティな佇まい、アンニュイな情熱がナチュラルで滲み出るボーカルスタイル、そしてなによりも、彼女がそこにいるだけで、周囲が完全に「カルメン・マキの色」に染まってしまうが如き個性の発露♪♪~♪

それが特に強く感じられるのが本日ご紹介のシングル盤で、まずはとにかくジャケ写の彼女が素敵でしょう~~♪

これが発売された昭和45(1970)年がど真ん中のモードファッションも最高ですし、それをきっちり着こなすのが、当時のカルメン・マキの真骨頂ですよっ!

あぁ、なんて美しいんでせう~~♪

もちろん肝心の楽曲、「東京はみなし児」も最高に素晴らしい事は、既に言わずもがなだと思います。

 東京は 私生児
 ひとりぼっちの名前
 みなし子たちが舟を浮かべた
 アルミニウムの 湖

う~ん、もう、この最初のパートだけで、サイケおやじはイチコロですよ♪♪~♪ 

ちょいとジャズっぽいハーモニーが潜む曲メロも良い感じ♪♪~♪

加えて、今は端折るしかありませんが、全篇の歌詞も味わい深いんですよっ!

ちなみに作詞:いまいずみあきら、作曲:郷伍郎のコンビは実生活での夫婦だったというのが定説で、他にも例えば「フランシーヌの場合 / 新谷のり子」等々の歌謡フォークを当時は様々に書いていますが、郷伍郎本人はCMの世界での活動が多く、その方面のコレクターからは要注意人物(?)のひとりと言われています。

しかし、それにしてもイントロからグッと惹きつけられる華麗なるストリングスとラテン歌謡調のギター、それに導かれつつ、なかなかマイペースに歌っていくカルメン・マキのボーカルは筆舌に尽くし難いですよ、本当に!!

なにか、都会の虚無が空間に融け込んでいく……、そういう感じがするんですよ♪♪~♪

あぁ~、これって、カラオケあるんでしょうかねぇ~~♪

ちょいと雰囲気の良い店で、これを歌うってのも、ジャストミートだと思いますが、実は告白すると、サイケおやじは車の運転時には常備活用の1曲でして、特に早朝や深夜の高速とか、これを流しながら倦怠した街並みを視界に入れるのが、かなりのジコマンになっています。

ということで、今となっては完全に忘れられた歌とは思いますが、機会があれば皆様には、ぜひとも味わっていただきたい昭和の名曲名唱です。

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この曲で弾こうぜっ! アコースティックギター!

2012-09-09 15:50:37 | The Who

ピンボールの魔術師 / The Who (Track / 日本グラモフォン)

昨日の土曜日はプログにも書いたとおり、やっぱり自分も楽しむべきという大義名分(?)を用意して、夕方からは映画鑑賞、その後に楽器屋とかCD&DVD等々のソフト屋、そして中古レコード店を含む、様々な欲望のツアーを展開させていただきました。

まあ、その中に下半身系(♪)が疎遠であった事は些か情けないかぎりではありますが、一応は昔馴染みの飲み屋に顔を出すという、所謂クラブ活動もやりましたから、それはそれで自分を納得させるばかり……。

さて、そんな中の楽器屋での話なんですが、一般的にギター売り場の試し弾きとなれば、ゼップの「天国への階段」、あるいはイーグルスの「Hotel California」あたりのイントロが大定番でしょう。

またリズム系としては、ストーンズの「Jumping Jack Flash」でしょうかねぇ~~♪

尤もこれは天の邪鬼なサイケおやじの好みであって、あまりその場の店員さんには良い顔もされないわけですが、実は、そういうところで、それでもやってしまうのが、本日掲載のシングル盤A面「ピンボールの魔術師 / Pinball Wizard」のイントロだと言えば、またまた顰蹙でしょうか?

しかし曲展開の決定的な部分をリードしていくイントロからのギターカッティングは、アコースティックだからこその魅力に溢れている事は、誰もケチのつけようが無いと思っています。

ちなみにこの曲は、ザ・フーが1969年に出した畢生の傑作アルバム「トミー」に収録されていますが、現実的には先行シングル扱いだったようですし、既に皆様ご推察のとおり、当時のサイケおやじは2枚組だった前述のLPが買えず、シングル盤をゲットしたのが真相ではありますが、正直に告白すれば、その頃の後追いで聴いた件の名盤「トミー」は綺麗(?)な曲が多すぎて、ちょいとばかりピンっときませんでした。

それは今にしてみれば、物凄い不遜ですし、自らの若気の至りを恥入るばかりなんですが、逆に言えば、それだけ「ピンボールの魔術師 / Pinball Wizard」というシングル曲のインパクトが絶大であった!

という言い訳も決定的に成り立つのです。

そして実際、この曲のイントロ~全篇のリズムギターをコピーしてアコギで弾く時の快感は筆舌につくし難く、レコードに合わせて演奏を続けるジコマンは中毒性がありますよ♪♪~♪

もちろん曲そのものの高揚感も唯一無二!

ですから後年、エルトン・ジョンが同名映画出演時に「ピンボールの魔術師 / Pinball Wizard」の大名演を披露したのは言わずもがな、自らのカバーバージョンを大ヒットさせ、臆面も無くレギュラー演目にしてしまった事についても、罪深さよりは共感を覚えるほどです。

ということで、ギターを弾かれる皆様であれば、本日のサイケおやじの戯言なんて、全くのお笑い草でしょう。それは言い訳ではありますが、自覚するところでもあります。

しかし同時に、分かってもらえるところも、本当はあるんじゃ~ないかなぁ……、等々の甘えも顔を出してしまうですねぇ、恥ずかしながら。

どうか、そのあたりをご理解いただけますよう、お願い申し上げます。

 

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こんな素敵な土曜日のロック

2012-09-08 15:24:33 | Rock

土曜日の誘惑 / Mott The Hoople (CBS / CBSソニー)

土曜日のワクワク感は、例え週休二日制が定着した今でも変わらないものがあるのでしょう。

ですから、これまで各方面に「土曜日」を歌った楽曲はどっさりあり、本日のご紹介も、そのものスバリ!

ただし厳密に言えば、原曲タイトルは「Roll Away The Stone」なんで、必ずしも「土曜日」ということは無いんですが、まあ、明日は休みだぁ~~♪ パァ~~っとやろうぜっ! という刹那の享楽を歌っているのですから、歌詞の一部を拡大解釈しての邦題に「土曜日」を使ったのは正解でしょう。

そして実際、ちょいとした胸キュンフィーリングを含んだメロディと曲展開は覚え易く、特にキメのギターリフ、中間部や置かれた、それこそ男も女も共に下心を隠せない台詞の囁き、おまけにシンプルなロックビートの楽しさは絶品の大ヒットになっています。

演じているモット・ザ・フープルはグラムロックバンドでもあり、またイメージとしてのパンクっぽさ、あるいは売れなかった大物ハードロッカー、そして永遠のバブルガムグループ等々、今もって様々な冠が似合う伝説のグループなんですが、基本的にはストーンズやキンクスあたりの系譜に連なる存在だと思います。

ただ、1969年の公式デビュー以来、しばらくの間は下積みが続き、また、それ以前のセミプロ時代の苦闘がマイナスに作用していた現実があり、その頃のレコードだけを聴いていると、些か気が滅入る感じは否めないでしょう。

しかし皆様もご存じのとおり、それは1972年、どういうわけかデヴィッド・ボウイに一方的(?)に気に入られ、素晴らしい楽曲をプレゼントされたばかりか、新作レコーディングのプロデュースにも名乗りを上げたことから、後はトントン拍子!?

