松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

テレビの性表現

2015-01-11 12:14:08 | 日記・エッセイ・コラム

 カンニング竹山とBPOのことがニュースになっている。どこまでやっちゃっていいのか、という議論だが実は子供の時間帯とか深夜とか、もともと分けて議論してきたわけじゃないそうだ。確かに。今じゃ子供に「10時だから寝ろ」とか言う親はいないでしょう。エマニュエル夫人を海外で見たら、ちっとも興奮しなかった、と誰かが言っていた。日本の性表現は昔からそういうものだった。着物の裾がちょっと、はだけただけでエロスを感じる感性が日本人にはある。想像力もある。スバリ見せられたって、これが普段の生活ですから。おかしいと思うのは、映画作品はテレビの中ではカットされないことがある。当時の何とかを尊重して、セリフもそのまま放送する。戦国自衛隊を見たばかりだけど、船に地元の女どもを連れ込んで乱ちきパーティをやっている図なんか、道徳的に耐えられない場面でしょう。戦時中、日本軍が現地の女性を乱暴したという話を、追認するようなカットでしょう。あれが許されるなら、竹山のやっていることは、見てないが、ほとんど問題にならないんじゃないか。下品である、ということ以外は。芸術作品なら良くて、バラエティならダメみたいな感覚があるんじゃないか。決して戦国自衛隊は芸術とは思わないが。あれは千葉真一の独りよがり、というだけの作品だ。我々お年寄りには、イレブンPMとか、真昼間堂々と熱湯風呂をやっていた頃が、なぜか懐かしい。ちなみに、熱湯風呂がいいのではなくて、生着替えのスリルが良かったのだが。もう一つ因みに、文章と映像は関係ありません。風速10mは、この装備が必至でございます。

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