そうやって世に出たのが傑作アルバム「すべての若き野郎ども」である事は、言うまでもないでしょう。また、同名シングル曲のヒットも鮮烈でありました♪♪~♪

ところが、ようやくスタアになった途端、バンドは内紛状態……!?

以降はグループのメンバーチェンジが頻発し、恩人デヴィッド・ボウイとの関係も悪化、さらには解散へと急加速していたのが、このシングル曲「土曜日の誘惑 / Roll Away The Stone」が大ヒットしていた頃の実情でした。

ちなみに売れっ子になっていた時期のメンバーはイアン・ハンター(vo,g)、ミック・ラルフス(g)、バーデン・アレン(key)、オヴァレンド・ワッツ(b)、デール・グリフィン(ds) という顔ぶれであり、前述したデヴィッド・ボウイとの友好関係はオヴァレンド・ワッツ経由だったと言われていますが、実質的にバンドを掌握していたのはイアン・ハンターとミック・ラルフスというのが今は定説です。

しかし、この世はすべて諸行無常のロケンロール!

というわけでもないんでしょうが、案の定、グループ内には権力闘争が勃発し、自画自賛の傑作曲「Can't Get Enough」をイアン・ハンターに拒絶された事から、ミック・ラルフスが脱退!!

もちろん件の「Can't Get Enough」は、直後にミック・ラルフスが参加するバッド・カンパニーによって新規レコーディングされ、世界的な大ヒットになったのですから、穏やかではありません。

そこで後任として迎えられたのがアリエル・ベンダーと名乗るギタリストだったんですが、なんとっ! これがスプーキー・トゥースに在籍していたルーサー・グロスナーと同一人物だったというゴタゴタもありましたですねぇ~。

おまけにバーデン・アレンもフェードアウトした事から、サポートメンバーとして巡業ライプに同行していたモーガン・フィッシャーが全面参加したのも、同じ頃と言われています。

さて、そこでいよいよ「土曜日の誘惑 / Roll Away The Stone」なんですが、これは前述のようなイザコザの真っ只中に作られた所為でしょうか、妙に退廃的な享楽感がリアルだぁ~~♪

と思うのは、サイケおやじだけでしょうか?

実はこれがヒットしていた1974年当時、モット・ザ・フープルは「バイオレンスロック」なぁ~んていう、ヘンテコリンなウリをされていた記憶もありますし、現実のレコーディングセッションやライプステージには適材適所の助っ人が良い仕事をやっていたと思います。

例えば既に述べたとおり、この「土曜日の誘惑 / Roll Away The Stone」で殊更印象的な「ギャルの囁き」を演じたのは、当時のイギリスでは最高にエロっぽかったリンジー・ディ・ポールのお姉さま♪♪~♪

 土曜日のロカビリーパーティー、君は行くの?
 まあ、誘ってくれるのねぇ?
 君のレコード、持って行こうよ♪♪~♪
 うぁ~、そうしましょう~~♪

とにかく上記のような会話の台詞をお楽しみ下さいませ♪♪~♪

何故に彼女が参加したかの経緯は真偽共に不明ながら、イアン・ハンターが一方的にイチコロになっていた!?

リアルタイムの洋楽ファンであれば、そういう推察も易いんじゃ……?

ということで、やっぱり土曜日のウキウキ感は歌の世界にも定番のネタなんでしょう。

そして何であれ、そういう会話を強引(?)に曲展開に入れ込んで、さらにそこから見事な邦題を付けてしまったあたりは、制作側の大勝利だと思います。

ただし、現場でやっているイアン・ハンターやバンドの面々は、それもロケンロール! という納得がどこまで出来ていたのか?

実はレコードが世に出た頃には、既にバンドは実質解散していたわけですし、その意味でのヤケッパチなムードが「土曜日の誘惑 / Roll Away The Stone」を最高に素敵な名曲名演にしてしまったと言えば、これは贔屓の引き倒しとばかりは言えないでしょう。

どうか今日は土曜日、そんなこんなに事寄せて、皆様にもお楽しみいただきたいと願っております。

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J.J.ケイルの魔力に中毒

2012-09-07 13:42:53 | Singer Song Writer

Crazy Mama / J.J.Cale (Shelter / 日本フォノグラム)

所謂「渋いミュージシャン」が語られる時、必ずや登場するのが本日ご紹介のJ.J.ケイルでしょう。

また、1970年代前半に大ブームとなったスワンプロック云々で注目されるシンガーソングライターでもありますが、それはレオン・ラッセルやエリック・クラプトンとの関連によるものでした。

それは特にエリック・クラプトンの1stアルバムに収録され、シングルカットもされてヒットした「After Midnight」がJ.J.ケイルの作だったという真相から、その影響力が忽ちにして喧伝された事は今や伝説!?

なにしろ日本はもちろん、本国アメリカにおいても全く無名であったJ.J.ケイルが実は同じ頃、裏方から表舞台のスタアに転身していたレオン・ラッセルの古くからの盟友という履歴も良い方向に作用したのでしょう、ついには本格的なレコードデビューに至り、一躍時の人(?)になったのが1972年でありました。

本日掲載のシングル盤A面収録の「Crazy Mama」は、まさにそれを象徴する、全米チャート上位にランクされた大ヒット曲なんですが、それと知らずに聴いてしまえば、なんでこれが……???

と思わざるをえないほど、地味~~な歌というのが、率直な感想でしょう。

とにかく曲調は一応、ロケンロールの常套手段で作られているんですが、リズム&ピートがユルユルに緩く、さらにJ.J.ケイルの歌いっぷりが脱力の極みなんですねぇ~~。

しかもバックを務めているスライドギターに至っては、丸っきり欠伸をしているようなフレーズを弾いているほどです。

もちろん、それは狙ったものであることは言うまでもないでしょう。

当時の流行最先端であった「レイドバック」を象徴する歌と演奏でもあります。

そして聴くほどに妙な心地良さというか、蒸し暑い曇り空の下、真昼間から安いワインでも飲んで、木陰でウトウトしている感じとでも申しましょうか、それはレコードに入っている2分半に満たないトラックを何時までも聴いていたいという欲望を誘発させる、麻薬的な快感♪♪~♪

う~ん、ちょっと聴きにはダレダレの演奏に聞こえますが、しかしこれを同じフィーリングでやろうとすれば、実はしっかりと強靭なピートや流れないリズムの維持は容易な事ではありませんよねぇ~~♪

ちなみにJ.J.ケイル本人のギタースタイルは、ここではリズムプレイが主になっていますが、リードを弾いても、そのモヤモヤと煮え切らないフレーズと「間」の取り方は過言ではなく、一芸主義の極みつき!

あえて言わせていただければ、技術的に凄いとは思えませんが、なにか常識を外れたイントネーションやタイム感覚、カッコ悪いことがカッコ良いという感覚に近い変態性があるんじゃ~ないでしょうか?

それは例えばライ・クーダーがやっている事とは似ているようで、実は絶対的に異なる世界であって、そこまでの超人的なテクニックなんて必要とされない
スタイルながら、これまた絶対に真似出来ない個性だと思っています。

また、J.J.ケイルの曲作りや歌い方にも、それが大きく関与しているであろう事の推察も易く、確かに「Crazy Mama」以外のレコードを後追いで聴いてみると、ほとんど金太郎飴の如し!?!

ですから、本人が自然体で持っている唯一無二のフィーリングを「個性」という言葉で音楽性のウリにしている事は、なかなかの計画性があるんでしょうかねぇ~。

そして不思議なのは、エリック・クラプトンが影響を受けた云々という諸説は何か?

という点です。

もちろんギタープレイは違うでしょう。

また、ボーカルスタイルはデラニー&ポニーのデラニー・プラムレットと節回しが極めて良く似ている事が否定出来ません。

とすれば、全くJ.J.ケイルが作った楽曲そのものが気に入ったという真相が……!? ちなみに後年、やはりJ.J.ケイルのオリジナル「Cocain」をエリック・クラプトンがカパーして、自身の人気演目にしてしまった現実も!?

まあ、このあたりはレオン・ラッセル経由の「何か」があるのかもしれませんが、J.J.ケイルはレオン・ラッセルと一緒にハリウッドに出ていた時期もありながら、結局は故郷のタルサに戻り、1971年まではローカルな活動をやっていたそうですから、言わば一度の恵まれたチャンスを自分のものに活かせた、なかなかの幸せ者なんでしょう。

ということで、J.J.ケイルは既成概念にとらわれると面白くないミュージシャンかもしまれませんが、中毒性もアブナイほど!?

本質は、そういう「ヤバさ」を持ったミュージシャンだと思います。

最後になりましたが、掲載した私有盤は、後にサイケおやじが中古でゲットした、例によっての1枚なんですが、その時既に幾枚か出されていた本人オリジナルのLPを友人から借りたり、国営FMラジオ放送で聴いた時の脱力的肩すかし感が、これにはありません。

というか、収録時間が前述したとおり、2分半に満たないところが逆に集中力を高められる結果は、もっと聴いていたいなぁ~~♪ と思わせられたところで勝負有りって事でしょう。

それは完全にJ.J.ケイルの術中に落ちた……、その一言が全てなのでした。

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ベン・E.キングの変化と常態

2012-09-06 15:48:07 | Soul

Supernatural Thing / Ben E. King (Atlantic / ワーナー・パイオニア)

ベン・E.キングと言えば、「Stand By Me」と応えるのが、広く音楽ファンの常識だと思います。

それは黒人ソウルミュージックを代表する名唱にして、ロックファンをも魅了する名曲であり、中でもジョン・レノンのカバーバージョンが、これまた地球規模で大ヒットしていますから、とにかくメロディラインと歌詞の内容についても、お馴染みのはずです。

しかしその曲を作り、オリジナルバージョンを歌ったベン・E.キング本人については、些か評価が定まらない感があるようで、実はサイケおやじも後追いで聴くベン・E.キングの歌の数々には、あまりソウルフルなムードを覚えないものが少なくないのです。

ご存じのとおり、ベン・E.キングはアメリカの黒人コーラスグループとしては超有名なドリフターズのリードシンガーであり、特に1959年からアトランティックと契約して以降に連発した大ヒット曲、例えば「ラストダンスを私に / Save The Last Dance For Me」等々は、今やスタンダードなオールディズでしょう。

また独立してからも前述の「Stand By Me」や「Spanish Harlem」、「Don't Play That Song」あたりは知られ過ぎているに違いありません。

ところがそうしたヒット曲には、意外とも思えるほど甘~いフィーリングがたっぷりと塗されていて、ストリングスやリズムのアレンジが、なかなか白っぽいメロディにジャストミート!?

おまけにベン・E.キングのボーカルスタイルが十八番とはいえ、そのソフトタッチの節回しは、何なんとも洋楽ポップスじゃ~ありませんかっ!?

つまり世間一般も、またサイケおやじも強く感じてしまう、黒人らしくないソウルミュージックというか、極言すれば白人ウケを狙ったお洒落感覚は、如何にも都会的という事かもしれません。

それが1960年代前半頃までの黒人ソウルミュージックのひとつの典型だったとすれば、サム・クックが同時期に、これまた甘~いムードのポカール曲を歌っていた事も合わせて、そうしたスタイルこそが黒人音楽の主流だったと理解されるべきなのでしょう。

ですから時が流れ、黒人音楽の世界にモータウンやスタックス等々から作り出される新しいサウンドが蔓延した時、残念ながらベン・E.キングが過去の人になってしまった印象も当然!?

実際、サイケおやじがベンチャーズやビートルズの流行によって洋楽を聴き始めた1960年代中頃以降ではありますが、黒人ソウル歌手としてベン・E.キングの名前が出てくる事は稀だったという記憶しかありません。ただ、前述した「Stand By Me」や「ラストダンスを私に / Save The Last Dance For Me」あたりの歌のメロデイだけを知るのが優先事項として、歌手「ベン・E.キング」は付随事項だったんですから、不遜極まりない話ですよねぇ……。

しかし、それが当時の真相と本音であったサイケおやじにとって、1975年という、ニューソウル真っ盛りの時期に、突如としてベン・E.キングが流行バリバリの大ヒットを出したという現実は、なにか浮世離れした感が強く、同時に新鮮でありました。

それが掲載したシングル曲「Supernatural Thing」で、実は7吋45回転のレコードA面には「part-1」、B面には「part-2」が収められているという、如何にも仕様が侮れません。

実は結論から言うと、普通、こうしたシングル曲が出る場合、それはアルバム収録の長尺オリジナルバージョンをシングル向きに分断編集したものと思ってしまうんですが、この「Supernatural Thing」の場合はLPでも、きっちり「part-1」と「part-2」に、最初っから分けられているんですねぇ~。

しかもご推察のとおり、「part-1」はクライマックスの盛り上がりでフェードアウトしながら終了し、「part-2」において、ついにネチネチとイヤミっぽいほどのエキサイティング状態に突入するんですから、どうしてアルバムに纏まったロングバージョンが入っていないのか??

これは全く不思議でなりません。

また既に述べたとおり、曲調はチャカポコのパーカッションやファンキーなギターカッティング、思わせぶりなメロディ展開等々、まさに流行最先端のサウンドが構築され、その中で自在な歌を披露するベン・E.キングは、非常にソウルフルなんですねぇ~~♪

女性(?)コーラス隊との相性も良い感じ♪♪~♪

う~ん、時代は確かに変わったんでしょうが、実はベン・E.キングの本質は変わっておらず、どんな環境のサウンドでも唯我独尊で歌いこなしてしまうのが、その実力の証明なのでしょう。

そう思ってからは、有名な「Stand By Me」が尚更に真っ黒く聴けるようになったんですから、たまりません。

しかも、このシングル盤B面「part-2」における呪術的な魂の盛り上がりが、尚更に愛おしい!

何時しかサイケおやじは、常にB面ばっかり聴いていた時期があったほどです。

ということで、どんな環境にあっても、常に自分の実力を発揮出来る人物は確かに存在し、それは要領が良いとか、日和見主義だとか、周囲から様々な批判を浴びようとも、残した立派な結果の前では戯言にすぎません。

ベン・E.キングは今日でも堂々と活躍し、最近では日本語の歌も吹き込んでいることから、ますますそうした讒言に晒される立場は看過されませんが、だからこそサイケおやじは、ベン・E.キングを認めてしまうのでした。

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じっと待つこと

2012-09-05 15:08:20 | 歌謡曲

ひとねむり / 南沙織 (CBSソニー)

ネット時代になって、世間を飛び交う情報量は飛躍的に巨大化し、それはそれで歓迎すべき事だと思います。

しかし付随して根拠の無い誹謗中傷が、匿名性を絶好の隠れ蓑にして無責任に流されるのは、例え悪い冗談にしても、納得出来無い皆様が多かろうと推察しております。

実は今更、こういう事を書いてしまったのは、サイケおやじのネット上の盟友たる七四式氏の消息について、ご自身が運営されるサイトの掲示板が荒れているからに他なりません。

このプログやサイケおやじの本サイト「サイケおやじ館」を訪れて下さる皆様であれば、きっとご存じだろうと思いますが、七四式氏はネットの超人気サイト「地下画廊 / 新・浅草十二階」を長らく運営され、そこで無料掲載されているオリジナルの絵物語は、同じ趣味の愛好者には、まさにネット世界の桃源郷♪♪~♪

しかもアップのスピートが早く、常に意欲的な創作活動は、決してレベルが下がる事の無い驚異的な素晴らしさ!!

ですから加速度的にファンが増殖し、今日に至っているわけですが、ところが本年初頭から突如として更新が滞り、そこからご本人の消息や正体が云々され、ついには前述したとおり、掲示板では死亡説まで飛び交う状況は、個人的に心が痛むものです。

もちろん告白すれば、サイケおやじも七四式氏の消息については心配し、このままでは世界遺産とも言うべき件のサイトが消滅してしまう危惧にとらわれ、様々な方策を巡らしていました。

その過程にはメールだけではありますが、やはりネットでの盟友諸氏にアドバイスをお願いしていた事は言うまでもありません。

ちなみに話しは前後しましたが、七四式氏とサイケおやじは、あくまでもネットでだけの人間関係であり、実生活では一面識もありません。

そして知りあったのは、サイケおやじが「地下画廊 / 新・浅草十二階」を訪れ、掲示板で交流するようになってからですし、その中で投稿していた自分なりの思い出や感想を七四式氏のご厚意により、ご自身のサイトに素晴らしい挿絵付きで掲載していただき、その発展系として、様々なご指導を仰ぎながら、いよいよ拙サイトの開設となった経緯があります。

また前述した盟友諸氏についても同様、そこに集う中で交流を深め、既に前世紀末からのつきあいになっているわけですが……。

そんな中での七四式氏といえば、時には仕事が多忙、またある時には様々なトラブルを抱えているという日常が盟友サイト、そして拙サイトの掲示板で書きこまれ、しかしご本人の創作意欲は些かの衰えも感じられなかったのですから、今回の沈黙が各方面に多様な憶測を呼んでいるのも、ムベなるかなと思います。

ところが、これは七四式氏のプライベートな事情にも関与するわけですが、件の沈黙期に入って以降も、拙サイトの掲示板には時たまの書き込みがあり、どうやら長期の海外滞在から、先日は帰国されたという事情が明かされているのです。

ただし何らかの事情により、それをご自身管理の掲示板に書き込まないというところから、大袈裟に言えば騒動になりかかっているわけで……。

この問題について、以降は言い訳とは思いますが、何故にサイケおやじがそうした七四式氏のファンの心配を無視する形をとっていたかと言えば、それはご本人があえて自ら管理される掲示板で表明する事の無いものと、既に実践されているからに他なりません。

一般的にホームページの管理運営が滞るのは、いろんな要因がありますが、結論としては管理人が更新出来ない事情によるものでしょう。

例えば、「ヤル気が無くなった」、あるいは「やりたくても多種多様な障害がある」等々の理由の中でも、特に後者はPCトラブルやネット関連の諸問題、さらには創作時間の欠如や経済的な問題……。

中には病気や法的拘束、人間関係の縺れや家庭問題等々も、大きな要因になろうかと思います。

ちなみに、こういう事を書いているサイケおやじにしても、ご存じのとおり、「サイケおやじ館」の更新が全く止まっている現状があり、それについて弁明させていただければ、HP制作ソフトの不具合が大きな理由です。

ほとんど全て、作ったページが何をやってもアップ出来ないんですねぇ……。

それとサイトを始めた頃のサイケおやじは、実に久しぶりのひとり暮らし、つまり単身赴任に近い生活で自分の時間が自由になり、大好きなエッチ物やエロ系文章の「つれづれなるままに」が出来たんですが、今はそれも不可能な状況に逆戻りで、ど~しようもありません。

つまり周囲の監視が厳しく、平たく言えば家族の一員としての責任を負わされた立場としては、エロ映画等々の楽しみに耽溺する時間も、なかなか確保出来ないというわけです。

おそらくは七四式氏も、似たような立場に追い込まれているのかもしれません。

思えば現代はスマホがあれば、世界中の情報が簡単に入手出来ますし、自分の意見も簡単に世の中に発信出来る時代です。

しかし七四式氏の創作は、やはり本格的なPCがあってこそ、完璧な世界に到達出来るのでしょう。

その意味で、ご本人のサイトが更新されないという状況も、なにかしらの納得が得られるように思います。

さて、そこでようやく本日の1枚ですが、そういう状況の中でなんとなく浮かんでしまったという、些か苦しいチョイスでしょうか。

昭和の歌謡アイドルとしては今も不滅の南沙織が昭和50(1975)年に出した、これが哀切の名曲名唱♪♪~♪

 さりげなく どうぞ
 包んで 欲しいのよ
 ためらいがち いまは
 なにも 言えない

という、些か自嘲気味な始まりから、全篇に悔悟の情が仄かに滲む告白調の作詞は、人気絶頂のラジオDJにして創作活動もやっていた落合恵子が綴ったものですし、寄り添うが如きジンワリとしたメロディは筒美京平畢生の作と思います。

また林哲司のアレンジが、これまた当時の歌謡フォークでは王道路線♪♪~♪

サビで印象に残る、おそらくは南沙織のひとり二重唱も、実に良いですねぇ~~♪

ということで、本日は相当に偉そうな事ばっかり書いてしまい、その例によっての独断と偏見に辟易される皆様には、申し訳ない気持です。

しかし、ここまで書いて言うのも苦しいんですが、七四式氏の消息云々については、やはり静観するのがベストじゃ~ないでしょうか?

もちろん願わくば、あの素晴らしい創作の新展開は大いに期待しています。

ただ、何かを作り出すというのは、凄いエネルギーが必要なわけですし、だからこその沈黙も大切でしょう。

きっと七四式氏は「ひとねむり」しているにちがいない!

また、七四式氏は、とても律義な性格だと、サイケおやじは思っていますので、きっと再び、素晴らしい新作に接する機会はやって来る!

そう、思うばかりです。

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ZZトップはシジイのロックか!?

2012-09-04 15:25:35 | Rock

ZZ Top's First Album (London)

とんでもなく長~い顎鬚のおっちゃん2人がフロントでギターとベースを弾きまくり、その後ろでは、ちょいとヤクザっぽい感じの硬派なドラマーという3人組が、今やすっかり有名バンドとなったZZトップのイメージでしょう。

だから、バンド名が「ジジー」なのかっ!?

というドメスティックなギャグはさておき、もちろん、彼等は決して真性コミックバンドではなく、1970年代初頭のデビュー当時から、一貫してやっているのが、所謂ハードブギとブルースロック!

しかも保守的な拘りと新進の気質を上手く取り入れながら、イヤミにならないバランス感覚をさりげなく持っているのですから、そういう姿勢はサイケおやじも大いに共感を覚えるバンドです。

中でも前述の大ブレイクが、1980年代中頃の洋楽最先端であったプログラムされたシンセ系のサウンドを全面的に使いながら、そのビシバシのピート感に対する土着的なブルースロックへの愛着を隠そうともしないところは、憎めませんねぇ~~♪

さて、そんなZZトップが我国で聴かれるようになったは、おそらく1975年、シングル曲「Tush」が局地的に流行った頃だと思うんですが、それにしたって、ZZトップはテキサス出身という事もあってか、サザンロックの新進バンド扱いと記憶しています。

まあ、それは確かに間違いでは無いでしょう。

実際、野太いロックビートに武骨なスライドギターによるストレートなハードブギの「Tush」からは、モロにアメリカ南部の熱風が吹きつけてくる感じですから、サイケおやじが忽ち夢中にさせられた事は言うまでもありません。

しかし同時にZZトップには、そういう分かり易さの奥底に、何か得体の知れないドロドロしたものが潜んでいるように思えたのも、また事実でした。

で、そんな頃、某ロック喫茶で聴いたのが本日ご紹介のLPで、これがZZトップが1971年に出していたデビューアルバムだったというわけです。

 A-1 Shaking Your Tree
 A-2 Brown Sugar
 A-3 Squank
 A-4 Goin Down To Mexico
 A-5 Old Man
 B-1 Neighbor
 B-2 Certified Blues
 B-3 Bedroom Thang
 B-4 Just Got Back From Baby's
 B-5 Backdoor Love Affair

既に述べたとおり、ZZトップは所謂パーワーロックトリオで、メンバーのビリー・ギボンズ(vo,g)、ダスティ・ヒル(vo,b)、フランク・ベアード(vo,ds) に共通する音楽の好みが黒人ブルースや南部系R&Bと言われていますから、収められた演目が全てバンドのオリジナル曲であったとしても、出てくる音は如何にもブルースロックに他なりません。

しかし他の同系バンド、例えばジョン・メイオールのブルースブレイカーズバターフィールド・ブルース・バンド、あるいはキャンドヒートテン・イヤーズ・アフター等々から滲み出ている正統派のロックっぽさが、どうにも希薄に感じられます。

誤解を恐れずに言えば、素朴にやっていながら、妙に屈折したムードがあるんですねぇ。

極言すればストーンズの「ペガーズ・バンケット」にも通じる「怖さ」が!?!?

それはアルバム全体がミディアムテンポで重心の低い演奏をメインに構成されている事にも、何かのポイントがあるのでしょうか。

とにかくA面ド頭の「Shaking Your Tree」こそ、キャッチーなコーラスやハワイアンみたいなスライドギターで明るい(?)ムードを演出してはいるものの、本質はどっしり構えた中からエグ味が強く浮き出し、ファズギターがギンギンのハードロックブギ「Squank」、如何にものリフがガッツ溢れる「Neighbor」、これまたタテノリでガツガツやってしまった「Bedroom Thang」あたりは、その傾向の最たるものと思います。

また、思いっきりドロドロしたスローハードロックの「Brown Sugar」は、もちろん同時期に世界的なヒットになっていたストーンズの名曲とは別物なんですが、これをストーンズにもやって欲しいっ!

なぁ~んていう、妄言を誘発されてしまうのは、偽りの無いサイケおやじの本音なんですが、実は似たような雰囲気を醸し出していたブルースロックのバンドとしては、フリーとの兄弟仁義もあって然るべきでしょうか。

もう、なんだかんだと言っても、レコードを聴き進めていく中には、そうした迷い道に連れていかれていまう、やっぱり「怖さ」が潜んでいるようです。

そして、これまた侮れないのが、泣きのギターが胸に染み入る哀愁ロックの「Old Man」、同じく典型的なブルースロックの「Just Got Back From Baby's」におけるギターの忍び泣き♪♪~♪

あぁ~、我知らずロックとブルースの魔力に捕らえられてしまうのは、全く衒いの無い姿勢で、それが演じているZZトップの恐るべき企みと力量ゆえの事だと思うばかり……。

ですからオーラスの「Backdoor Love Affair」が真っ向勝負で演じられる時、そこにはハードなアメリカンロックの魂が屹立している事に、ハッとさせられ、その刹那の覚醒が「怖さ」の根源!?

ご存じのとおり、1980年代のZZトップはテクノポップであり、また旧態依然のブルースロックバンドでもあり、キッチュなルックスとステージアクトが場合によっては「やってしまった」感満点の存在でした。

しかも未だ有用性が不確かだったMTV、つまりプロモーションビデオの活用に積極的だった事から、心あると自認する評論家の先生方や頑固な洋楽ファンからは相手にされなかった側面さえあるのです。

ところが、そうしたZZトップによって、往年のブルースロックに惹かれていく若年のファンが増えていったのも、また事実だったんですねぇ~~!? そして辿りつくのが、本日ご紹介のデビューアルバムという帰結は当然でもありました。

ただし、そこに「怖さ」を感じるか、否かは問題ではありません。

大切なのは、ZZトップが、そのデビュー時から現在まで、常に思うところを実践してきた一貫性じゃ~ないでしょうか?

ということで、本日は自分でも書いている事の真相が意味不明になっているんですが、創作に関わる者は須らくデビュー時に収斂するという法則(?)に従えば、ZZトップの擬態的変化も楽々と許容出来る気がします。

そして聴いた瞬間から、速攻でゲットさせられたZZトップの最初のアルバムが、今もサイケおやじの愛聴盤になっている事は皆様ご推察のとおり!

こういうレコードに出会えるから、ブルースロックは素敵な世界なんですよね
ぇ~~~♪

今日は、なんとなく、それが結論!?

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1972年の美味しすぎるヒット曲

2012-09-03 15:47:23 | Rock

Go All The Way / Raspberries (Capitol / 東芝)

ここ数日、ずうぅ~~~っと頭の中に鳴り響いていたギターリフ……。

う~ん、これ、なんの曲だったけ……???

そういう思いは、なんとも精神衛生には好ましくありませんよねぇ。

しかし、それがパァ~~っと晴れたように思い出せた時の爽快感は、筆舌に尽くし難いものがあります。

実は本日ご紹介のシングル曲「Go All The Way」こそが、サイケおやじにとってのそれでありました。

演じているラズベリーズは1970年代の洋楽にリアルタイムで親しんだ皆様には、絶対に忘れられないグループでしょう。活動期間は実質的に短かったんですが、中心人物のエリック・カルメンが以降もソロシンガーとしてヒットを飛ばし続けていた事が、結果的にラズベリーズを不滅の存在にしているのかもしまれん。

ただし、ラズベリーズがやっていた元祖パワーポップなスタイルは、その素直さゆえに決定的な後継者が現れなかった事も、ある意味では特筆されるように思います。

中でも「Go All The Way」は、前述したギターリフのリズムの組み立てやハードな音感が本当に完成され過ぎというか、ちょっとでも似たような事をやらかしてしまうと、あっ! ラズベリーズっ!?!

なぁ~んて言われてしまうんですねぇ~~~。

例えば我国でも、チューリップとかゴダイゴあたりは言うに及ばず、チャコヘルやレイジー等々、相当にやってしまった印象が今も強いのは、それだけラズベリーズの影響力が大きかった証だと思います。

しかしラズベリーズが、この「Go All The Way」を大ヒットさせるまでに作り出した秘密の中には、ビートルズやバッドフィンガーに通じるメロディラインやコーラス、ザ・フーやストーンズ等々のブリティッシュっぽいリズムギター系のリフ、そしてアメリカンロック特有のカラっとしたフィーリングが、とても上手くミックスされているのは明らかでしょう。

言いかえれば、ラズベリーズが練りに練った成果が「Go All The Way」であって、これをコピーすれば、1972年当時のロック&ポップスの流行の要点がアッという間に分かってしまうという、なかなか要領の良い、便利な参考書ですよねぇ~。

ということで、ラズベリーズがその人気とは正反対に、何故、活動期間が短かったのか? その答えのひとつが、作り出していた楽曲のレベルが高過ぎたがゆえのネタ切れか……??

そんな穿った考え方をしているサイケおやじではありますが、ラズベリーズが残してくれた楽曲は、ほとんど全てが好きなのも、また本音の告白であります。

そこで皆様にも、ぜひともお楽しみいただきたく、ひたすら願うばかりではありますが、きっとサイケおやじ同様に、何時か頭の中に深淵な記憶のメロディやギターリフが鳴り響くに違いない!?

これは確信の推察とさせていただきます。

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流石はBBCのキンクス!

2012-09-02 15:43:58 | Rock

The Kinks At The BBC (Universal)

長年活動を続けたミュージシャンの復刻&発掘アイテムには喜びを隠せないサイケおやじも、それがあまりにも長大なブツになると、これは所謂嬉しい悲鳴です。

例えば本日ご紹介するキンクスのBBC音源集大成セットは、なんとっ!? CD5枚にDVD1枚の計6枚という、とても一気に鑑賞出来るものではなく、特にDVDは、ど~やって収めたものか、50以上のパートに曲とインタビュー等々が入った3時間40分以上の長尺なんですから、たまりませんねぇ~~♪

しかも、ちょいと流して見た限りでも、そりゃ~、中にはヨレているパートも少しはありますが、相対的に画質はこれまで出回っていたブート映像等々とは比較にならないほど、率直に言えば、なかなか良好だと思っています。

ちなみに収録ソースはCDが1964~1994年の間に録られたラジオ番組からの音源がメイン、DVDはリージョンフリーで、1964~1993年までの有名なところはほとんど見られますよ♪♪~♪ しかも曲の途中でフェードアウトなぁ~んてところは、ほとんど無いという感じなんですから、これは絶対!!

気になる収録詳細については、あまりにも膨大なんで、今回はご容赦願いたいところではありますが、それでも特にお楽しみいただきたいパートだけ、簡単に――

まずDVDでは、何んと言っても、1972年の「レインボーシアター」でしょう。

これは1972年1月31日に収録されたライプ映像で、キンクスのレギュラーメンバーに加えて、マイク・コットン・サウンドと名乗っていたホーンセクションが参加していた、つまりは例の傑作アルバム「マスウェル・ヒルビリーズ」発表後の全盛期(?)がばっちり!

 Till The End Of The Day
 Waterloo Sunset
 The Money-Go-Round
 Sunny Afternoon
 She Bought A Hat Like Princess Marina
 Alcohol
 Acute Schizophrenia Paranoia Blues
 You Really Got Me

途中に短いインタビューやイメージ映像、リハーサル風景等々も挟み込まれていますが、約40分間、上記のようなヒットパレードが堪能出来るのは、キンクスファンのみならず、普通の洋楽好きにとっても歓喜感涙だと思います。

特にその頃の特徴であった、フニャフニャした歌と古いジャズ様式を活かした曲構成は、実演ステージの場であればこその尚更に「ひねくれた」楽しさがあり、これぞっ! キンクスのひとつの真骨頂が楽しめるんじゃ~ないでしょうか。

その意味でクロージングの「You Really Got Me」がハードロックのルーツを解き明かす、絶妙の大団円として演じられるのは流石! 何度でも見たくなる中毒性には要注意かもしれませんよ♪♪~♪

そして同時期の演奏は、もうひとつ、1973年1月24日に録られたとされる「イン・コンサート」でも、似たような演奏が楽しめますが、こちらはさらに演目が下記のように増えているのも嬉しいところでしょう。

 Victoria
 Acute Schizophrenia Paranoia Blues
 Dedicated Follower Of Fashion
 Lola
 Holiday
 Good Golly Miss Molly
 You Really Got Me
 All Day And All Of The Night
 Waterloo Sunset
 The Village Green Preservation Society

やはり、何んと言っても「Victoria」と「Lola」の二大ヒット曲が嬉しいですよねぇ~♪ もちろん、それを含めての全体的なノスタルジックサウンドの提供は、まさに当時のキンクスではありますが、オールドR&Rの「Good Golly Miss Molly」から「You Really Got Me」、そして「All Day And All Of The Night」と続く構成も、これまたキンクスの本性を堪能出来るものです。

ちなみに、そのパートあたりから、チャプター番号の実際とプックレットの記載が異なってくるのは微細な減点対象かもしれませんが、約30分の良好な画質に免じて……。

さて、このDVDのもうひとつのお目当てが、1977年の「キンクス・クリスマス・ショウ」というのは、衆目の一致するところだと思います。

場所はお馴染み、レインボー・シアターに満員のお客を入れてのライプステージから約1時間の構成で、下記演目が楽しめますよ♪♪~♪

 Juke Box Music
 Sleepwalker
 Life On the Road
 A Well Respected Man
 Death Of A Clown
 Sunny Afternoon
 Waterloo Sunset
 All Day And All Of The Night
 Slum Kids
 Celluloid Heroes
 Get Back In The Line
 Schoolboys In Disgrace
 Lola
 Alcohol
 Skin And Bones / Dry Bones
 Father Christmas
 You Really Got Me

この時期のキンクスはセールスが伸び悩んでいたRCAからアリスタに移籍しての心機一転! アメリカでの本格的な活動に目標を定めた事から、つまりは十八番にしていたLP単位でミュージカル仕立のコンセプト作品を打ち切った頃でした。そして同時にライプバンドとしての持ち味を再認識させるべく、積極的に巡業ステージをやっていたのでしょう。

ですから、このパートのテンションが予想以上に高いのもムペなるかな、キンクスにとってもファンにとっても、まさに温故知新のソリッドなロックと懐古趣味的な人気曲が巧みに並べられた歌と演奏には、最良の瞬間がたっぷり楽しめるはずです。

おまけにクリスマスという祝祭ムードの中、笑ってしまいそうな衣装を身につけたメンバー、パイ投げで頭にクリームをつけたまま熱演熱唱のレイ・デイビスは、ついにサンタクロースの扮装までやってしまうんですよっ!?

いゃ~、このステージライプをブートとは比較にならないほどの良好画質で楽しめるんですから、長生きはするもんですねぇ~♪

実は同年のライプセッションとしては、もうひとつ、このパートの前に収録された春の「オールド・グレイ・ホイッスル・テスト」からの映像ソースが約47分間楽しめるんですが、こちらもまた、なかなかパワフルな熱演が良い感じ♪♪~♪

 All Day And All Of The Night
 Sleepwalker
 Life Goes On
 Stormy Sky
 Celluloid Heroes
 Muswell Hillbilles
 Full Moon
 Life On The Road
 Juke Box Music

という、上記の演目は既に述べたとおり、アリスタに移籍しての新譜LP「スリープウォーカー」からの曲が中心であり、しかもジョン・ドルトン(b) に代わってアンディ・パイル(b) が新参加した時期というのも興味津々でしょう。

そしてあらためて思うのは、件のアルバム「スリープウォーカー」がアメリカでも売れまくった好盤であるという事実!

う~ん、この時期のキンクスも、本当に良いですねぇ~~~♪

そして、それゆえに残念というか、実はこのブツには契約の関係なんでしょうか、以降のアリスタ時代が全く入っていないんですねぇ……。

まあ、もしかしたら、次なる企画発売の予定に組み込まれているのかもしれませんが、出し惜しみだけはしてほしくありません。それは全てのファン、共通の思いでしょう。

ということで、他にも見どころがたっぷりの映像パート、さらにはCD5枚に収められた「お宝」ライプ音源は、とても本日は紹介しきれるものではありませんが、「Disc-1」に収録の1964~1967年の歌と演奏には、ピートバンドとしてのキンクスが独自の懐古趣味路線を確立していく様がはっきりと楽しめますよ。

そして「Disc-2」が1967~1972年という、これまたキンクスの個性が確立された時期が、意外なほどパワフルに演じられているという事実に驚愕! これまでのレコードで聞けた曲が、如何に狙ったものだとしても、そのフニャフニャした印象とは逆の「太さ」は、やっぱりキンクスだけのロックの本質だと痛感させられました♪♪~♪

ちなみに音源がラジオ放送のソースということで、随所に英語のアナウンスや曲紹介が歌と演奏に被っているんですが、それもまた実にカッコE~~♪ まあ、話の内容は案外ど~しようもないズレもあったりするんですが、流石に本場の雰囲気は充分に楽しめると思います。

さらに「Disc-3」は曲と演奏の雰囲気がますますスワンプ化していった1973~1974年の音源で、特にこれまでブートネタの定番にもなっていた1974年の「イン・コンサート」のパートには素直に夢中にさせられるんじゃ~ないでしょうか。ホーンセクションと女性コーラスを加えたサウンドそのものが、本当にイカシているんですよっ!

前述した映像パートからの流れで楽しむのもOK♪♪~♪

そして「Disc-4」には、前述の映像パートにも入っていた1977年の「キンクス・クリスマス・ショウ」と基本的に同じものが、実は「ラジオ放送バージョン」で再収録!? しかし、これがきっちりFM用(?)ステレオミックスですし、おまけに部分的な音源の差し替え疑惑もありますので、これはこれで意味があると思います。

また後半には1994年のラジオショウ音源が、オマケ的(?)に入っているのも得した気分です。

ただし、これはど~しても書いておきたいんですが、相対的に良好な音質の中、「Disc-5」の大部分が、とんでもなく音が悪いんですよっ!? 全く意図が分からないというか、一応「Off Air Bootleg Recording」なぁ~ていう、注意書きはあるんですが、いやはやなんともです。

しかし、そうであったとしても、これだけのブツが輸入盤のネット購入ならば4~5千円で買えるのは嬉しいかぎりで、特にDVDのパートは満足出来るはずですよ!

ちなみに予定されている日本盤は、1万5千円ほどらしいですから、例えインタビューのパートに字幕があったとしても、それは個人的に納得出来ません。

ということで、これは素晴らしい♪♪~♪

その一言が全てです!

特に初期~中期のキンクスが生演奏で出していた本当に「太いロックのピート」が、ここまで堪能出来る音源集は初めてかもしれません。中でもミック・エイヴォリーのパワフルなドラミング、ピート・クウェイフの図太いベースの存在にはド肝をぬかれましたですねぇ~♪

またデイヴ・デイビスのワイルドなギターワークは、かまやつひろしが真似(?)たと思われるほどロックの本質を体現していますし、途中参加のジョン・ゴスリング(key) やジョン・ダルトン(b) の音楽センスも、キンクスがキンクスとして成立するには必要不可欠な人材だと再認識でした。

そして主役のレイ・デイビスは、ボケとツッコミをひとりでやれる、まさに天才ロッカーにして、偉大な音楽家であり、演出家としても超一流!

大袈裟で無く、そう思うわざるをえないのが、この長大なセットが出た意味合いかもしれません。

願わくば、続篇企画がありますようにっ!

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こんな時こそ、O.V.ライトの熱い歌

2012-09-01 15:42:06 | Soul

A Nickle And A Nail And Ace Of Spades / O.V. Wright (Back Beat)

この素っ気ないデザインのジャケ写に包まれたLPが、ディープなサザンソウルの名盤と言われれば、それなりに説得力があるのですから、レコード世界の魅力は尽きません。

そして実際に針を落し見れば、ハナからケツまでシビれること請け合いの大傑作!

歌っているO.V.ライトは南部系R&B、所謂サザンソウルの黒人シンガーとしては代表的な存在ながら、特段一般に知られたシングルヒットは出していません。しかし少年時代からゴスペルグループで歌い、鍛え上げられた実力は大衆歌謡の世界に入っても天下一品!

それは業界関係者や黒人音楽愛好者には常識であり、だからこそ本人の些か自堕落な生活の合間に立派なレコーディングが残されたのでしょう。

で、本日ご紹介のアルバムは1970年前後に出していたシングル曲をメインに編集された1枚で、世に出たのは1972年頃とされていますが、それにしてもニューソウルが黒人音楽の流行最先端であった時期に、これほどR&B原理主義の歌と演奏が作られていた現実は、独立的とも思えるサザンソウルの根強い人気と需要があった事に加えて、O.V.ライトの実力がはっきりと認められていたからと思います。

 A-1 Don't Let My Baby Ride
 A-2 Born All Over
 A-3 Ace Of Spades
 A-4 Eight Men - Four Women
 A-5 He Made Woman For Man
 B-1 I Can't Take It
 B-2 Afflicted
 B-3 When You Took Your Love From Me
 B-4 Nickle And A Nail
 B-5 Don't Take It Away

まずA面ド頭「Don't Let My Baby Ride」に針を落した瞬間に迫って来る、何とも思わせぶりなスワンプフィーリング満点のイントロ! そのギターの音色とフレーズの妙に加えて、ピアノもベースもドラムスも粘っこくてヘヴィなピートをナチュラルに表出していますから、主役のO.V.ライトもミディアムテンポで熱いブルース衝動をじっくりと歌ってくれますよ♪♪~♪

怠惰なムードの女性コーラスも良い感じ♪♪~♪

あぁ、もう、この一発だけで、辛抱たまらん状態は必至なんですが、実はこれこそが1972年にシングル発売されたという、今となっては時代錯誤も強烈と思わざるをえない、そのディープなソウル魂が嬉しくも素晴らしすぎるんですよねぇ~~♪

おまけにそのB面に収められていた「He Made Woman For Man」が、これまたブラックミュージック特有のメロウフィーリングを滲ませる情熱のサザンソウルであり、泣きじゃくるが如く歌うO.V.ライトには我知らず、もらい泣きしてしまうですよ♪♪~♪

ちなみに原盤LP裏ジャケに記載された演奏メンバーはティーニー・ホッジス(g)、チャールズ・ホッジス(key)、リロイ・ホッジス(b)、ハワード・グリムス(ds) という、所謂ハイ・リズムですから、その力強く、しなやかなソウルグルーヴは天下一品ですし、ウェイン・ジャクソン(tp)、アンドリュー・ラヴ(ts)、ジェームズ・ミッチェル(ts)、エド・ローガン(ts) 等々が参加したホーンセクションもツボを押さえた良い仕事!

またバックコーラスとしてクレジットされた「Rhodes, Chalmers & Rhodes」は白人のボーカルトリオとされていますが、これには諸説があり、個人的にはイマイチ真相が掴めていません。

しかし、それはそれとして、とにかくここに収められた全曲の真っ黒いソウルフィーリングは過言ではなく、唯一無二の黒光りで、特にスローで粘っこい「I Can't Take It」の魂を揺さぶられるが如き歌唱の物凄さ! 抑えた中にも、こみあげる魂の呻きがリアルな「Afflicted」、同じく力強いリズム隊に煽られつつも、コーラスと一体になって絶唱していく「When You Took Your Love From Me」と続くB面の流れは、ちょい聴きには地味かもしれませんが、絶対に飽きることが無いどころか、完全にサザンソウル中毒に陥る事、必至です!

あぁ~、これが本当に1970年代初頭のサウンドなんでしょうか?

既に述べたように、極東の島国でニューソウルに浸っていたサイケおやじには、その時代錯誤性が眩しくも強烈に感じられましたですねぇ~♪

その意味で続く「Nickle And A Nail」のリズム&ピートにスワンプロックと同質のグルーヴを発見したり、オーラスの「Don't Take It Away」へ至っては、思わずチキショーって叫びたくなるほどの高揚感に満たされてしまうんですから、O.V.ライト、そしてディープソウルは不滅!!

実は告白すると、このLPをゲットしたのはオーティス・クレイの「愛なき世界で」を聴いてからの次の行動でありまして、その頃の我国では完全にマイナーな領域であったサザンソウルの奥の細道に歩み出さざるを得ない心境になりましたですねぇ~~。

しかし、その道は険しく、厳しく、平たく言えば、日本国内での再発状況の活性化は少しずつ活発になってはいましたが、情報そのものが極端に少ないのでは、何を聴いていいのか、まさに手探りというか、耳探りでした。

そこで、このアルバムで凄いバックを担当していた前述のハイ・リズムが入っているレコードをひとつの基準に設定したわけですが、それにしても、この4人組はアブナイほどの力量がありますですねぇ~♪

それはここでも「Born All Over」の淡々としたグルーヴの奥深さ、ドスの効いたピートを堪能させてくれる「Ace Of Spades」、それが常に主役であるO.V.ライトを鼓舞し、裏に表に見事なサポートを演じているんですから、流石と思います。

で、このリズム隊が何時頃から一緒にやっているのかは勉強不足で知る由も無いながら、このアルバムで一番に古い録音とされる1967年頃の「Eight Men - Four Women」でさえも、既に確固たるソウルのエモーションを煽ってくれるのですから、好きになったら命がけというか、生涯ついていくのがサイケおやじの生きる道なんでしょうかねぇ~♪

と、まあ、そこまで追いつめられてしまうのが、O.V.ライトの魅力というわけです。

ちなみに最初に買った私有盤は当然ながらアメリカプレスのアナログ盤LPだったんですが、後の1978年頃に国内盤が出た時には、なんとっ!? 「Ace Of Spades」が別人の歌うテイクだったという真相があったというんですねぇ~~!?

実はサイケおやじが、この問題を知ったのは以前にご紹介したO.V.ライトの「壱萬参千円箱」に付属の解説書を読んだ時だったんですが、詳しくはそこに譲るとして、結論から言えば件の「Ace Of Spades」には現在まで以下の4バージョンが残されているとの事です――

 1970年シングルバージョン (オリジナルヒットバージョン = MONO)
 アメリカ盤LPバージョン (フェイドアウトのショートバージョン = Rimix)
 1973年シングルバージョン (再発別テイクバージョン)
 作者のメルヴィン・カーターが自演のバージョン (STEREO)

以上のような分類なんですが、これは実際、前述の「壱萬参千円箱」にきっちり分類収録された同曲4バージョンを聴いてみれば、その違いに驚きを隠せません。

例えば再発の「1973年シングルバージョン」には、イントロから歌い始める前の「ヘイッ!」という掛け声がありませんし、サイケおやじが慣れ親しんでいた「アメリカ盤LPバージョン」は「1970年シングルバージョン」に比べると、最後のパートが短くフェードアウトしてあった事が歴然でした。

また問題となる、1978年の国内盤に入っていたとされる「メルヴィン・カーターの自演バージョン」が、どういう経緯でマスターの取り違えが行われたのかは不明ながら、これだけがステレオミックスになっている事が、その一因かもしれません。

ということで、このアルバムはディープ&サザンソウル永遠の名盤なんですが、何故か単体としては少し前まで品切れ状態だったものが、いよいよ近々、紙ジャケット仕様のCDとして再発されるようです。

気になる「Ace Of Spades」の別テイク&バージョンが現時点で、どのように収録されるかは不明なんですが、ひとりでも大勢の皆様に楽しんでいただきたい傑作集であることは断言して後悔しないのが、サイケおやじの姿勢です。

こんな世相と残暑が続く毎日、これほど熱い歌と演奏は……、と躊躇されるご気分も、いえいえ、だからこそのO.V.ライト!

鬱陶しさには本物が絶対に効きますよ。

魂を揺さぶられる快感は決して悪いものではありません。それは真実だと思います。

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